「あなた、まだ起きていたの?」
湊友希那はリビングに居る彼の肩に声をかけた。丁寧で温かく、律するような情緒だった。彼は親と離れてしまった男児のように素早く振り返ると、友希那を認めて表情を溶かした。友希那は彼を仰ぎながら腕を組んだ。無意識だった。声質や瞳には余裕を含んだ柔らかい躾が籠っていた。
「明日もはやいはずよ。もう、寝たほうが――」
友希那は砕けた語気で迫った。彼に抱きつく勢いだった。ツンとした鼻先で少し焦げたその首筋を這って、頭皮を貪るように確認した。薄紫色のパジャマと、黒色のパジャマの少しごわついている布が擦れ合った。
「お風呂、しっかり入ったみたいね」
友希那は彼の耳元で囁いた。彼の肉体を下のほうから撫でるように視ていた。瞬時に彼の腕が展開し、友希那の細さを上から這った。友希那も彼の体躯を腕で包んであげた。互いの輪郭が触れ合っていたが友希那はそれでも蠢いた。混ざっていく心地は目眩に似ていたが極楽そのものだった。
「ベッドなら用意しておいたわ。ちゃんと温かいから、安心して」
友希那は彼の胸部に頬を寄せ、声を小さく破裂させた。
すると彼は、友希那の耳の近くにて低い声を吹いた。
「歯磨きが、まだ済んでいないの?」
友希那は彼を見上げながらオウム返しを呟いた。彼は聞き分けの良い顔で肯定した。
「そう……。けれど、問題は無いわ。今から私とすればいいだけよ」
友希那は冷静に宣告し、彼の右手を掴んで五指を絡めた。とげも、ざらつきも何も無く、唯一彼のことだけを案じた硬い熱量だった。
「ほら、いきましょう」
友希那は優しく誘導するように彼を引いて、歩き出した。
「まずは一人でやるのよ」
友希那は歯ブラシを握る彼の手をみつめていたが、すぐに彼の顔に鼻先を向けて表情を緩く湿らせた。
「大丈夫、私はすぐ横で観ているわ。……ほら、頑張って」
友希那が息を漏らしてみせると、彼は鏡を向いて歯磨きをはじめた。じゅこじゅこと鳴らしながら頬を歪ませ、上部と下部の歯列を淡々と磨いた。
友希那はその横にて、彼の顔をじいっとみつめていた。分厚く角張っている顔は無表情で、視線は鏡に在った。その彼の口の中でひと通りが過ぎると、彼は洗面台に顔を落として歯磨き粉を吐き出し、冷水が注がれているコップに手を伸ばした。
「待って」
友希那はそこで声を漏らした。喉を身体の中に押し込むように発声していた。彼は規則正しく停止して友希那に顔を動かした。
「口を開けてくれるかしら」
友希那は短く呟いた。彼の顔をジットリとおもねる情緒だった。
彼の口角とその付近には、白く泡立った歯磨き粉がこんもりと付着していた。
「お口、あーんしてちょうだい」
友希那はその白色をみつめながら再び呟いた。彼の瞳の中に、自分の黄金色を挿入した。意識すらも彼の内部に注ぐ心地だった。彼はぱっくりと口を開けた。抵抗も疑心も何も無かった。従順だけだった。
彼の薄い唇も、舌も歯列も白色の泡にまみれて垂れていた。口腔内部に綿を敷き詰めたような様相だった。
友希那はその内部に視線をはべらせた。隅の隅の隅にまで眼光を泳がせた。彼の口腔内部に飛び込む心地で、背筋が彼の方に反り立っていた。
「……大丈夫、みたいね」友希那は彼の目にちらりと光を送って、冷水が入ったコップを持ち上げた。「それじゃあ、これを使って。綺麗にゆすぎましょう」
友希那は彼の目の前でコップのふちを自分の唇に触れさせて、顔そのものをクイと向けた。首筋が張っていた。艶めかしい肌色が、薄紫の毛髪の間から彼に向かって主張していた。それを目撃したらしい彼は友希那の目の前でわざとらしく唾をのんでいた。友希那は目元で笑ってからコップを離した。口には適量の冷水が在った。
友希那はコップを洗面台に置き去りにし、彼の両頬を掴んで接吻した。少し上の位置に在る彼の顔に突撃する勢いだった。自分の口ではどうすることもできない口の中の冷水を、彼に強引に預けてしまおうとする心地だった。足の皮膚が張って胸部が突き出し、背中が肩甲骨の形に脈打っていた。
