なんて愛しい私の息子。
二人とも子どもらしい子どもではなかった。
ギフテッドなのか、赤子の頃から大人顔負けの物言いと価値観を有していたあの子達は、不気味であったが、神々しくもあった。
不気味なだけの怪物であったのならば、私は手を差し伸べたりはしなかっただろう。
同情をした上で、できるだけ環境の良い施設に入れる選択をしていたのかもしれない。
仮にそうしたとしても、何の血縁関係も無い子ども達を育児の経験もない20代の女が一人で育てられると自惚れるほど私は、自分という人間の能力を高く見積もってもいなければ、愛情が深いとも思っていなかった。
何より、私自身、余裕などとてもなかった。
夫である以上に、どん底から助けてくれた恩人であり、同じ夢を見るはずの同志とも呼べる男は最愛の娘の死と同時に抜け殻となり、紙くずが風に攫われたかのように何処へともなく姿を消してしまった。
残されたのは、これからが正念場となるはずだったのに屋台骨を失ってしまった小規模の芸能プロダクションと最愛の娘の忘れ形見二人だ。
暗澹たる思いとはああいうことを言うのだろう。
そんな中で手を伸ばしたのは、私にとって、不気味な子ども達はいつの間にか少し生意気な可愛い子ども達となっていたからだ。お腹こそ痛めていないが、我が子のように愛しい存在であり、手放すなど考えられなかった。余裕が無いからこそ、壊れそうな心の拠り所となる愛しい存在を手放すなどありえなかった。
母親を喪った時、あの子の親になろうと決めた心に偽りは無い。
引き取ると言った時、一目散に泣きながら胸に飛び込んできた優しい体温を忘れない。
泣くことも笑うことも抜け落ちた表情で、置き去りにされた人形のようにただ立っている痛々しさを忘れない。
感情の限り嘆き悲しむ少女と、決定的な感情の何かが割れ落ちたような少年の姿に、母となる決意はより強くなった。
それからの10数年を何と振り返ろうか。
激動だった。
苦難だった。
けれど、不幸ではなかった。
慣れない社長業に忙殺される中でも、二人の子どもが私のかけがえのない支えとなってくれた。
仕事から帰ると無邪気に抱き着いてくるルビー。
労いの言葉とさりげない気遣いをしてくれるアクア。
この子達のためなら、何だってしよう、どんな苦労だって厭わない、心の底から思っていた。
どれほどの悲しみがあろうと、時間は変わらず、平等に過ぎていく。
時間は無慈悲に悲劇を過去に押しやる。
同時に、時間はどこまでも優しく心の傷の上に柔らかな雪のように降り積もっていく。
4歳だった子ども達はめまぐるしい日々の中で、すくすくと育っていった。
ルビーは小さな蕾が少しずつ花開くように、可憐に快活に育っていった。
アイの面影を宿しながらも、アイにはないそばにいると心がポカポカと温かくなるような、心が弾むような不思議な明るさと愛嬌を宿すようになっていった。
アクアは可愛らしい小石が少しずつ磨かれ、本来の輝きを放つように、美しくなっていった。
それは、宝石を覗き込むと、その角度や明かりによって乱反射し不思議な独特の輝きを放つように、魅入られるような美しさだった。
双子の成長を見守ることが、夫の残したプロダクションを守り、発展させることよりもミヤコにとっての生き甲斐になっていた。
双子が可愛く、美しく、優しく、賢く育つほど、ミヤコの人生は報われるような気がしたからだ。
そんなある日のことだった。
一緒に入浴することをアクアが拒むようになった。
ルビーは「お兄ちゃんったら、一丁前に恥ずかしがっちゃって~~」とニヤニヤと揶揄っていたのだが、ミヤコは不思議なほどにショックを受けていた。
アクアは10歳になる。
ただでさえ早熟なアクアならば、親と、それも母親と入浴することを恥ずかしがってもおかしいことなどない。
寧ろ、10歳になっても入っているのはマザコンと呼ばれる部類に入るのかもしれない。
しかし、ミヤコはアクアが拒むまで、その可能性を終ぞ想像すらしなかった。
アクアが自分を拒むはずなど無い。
