二人のマンションにこたつがやってきたのは、都心で観測された初雪が本格的な冬の到来を告げた十一月下旬のことだった。
きっかけは、マンションのエアコンの暖房の効きが弱くなったことだ。業者にエアコンのクリーニングを頼もうにも、急に冷え込んだ影響かどこの業者も予約が混み合っていて、三週間は待たないといけないという。電話を切った後に悪態をついていたアスカに、シンジはこう言った。
「いい機会だから、こたつでも買おうか?」
※
「できたよ、アスカ」
肌寒いが、天気のいい午後。
リビングの掃除とソファーの配置換えから始まり、業者が運び込んだパーツもあっという間に組み立てて、シンジはわずか二時間足らずでリビングの中央に敷いたカーペットの上に「こたつ」を鎮座させた。シンジの家事全般に関するこの手際の良さは、これから十年経っても真似できないだろうなとアスカは思う。
「なんか、机が分厚いスカートはいたみたいね」
大人になるまでテーブルにイスで過ごしてきたアスカが素直な感想を口にしたので、シンジはぷっと吹き出した。
「入ってみていい?」
「どうぞ」
夏の終わりに「彼氏ができた」と手紙で伝えてから連絡を取り合うことが増えたヒカリに「こたつを買う」と言ったら、「あれは人を堕落させる伏魔殿だから、覚悟した方がいい」と返された。
そんな大袈裟な……と思い返しながら、アスカはこたつといっしょにシンジと選んだ二人掛けの座椅子に腰をおろして、こたつ布団の中に両足をそろそろと忍ばせた。
「あ……」
思わず妙な声がもれる。
なるほど、これは確かにじんわりあたたかい。少し冷え性な自分にはありがたいアイテムだ。持ち帰りの仕事も、足元が冷える書斎のデスクより、こちらにノートパソコンを持ち込んだ方がはかどるかもしれない。
「どう、初体験の感想は?」
「うん。なんか、快適」
シンジはにこにこ笑顔で両手をこたつ布団の中に入れているアスカを見ていた。
「使えば使うほど、気に入ると思うよ」
「……?」
ヒカリとシンジから言われた「堕落」や「気に入る」という言葉の意味がわかったのは、背中を倒した座椅子をベッド代わりに、こたつから顔だけ出して寝入っていることに気づいた時だった。
「おはよう、アスカ」
キッチンからシンジの声がする。
座椅子を起こして座り直すと、エプロン姿のシンジがタオルを持って近づいてきた。
「ごめん、寝てた……」
「仕事で疲れてたんだよ。おかげで、アスカのいい寝顔が見られた」
言いながら、シンジがタオルを差し出してくる。何かと思って手をやった口元から大量のよだれが垂れていて、アスカは短い悲鳴をあげた。
「うそっ」
「ほんと。喉乾いてない? あったかいのと冷たいの、どっちがいい?」
「あぅ……冷たいのがいい」
「りょーかい。アップルティー残ってるから、持ってくる」
シンジがアスカに軽くハグをしてからキッチンへ戻っていく。アスカは大きく伸びをしてから、窓際に立って外を眺めた。
冬の黄昏時は短く、夜の帷はすでに降りていて、自分が二時間近くも眠り込んでいたことを理解した。
夕食前に二人で入浴を済ませ、シンジが夕食の準備をしている間に、もう一度こたつに入る。
落ち着く。
これは、なにか……。マズい気がするアスカだった。
「今日はけっこう、自信作かも」
TVを眺めながらだらだらしている間に、シンジはこたつの上に夕食をずらりと並べ始めた。
レタスときゅうりのチョレギサラダに、揚げ出し豆腐、チーズがたっぷり乗ったグラタン、だし巻き卵、焼き鳥にシーフードのピラフまである。
いわゆる、居酒屋風メニューだった。お酒を堪能できる料理がいい、とリクエストしたのを覚えていてくれたらしい。
「すごい」
アスカが素直に感嘆すると、シンジははにかんだ笑顔を浮かべて、アスカの隣に腰をおろした。
二人並んで、こたつ布団を腰のあたりまでかける。「ほっこり」という言葉を聞いたことがあるが、なるほどこれにはその表現がぴったりだった。
「ほんとはさ、こたつもだけど、こうしたかったんだ」
シンジがおもむろにこたつ布団の中でアスカの手をにぎって、アスカはポッと顔を赤らめた。
「うん……」
シンジの手は冷え切っていた。ずっと台所で晩酌の用意をしてくれていたからだ。
