みんなはよく言う。
アクア君はクールでドライ / ルビーちゃんは温かくて優しい
馬鹿じゃないの。
心底侮蔑する。
上っ面ばかり見て、理解者みたいな顔をして近づいてくる人たち。
気持ち悪い
気持ち悪い気持ち悪い
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
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気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
気持ち悪い気持ち悪い
気持ち悪い
死ねばいいのに。
本当に冷たいのは私。
本当に優しいのはお兄ちゃん。
ロリ先輩のスキャンダルが出た時、可哀想だなと思った。
気の毒だし、アイドルを食い物にするマスコミを軽蔑した。
でも、私の気持ちはそこまでだった。
可哀想だし、気の毒だし、心底同情もした。
だけど、同時にこうも思った。
演技の仕事が貰えるなら、平気で男に股を開くんだなこの女。
せせら笑いそうになった。
散々プロ意識を語ってるくせに、自分は結婚してる男の部屋にノコノコ行っちゃうんだもん。
MEMちょが泣きながら抱きしめて慰めてる時も、何処かでしらけた目で先輩を見てた。
正直、この女がお兄ちゃんの彼女じゃなくて良かったとすら思った。
別に、ドラマでも映画でも、演技の仕事の為に股を開きたいなら開けばいいけれど、それは私達とは関係の無いところでやってくれと思った。
私のアイドル活動の邪魔にならないところで股を開いてろ。
兄の役者活動に支障をきたさないところで男に媚びを売ってろ。
そんなことを思っていた。
だけど、お兄ちゃんは違っていた。
私に聞いたのだ。
『お前は有馬を救いたいと思うか?』
私は答えた。
『当然でしょ?仲間なんだから』
大した意味の無い回答だった。
人が死ぬのは悲しいかと聞かれて悲しいと答えるのと同じ。
世界は平和になって欲しいかと聞かれて平和になって欲しいと答えるのと同じ。
他人事で、すぐにでも聞かれたことも、答えたことも忘れてしまうような些細な質問。
誰だって答えるでしょ。
人が死ぬのは嫌ですかと聞かれれば嫌ですと答えるし、友達に幸せでいて欲しいですかと聞かれればそうですと答える。
だけど、そこにどれほど自分を介入させるか、どれだけ覚悟をもって自分を割り込ませるか、それを考えて答える人はどれだけいるのだろう。
少なくとも私は考えない。
他人が自分の不幸に介入するとは期待していない。
他人が自分の苦しみに寄り添うとは思っていない。
そんな人を、私は一人しか知らなかったから。
だから、私は少しも想像しなかった。
アクアの決意を。
アクアがどれだけの覚悟をしていたのかを。
結果は語るまでもない。
私達兄妹が17年間せっせと守ってきたママ/アイの墓をお兄ちゃんはせっせと暴いた
軽率で迂闊で無思慮な馬鹿女のために。
そこからのことは、あまり思い出したくない。
自分が投げかけた言葉も、それを受けたお兄ちゃんがどれだけ苦しい顔をしていたかも。
さりながせんせをどれだけ傷つけたのかを。
15年の嘘が公開されて。
お兄ちゃんと私の復讐が終わって。
お兄ちゃんは壊れた。
燃え尽き症候群、という訳じゃない。
普通に学校に行って、普通に勉強して、普通に笑って。
普通に仕事をして、普通に家のことをして。
私に、ミヤコさんに、先輩に、あかねちゃんに、MEMちょに、今までと変わらない態度で接していて。
変化といえば、朝ご飯を食べないことがあったり、晩ご飯を残すことが増えたり、事務所でぼーっとしている時間が増えたり、そんなものだった。
それも、毎回という訳じゃない、ふと気づいた時に、という程度だ。
かと思えば、ミヤコさんの事務作業を手伝ったり、MEMちょの編集を夜中まで一緒にやったり、ロリ先輩の買い物に付き合ったり、あかねちゃんの舞台を見に行ったり、それから、私に勉強を教えてくれたり、みんなの為に時間を使うようになった。
