※この作品はR-18です。

空の青よりなお蒼く、夜の海よりなお昏く   作:FOOO嘉

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【SNSの反応】

『黒川あかねいる?』

『誰それ』

『あのキャラ薄い子』

『いたねそんなのw』

『ちょろちょろしてるだけでしょアイツ』

『それより、ゆきの話をしようよ』



恋愛リアリティ『ショー』

 

 

舞台のお仕事は楽しい。

舞台の上だと、私はとても楽に呼吸ができる。

学校より、家より、何処よりも舞台の上の空気は心地が良い。

スポットライトを浴びる時、観客を見渡した瞬間、そこは日常から乖離した別世界になる。

調べて、考察して、自分の中に息付くまでに組み立て、膨らませた「役」を自分の中に降ろした時、私の身体は重さから解き放たれる。

何にでもなれるような、何処へでも行けるような、心も身体も私は解放される。

真面目で不器用で、融通が利かず、何処か人とズレてる「黒川あかね」という女の子から、悲劇の少女、歴史に名を残す女傑、古典の悪女、マンガの世界で飛び跳ねる明るいヒロインになれるのだ。

 

だけど、舞台のお仕事はお金にはなかなかならない。

演技のお仕事で食べていくには、やっぱりテレビに出ないと難しい。

そのための恋愛リアリティショーだった。

自分に向いているとはとても思えなかったけれど、知名度を上げないといけない。

だから、少し躊躇った後、私はその仕事を受けた。

 

結果から言えば、私はものの見事に空回ってしまった。

 

共演している鷲見ゆきは、モデルの仕事をしているだけあって、カメラの位置、自分が魅力的に見える角度を熟知している。それに、とても軽やかに嫌味なく色々な男の子と絡んでは、自分の魅力をアピールしている。私にはとてもできる芸当じゃないと、撮影初日から痛感した。

鷲見ゆきに圧倒されてしまったのは、もう一人の共演の子も同じだったのだろう。

2回目にして、今ガチの主役はゆきだった。

だけど、私と違ってもう一人の子は早々に自分のポジションを見つけてしまった。器用に立ち回って、主役じゃないけど印象にはきっちりと残る、ヘイトを買わない立ち回りをする彼女に、私は一人だけ取り残されてしまった。

 

SNSの私の評判は芳しくはなかった。炎上こそしていないけれど、それは裏返せば話題に残る程記憶に残らないということだ。これでは知名度どころじゃない。

だけど、どうすればいいのか見当もつかない。

面白い話なんて出来ないし、どうやって立ち回ればいいのかもわからない。

無駄にメモ帳のページとため息の数ばかり増えていく。

撮影場所となっている校舎裏にあるベンチで、一人途方に暮れている時だった。

 

「黒川さんはおかしいな」

 

私に声をかけてきたのは、共演者の一人、星野アクアくんだった。

芸能界、テレビ業界にはアンテナの高くない私が、唯一出演前から知っているのが彼だ。

同じ役者だから、そして直近ではかなちゃんと共演していたからだけではない。

記憶に残る演技をする人として、私は彼を覚えていた。

丁寧だけれど、特別上手い訳じゃない。私の身近にいる例えば姫川さんと比べれば演技力の差は比べるまでも無い。昔のかなちゃんのようにギラギラと眩しくて、自分を全ての中心だと言って憚らない太陽のような輝きとも違う。輝きというならそれは湖に映る月のように、はかなく少しの波紋で消えてしまう淡い輝き。だけど、一度見ると不思議と記憶に残る、そんな演技をする人として私は彼を覚えていた。

 

「星野さん?」

「アクアで良いよ」

 

アクアくんは私の隣に腰掛けると、私の手の中のメモに一瞬視線をやった。

覗き込んでくるような不躾な真似もしなければ、興味本位に聞いてくることもなかった。

私は彼に言われた言葉を反芻していた。

 

「おかしい…のかな」

 

面白いと言われているのか、変わっているというニュアンスなのか、彼の口にした言葉の意味を瞬時には掴みあぐねた。

 

