肉を打つ音が響く。
肉を叩く音が響く。
肉を打つ音が溶けていく。
肉を叩く音が溶けていく。
肉を肉で打つ音で満ちていく。
肉を肉で叩く音で満ちていく。
肉を打つ音に肉を叩く音が重なる。
肉を叩く音に肉を打つ音が重なる。
肉の音の隙間を荒い吐息が満たしていく。
肉の音の隙間を淫らな水音が満たしていく。
鏡に映る快楽に緩みきった顔は誰?
それが自分の顔だとすぐには気付かなかった。
髪を振り乱して、涎を垂らして、鼻水を流して、涙で濡れた淫らな顔を惜しげもなく晒している品性の欠片も無い女。
鏡の中で浅ましく悶えているのは中年に差し掛かろうとしている娼婦の様で、自分の姿だと信じたくないのに、背後から私の首筋に舌を這わせる美しい顔は、紛れもなく私の男である。
鏡の中で、鮮やかな紅が味わうように首筋を這う。
美しい男は、舌すら美しいのだろうか。
「ニノさんっ、凄く可愛い」
低く甘い声が耳の中にするりと滑り込んで、私の脳をたちまち蕩していく。
微かに残る大人としての理性で三十を過ぎた女に適当なことを言わないで、と言おうとしたが、少しひやりとした唇に言葉ごと唇を塞がれる。
つるりと、僅かな荒れすら無い滑らかな唇の感触に、うっとりとする。
「アクアっ、もっと」
「うん、わかってるから」
荒々しく乳房を掴まれると、固く尖った先端を痛いほど強く摘まれる。
思わず、ケモノのように下品な声が出る。
くすくすと、耳元で悪戯に成功した子供のような笑い声が木霊する。
悪戯な子供は、私の性癖を熟知しているが故に、私が堪らなく快楽を覚える最適で遠慮の無い痛みを与えてくる。
私の為に彼が覚えてくれた痛みを、私の身体は幸福と共に享受し、快楽を注がれた本能に従うように仰け反る。
夫とのセックスでは味わえない絶妙で凶暴な快楽に身体も脳も焼かれていく。
「ニノさん、もう…」
「うん、いいよ」
出して、そう囁くと私を抱き締める細くしなやかな腕の力が強くなる。
背後から私を抱き締める親子ほど歳の離れた少年が、私という女の身体を求め、縋り付く様に言葉に尽くせない満足感と征服感が込み上げてくる。
同時に子宮を満たしていく熱い迸りに、私は多幸感と共に意識を手離した。
「遅くならないうちに帰らないとね。途中まで送って行ってあげる」
「もう?」
シーツに包まりながら、私を抱き締める少年は不満そうに眉を顰める。
普段は歳不相応に大人びた少年が、年相応に拗ねるのを頭を撫でて宥める。
「そんなに寂しがらないで?また、今度会いましょう」
汗でしっとりと湿った蜂蜜色の髪を指で撫で付けると、滑らかな白磁のような頬に手を滑らせる。
いつまでも撫でていたくなる感触は飽きることがない。
つくづく綺麗な少年だ。
こんな少年が私に夢中であることは、アイドルを引退してから長らく満たされることのなかった私の自尊心を満たして余りある。
「ほら、可愛い顔が台無しよ。機嫌直して。そうそう、今度アクアの行きたがってた劇を見に行きましょう?」
「ほんと?いいの?」
嬉しそうに目を輝かす少年が愛しくて、返事の代わりに口付けをする。
本当に可愛い。
有象無象の気持ち悪いファンの男達からの身勝手な押し付けがましい好意など、この美しい男1人に注がれる愛に比べたら塵芥に等しい。
真っ直ぐに私を見つめるその名の通りの美しい藍色がかった瞳を見つめ返すだけで、熱が収まりかけていた下腹部が疼き始める。
彼が私に夢中なように、私も彼に夢中になってしまっている。
しかし、それも無理も無い。
嘗て私の、いや、私達の遥か頭上に君臨して輝き続けた「あの女」の面影を宿すこの美貌が、私の虜なのだ。
人生の全てを投げ打っても惜しくないとさえ思うようになっている。
「ちょっとした伝手もあるから、打ち上げにも参加出来るようにしてあげる。私の親戚ってことにして紹介してあげるわ」
「恋人じゃなくて?」
「ふふ、そうしたいけど、私犯罪者になっちゃう」
こんな年端もいかない少年を恋人にしたら、社会的に不味いことは誰でもわかることだ。
本当は見せびらかして、自慢したいけれど。
彼を侍らせたら一体どれほどの女達が嫉妬と憧憬の目を向けてくるのか、想像するだにゾクゾクする。
勿論そんなことはしないけど。
私と彼、星野アクアの秘密の関係は2人だけのもの。