友希那は彼の口内にて舌をかき回した。彼の口腔を洗浄する情緒だった。冷水と共に歯磨き粉の泡を廻し、舌先で歯列の奥の形を確認するように擦った。満足した友希那は次に冷水を勢い良く吸い出し、彼から離れると洗面台に顔を落として、名残惜しく全てを吐き出した。
「かして」
彼が何か言葉を漏らす前に、友希那は彼の手の中に在る歯ブラシを受け取った。歯ブラシは歯磨き粉でぬめめって泡立っていた。友希那はそれをじいっとみつめて思慮してから、何か新しい意識を取り入れたようなきっぱりとした心地で蛇口をひねり、冷水でブラシを洗って水けもしっかりと取った。
「ふふ、ありがとう」
清潔に成った歯ブラシと、その横で彼が洗って拭いてくれたコップを一つにして、定位置に片付けた。
「口、もう一度開けてもらえるかしら」
友希那は、彼の顔の左右にそれぞれ両手を再び伸ばし、今度は引き寄せるように動かした。彼は愛犬のように素直に、というより少し機械的な無心の動作で開口した。友希那はその孔に鼻頭を侵入させてすがすがしく呼吸した。空気に混ざって彼の口腔内部の臭いが流れて脳を刺激し、全身の皮膚がひしゃげるように熟れていった。
「……よかった。ちゃんと綺麗にできたようね」
胸部の奥から強烈に硬いものが浮き、喉が喜悦で引き締まる心地だった。
友希那はほほ笑みながら彼の頭部を撫でた。素手を筆のようになめらかに擦って質感を付着させた。彼の頭部に素手が沈みゆく心地だった。
「えらいわよ。本当に」
そうやって撫でていると、頬がほんのり赤く染まった。下腹部の辺りがひときわ強く反応していた。中心に向かって縮むような、じんわりと重く成るような心地だった。友希那は彼に口づけを突きつけた。
「んっ、んふ……」
舌をねじ込み歯列を一周し、歯茎にすら女の粘膜の柔和をすり込ませてから、友希那は彼から顔を離した。唇と唇に一本の透明が垂れていた。
彼は、表情の起伏を放棄した顔で友希那をみつめていた。
「あら? してほしいかと思ったのだけれど……」
友希那は彼の顔を覗き、肩を揺らせてにやけた。彼の不意を完璧についたことによる背徳的な喜悦が、脳を後ろから突っついていた。
「歯磨き粉じゃなくて、私の唾液の臭いにしておかないと。あなただって、安心して眠れないでしょう?」
友希那は彼の頬を摩った。跳ねるような語気だった。彼の特性は全て頭に入っているため、試行錯誤をするまでも無く行動していた。
「も、もしかして、嫌だったかしら……?」
友希那は上擦った声で彼を窺った。停止している彼が少しだけ心配だったが、彼は、その友希那の揺らぎを打ち消すように猛烈な速度で接吻を肯定した。
「ふふ、そうよね。あなたは最初から、そういう人だものね。ふふっ」
友希那は鼻を息で鳴らしながら目元を弛緩させていた。薄い胸部が誇りでたっぷりと膨らんでいた。
「それじゃあ、最後はトイレね。おねしょをするのはいけないことだから、しっかりおしっこをしておくべきよ。わかるかしら」
友希那は彼に説くように低く紡いだ。彼はゆったりと頷いたが、次いで、震えながら口を動かした。
「私に、ついてきてほしい……?」
彼が提示した欲求とは単純で、友希那にトイレの中までついてきてほしいというものだった。
「あなた、一人でできないの?」
友希那がジトリと彼を睨むと、彼は素早く首肯し、先ほどの申し出をそのまま復唱した。清らかで控えめだったが、極めて変態的な態度でくねくねとしていた。
「もしかしてあなた、そうやってわざと私を困らせているの? そうすれば、私が甘ったるくかまってくれるから、って」
友希那が低い声で刺してみると、彼の表情が露骨に角張った。
「……呆れたわ」
友希那はカックリと顔を落とした。彼の中に在る男の欲望の思考に、ひさびさに直に触れた心地に在った。