「だって、あれだけの演技をする人が、どうしてここでは演技をしないのか、不思議でしょうがない」

「だってこれは」

「リアリティ、ショー…だろ?」

 

区切られた言葉に、ハッとなる。

ショー、これは出し物だと彼は言っているんだ。

 

「学園祭の準備をしている学生だって、カメラを向けられれば多少は自分を飾る。カメラが回ってるところで素を出す人なんていないだろ」

「……そう、そっか。私バカだね」

 

彼はこう言ってるのだ。

 

「素の黒川あかね」を出すんじゃなくて「“素のように見える黒川あかね”という役」を演じればいいと。

言われてみればそれは当たり前のことだった。

ドキュメンタリーだって、インタビューに答える時には少し気取ったり、用意していたセリフのような回答をする。視聴者が求める姿を見せようと「演じる」のだ。

素のままでひたすら足掻いていた私は、さしずめ『リアリティショー』という舞台で一人だけ演技プランも台本も無く、アドリブで乗り切ろうとしているのに等しい。

少し落ち着いてみれば当たり前すぎることに、こうして指摘されるまで気づけないなんて私は…

 

「意外と抜けてるな」

 

私の心の声が聞こえているかのように、続く言葉を口にされて思わず彼を見る。

 

「どんだけ気難しい天才役者かと思ってたから、正直ホッとした」

「うぅ…私、そう思われてたの?」

「劇団ララライのエースに身構えない役者はいないよ」

 

思いもよらない物言いに、耳まで熱くなる。私自身はエースなんて大それたものだとは思っていない。

もちろん、演技では誰にも負けたくないと思っているけれど、まだまだ精進の身だ。

彼はそんな私の反応を楽し気に眺めている。物静かで穏やかな人かと思っていたけど、意外と意地悪というかドS?

 

「なんかごめんね。おかげで光明が見えた気がする」

「光明て大げさだな…でも、黒川さんの力になれたみたいで良かった」

 

ドキッとする。我ながらなんてチョロいと思うけれど、こんな綺麗な顔の男の子に隣に座られて優しい言葉を掛けられてときめかない女の子なんているんだろうか。

 

「アクアくんは…どうして私にアドバイスをしてくれたの?共演者だから?」

 

あざとい物言いだなと自分でも思った。

私だけ特別に優しくしてくれたの、そう期待を含んでるみたいだこれじゃ。

 

「黒川さんのことは、役者として尊敬してるからね。色々演技の話も舞台の話も聞きたかったし。だから、こんなところで躓いて欲しくなかった。見てて危なっかしくもあったから」

「そんな、危なっかしいって…空回りしてたとは思うけど」

「空回りも…まぁ、してたな」

「う…」

「けど、危ういと思ったのは、黒川さんが素の自分を曝け出そうとしてたところ。黒川さん、エゴサしてたろ?真面目なアンタのことだから、視聴者の声を参考にして改善しようと思ってたんだろうけど、素の自分を曝け出して叩かれるのは、素の自分だぞ?演じてる役が嫌われるのと素の自分が嫌われるのは全然違う。素の自分が叩かれて、嫌われるっていうのは、自分自身の存在を否定されるのと同じなんだ。そんな声を何十、何百と見て平静でいられるか?」

「あ…」

 

背筋が冷たくなった。

つい最近目にした意見を思い出す。空気呼ばわりされただけでも心が歪むような思いがしたのに、もっと過激で、攻撃的で、強い否定の言葉をいくつも浴びせられたらと思うだけで、自然と身体が震えた。

 

「大丈夫」

 

そっと震える手を、アクアくんの手が包み込んでくれた。

私よりも一回り大きくて、だけど細く長い指の繊細な手。少しひんやりとした体温にすぅっと心が落ち着いていくのがわかる。

眉を寄せて、私を見つめるアクアくんの表情には嘘が無い。映画で目にした時のような演技は感じられない。

本当に私を心配してくれているのだと、彼の表情から読み取ることが出来て、心の内がポカポカと温かくなる。

 

