「まさか、本当にあかねをどうにかしちまうとはな」
「約束しましたからね。それに、黒川さんがあんなところで潰れるのは勿体無いでしょ」
金紗の少年は微かに相好を崩す。
無表情の時には大人びた氷像のように冷たい美貌が僅かに表情を緩めた途端に年相応に幼く変化する。
女どころか男すらくらりと来る。ましてや、男慣れしていない年ごろの少女がこのギャップを目の当たりにすればひとたまりも無いのではないだろうか。
性別を問わず、整い過ぎた美しい人間を目の前にすると、訳もなく居心地が悪くなることがある。
自分との差を実感するからなのか、美しい存在の視線に晒されていることが恥ずかしいのか、理由は人による。
金田一敏郎が抱いていたのは、作りの良すぎる逸品を前にしたときの緊張感と奇妙な懐かしさだった。
「とりあえず、ありがとう。正直、ホッとしてる。あかねの奴は生真面目過ぎて時々変に空回ることがあるからな」
「そこが“黒川先輩”の魅力だと思いますよ。その生真面目さがあってこその『役者:黒川あかね』でしょう?」
恋愛リアリティショー内での呼び名を悪戯っぽく口にする少年に、金田一は新鮮な驚きを覚えた。
先ほどまで抱いていた懐かしさが古傷を抉られるような痛みを伴うものだとすれば、今金田一の胸中を駆け巡ったのは仕舞い込んだ宝物を不意に見つけた時のような喜びと切なさだ。
無表情の時は“アイツ”に似ていると感じたが、笑うと全然似てないな。母親の血なのか。
一般論だが、男は女親に似るという。その一般論が目の前の少年にも当てはまるのであれば、母親も相当な美形かもしれない。
目の前の少年に対して、警戒心以上に興味が湧いた。そもそも、目の前の少年には金田一としても、いや劇団ララライとしても大きな借りができたのだ。
天才役者と人はあかねを呼ぶ。
そのことに異論は無い。
あかねの才能は言うまでもない。
人を騙す才能。嘘を信じさせる瞳。
これを持つ役者は少ない。世間で評価されている役者の大半は、顔の良さ、声の良さ、小手先の技術といった小器用さ、そして事務所の力によって評価されている。
だが、黒川あかねという役者の真価はそこにはないと俺は考えている。
大小問わず一つ一つの役に対して、膨大な知識量を積み重ね、洪水のような情報の真偽を見定め、それを基に存在の有無を問わず「キャラクター」に息吹を与える。
陳腐な言い方をすれば、己の中に「もう一人のキャラクター」を生み出すのだ。
知性の高さも無論あるが、それ以上に役に対する探究心、演技への執着心に裏打ちされた緻密な解像度と深淵な理解、演じることへのアプローチこそが黒川あかねという役者の真価なのだ。
だからこそ、素の自分を出すことに対して、あかねは驚くほど不慣れだ。
舞台上では目上の役者達を圧倒し、呑み込みさえする堂々たる女優が、演じることから離れると真面目で不器用な少女になってしまう。
賢いはずなのに何処かが抜けている、ぼーっとしたところのある女の子。
そんなあかねが恋愛リアリティショーなんてものに出演すると聞いたときは耳を疑った。
所属事務所は何を考えて仕事を取ってきたというのか。
あかねはアイドルなどではない、恋愛自体を規制するつもりはない。
だが、あのような形態の番組に出演することが問題なのだ。
演技に関しては技術も考察も他の追随を許さないあかねだが、素の自分を求められることに関しては呆れる程不器用だ。
劇団の皆で食事に行ったときにもひたすら肉を焼いて、配ることに終始して、気さくに談笑することすら殆どない。融通が利かない生真面目なあかねに、あんな素の自分と演じている自分の境界線をあえて問われない、演じるか素の自分をさらけ出すのかを任されるような番組が向いているはずが無い。
俺は、鏑木に半ば抗議のように連絡をしたが、番組は既に動き出していた。
何より、劇団こそうちララライに所属しているが、あかねの所属する芸能事務所との契約は決まった後のことだ。俺にはどうすることもできなかった。
できることならば出演を取り下げることはできないかと思ったが、それが不可能であるならば、出来る限りのサポートをしてもらわなければならない。
鏑木はさほど危機感を抱いていない様子だったが、アイツはあかねとの交流は無い。
俺の説明を聞いたところで、せいぜい「素は内向的な少女」程度にしか受け止めていなかったのだろう。
こういう時の嫌な予感は的中するものだ。