「悪戯だなんて、いい加減にしてちょうだい」友希那は彼の左右の腕をそれぞれの素手で握った。彼を拘束するような力みが籠っていた。友希那は彼の瞳の奥と対面した。「そんなことをしなくても、私はあなたの母親。最初にやると決めた時から、最後までしっかりと務めるつもりよ」
当然に在ることをただなぞるように確認しているだけだったが、だからこそ、唇から旅立つように出ていく友希那の言葉には、ぬくもりが多大に含まれていた。
「手を抜くことなんて絶対にしないわ。あなたのことを煩わしいと思ったことも、当然皆無よ。母親というものは、もともとそういうものでしょう?」
友希那は実際の立ち位置だけではなく、精神的というか、目では認識できない意識の部分から彼の母親に成っていた。
「あなたが何をしなくても、私はあなたの世話をする。たとえばあなたが嫌がったところで、それは少しも揺るがないのよ」
女性としての温かさが増長していた。対する彼の瞳は潤んでいた。ペットショップから去る時の猫の瞳によく似ていた。
その小さく湿った彼のことが、揉みくちゃにしてあげたいほど愛おしかった。
「大丈夫よ。安心して」友希那は彼を包容するように顔面を撫でた。「私はいつでも、あなただけの母親だから」
彼が手のひらに顔を押し付けてきた。友希那は彼の顔面の熱量を素手のみで保持して愛撫していった。
「私は、あなたの前から消えたりしないわ」
存分に彼を庇護してから、その右手を取った。脱力している彼に細い指を滑り込ませてしっかり連結し、ほほ笑みながら歩き出した。
(それにしても……)
友希那は彼を引っ張るように廊下を行き、奥の便所に向かった。
(私に、甘えたいだなんて)
薄暗い道の中、友希那は隣の彼の顔を盗みみるように確認した。彼の顔には澄み切った幸福だけが浮いていた。今のこの状況に滞りの無い満足感を得ているようだった。
友希那は視線を戻し、すぐにふふっと頬を割った。
(本当に、不思議な人ね……)
友希那は彼の逞しい腕に腕を絡ませて、小さい頭を、その男体に圧しあてた。
乾いた薄い不潔が在る個室に、信頼し合った男女が二人きりだった。
友希那は彼を引いて便所に入った瞬間に、個室の狭さというものを体験した。
一人で入る時は気にも留めていなかったが、こうして二人で入ってみると、便所の個室には空間における余白が皆無であることを実感した。
それでも友希那は彼の右隣りに堂々とついたままだった。当然だった。友希那は彼の献身的な母親であるため、この距離感がむしろ正常だった。
母親の友希那は片手で便器の蓋を開いた。便器は新品のように白色で、それは彼が執行する毎日清掃の賜物だった。横を向くと彼が股間を露出していた。もっさりと栄える陰毛に埋もれるようなかたちで陰茎が在ったが、ひどくやつれたような雰囲気で、彼という男を象徴するイチモツではなく、彼という人間に付着しているこぶのようなものにしか視えなかった。
彼はその急所を右手で摘まんで、先端を便器の方向に上げた。いかにも几帳面な情緒だった。友希那はその彼をみつめてくしゃりとほほ笑んだ。丁寧に竿を持って放尿の準備をしている彼のことがなんだか可笑しくって、やはり愛おしかった。
「支えてあげる」
友希那は彼の陰茎に左指を伸ばした。彼の指と交代をするような心地の人差し指と親指で、挟むように彼を摘まんだ。陰茎の表面は友希那の指の皮膚と同様に乾燥していた。勃起をしていないため不安定で弱弱しく、いつもの硬さが全て嘘のように、ぶよぶよと垂れているだけだった。
「あなたは、おしっこを全て出しきることだけに集中して」
友希那は指の腹を緩んだ彼に圧してあてていた。人差し指で下から掬うように保ち、親指で、性器の緊張そのものをほぐすように揉んでいた。互いの肌の質感はあっという間に馴染んで、もはや親しみすら生まれた。
「ほら、おしっこしーしー、してちょうだい」
友希那は首を動かして彼の顔に顎を向けた。彼の腰に右腕を廻し、少しだけ角張ったその部位を手中に収めるように揉んだ。友希那の指の細い先端が明確に触れるとその途端、彼の腰は男らしく強くぶるりとうねった。友希那は彼の体躯を自分の方向に寄せるように抱きしめてあげた。彼のひ弱な声が個室に響いた。摘まんでいた陰茎が奥のほうから震えて少し膨張した。