申し訳なくなって、アスカはシンジの手を自身の胸のあたりに引き寄せ、両手できゅっと包み込んだ。
「なんか、私のお願いばっかり聞いてもらってる」
「気にしなくていいよ、そんなの」
「シンジは、私にしてほしいこととか、お願いとか、ない?」
「うん……そうだね」
シンジはやさしく微笑んだが、言葉を濁した。
お願いーと言われて、思うところはあるが……。
それはまだ、アスカには秘密にしておきたかった。
「二人でゆっくり、こたつで晩御飯が食べたいな」
シンジはアスカの腰を静かに抱き寄せる。二人の唇がそっと重なり、まだお酒も飲んでいないのに、アスカの体温はほんのりと上昇した。
レモンチューハイで乾杯をして、二人とめどない話をしながら晩酌をゆっくり楽しんだ。愛する人と、週末にリラックスした時間を過ごす。これ以上の贅沢はないだろう。
片付けと洗い物は二人で分担した。
「こたつと言えばみかんだね」とシンジが言い出して、事前に買っておいたらしいみかんをまたこたつに戻って二人で食べた。こたつで食べる冷えたみかんは、ほんのり甘くて確かにおいしかった。
三本目のチューハイを冷蔵庫から出した時、シンジに手招きされて、アスカは背後から抱きしめられる形で背中をシンジに預けた。
「明日は、ゆっくりしようね、シンジ」
「うん……」
下半身はこたつが、上半身はシンジがあたためてくれる。冬の寒い日に、こんな幸福の形があったとは。
アスカはしばらく、胸元に回されたシンジの二の腕に顔を埋めていた。
カランと氷が溶けて、チューハイを入れたグラスが汗をかき始める。その雫のひとつがグラスの外側を伝い落ちた時、うなじにシンジの唇が押し当てられて、アスカの身体はピクンと小さく跳ねた。
それから、いつもならいそいそとシンジの両手が胸に伸びてくるのだが、今夜は唇が首筋から動いてこない。
「シンジ……?」
すぅすぅという呼吸が耳元に響いて、アスカはシンジが眠ってしまったことに気がついた。
シンジだって、仕事で疲れが溜まっているのだろう。それなのに、部屋の掃除から手の込んだ夕食までこなしてくれたのだ。
抱きつくような格好で眠ってしまったのが、なによりアスカにはうれしかった。安心している時、人は眠くなる。夕方、自分がこたつで眠ってしまったように。
起こさないように注意しながら、アスカは座椅子にシンジをもたせかけ、そのまま慎重に後ろへ倒す。よほど疲れているのか、シンジは両手を大の字に開くように倒れ込んだ。
残ったチューハイで一人晩酌を続けようかと逡巡したアスカだったが、そのまま自身もシンジの隣に倒れ込んだ。せっかくのシンジの腕枕だ、堪能しない手はない。
アスカはしばらくシンジの寝顔を眺めていたが、すぐに我慢できなくなって自分の身体をシンジの上に移動させた。またがる形で覆い被さり、耳から頬にかけて静かに指を滑らせる。
ーホント、寝てると子供みたいね。
しばらくぽにぽにとほっぺたを堪能した後、アスカは半開きになっているシンジの口元に顔を近づけた。
「ん……」
下唇についばむようなキスを数回。シンジの口から小さく息が吐き出されるのを見計らって、アスカはシンジの吐息ごと飲み込むように唇を合わせた。
目を閉じて、吸いつくように何度もシンジの唇を味わう。薄い粘膜のように互いのリップが密着するたびに、少しずつ唾液が愛液のように溢れて二人の唇を濡らした。
こたつなんて目じゃない。
シンジの耳たぶから、頬、うなじへとキスを繰り返すだけで、アスカは身体の中心から熱い何かがこみ上げてくるのを自覚した。それは瞬く間に全身に広がって、アスカをやさしく満たしていく。そのぬくもりを、アスカはシンジともっと共有したかった。
「ん…アス、カ……?」
シンジが目を覚ましたのは、アスカがシンジのシャツをはだけて乳首にチロチロと舌を這わせている時だった。
「うわっ…ぷ……」
アスカは荒くなった呼吸をシンジに流し込むように唇を重ねた。今度はすぐに舌を差し込む。シンジもすぐに舌を返して、アスカの頭を抱え込んで深いキスを繰り返した。そうしてアスカの背中を支えながら、もう一方の手で倒れたままの座椅子を起こす。
「寝ちゃってた……ごめん」
