軽い命が軽く散った。
お金目当ての犯行だったのだと、それを知ったのはニュースだった。
ホームレスのおじさんが犯人。
動機はお酒を買うお金が欲しくて。
スマホもパソコンも持ってない、テレビだって見てないから、カミキヒカルのことなんて何も知らない。
たまたま、見かけたアイツが綺麗な身なりをしてて、お金持ちに違いないと思って後ろから刺した、らしい。
刺されたアイツは随分苦しんだらしい。
現場ではそうとうもがいた痕跡があったと、教えてくれたのはアクアだった。
身を隠そうと人気の無いところを歩いていたから、発見が遅れたことが死因で、そうじゃなかったら助かったのかも知れない。
お兄ちゃんの復讐の結果、追い詰められての行動が結果的にアイツの死に繋がった、そう取ることも出来る。
被疑者死亡で、警察は随分と頭を抱えてるらしい。
とはいっても、お兄ちゃんや壱護さん達が集めた証拠で何とかなるみたいだけど。
ネットを見れば、安定の罵詈雑言。
アイツやアイツの両親、親族、アイツが社長をしていた事務所、そこに所属する社員やタレントに至るまで非難に晒されていた。
ざまぁみろ。
それが私の感想だった。
いい気味だ。
惨めな死に方まで含めて、私は概ね満足していた。
不満が残っていると言えば、死ぬところをこの目で見届けられなかったことくらいだろうか。
アイツは信じられないといった顔で死んでいたらしい。ますます見たかった。
そうそう、結局捕まったホームレスのおじさんはお酒にはありつけなかったんだそうだ。
財布にはカードばっかりで現金を持ってなかったから、キャッシュレスな時代だと、お酒一つ買うのも大変だ。
そんな話を何処からかお兄ちゃんは仕入れてきていた。
「アイツの命は、ワンカップの安酒にもならなかったわけだ」
そう言ってお兄ちゃんは笑っていた。
「いい気味だ!!何が命の重みだ。人を殺して、命の価値が上がるものかよ!!!命の重みなんて理解してない奴が、重みを実感出来るはずが無いんだよ!!はははははっ!!」
お兄ちゃんは、アイツの死を知らされた時、ずっと笑っていた。
「はははっ…あはははははははっ!!」
アクアは笑っていた。
一人で、明かりも無い部屋で。
「最高の気分だ!!!!はははははははっ!!!いい気分だ。ザマァミロ!!!!!」
お腹を抱えて、ずっと。
一人で。
「ははは……はは……
チクショウ…」
お兄ちゃんは、アクアは ーーー せんせーは
うずくまって、
泣いていた。
『アクア君はね、人の為なら動ける人なの。優しい人。思い遣りがある人なの』
あかねちゃんが言っていた。
『思い遣りがある人ってね、想像が出来る人なの。人の痛みがわかるの。どれだけ痛いのか、想像できるの。自分の痛みのように思える人なの。他人の感じる痛みや苦しみの解像度が高い人程優しいの』
そう言うとあかねちゃんは悲しそうに笑った。
『だから、そういう人には、復讐なんて向いてないんだよ。だって、自傷行為と同じなんだもの』
誰からも見放された女の子にずっと寄り添って、悲しんじゃうような優しいお医者さんなんだよ?
復讐しようと思ってるのに、助けを求めてる人に手を差し伸べちゃうようなお人好しなんだよ?
妹に嫌われてでも守ろうとしちゃうシスコンお兄ちゃんなんだよ?
人を救うことに向いてる人が、人を終わらせることに向いてるはずがないのに。
ドア越しにお兄ちゃんの啜り泣く声が聞こえる。
何を考えてるのか私にはわからない。
あんな救いようの無いクズでも、死ぬときの痛みや苦しみを想像しているの?
それとも、アイツのせいで罵声を浴びせられてる顔も知らないアイツの親戚とか社員のことを思ってるの?
自分で始めた復讐なのに。
どうなるかなんてわかっててやったんでしょ?