「んっ、出てる……」
友希那はなぜか自分の下腹部に熟れを感じながら、彼の陰茎が向かう便器をちらりと視た。小さい陰茎は熱く成っていた。先端から飛び出る尿は線ではなく一方向にまとまった激しい飛沫のように視えた。
彼は腰を力んでいるようだった。友希那はその彼を右手で大きく摩ってあげた。すると彼も友希那の腰をがっしりと握って包囲した。身体の中に在る緊張を、どうにか逃がして誤魔化しているような情緒だった。友希那は彼に穏やかさを塗り込むように、触れている腰の皮膚を摩り続けた。
「何度も言っているけれど、大丈夫よ。あなたには、私がついているから」
友希那は彼の顔や陰茎を確認しながら彼に放尿を促していた。二本の指では彼、というより彼の陰茎を操作している心地で、相応の緊張感のようなものが在った。尿道から発射されている尿の圧のようなものに流されてしまうとその途端、摘まんでいるはずの陰茎がどこかに行ってしまうような気がしていた。故に友希那は意識を彼の陰茎に集中させていた。指の中でびくびくと震える彼を懸命に保持し、彼の放尿を手助けし続けた。
シモは滞りなく進んだ。彼の尿の曲線は少しずつ小さく成って、やがて数回の出遅れを飛ばしたのち、尿意は完全な落ち着きに到達した。
友希那は彼の竿を数秒みつめた。赤っぽく膨れている先端からぽたぽたと残尿が垂れており、友希那の指にすら付着していた。友希那はその出し残しが終わったことを確認してから彼を見上げた。
「終わったようね。全部、出しきれたかしら」
彼の奥をみつめて問うと、彼は素早く首を一度倒して肯定した。
行儀の良い彼を前に友希那は途端に破顔し、弱まっている右手で改めて彼の腰を握った。
「えらいわよ。一人で、しっかりおしっこできたわね」
友希那は自分の吐息で彼の胸部を湿らせた。陰茎から滴っている残尿が指に浸食したが無視をして彼を称えていた。
「ジョボジョボ、ジョボジョボって、大きな音だったわ。たくさん出せたのね」
友希那は彼の体躯の中のほうでクスリと嗤った。彼は何か行き詰ったような心地の赤面を顔面全体でみせていた。
「ああ、ふふっ。ごめんなさい。おしっこしーしーの最中、私の腰に必死にしがみついてくるのがなんだか可笑しくて、つい口が滑ってしまったわ」
顔から喜悦を突き出す心地だった。胸中にて一りんが咲いた心地だった。
「でも、おしっこしている時のあなたも、なかなか可愛かったわよ。ふふ」
笑い声につられるように両肩が弾んだ。途端に彼の両腕が肩に飛び、友希那はがっしりと包容された。
「待ってちょうだい。おちんちんを拭かないと……」
友希那は彼のことを右手であやしながら、壁に接続されているトイレットペーパーを一部だけ取ろうとした。しかし片手で紙を引き出すことはできてもその先、千切ることまではなかなか難しく、ぱたぱたと騒ぎながら奮闘することになってしまった。
「んん、取れない……」
友希那が低く呟いてトイレットペーパーを睨んでいると、そこに彼の素手がやってきた。分厚く硬い五指がロールの部分を上から押さえつけた。
「あなた……」友希那は彼の顔をちらりと覗いてから、素早くトイレットペーパーを千切って取った。
「ありがとう」
友希那は柔乳のような質感で彼を仰ぎながら、胸板に一瞬だけ口づけをした。
「――それじゃあこれで、あなたのおちんちん、拭いてあげるわ」
友希那はトイレットペーパーを素手に馴染ませて、彼の陰茎の先端に向かった。吸い取るような意識だった。拭き取るのではなく付着している残尿の雫にトイレットペーパーを付着させるだけだった。亀頭は思惑通りすぐに清潔に成ったが、友希那はそこで終わらなかった。指の先端にトイレットペーパーを被せるように整えてから、彼の亀頭や裏側の筋の部分を懸命に拭いた。微細な湿り気すら拭いた。細かな一滴すら拭いた。友希那がそうやって彼に触れて指を動かすたびに、彼の陰茎は萎んだ蕾から真っ当な竿として上向きに起動した。友希那はそれでも指を動かした。巨大に育ったことで
