君に愛されて重かった 三流力士と限界キャバ嬢 作:馬門戒明/輪島ライ
夜7時からのシフトに備えて更衣室でいつものドレスに着替えていると、1歳下だがここでは私より1年先輩になる22歳女子大生のサクラちゃんが話しかけてきた。
「ねえねえミズキちゃん知ってる? 今日9時からこの店にお相撲さんが来るんだって! 昔からたまに来てるらしいけど私お相撲さんの相手するの初めてなんだよね~」
「えっ、キャバクラってそんなお客さんも来るんですか!? それは何というか……」
「しかもしかも、ここだけの話なんだけどお相撲さんの中にはあの有名な
「へえー、それはすごいですね。私そもそもお相撲って全く見たことないですけど……」
東京都内の名門美術大学の一つ、多摩美術大学の情報デザイン学科を去年卒業した23歳の私の今のお仕事は新宿区にあるキャバクラ「グラビティ」に務めるキャスト。
お母さんが不倫相手と蒸発してから警備員として私と弟2人を育て上げてくれたお父さんに私立大学の学費を払って貰うのが申し訳なくて始めたキャバ嬢のアルバイトだったけど、ゲーム会社にもIT企業にも就職できなくて未だにキャバ嬢で生計を立てている現実は直視したくなかった。
そんな私だけど……
「ミズキ様、今日は来てくれてありがとうございます! 俺ミズキ様ともっと話したくてお金を貯めてきたんです!!」
「あら、研修医さんがそんなことに安いお給料を使ってしまっていいのかしら? 大体水商売の女と結婚なんてできるご身分じゃないでしょう?」
「そんなことないですよ、俺だってできることならミズキ様と結婚したいです! でも結婚するよりもずっとお客さんとしてミズキ様に見下されていたいんです!!」
「かわいいことを言うのね、そういう変態なお医者様はあたしも嫌いじゃないわ。ほら、もっと近くに寄りなさいな」
4年間近くのアルバイト生活ですっかり女王様キャラが板についてしまい、今ではいかにも女の子にモテなさそうな男たちがこぞって私を指名してくる。
いわゆるチー牛でも童貞でも弱者男性でも、キャバクラではお金さえ払えば皆平等なお客様。
もちろん相撲取りでもお客様には他ならないので、私は開店前から店の前で待っていたお馴染みの研修医さんの相手をしながら夜9時からやって来るという相撲取りの集団を待っていた。
研修医さんと近くの会社の部長さんがそれぞれ1時間ずつ接待されて帰っていくと、店の前からズシンズシンという大きな足音が聞こえてきた。
「やあやあ我らこそは日本相撲協会職員一同、本日は新人力士を大勢連れてきましたよ。そして本日のお目玉はこの方でございます」
「この店この店本当にいい店だ! かわいいオンナノコがこんなに大勢いて来ないなんてあり得ない話し!!」
「きゃあっ、生の夜赤龍さんだぁ~!! 後でサイン貰えませんかあー!?」
店に入ってきたのはざっと見て15人ほどの力士たちで、稽古を終えてお風呂に入ってからやって来たらしい彼らは誰も彼も巨大な身体から湯気を沸き立たせていた。
力士が15人も店内にいるとキャスト以外は座るスペースもなく、先ほどから次々にお客さんが帰っていたのはこのためらしかった。
「キャストの皆さん、今日は11時までお相撲さんたちで貸し切りになるのでどうか楽しくお話してあげてください。新人力士さんは誰も指名してないけど、適当に組んで貰えるかな? あ、ミズキ様も珍しく指名されてないね」
「そうなの? あたしは誰だってお相手できるけど……」
「はい、はい! 僕ミズキ様を指名させて欲しいです。こんな僕で嫌じゃなかったらだけど……」
店長が新人力士を店にいたキャストたちに割り当てていると、力士の群れの最後列を歩いていた力士さんが手を上げて話しかけてきた。
その力士さんは身長はパッと見で180cm程度、体重は120kgでは済まなさそうな巨漢で、その体格に見合わない気弱そうな雰囲気が特徴的だった。
わざわざ自分から指名してくれたお客さんを断る理由もないので私はその力士さんを担当してあげることにして、目立たない場所に座りたそうな力士さんの希望に応じて店の隅の座席に腰掛けた。
一応人気キャストである私は普段は店の真ん中辺りで接客しているのでこの辺りから店内を眺めるのは珍しいと感じていると、力士さんはおずおずと自己紹介を始めた。
「あの……ミズキ様。今日はよろしくお願いします。僕、今年で23歳になる序二段の力士で四股名は
「あらそう、そうやって自分が不慣れだと自覚している男性は嫌いじゃないわよ? あたしも一応自己紹介しておくけど、この店に務め始めて4年目になるキャストのミズキです。ここだけの話だけど、実はミズキって本名と同じ名前なの。もちろん漢字は非公開よ」
「やっ、やっぱり!? やっぱり君は……」
鬱之郷と名乗った力士さんはそう言うと大きな両手でテーブルに置かれていた私の手を握り、私は気弱な男性の突然の接近に珍しくドキッとした。
「どうしたの? それは初心者の強がりかしら?」
「小学校と中学校で一緒だった
「はいっ!? いやそんな、私お相撲さんの知り合いなんて……」
思わず一人称を忘れつつ呟いた私だが、丸々と太った鬱之郷の顔を見ているとある人の面影が浮かんできた。
そういえば千代田区内にある公立小学校の幼馴染で、お互い進学した公立中学校ではバスケ部に入っていた男友達があの頃……
あの頃……
「まさかとは思うけど……
「そうだよ、僕あの時の宇津田崇人だよ! 中2の時にお父さんが心筋梗塞で死んじゃって岐阜県にあるお母さんの実家に引っ越したんだけど、まさか東京に帰ってきて瑞貴ちゃんに再会できるなんて。僕すっごく嬉しいよ、だってあの時から瑞貴ちゃんのこと……」
鬱之郷が嬉しそうに話し始めたのに気づき、私は慌てて彼の大きな口を小さな右手で封じた。
「しーっ、静かにして! あのね、こういうお店ではキャストの個人情報をお客さんがぺらぺら喋っちゃいけないの。その、また個人的に話せるようにするから、今日は普通にお客さんとして接してくれない?」
「ご、ごめん瑞貴ちゃん。いやミズキ様。あの、飲み物ってどのお酒がいいですか……?」
恐縮してメニューブックを開いた鬱之郷に、私は適当なワインを注文させながらソファの上で距離を縮めた。
鬱之郷は胸元が開いたドレスを着ている私が近寄ってきてびくっ! とした感じで身をすくめたが、それからは普通に初来店のお客さんとして接してくれた。
この時私は思いがけなく幼馴染の宇津田崇人君に再会して、その日から私と宇津田君、いや三流力士の鬱之郷との奇妙な関係が始まることになる。