アスカは返事をする代わりに、シンジの手を自身のパジャマの裾野に導く。言葉よりも、今はシンジが欲しかった。
「あっ……ん……っ」
シンジの手がパジャマの中にゆっくりと滑り込む。彼の繊細な両手が腹部から双胸、そして頂きにある桜色の突起へ到達して、アスカは身悶えした。
「アスカ……?」
アスカの乳房をもてあそびながら、シンジはお互いの下半身の違和感に気がついた。
アスカはすでにパジャマのズボンもショーツも脱ぎ去っており、シンジ自身のスウェットも半分ほどずらされ、固く屹立した男性自身を露出させていた。しかも、避妊具まで装着されていたのである。
「いつの間に……」
アスカはいたずらっぽく笑うと、膝立ちをして自分の中心をシンジの中央に移動させる。
シンジは無意識にゴクリと喉を鳴らした。アスカの秘部からはすでに大量の愛液が溢れていて、滴り落ちたそれがシンジ自身に付着し、妖艶な光を放ったからだ。
「アスカ、ちょ、ちょっと待って」
胸から手を離さないくせに、どの口が言うのか。
アスカはシンジの額に舐めるようなキスをしてから、ゆっくりと腰を落として、シンジ自身に自らを埋没させていく。
「ん……シン、ジぃ…」
それが本来の形であるかのように、シンジとアスカの中心はぴったりと密着した。先に歓喜の震えを起こしたのはどちらだったのか、二人にはわからなかった。
「はぁ……あ……」
シンジはアスカの乳房から指を離し、彼女の腰に腕を回して抱き寄せた。
アスカはこすりつけるように腰を前後に動かしながら、シンジの首に両手を回して、今度は互いの唇を密着させる。
互いの舌と秘部が同時に絡み合う。こたつ布団が邪魔をして激しく動くことはできないが、かえってそれが心地よかった。
「ん……あったかい…あっ……シンジ」
今度はシンジをしごきあげるように上下の動きに切り替えながら、アスカの吐息は少しずつ激しさを増していく。
キスを忘れないようにしながら、しかしシンジは早くも達しそうになっている自分に驚いた。
「はぁ…はぁ……アスカ」
「なーに?」
「まさか…う、ぁっ……僕が、寝てる間に……」
アスカは目を細めてシンジのうなじに舌を這わせる。それだけで、シンジは危うくもっていかれそうになる。
「シンジの……ピクピクしててかわいかったわよ」
後でもう一回してあげるからー。
しまった、とシンジは思った。こたつで寝てしまったのはまずかった、おかげで今夜はきっと、アスカのペースだ。
シンジもアスカも、互いの素肌を重ねて密着させるあの瞬間が好きだった。
暖かくはあるが、裸で抱き合う瞬間の安堵感が、こたつとパジャマに阻害されている。にもかかわらず、二人の一番敏感な部分だけが隠れてぷちゅぷちゅと逢瀬を重ねている。そのもどかしさが、二人をいつも以上に昂らせた。
アスカのつぼみから溢れた愛液がソファーまで達して小さな染みを作り始めた頃、二人はくちづけを重ねながら、しっとりと身体が汗ばんでくるのを感じた。
「裸……見たい」
シンジはとうとう降参した。
「うん……私も……」
名残惜しそうに、アスカが離れていく。
くちゅ…という音と共に、シンジはアスカを感じることができなくなった。
「きゃ……っ⁉︎」
シンジはたまらず、アスカをお姫様抱っこで抱き上げて寝室へと移動した。
必死に自制心を働かせ、なんとかやさしくベッドの上にアスカを寝かせたシンジだったが、それ以上は我慢できず、荒々しくアスカの唇を自身の唇で開かせると、唾液がこぼれるのも無視して深く舌を差し込んだ。
「ん…ん……」
二、三度服の上から胸を揉みしだいてから、シンジは乱暴にアスカのパジャマのボタンを外しにかかった。同時に、アスカもシンジのシャツとスウェットパンツに手をかける。
互いに露わになった地肌に触れながら、二人はめちゃくちゃに抱きしめ合った。
再び、ビクビクと硬度を増したシンジのそれがアスカの濡れそぼった秘所に触れる。シンジが擦りつけるようにそれをアスカの中心に当てがうと、アスカは自分から両脚を開いてシンジを受け入れた。
深く……。
貫くー。
「あっ! あッ!」
最奥にシンジが触れた瞬間、それだけでアスカは達してしまった。
「シン、ジ……っ!」