私は安心していた。
一時、ママの、アイの秘密を暴露したことで、修復不能なまでに悪化した関係が少しずつ修復していくことに。
ルビーがさりなで、アクアがせんせだということを知ったのも大きかったのだろう。
もちろん、お兄ちゃんのやり方が正しかった訳じゃない、だけど、お兄ちゃんの気持ちに気づけなかった、寄り添えなかった私に過ちがあったことも事実で。
お兄ちゃんと今まで通り過ごす時間 / せんせともう一度紡げる日々に、
私は幸福すら覚えていた。
完全に謝るタイミングを逸していた私は、それを喜ぶ一方でいつ謝ろうか、そのタイミングをずっと先送りにしていた。
そんな時だった。
お兄ちゃんがいなくなったのは。
収録の帰りにミヤコさんに「ちょっと帰り遅くなる」と連絡を入れたことがきっかけだった。
夜の9時を回っていたからか、「一体何処に行くのかしらね」と少し心配そうにミヤコさんがぼやいていた。
「彼女のところかな」と言ったのはMEMちょ。
「え?だって、あかねとは復縁してないでしょ…え?新しい彼女…?」と狼狽えていたのは先輩。
私は「新しい恋人」という言葉を聞いて少し胸が苦しくなっていた。
それから、10時になってもお兄ちゃんは帰って来なかった。
それから、11時になってもお兄ちゃんは帰って来なかった。
それから、12時になってもお兄ちゃんは帰って来なかった。
それから、1時になってもお兄ちゃんは帰って来なかった。
それから、2時になってもお兄ちゃんは帰って来なかった。
それから、3時になってもお兄ちゃんは帰って来なかった。
それから、4時になってもお兄ちゃんは帰って来なかった。
それから、5時になってもお兄ちゃんは帰って来なかった。
それから、6時になってもお兄ちゃんは帰って来なかった。
それから、7時になったところで、「いい加減少しは寝なさい」とミヤコさんに叱られた。
お兄ちゃんが見つかったという連絡を受けたのは、それから更に半日が経過してからだった。
連絡を入れてきたのは警察。
お兄ちゃんがいたのは病院。
海辺で倒れていたところを見つかって、病院に運ばれたらしい。
警察は事件性を疑っていた。
「あんな映画」を作ったお兄ちゃんだから、私達の父親である「あの男」がいなくなっても、事件に巻き込まれる危険性はあるからだ。
病院には私とミヤコさん、先輩にMEMちょ、そして監督。
それから、忙しいはずのあかねちゃんや大輝兄さんまで駆けつけた。
お兄ちゃんが目を覚ましたのは、病院に行ってから2時間ほど経ってからだった。
真っ先にお兄ちゃんに飛びついたのは、私 ーー ではなく、ミヤコさんだった。
普段は隙のないメイクが涙で崩れ、お兄ちゃんを胸に抱きしめてミヤコさんは声を上げて泣いていた。
ミヤコさんが声を上げて泣くのを、私は生まれて初めて目にした。
お兄ちゃんは自分を胸に抱き寄せるミヤコさんの背中を撫でながら、優しい声で何度も「大丈夫」と「ごめん」を繰り返していた。
だけど、お兄ちゃんがそのとき浮かべていたのは純粋な疑問。
「どうしてこの人は泣いてるのだろう」
嗚咽を漏らすミヤコさんの頭を撫でながらお兄ちゃんはそう言いたげな顔をしていた。
「アクア君、どういうつもりなの?」
みんなが帰ってから、そう問いただしたのはあかねちゃんだった。
お兄ちゃんが目覚めてから、ずっと泣いていた名残か、目元を赤く腫らしながら、そんなことはおくびにも出さずに、強い瞳でお兄ちゃんを睨んでいた。
私だったら、あの目を向けられたら心当たりが無くても謝ってしまいそうなくらい、強くで怖い目だった。
不思議な質問だった。
「なにがあったの」でも「なにをされたの」でもなく、
「どういうつもりなの」とあかねちゃんは聞いたのだ。
だけど、お兄ちゃんは気不味い顔をする訳じゃなく、意表を突かれたとでもいうように目を丸くしていた。