当たり前の前提として、そんな考えが自身の中にいつしか芽生えていることに、当のミヤコ自身が気づき、困惑した。子どもを自分の分身、一部のように考える母親がいるとは育児を学ぶ上で知っていた。自己と同一化し、境界線があやふやである母親は時に我が子に異常な支配欲を押し付けることがある。所有欲と言い換えてもよい。
ミヤコはそんな事例を文献から読みながら、なんと醜く浅ましい母親がいたものか、と侮蔑の念を禁じえなかった。
しかし、アクアが大人になろうとしている兆しとして、自分の手から離れようとする動きを見せた時、自分もまた浅ましい母親だったのかという恐怖が過った。
「あら、アクアもそんな年ごろなのね」
そんな母親になどなるものかと嘗て抱いた決意を確かめるように、ミヤコはできる限り“理解のある母親”の顔をして、アクアの自立を喜んでみせた。
ミヤコは、その時の決意を死ぬほど後悔することになった。
気づいたのはルビーだった。
口では揶揄いながらも、兄との入浴の時間が無くなったことを寂しがっていたのはルビーも同じであったのだ。
アクアが一人で入浴するタイミングを見計らって浴室に飛び込んだ時、ルビーは不思議なものを目にした。
アクアの身体の至るところに付けられた痕。
ルビーは最初、いじめの傷跡だと怪しんだ。
話を聞かされたミヤコも同意見であった。
学校生活において、アクアは優等生としてそつなく過ごしているとはアクアから聞いてはいたが、子どもが親にいじめを受けていることを言い出せないという話など枚挙に暇がない。
子ども達は些細なことで嫉妬し、嫉妬は容易く攻撃性へと変換される。
変換された攻撃性は疫病のように瞬く間に拡大する。
キラキラネームと揶揄される本名のことで揶揄われたことは何度も聞いたことがある。
それだけではない、並ぶ者のいない学力、運動も卒なくこなし、同学年の男子生徒と比較しても大人びた物腰、そして美貌については言及することすら馬鹿馬鹿しい。
熱を上げている女生徒が数知れないとはルビーから聞いていたし、そうだろうと予想はつく。
持前の明るさと人懐っこさから容易く人の懐に入ってしまうルビーは常に多くの友人に囲まれてきた。そんなルビーとは異なり、クラスメートと談笑こそすれども、特別親しい友人をあまり作っている様子の無いアクアは、時として孤立しているようにも映る。
当のアクアはそんなことを気にすることもなく、どこ吹く風とばかりに本を読み耽っているのだが、それは女生徒にとっては大人びて魅力的に見えると同時に男子生徒からは鼻につく態度に見えたのかもしれない。
多感な年齢になり、異性の視線が気になり始める年ごろになるにつれ、そんなアクアを面白くないと思う男子生徒が出てきてもおかしくはない、悪い想像は加速度的に膨らむものだが、それはルビーとミヤコの共通認識であった。
ルビーは学校ではアクアの動向に目を光らせるようになった。
彼に少しでもちょっかいを掛けるそぶりを見せる男子生徒がいれば直接的な制裁も辞さなかった。そうでなくとも、学校内のカースト最上位にいたルビーを敵に回すことは、学校中の女子を敵に回すことに等しいのだから、そのような動きは見る見る内に消えていった。
しかし、それらは本当に些細な「ちょっかい」レベルでしかなかった。
アクアにあれだけの傷をつけるような生徒は終ぞ姿を見せなかった。
それでも、無邪気な我がままを装ったルビーは強引にアクアと入浴を共にする度に、アクアの身体に刻まれた痕は依然として存在するのだ。
アクアがいつ傷を付けられたのかが、自分の目を盗んで傷を付けた人間がいることがルビーには悔しく、腹立たしかった。
しかし、不思議にも思った。よくよく見ればアクアの傷は殴られた、或いはぶつけられた痕ではないように見えた。殴られて痣が出来る経験こそ無いが、転んだ拍子に生じた鬱血についてはルビーは“とてもよく”知っていたからだ。
「なんかね、虫に刺されたみたいな痕がいっぱいあるの。もしかして、お兄ちゃん変な病気になってるんじゃ…」
たった一人の肉親であり、たった一人「秘密」を共有する同志でもある兄の身に降りかかったかもしれない理不尽の可能性にルビーは身体を震わせた。