恍惚とした表情でアスカがしがみついてくる。シンジを離すまいと、呼吸もできないほどのキスを繰り返す。
シンジを獣に変えるには、それで充分だった。
「アスカ……ッ!」
速く、巧みに角度を少しずつ変えながら、シンジは腰の動きを加速させた。限界まで自分自身を引き離し、一気にアスカの最新部にうちつける。いち往復ごとに、二人の吐息と喘ぎ声は乱れていった。
ぐちゃぐちゃに溢れ過ぎている。
あまり長くはもたないことを、シンジもアスカも理解していた。
「あっ! やッ!」
「はぁっ! はぁッ! アスカッ!」
シンジは、アスカの膝に両手を添えて下腹部の角度を鋭くした。欲望は下半身の先で膨れ上がって、いつ爆発してもおかしくなかった。
「シンジ! シンジッ!」
「もうっ……い、イクッ!」
「いいよッ! きてッ!」
互いに両手を結んで激しく結合しながら、とろけるようなくちづけを交わす。
瞬間ー。
シンジは限界に達した。
「ん……⁉︎ あっ! あぁッ!」
「く……あ…アスカ……」
シンジは、欲望と愛情が混ざり合った自分自身の全てをアスカの中に激しく注ぎ込んだ。避妊具がなければ、アスカの中から溢れてベッドのシーツにまで滴ってしまうほどの量だった。
「う、ぁ……っ」
情動は、いくら流し込んでも止まることがなかった。小さく震えるシンジの背中にアスカが必死にしがみつき、いさめてくれる。全てを放出した後も、アスカが腰に絡めた両脚を緩めなかったのが、シンジはうれしかった。
「シンジ……」
「ごめん、アスカ。二人とも、汗だく……」
離れようとするシンジを、アスカはなおも抱き寄せ、何度も唇を貪った。
「好き、シンジ……」
「アスカ」
「大好き……」
アスカがシンジのうなじから肩口、そこから胸に指を這わせる。
もっと……と、アスカの瞳は訴えていた。
それだけで、アスカの中で衰えかけていたそれが再び精力を取り戻し始めるのがわかって、シンジは心の中で苦笑した。
「寒くない、アスカ?」
「平気。すごく……ぽかぽかしてる」
今度は軽くくちづけを交わして、互いの頬をすり寄せる。くすぐったそうにするアスカを、シンジは愛おしそうに抱きしめた。
「好きだよ、アスカ」
「うん。知ってる」
アスカは無邪気な笑顔をシンジに向けた。
シンジは思う。
自分といることで、心まで、あたたかくなってくれるといい。自分と同じように、アスカもそう思ってくれているといいー。
それがー。
ちっぽけな、たったひとつの、シンジの願いだ。
※
「寒い……っ」
布団から両手を出した時、アスカは思わず悪態をついた。
タイマーにしておいた暖房の効きはやはり良くないようだ。ベッドサイドの置き時計は朝の九時を指し示しているが、部屋の中は底冷えしているような気配があった。
カーテン越しに差し込む朝日が眩しい。カーテンの隙間に目を凝らすと、粉のような雪がちらついているのが見えた。どおりで寒いわけだ。
完全に寝坊した。しかし一週間分の買い物は、昨日のうちにデートがてら済ませてある。雪は積もらないだろうから、今日はランチを兼ねて近場に出かける程度にして、家でだらだら過ごすのがいいかもしれない。
ーこたつ……。
二人座椅子に腰掛けて、シンジに淹れてもらったカフェオレを飲みながら、のんびり映画を観る。それはとても楽しい想像だった。
「う……ん……」
シンジの寝言で、アスカは振り返った。
いつも早起きのシンジが、今日は珍しくまだ隣でまどろんでいる。深夜まで自分のわがままに付き合ってくれたからだろう。
無理しちゃって。
「あんた、バカ……」
アスカは、自然と心の内に浮かんだ台詞を口にした。
「ん……アスカ……」
アスカの言葉に反応したように、寝ぼけたシンジがアスカを胸元に抱き寄せた。
とくんと胸が鳴る。二人溶けるように愛し合うのとはまた別の幸福感と安心感が、シンジの全身を通してアスカを包み込む。
アスカはシンジの胸に顔を埋めると、左手を彼の胸に添え、右手を背中に回して抱きしめた。
ーこたつなんて目じゃない。
身も心も、あたためてくれる人がいる。
シンジのぬくもりを感じながら、今日はこのまま昼過ぎまで、まどろんでいようと思うアスカだった。
ぴったりと、二人、磁石のようにくっついたままー。