むしろ拭きやすいとすら思っていた。
「しっかりと、このあたりも、綺麗にしないと……」
友希那は彼に横から添って、夢中で彼の陰茎を拭き続けた。彼の腰が明確な起伏を造り、痙攣と成って竿が膨張した。
「あら? どうしたの――」友希那が彼を見上げると、同時に彼は身体を反らせて腰を突き出した。友希那の素手の中の陰茎が大きくうねり、先端から粘つきが迸った。
発射は刹那的だった。彼は一瞬のうちに男としての破裂を体験していた。友希那でも把握できないほどに素早い消耗で、軽い悲鳴のような声を上げながら便器を視た時には、彼の竿も便器も、もう濁った白色だけだった。
すっかり息が上がっている彼は、友希那の横で脱力した。友希那はその全てを観察していた。握っている竿は萎んでいた。放尿をする前よりもさらに小さく成って、友希那という母性の中に埋もれていた。
「……気持ち良かったかしら」
友希那は下側から彼を摩った。彼の身体が大きく震えた。頬が熟れていた。
友希那はその目をみつめながら、指先に付着した彼の体液を仔猫のように舐め取った。
友希那は彼と便所から出て、手を洗い合い、後に寝室に向かった。
清潔感に満ち満ちたベッドは巨大だった。男女二人が添い寝をしても余るほどで、黒色の毛布は彼が選んだなかなかの上物だった。
友希那は彼の腕を引いてベッドに入って毛布をかけた。内部はとびきり温かく、身体の感覚などというものはすぐに溶けてしまった。奥まった部分まで彼と一体化した心地だったが、しかし友希那は、それだけで満足せずに、よりしつこく彼に求愛していった。
「ほら、こっち。抱っこ、してあげるわ」
友希那は薄暗さの中にてちびちびと囁いて、彼に大きく迫った。長い長い薄紫の毛髪が彼に向かって垂れた。火照った素手で毛布の中を這うように進み、彼の輪郭を摩った。細い足で捕獲した。
「ふふ、温かい……」
友希那は、身体の奥底から喜悦と庇護欲が込み上がってくるのを実感していた。凄まじい寛容の境地だった。極めて自然で穏やかな笑みだけが絶えず漏れていた。
「もっと、しがみついてもいいのよ?」
彼の小さく燦然とした瞳の光が、薄暗い包容の中でもはっきり視えたと思ったら、その彼が、もぞもぞと動きながら乳房のあたりにはいってきた。
友希那はその彼の頭部を本格的に撫ではじめた。肩が鋭く跳ねるのと同時に、彼が、泣き出してしまいそうな声で褒められることへの罪悪を吐露した。
「それは――」
驚きが在ったが、しかし友希那は動じてなどいなかった。
「いいえ」友希那は彼の頭部を少しだけ強く撫でた。目元が一瞬だけ鋭く成ったが、すぐに彼の繊細さを包んだ。「やるべきことをやったのなら、相応に褒めるのが当然でしょう?」
胸の中の彼がより深く友希那の乳房に縋った。
「あなたの場合はこうやって、少しわかりやすく褒めるのが正解のようだけれど、でも安心して。あなたの母親に成ったからには、そういう対応も、しっかりとこなしてみせるわ」
友希那は彼の頭部に語り掛けるように呟いた。腕の中の彼は数回ほど蠢いたのちに感謝を述べた。
「もちろん、眠れるまで、ちゃんと視ているつもりよ」
至近距離で感じる彼の破顔は格別で、眺めていると友希那は、自分の中で今まで無関心だった部分に、多大な実りが育ち重たく成っていくのを感じていた。
「私はすぐ近くに居るから、安心して寝てちょうだい」
友希那は彼にだけ向かってにっこりと咲くと、彼の硬い頬に真正面から唇をぶつけて与えていった。
「おやすみなさい。……愛してるわ」
友希那は堕ちてゆく赤子を閉じ込めるように囁いた。彼もそれに続くように同様に小さく咲いた。友希那はその額を素手の内側で守護した。
それから二人は互いに向かって、温かく沈んでいった。