それで、どうして自分が泣いてるの。
「ホント…馬鹿だよ…せんせー…」
馬鹿な人だと思う。
「しなきゃ良かったのに…お兄ちゃん」
哀れな人だと思う。
だけど、
「……泣かないでよ、アクア」
愛しい人だと思う。
★★★
この満足感は気のせいだ。
求められて勘違いしているんじゃねぇよ。
口に含んだ珈琲の苦みと共に噛みしめる。
MEMも、あかねも優しい子だから。
俺を拒んだりしないで受け入れてくれた。
俺はそれに甘えて何度も求めてしまった。
けれど、満足感を覚えて良いはずがない。
彼女たちの優しさに甘えているだけで、それで自分の価値が変わった気になるのは、自惚れが過ぎる。
明け方まであかねとの行為に没頭していた身体は気だるく、睡眠を要求している。
とてもではないが朝食を作る気力など残っていない。
洗濯機の音が微かに聞こえてくる。
時計を見れば八時半になろうとしている。
早朝と呼べる時間はとうに過ぎているが、誰も起きてくる気配が無い。
窓の無い部屋では、時間の感覚が狂う。
時計で時刻は確認出来ても、それが現実味の無い、ただの数字としか映らなくなり始めている。
だから誰も起きてこないのだろうか。現に、俺だってついさっきまで起きたばかりだ。
腕の中で寝息を立てているあかねを起こさないように起床して、最初にしたことは、ベッドの下で丸められたシーツを洗濯することだった。
すっかりと濡れて重くなったシーツを洗濯機にかけると、無理矢理眠気を覚ます為に珈琲を淹れた。
ソファーに腰掛けて、寝不足でぼんやりとする頭で珈琲を啜っていると、小さくドアの開く音が聞こえた。
「アクア?」
首を巡らすと、タオルを手にしたルビーが部屋から出てきたところだ。
寝起きのせいか、眠たげな目をこすりながら、パタパタとスリッパの音を立てる。
「おはよ」
「おはよう。皆は?」
「寝てる。私はシャワー」
「そうか。今洗濯機回してるからな」
「うん」
俺の手からカップを奪い取ると、ちらりとルビーが寝室の方へ視線を向けた。
「あかねちゃんはまだ寝てるの?」
「…ああ」
「朝までしてたものね」
抑揚の無い声が小石が落ちるように響いた。
話しかけるというよりも独り言のような小さな声は、俺に対する軽蔑の現れなのだろうか。
当然か。
当たり前の事実に苦笑しそうになる。
兄貴が恋人でもない女とセックスをしているのだ。
それも、一昨日と昨日で違う女を。
性に対して潔癖なルビーが許容出来るはずがない。
話しかけてくれるだけ随分とマシなくらいだ。
アイの情報をリークした時の険悪さに比べれば。
もっとも、せっかく修復した兄妹仲も、このイカレた状況で元の木阿弥だが。
「数字、変わったね」
【2】
表示された数字は変わっている。
「日付けじゃないんだねやっぱり」
「そうらしい」
そうらしい、と言ったが確定だろう。
MEMの時もあかねの時も、行為は「日付を跨いで」続けていた。
もしかしたら、日付が変わっても、セックスを続けていれば、そう考えていたが、結果は同じだった。
朝まで何度も身体を重ねても、MEMの時もあかねの時も、減った数字は「1」だけ。
この部屋を用意した奴は、どうしても4人とヤらせたいようだ。
避妊具の箱がまだ残っていることからも察しは付く。
何度でもご自由に、ただし、4人としないと意味がない、そう言われているようで腹が立つ。
こんな意地の悪い悪戯めいたことを誰がしたんだ。
脳裏にあの疫病神がよぎる。
俺とルビーの魂を弄んで、その次は関係を弄ぶつもりか。
それとも…
「お兄ちゃん」
ルビーの声で思考の海から引き戻された。
「その…やっぱりするんだよね?」
頬を赤く染めた妹が、タオルを手のなかで弄びながらおずおずと見つめてくる。
「……あぁ…」
「今夜は…ロリ先輩?」
「まぁ、そうなるな」
我ながら往生際が悪い。
残っているのは2人しかいないのに。
ルビーでなければ、あとは有馬しかいない。
「気乗りしないけどな」
「何で?だって先輩って…」
「有馬のは錯覚だよ」
自惚れでなく、有馬かなに好意を寄せられているとは思う。
だけど、それはたまたま俺が一番身近にいたからだ。
俺がしたことなんて今日あまの現場で、あいつに僅かばかりの手助けをしただけ。
そして、煽ててアイドルにしたから、あいつは舞い上がった。
あいつは誰かに認めて欲しがっていた。
あいつは誰かに見て欲しかった。
埋めようのない孤独感と満たされない承認欲求に苛まれていたあいつの求めているものを、都合良く満たして気分良くしてやったに過ぎない。
飢えた野良猫に餌をやったら懐かれた、その程度のものだ。