顔を青くするルビーのつぶらな瞳には、想像の中で加速する兄の身に訪れた不幸により次第涙で溢れていった。
しかし、ルビーから話を聞いていたミヤコは、ルビーとは異なる理由で顔を青くしていた。
アクアを自室に呼びつけると、ミヤコは注意深く、慎重にアクアに「ある事実」についての確認を行った。
「そうだよ」
呆気ないほどアクアはそれを認めた。
同時に、入浴を拒むようになった理由も。
「余計な心配を掛けたくなかった」そうアクアが口にした瞬間に、ミヤコは弾かれたようにアクアの頬を張った。
そして、同時にアクアを抱きしめた。胸の中に、包み込むように、守るように。
「余計なって何よ!バカ!何が余計なの?貴方を心配することが余計なものですか!!」
部屋の外で聞き耳を立てていたのであろう、ルビーもすぐに部屋に飛び込んできた。
ミヤコが声を荒げたのを、叱りつけているものだと思ったのだろう、兄を何とか弁護するべく部屋に飛び込んだルビーが見たのは、いつも完璧なまでに整っている美貌を涙でぐちゃぐちゃにした養母と、そんな彼女の顔を彼女に抱かれた胸の内から不思議そうに見上げている兄の姿であった。
部屋の外から、兄の身に起きていたことを、完全ではないにしろルビーもまた聞き、理解していた。
「行為」の内容こそ知らないものの、兄が大人の欲望の餌食にずっとされていたのだと、ルビーは本質を十分に理解していたからこそ、ミヤコに抱きすくめられているアクアの腰に噛り付くように抱き着くと、ルビーも声を上げて泣きだした。
自分に抱き着いて、涙を流す二人の女を交互に見ると、アクアは戸惑いの表情を、一瞬、けれども確かに、幸せそうに緩めると、静かに呟いた。
「ありがとう」
心配をかけたことへの謝罪ではなく、心配をされたことへの感謝がまず口を付いて出たことに、ミヤコは更に胸を締め付けられる。
自分に心配されるだけの価値が無いと思っているからこそ、そんな自分を心配してくれたことが少年にとって幸福で、有難いことであったのか、そう思うだけでミヤコは胸の奥を刃で切り裂かれたように痛みを訴える。
「これからは、なんでも私に話して?」
「話してるつもりだけど…」
「嘘おっしゃい。いい?なんでもよ?」
「圧が強すぎる…」
浴槽のなかで、アクアを膝の上に載せたミヤコは、濡れた蜂蜜色の髪を指で梳きながら、噛んで含めるようにアクアの耳元で囁く。
擽ったそうに身を捩るが、決して逃がさないようにアクアの腹の前まで回された腕に力を込めて、アクアの身体を自分に引き寄せる。
「言いにくいことも話しなさい。どんな些細なことでもいい。悪いことも、良かったことも、全部」
「それは無茶でしょ」
「無茶なことを言ってる自覚はあるけれど、そうでもしないと貴方は危ないことがよくわかったわ」
抱き寄せた身体の感触に懐かしさすら覚える。
たった数ヶ月の隙間が、どれほど自分にとって深く広く彼方まで続く地割れにも思えた。
同時に、こんなにも大きく成長していたのかという驚きに眩暈すら感じた。
小さくて華奢な子どもであることには変わりないはずなのに、その身体には確かに「男」としての硬さやしなやかさが宿りつつあった。
「ミヤコさん、そこまで束縛強めだったっけ?」
「…ッッ、誰のせいだと思ってるの?」
「ゴメン」
振り返り、自分を見上げるアクアの顔立ちが不意に大人びて見えて、思わずどきりとしたミヤコは、声を上ずらせてしまう。
身体の成長といい、確実にアクアが大人に、男になっていることを自覚した途端、ミヤコの胸が早鐘を打つ。
それは、子猫だと思っていた可愛らしい赤子が、豹であったのだと気付いたような衝撃であった。
白い肌にいくつも穿たれた赤い痕の意味に思い至る。
これを付けた女教師は、この宝石のような少年の美しさに魅入られたのだろう。
そして、既に相手が子猫から豹になりつつあることにも気づいたのだ。
赤子なら、子猫ならば躊躇するが、豹であるならば、大人になりつつあるのだから。
だから、いいだろう。
そう自分に言い聞かせて、アクアの成長を欲望を吐き出すことへの免罪符にしたのだ。
