アスカが寝付けず目を覚ましたのは深夜一時のことだった。
リビングから明かりがもれており、顔を出すとシンジが二人掛けのソファーに座ってノートパソコンと向き合っているのが見えた。
「ごめん、起こしちゃったかな」
アスカに気づいて、シンジが申し訳なさそうにこちらを振り返る。
「ちょっと喉が痛くて、目が覚めちゃっただけ」
酷いわけではないが、少し喉の奥がイガイガする。放っておくと悪化するかもしれない。
「いつ帰ったの?」
「んーと……十時くらい」
「晩御飯は?」
「食べたよ」
シンジは台所を指差した。指の先を視線で追うと、空になったカップラーメンが流しに放置されているのが見えた。
「だめよ、ちゃんと食べないと。最近ただでさえ残業多いんだから」
「うん。でも……」
週末アスカとゆっくりしたいから……という台詞が聞こえて、アスカは頬を染めて口を波うたせた。
「喉、どんな感じ? よかったら、はちみつの紅茶とセットで、なにか夜食でも作ろうか?」
「え、いいの?」
「少し休憩しようと思ってたから、いいよ」
シンジは大きく伸びをしてからキッチンに立った。昔から使用しているエプロンを身に付ける。少しの料理でもエプロンを付けるのは、子供の頃からの癖みたいなものだった。
「ホット? それともアイス?」
「ホットがいい。とびきり甘いやつ」
「りょーかい」
シンジは食器棚からお揃いのマグカップふたつとティーポットを用意した。ティーポットに大さじ一杯程度の紅茶の茶葉を入れ、湯沸かし用のポットからお湯を注ぐ。
「手伝う」
「いいよ、大丈夫。座ってテレビでも観てて」
言いながら、シンジは冷蔵庫を開いて中の食材を確認した。
「ピザトーストならすぐに作れそうなんだけど」
「やった〜それがいい」
シンジが作ってくれるものならなんでもーという言葉が頭に浮かんだが、浮かれすぎだと思って、アスカは口には出さなかった。
シンジは冷蔵庫からケチャップとピザ用チーズにピーマン、それから冷蔵庫の脇に保管している玉ねぎを取り出した。
手際よく玉ねぎの皮を剥いて包丁で薄切りにし、ピーマンはヘタと種を取り除いて輪切りにする。六枚切りの食パンにケチャップを塗り、その上にたっぷりのチーズ、玉ねぎとピーマンを乗せ、仕上げに黒胡椒を少々。それをアスカのお気に入りの紅いレトロなオーブントースターに敷いたアルミホイルの上に乗せ、スイッチをオンにする。
アスカは先ほどシンジが腰掛けていたソファーの隣に座ると、リモコンでテレビの電源を入れた。ちょうど古い映画が流れていたので、ぼんやり眺めることにする。
「紅茶、ミルクも入れようか?」
「シンジも入れる?」
「そのつもり」
「じゃあ、私も入れる」
シンジは、今度は冷蔵庫から牛乳を取り出し、別のマグカップにふた口分注いで、電子レンジにかけた。
お揃いのマグカップにはちみつを入れ、その上から紅茶を注いで、レンジで温めたミルクを最後にかける。
少しの時間差でオーブンのピザトーストも出来上がったので、シンジは食べやすいように四等分してからお皿に移し、アスカの前にはちみつミルクティーと一緒に並べた。
「やだ、おいしそう」
「簡単なもので申し訳ないけど」
律儀にいただきますをしてから、アスカはまずマグカップを両手でそっと包み込んで口元に運んだ。
「あま〜い。おいしー」
「喉にいいと思うから、ゆっくり飲んでね」
シンジはアスカの隣に座ると、ノートパソコンで仕事を再開した。
「テレビ、消そうか?」
「おかまいなく」
アスカはテレビの音量をしぼってから、今度はピザトーストにとりかかった。
トーストをひと切れ持ち上げると、チーズがとろりと伸びる。アスカはふぅーふぅーと息を吹きかけてから、トーストを口に運んだ。玉ねぎとピーマンのシャキシャキ感ともっちりしたチーズの相性がたまらなくて、思わずアスカは右手を頬にあてた。
静かな時間だった。
テレビの中の古い映画はクライマックスに差しかかっているらしく、主人公らしき男性とヒロインらしいブロンドの美女が激しい口論の末に仲直りし、抱擁の後に熱いくちづけを交わしていた。
アスカはピザトーストを自分とシンジの口へ交互に運びながら、シンジの顔をチラチラと眺めていた。
「仕事、どんなもん?」
「明日のプレゼン用の資料作成はほとんどできたから、あとはフォントを整えたらとりあえず終わりかな」
言いながら、シンジはノートパソコンのディスプレイから目を離さず、キーボードを入力する速度も緩めない。
映画の二人は何度もキスを繰り返していた。アスカは膝を立てて、テレビの画面を凝視している。
「ごめんね、アスカ。もう終わるか……」
言い終わる前に、シンジの身体が小さく跳ねた。アスカがシンジの肩に頭を預けたからだ。
シンジのキーボードを操作する手が遅くなる。
「あの…アスカ……?」
「んー……?」
「手が…その……」
アスカはシンジのシャツの裾から手を入れて、シンジの胸を直に撫で回していた。
「まだ、水曜日……」
「だから?」
映画の二人は、抱き合ったままベットに倒れ込んだ。
アスカは潤んだ瞳でシンジをじっと見つめる。
「いや?」
「いや……じゃない」
シンジの両手は、完全にキーボードから離れた。
「風邪、うつるかな……?」
「いいよ、うつっても。そしたら……」
静かな夜だった。
アスカが先にそっと目を閉じ、シンジは薄く目を細めた。
「……週末は、家でごろごろしよう」
顎を少し上げたアスカの唇に、シンジの顔が近づいてー……。
「ん……ふ……」
昔の映画らしい、主人公の男性とヒロインらしいブロンドヘアーの女性がベットの上で愛し合っている。
テーブルのノートパソコンは、ファイルも保存されずに電源が入ったままだ。はちみつミルクティーのマグカップや衣服も置き去りにして、二人はもう、ソファにはいなかった。