勿論、友人だと思ってくれているだろうが、恋心なんて俺に抱くとも思えない。アイドルを卒業して、女優としての実力が認められ、子役のイメージから脱却しつつある今、あいつの周りには魅力的な男には事欠かない。
「できれば、犬に噛まれた程度のものと思ってくれるとありがたいんだが」
「最低なこと言ってる自覚ある?」
「わかってる。あいつを侮辱していることくらい。けど、あいつには、この程度のことを汚点だと気にして欲しくないんだよ」
ルビーから受け取った珈琲に視線を落とす。
ゆらゆらと揺れる琥珀色に映る、辛気くさい男の顔を睨む。
妹とと違って、アイ譲りの造形の良さを台無しにするような陰気さに辟易する。
「ふざけたお願いかもしれないが、あいつのフォローは頼む」
「…わかってないよ」
「ルビー?」
「アクアは、何もわかってないよ」
言葉を千切るように言うと、ルビーが唇を引き結んだ。
何を言えばいいのかわからず、浴室消えていく背中を呆然と見ていた。
ふわりと、微かに甘い香りがした。
よく知るルビーの香りとは少し違う、けれど嗅ぎ慣れた気がする香りだった。
慎重に指で割れ目をなぞる。
それだけでもぞわぞわする、けれど、少し力を入れて割れ目に指先を少しだけ差し込む。
「ん…」
つぷんと、指先が沈むと思わず声が漏れた。
指先がお湯とは違う、熱くてぬるりとした感触に包まれる。
お風呂に入るとき、つぅっと下着から糸を引いていたから、濡れてるのはとっくにわかってた。
「お兄ちゃんに気づかれてないよね?」
その、匂いとか。
下着が濡れてるとは言っても、ショートパンツだって履いてるんだから、気づかれていないとは思うんだけど。
もし、気づかれていたとしたら、もうどんな顔をしたらいいのかわからない。
だけど仕方がないよ。
お隣の声が全然聞こえてくるんだもん。
MEMちょは昨日真っ赤な顔で布団を被ってた。
響いてくるあかねちゃんの声に、自分の時も聞かれていたって、気づいたから。
あかねちゃんのトロトロにとろけた声は一晩中響いていた。
下腹部に広がる疼きを堪えながら、眠ろうとしたけれど、MEMちょよりもずっと遠慮のない声のせいで、全然眠くなってくれなかった。
先輩はバレてないつもりかもしれないけれど、たぶん自分でしてたと思う。
時々押し殺したような声が聞こえてたから。
「んっ…んん…くぅん」
何度も指で割れ目を擦って、指を少しだけ出し入れする。
固くなった豆を指でくにくにと撫でると、ビリビリとした感覚がお腹の奥にまで広がっていく。
「あん…んん、んうん…んっ!」
もう片方の指を乳首に当てると、びっくりするぐらい固く尖ってた。
指で摘みながら、お豆を擦る指を少しだけ早めると、お尻からぞわぞわする。
お兄ちゃんに聞こえないように声を抑えようとするけど、どうしても我慢出来ないで漏れてしまう。
固くなったこのお豆を(クリトリスっていうらしい)を指で擦るとビリビリと気持ちよくなるのは最近知った。
というか、こんなことをするようになったのだって最近のことだ。
エッチとか、そういうものを私は無意識で避けてた。
昔の私が知ってる男の人は、SNSで最低で下劣な欲望をアイドルや女優に、そしてママにぶつけている人ばかりだったから。
今の私が知ってる男の人は、私のことをじろじろと舐めるように見てくる人ばかりだから。
気持ち悪い。
そういうのは男の本能だって知っているつもりだけど、それでも私は男の性への欲望とか、その行為を嫌悪していた。
私にとって嫌悪しない男の人はゴローせんせーと、アクアだけだった。
だから、アクアがあかねちゃんと交際しているときだって、応援はしたけど、エッチなことをしてるなんて思いたくなかった。
せんせーが女たらしだってわかっていても、そういうことを女の人とそういうことをしているとは想像もしないようにしていた。
だけど、アクアがせんせだって知った時に変わってしまった。
私が死んでからもずっと私のことを想っていてくれたせんせーが、どんなに私に邪険にされたり、嫌われてもずっと私を守り続けてきたお兄ちゃんだってわかったとき、頭の中がぐちゃぐちゃになって、心臓がおかしくなったみたいにバクバクした。身体中が熱くなって、ふわふわと宙にでも浮かび上がってしまいそうな心地がした。
そして、あの日。
私達のママの仇が死んだ日。
真っ暗な部屋でうずくまって一人で泣いてる
私は身体中に広がる衝動を鎮めるために、生まれて初めて自分を慰めた。
きっと、あの時、私の中の何かが壊れちゃったんだろう。
ルビーちゃんだってお年頃