息子の成長を歪んだ性癖の都合のいい言い訳にしたのだ。
そうやって薄汚い虚飾で自分の罪悪感を多い隠して、私のアクアを食い物にしたのだ。
この美しい子を食らったのだ。
アクアを抱きしめるミヤコの表情は刃物のように冷たく、品の良い形に膨らんだ唇は傷口の裂け目のように歪に引き結ばれていた。
その表情は、我が子を傷物にされた母の怒りというよりも ────
「今日はどうして遅かったのかしら?」
胸に抱いた蜂蜜色の髪を指で梳いてやりながら、アクアの顔を覗き込む。
「ルビーずっと待ってたのよ?」
「だからダッツで」
「物で妹のご機嫌を取るのはやめなさい」
可哀想に、今日は久しぶりに動画配信も無いからとMEMとの食事も断って帰って来たのに。
それなのに、この子と来たら九時になろうとする頃にやっと帰ってくんだもの。
「でも、めちゃくちゃ喜んでたし」
「それは貴方の心遣いが嬉しかったのよ。本当は少し高いアイスなんかより貴方と一緒に夕食を食べたかったのよ。わかってるんでしょ?」
「反省はしてる…」
「それで?どうして遅くなったか聞いてないのどけど?」
「ニノさんとホテルに行ってきた」
買い食いを報告する子どものように少し申し訳なさそうに眉を寄せるアクアに絆されそうになるが、グッと堪える。
甘やかすばかりが母親の仕事ではない。
「またなのね。ふーん…あの子も大概ね。避妊は?」
「した。ピル飲むから」
「コンドームは付けなかったのね?」
わざと正式名称を言ってやる。
イヤミが伝わっているのだと、渋くした顔が物語って少し気分が良くなる。
「その方が気持ち良いからって」
「既婚者の行動とは思えないわね。言いなりになるのは良しなさい。それとも、ニノと子どもが欲しいの?」
「まさか」
「なら気を付けなさい」
「わかったよミヤコさん」
「それで、気持ち良かったのかしら?」
「排泄行為には何にだって快感は付きものだろ?」
「最低な物言いだわ。女との行為を排泄行為呼ばわりするなんて、どうしてこんな子に育ったのかしら」
「ごめん」
しゅんと項垂れる息子に、ようやく溜飲が下がる。
悪いことをしたのだから、叱るのは親として当たり前のこと。
そして、十分に反省したのなら、今度は元気を無くした子どもを慰めるのも親の当然の務めだろう。
「はい、今日の報告は終わり。アクア、いいわよ?」
頷くと、アクアの手が私のキャミナイトドレスを手繰り上げる。
薄い黒のレースはこの子が私に買ってくれたもの。
大人の男の欲望が透けて見える、大人の女の色気を求めたデザインは、割と嫌いではない。
私自身の好みには合致してる。女の欲しい言葉はなかなか寄越さないくせに、女が自覚せず求めていた行動や物を与えるのは本当に上手い。
たくし上げられて、剥き出しになった膨らみの先端に、アクアはおそるおそる口を付ける。
「…強く、してもいいのよ?」
そう言うと、乳房に吸い付く力が勢いを増す。
出るはずの無い母乳を求めるように、アクアの口の動きは激しく、執念深く、遠慮も無くなっていく。
「あっ、んん、ふっ、んっんん、ふ…」
赤子への授乳では生じるはずの無い卑猥な水音に、体中が熱で炙られたように蕩けていく。
私の胸を貪るアクアの口の動きが、母親から母乳を搾り出す目的のものから次第に女から快楽の根を引き摺り出すように卑猥に、独占欲を滲ませた口淫へと変わっていく。
何度達したのだろう。
女を、母を、貪欲に求めるように、アクアは私の胸に縋りつき、貪り続ける。
母乳が出ないことに癇癪を起こす子どものように、縋り付いて離れない姿に哀れみと、言い知れぬ愛しさを覚える。
「アクア、仕方のない子ね。いらっしゃい」
そっと開いた両脚でアクアの腰を絡め取る。
可愛い顔に似つかわしくない凶暴なまでの欲望を迎え入れながら、今は亡き彼の母を思う。
不憫なアイ。
哀れなアイ。
可哀想なアイ。
貴女はコレを知らずに逝ってしまったのね。
母と女の境界にまたがるような快楽に脳の奥がゆっくりと融解していく感覚が堪らなく心地良い。
自分の胸にむしゃぶり付く、汗に濡れた美しい我が子の顔を撫でる。
あぁ…
なんて愛しい私の