始まった恋愛リアリティショーは、俺の危惧した通りの様相を呈していた。
せめて、あかね以外の競演者も同様にこのような番組に不慣れであってくれれば良かったが、そうそう都合よくはいかない。そもそも、あの手の番組は、必ず番組を盛り上げることが可能であると見込まれた人間にも声を掛けている。誰も彼もがあかねのようにモジモジとしてしまってはショーが成り立たない。
番組を回し、盛り上げ、牽引する人間が必ず一人か二人はいるのだろうと想像がついた。
事実、鷲見ゆきという少女は、モデルをさせておくのが惜しい程に、実に自分を魅力的に見せ、なおかつ嫌味なく番組の中心に置いている。泣いている回等、本当にモデルなのかと問いたくなるほどに見事な振る舞いだった。
それに比べると、あかねは自分の身の置き所に窮していることが画面越しにも伝わってきた。
嫌な予感が染みのように広がっていく。
パッとしない、地味で目立たない、その程度ならばまだいい。
空回りが過ぎて反感を買ったら、番組の中心鷲見ゆきの周りをうろつく邪魔者と認識されたら。
悪名も無名に勝る、古くから言われてきた言葉だが、現代にこの言葉はそのまま当て嵌まりはしない。
悪名のせいで生まれた悪意が、そのまま本人に届き得る現代において、無名ならば負わなかったであろう深い傷を簡単に負ってしまえるのだ。
あかねは敏く、何より優しい娘だ。
本来の土俵ではないリアリティショーであっても、結果が出せないことに負い目を感じてしまうかもしれない。不甲斐ないと自分を責めかねない。
そんな時だった。
鏑木の口利きで紹介されたのが、星野アクアだった。
鏑木としては、共演者で特に懇意にしている少年にあかねをそれとなくフォローするように頼むために紹介したつもりだったのだろう。
アクアくらいの年ごろの少年は、金田一のような一種凄みのようなものがある業界の人間を前にすると少なからず委縮するものだが、アクアには穏やかな物腰でありながらどこかふてぶてしさがあった。
ついこの間中学を卒業したばかりの子どもとは思えない。
子役時代にチヤホヤされたせいで大人や世間を舐めている類でもない。
単なる世間知らず、怖いもの知らずの子どもでないことはすぐにわかった。
金田一がどういう立場の人間か、自分がどのような立ち位置なのか、それらを理解した上で物怖じしないアクアに金田一は興味を惹かれた。
正直藁にも縋る思いで、親心からあかねをフォローしてほしいと頼むつもりであったが、アクアがあかねにどう接するのかという好奇心が頭を擡げた。
だから、つい言ってしまったのだ。あかねをフォローし、番組内での彼女の仕事を成功に導けたならば、“ちょっとした融通を利かせる”と。
仕事としての依頼ではない。正規の契約の無い以上ギャラは発生しない口約束であり、頼み事でしかない。
アクアはほんの数秒、沈黙をした後に神妙な面持ちで頷いて見せた。
そして、結果、あかねの恋愛リアリティショーにおける立ち位置は、安定の兆しを見せた。
番組の中心でありつつも、既存のノブユキとゆきの関係性に割り込むようなヘイトを買う位置ではなく、尚且つ女優としてのあかねへの関心を引くようなポジション。
生き生きと“演じている”あかねと、彼女を支えるアクアの立ち回りを見ていれば、それが誰の誘導かなど金田一にはわかる。
なるほど、五反田監督の弟子という話も満更大袈裟ではないのかもしれない。
立ち振る舞いが、番組を見渡す視点が役者というよりも演出家に近い。
時に素直な後輩として、時に生意気ながらもしっかり者の弟として、更には演技の世界に足を踏み出そうとしている役者の卵として接することで、役者に気持ちよく演じさせるように、実に巧妙にアクアは立ち回っていた。
そんなアクアが何を自分に要求するのか、金田一には興味があった。
「ずっとララライに興味があって。少しでも勉強がしたいんです」
「今からでもうちに来るか?」
「それだと、黒川先輩がまたなんか言われちゃうでしょ。それに、散々番組で後輩ムーブかましておいて、劇団でもガチの後輩になっちゃったら気まずいし」
恥ずかしそうにアクアが笑った。
おねだりをする子供のような愛嬌が垣間見えて、金田一は少し微笑ましい気持ちになる。
「だから、ララライの稽古を見せてもらえたらと。動画とかがあれば」
一瞬、柔らかな海のような深い藍色に、刃物のような光が垣間見えた。
「全部」