私だけの綺麗な宝石、誰にも教えてなどあげない。
「ここでいいの?もっと近くまで寄せてあげるのに」
「ありがとう。でも、丁度妹に買い物頼まれたから」
そう言って少年はコンビニを顎で指す。
コンビニの駐車場にガーネットレッドのシボレーは目につく。
目につく理由はシボレーだけではない。
「お兄ちゃんは大変だ」
コンビニを出入りする女性客がチラチラと少年を盗み見るのに気付いている、女は運転席に顔を近付けている少年に素早くキスをする。
通り過ぎていく大学生くらいの年嵩の女が驚きと嫉妬に目を眇めて行くのを優越感をもって横目に見る。
「じゃあ、また連絡するわね」
「俺からしたらダメ?」
甘えるような物言いにグラつく気持ちを抑えて、女はかぶりを振る。
女は与える側でいたかった。
年長者として主導権を握っていたいという小さな意地があるからだ。
「だーめ。寂しがらないで。すぐに連絡するから」
「わかったよ、ニノさん」
微笑む少年に、女は胸を撫で下ろす。
自分の胸の内の不安には気付かれていないことに安心した。少年に主導権を渡して、青い欲望の赴くままに貪られたいという欲求は常に女に付き纏っていたが、それは少年がすぐに自分に飽きてしまうのではないかという不安と表裏一体だ。
女は少年を手放したくなかった。
「これで妹さんにアイス買ってあげなさい」
「アイス代にしては高いでしょ」
「いいのよ」
女は少年に強引に一万円札を握らせる。
胸を焦がすような欲望と不安を仕舞い込んだ女は、余裕のある大人の笑みでもって少年に別れを告げる。
ガーネットレッドのシボレーが消えていくのを見つめていた少年 ーー アクアは、コンビニでミネラルウォーターを買うと、念入りに口を濯ぐ。
口内の汚れ全てを吐き捨てるように側溝に水を吐き出すと、もう一度水を口に含む。
ゆっくりと冷たい水が喉を滑り落ちるのを感じながら飲み下すと、深くため息を吐いた。
女が去った方向を15歳になる少年は静かな眼差しで見つめる。
少年の瞳は、夜の海よりも昏く、冬の湖のように冷たかった。
★★★
11月だった。
十歳の時、担任の教師に悪戯をされた。
放課後に残るように言われた時にも何も違和感は無かった。
クラスでも優等生として認識されていた僕は、度々教師から頼まれ事を引き受けていた。教師に対して卒無く振る舞うことで僕、ひいては妹の評判も上々なものになるのだから断る理由は無かったのだから。
或いは、二度目の人生なんて反則で優等生の座についていることへの負い目のようなものもあったのかもしれない。
とにかく、その日も教師に残るように言われた僕は、普段一緒に帰っている妹を一人だけ帰らせることの無いようにミヤコさんにルビーの迎えに来るように頼んだ後で、教室に残って教師が来るまで本を読んで過ごすことにした。
すっかり日が暮れるのが早くなり、教室は薄暗くなりつつあった。
火に包まれたように、リノリウムの床が赤橙色に染まっていたのを覚えている。
教師は遅れてやって来た。
最初は、最近の学校生活についての質問だった。
その頃、クラスでは軽いイジメのような問題がにわかに起きていた。イジりの度が過ぎてイジメなのか、境界があやふやな、言ってしまえばいつの時代も何処にだってある問題に過ぎなかった。
そのことをもし聞いてくるなら、慎重に言葉を選ぶべきかと内心身構えていた。
大人が介入することで事態が悪化することは、学校生活における人間関係ではよくあることだ。
担任の教師はまだ教師になって二年目の若い女の教師で、やる気はあるが空回ることも珍しくはなかったことも、僕の警戒心を引き上げる要因だったと思う。
クラスの問題だから、まずは生徒で何とか向かい合わせて欲しいと遠回しに関与をしないように伝え、また、教師の面目も考慮して、頼りにしているからいざとなったら頼ってもいいか、と子供らしい甘えを見せた。
我ながら小賢しい子供だと思う。
しかし、そんな僕の小賢しい演技は教師には響いたのか、目を潤ませて彼女は僕の手を握った。
これで話は終わりかと、僕が思っていると、彼女はそのまま手を僕の頭へと伸ばした。
「アクア君は本当にいい子ね」
何度も頭を撫でながら誉めてくる教師の言葉に面映ゆくなるよりも、彼女の声が妙に絡みつくような声色であることに、違和感を覚えた。