「もう黒川さんはわかったんだろ?どうするか。じゃあそれをやればいい。演じさせたら、アンタに敵う奴なんてこの現場に一人もいないだろ?」

 

彼は微かに、口角を上げる程度に笑みを浮かべた。

瞬きをすれば消えてしまいそうな儚さ湛えた笑みを。

綺麗な人だな。

芸能の世界で、人よりも綺麗な人、カッコいい人、可愛い人を見てきたつもりだったけれど、私は心の底から感嘆と共にそう感じた。

顔が良いことを揶揄する人がいるけれど、それはもって生まれた立派な武器であり才能だ。

私が彼の演技に湖や月を連想したのは、演技や存在感もあるけれど、この冷たい美貌そのものも要因だったのだと今更に思う。

 

「うん。任せて。舞台だったら、誰にも負けないから」

「はははっ、流石黒川“先輩”だ」

 

大人びた表情から一転して、男の子のような無邪気な笑顔に、顔が熱くなる。

そういう表情を突然するのは反則だよ!!

 

 

ちなみに、私の手を握って優しく微笑んでいたアクアくんと、それを見て真っ赤になっていた私のツーショットはしっかりとカメラに撮られていて、その週の今ガチで一番の話題となった。

「アクあか」がトレンドに乗るようになるのはそれから間も無くのことだった。

演技のことを教えたがる先輩と、それに生意気な返しをする後輩、私とアクアくんは番組内でそんな関係性を持つようになった。

 

それから、アクアくんには内緒だけど、ついエゴサをしてしまった。

だって、ようやく深い霧を抜け出せたような気がして、味わったことが無いような開放感についテンションが上がってしまったんだもの。

 

 

今までとは打って変わって、そこにあったのは気の滅入るような感想は殆どなくて、私とアクアくんについてのポジティブな意見が読み切れない程あった。

深く息を吐いて、手にしていたスマホを額に当てる。

張りつめていたものが一気にこみ上げて、感情がコントロールできない。

起こりえたかもしれない剥き出しの自分が否定されるという地獄を回避できたことへの安堵感に、耐えられず涙が零れた。

同時に、アクアくんへの感謝が胸に溢れる。

今、この場にアクアくんがいたら、私は抱き着いていたかもしれない。

オーバーかもしれないけれど、命を救われたような気持ちだ。

 

「アクアくん…ありがとう」

 

拭っても拭っても溢れる涙で濡れた頬に抑えきれず笑みが浮かぶ。

困ったな、明日も収録なのに、目が腫れてしまわないか心配だ。

 

 

 





【SNSの反応】


『アクあかヤバくない?』

『お姉さんぶるあかねが可愛いよね』

『アクアもちょっと生意気な弟って感じで可愛い。あんな弟欲しかった』

『あんな弟いたらブラコンになるわ』

『あかねみたいな先輩がいる学校生活が送りたいです安西先生!』

『ちょっと抜けてるあかねをアクアがさり気なくフォローするのがいいよね』

『二人ともめっちゃお似合い。どっちもエグイくらい顔がいい』

『今まではゆき目当てだったけど、あかね推しになっちゃいそう』

『あかね頑張り屋さんで良いよね。私も応援したくなってくる』

『黒川あかねはいいぞ。俺はララライの舞台はいつも見に行くようにしてるけど、彼女の演技は本当に素晴らしい。これがきっかけでもっと認知されるといい』

『役者だったねそういえば。興味出てきた』

『元気なかったあかねを励ましに行ったのアクアだもんね。前から気になってたんだよ』

『ルビメムの番組でもMEMちょにツッコミ入れる時が生き生きしてたし、アクアって年上好き?』

『おっとMEMちょの年齢は禁句だぞ』

『でも、あの時のアクアの笑顔ヤバかったよね。うちのお母さんアクア推しになっちゃった』

『うちも妹が推し変したとか言ってたな。イケメン好きだからしゃーなしだが』

『照れてたあかねの反応も可愛かったよね~~』

『っていうか、あれって完全に恋する乙女じゃん』

『人が恋に落ちる瞬間を初めて見てしまった…まいったな』
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