「そう聞かれると…回答に困るな」
そんなお兄ちゃんを逃がさないように、あかねちゃんはアクアの手を握って、じっとアクアを見つめた。
その目から、誤魔化せないと悟ったのか。それとも、考えた結果答えが出たのか。
アクアは小さく笑った。
「何となく。死ぬのかなと思って」
困ったように、眉を寄せて、何気ないことのように言った。
ちょっと、そこにあるグラスを取ってと言われて渡すような。
一口ちょうだいと言われたペットボトルを手渡すような
そんな、聞かれたから答える程度の抑揚で告げられた言葉に、あかねちゃんはさぁっと血の気の引いた真っ白な顔をしていた。
きっと、私も同じだっただろう。
指の先まで冷たくて、まるで全身の血が凍り付いたような気がした。
「まぁ、流石に死ななかったな」
からっとした声で笑うお兄ちゃんを見て、私は初めて気づいた。
何が安心だ。
お兄ちゃんと今まで通り過ごす時間 / せんせともう一度紡げる日々
そんなものは無い。
あの時間は、あの日々は、酷くつまらない、他愛もない消費に過ぎなかった。
お料理をしていて、予定よりも余ってしまった材料の使い道に困ってしまうのと同じ。
たまたま、使い切れなかった命を使っていただけ。
そして、なかなか使いきれないと思ったお兄ちゃんは、それをめんどくさくなって捨ててしまおうとした。
「私のせいだ」
あかねちゃんは、その綺麗な瞳から、大粒の涙を流しながら血を吐くように言った。
何かに懺悔するように、うなだれるあかねちゃんに、私は何もかける言葉がなかった。
誰が追いつめた。
誰が兄を追いつめた。
そうなるまで誰が兄を追いつめた。
兄自身だ。
理性がそう吐き捨てる。
私だ。
感情が強く訴える。
『アクア君はね、人の為なら動ける人なの』
震える声であかねちゃんがつぶやいた。
『優しい人。思い遣りがある人なの』
涙を流しながら何処か遠くを見るように呟く。
『思い遣りがある人ってね、想像ができる人なの』
『人の痛みがわかるの。どれだけ痛いのか、想像できるの』
『自分の痛みのように思える人なの』
『他人を感じる痛みや苦しみの解像度が高い人程優しいの』
うすぼんやりと輝く明かりに照らされた滴が、いくつも病院のリノリウムの床に落ちていく。
『だから、そういう人には、復讐なんて向いてないんだよ』
『だって、自傷行為と同じなんだもん』
堪えきれずに、あかねちゃんが顔を両手で覆い、嗚咽を漏らす。
だったら、そんな優しい人でそうなら、せんせはどうなるんだろう。
誰からも見放された、治らない病に侵された女の子の寂しさに、苦しさに、痛みに寄り添える人ならどうなるんだろう。
どう足掻いても人を見捨てることができずに、人に手を差し伸べずにいられない人に、そんな人に人を見捨てて、縋る手を踏みつけて、絶望に叩き落とすことが出来るだろうか。
人を救うための手を、人を絶望の中に突き落とす為に使うのはどれほど苦しかっただろう。
アクアは、それから何事もなかったように過ごした。
病院に運ばれた事実などなかったかのように。
でも、私達はあの夜気づいてしまった。
この人が、本当は何も気にしていないのだと。
死に損なった命をどう使ったものかと、そう頭を悩ませているだけなのだと。
お兄ちゃんは壊れかけていた。
せんせは壊れかけていた。
でも、
きっと、
お兄ちゃんを壊したのは、私だ。
★
与えるばかりの王子様。
青いサファイアを与えて。
赤いルビーも与えて。
金箔も剥がされて。
壊されて、砕かれて、残った心は打ち捨てられて。
それを望むなら、構わなかった。
望んで傍らに寄り添う燕になって生き絶えようと思った。
神様が天使を遣わして、一緒に楽園に行けるなら、と。
だけど、楽園なんてドコにもない。
神様は天使と一緒に貴方を指さして笑うだけ。
そんな神様しかいない世界。
だから、私はもう期待しない。
世界にも神様にも。
砕かれた王子様の破片は私が拾う。
鉛の心臓も、きっと私が見つけ出す。