感極まっているのだろうか、そう思っている間も、彼女の手は僕の頭から肩へ、背中へ、腰へと伸びていった。
事態がおかしなことになっていると気付いた時には、ズボンを下ろされていた。
這い回る指の感触に、滑らかな女の肌に幼いながらも自分の男はすぐに反応した。
「まぁ…子供なのに、こんなに。顔は女の子みたいに綺麗なのに」
じっとりとした熱く湿度を含んだ吐息が頬に触れたと思うと、唇を塞がれた。
子供の唇を大人の唇が呑み込むように覆い尽くす。
教師は僕の身体が反応する度に高ぶったのか、いつしかスーツを脱ぎ捨て、僕に跨がっていた。
一日中下着とストッキングに覆われていた蒸れた股座が顔にのし掛かるのを、ただ重いと感じた。
ムッとする据えた匂いと微かなアンモニア臭にむせかえりそうになった。
嫌悪感よりも、十年ぶりの女の匂いに懐かしさを覚える。
いくら女だといっても相手は大人で、僕は十歳の子供としても平均よりやや細身の体格だった。
だから抵抗することもなく、僕は彼女の行為をひたすら受け入れることにした。
特に恐怖は無かった。
「アクア君。先生、アクア君のことがずっと気になってたの。アクア君も先生のこと嫌いじゃないでしょ?いつも先生のお願い聞いてくれるもんね」
僕が抵抗しないどころか、特に嫌悪感も恐怖心も見せないことを教師はどうも都合良く受け取ったらしい。
それどころか、今まで彼女の頼みごとを聞いていたことを含めて、彼女の中では僕は彼女に好意を抱いていることになっていたようだった。
僕とルビーが学校生活をより過ごしやすくするために、いい顔をし過ぎたことがまさかこんな思い込みを生み、こんな愚行を彼女に犯させる事態を招くとは青天の霹靂としか言いようが無かったが、否定をして事を荒立てる意味も無かったので、僕は沈黙を回答とするのみに留めた。
結局、事が明るみになって教師が解雇されるまでの2ヶ月、僕は彼女の欲望の捌け口となっていた。
僕の身体にある痣、教師の唇がいくつも触れた箇所の痣を一緒にお風呂に入っていたルビーが不思議に思ったことがきっかけだった。
ルビーから話を聞いた時のミヤコさんの表情は、今でも思い出すだけで震えが来るほどだった。
すぐさま僕はミヤコさんに問い詰められ、学校に掛け合ってから教師が解雇されるまでは見事と関心するほどの手際だった。
「ゴメンなさいアクア…もっと早く気付いてたら…ゴメンなさい」
ミヤコさんが泣きながら抱きしめてきた。
「お兄ちゃん、何でもっと早く言ってくれなかったの?」
ルビーは可愛い顔が台無しになるくらい涙をボロボロと流していた。
泣いて僕から離れようとしない二人には申し訳無いが、特に教師にされた行為についてショックは無かった。
僕が普通の十歳児ならトラウマを負ったのであろうが、三十近い男の記憶を持っている僕にとっては、担任の女教師は寧ろ10年のブランクを埋めるのに手頃な相手だった。
女の身体に触れるのは久しぶりだった。
とはいえ、子供の身体では勝手が違った。
子供の身体で大人の女の身体はサイズの差もあって、少し新鮮でもあり、正直に言えばそれなりに楽しんだ。
といっても、女教師に対して、特別に好意を抱いていたわけでもなく、執着する理由も無いからミヤコさんに聞かれたことには、包み隠さず全て答えた訳だが。
長引かせる関係でも無かったのだから、潮時だと思ったのだ。
二ヶ月の間、僕はつぶさに教師の反応を観察していた。
教師は平均よりも間違いなく可愛らしく、異性に不自由するようには見えなかった。
押し倒されるまで、彼女に特殊な性癖がある様子も無かった。
ただ欲求不満を解消するのが目的でもなく、彼女の目には情欲と僕への執着、情欲がありありと浮かんでいた。
関係が進むにつれ、執着は強く、情欲は濃く、時には同じ十歳のクラスメートの女生徒と僕が仲良くしていたことを挙げ連ねて詰る嫉妬心すら見せた。
そんな姿を見続けて、一つの確信があった。
この顔は使える。
この顔と、前世から培ってきた経験は役に立つ。
僕は歓喜に震えた。
待っててアイ。
君の仇は僕が必ずとるから。
安心してくれルビー。
君だけは必ず僕が守るから。
ニノも高峯もあんなに老けてるとは思わなかった。
ミヤコさんをあの世界の熟女の基準にしてたので。