君に愛されて重かった 三流力士と限界キャバ嬢 作:馬門戒明/輪島ライ
日本のキャバクラには同伴というシステムがあって、これはお客さんが店に所定の料金を払って出勤前のキャストとデートをするものだ。
私はどのお客さんとも初来店の際にメッセージアプリの連絡先を交換することにしていて、普段はほとんど営業にしか使わないが力士の鬱之郷、その正体は幼馴染だった宇津田崇人君とは久々に再会した幼馴染として連絡先を交換した。
鬱之郷は今度私と一対一で話したいと言ってくれたがあくまでキャバクラのキャストとお客さんという関係である以上は同伴やアフターという形でないとシステム上難しく、私がそのことを伝えると鬱之郷はすぐに同伴デートを申し込んでくれた。
「はぐはぐ、ごめんねさっきから食べてばっかりで。瑞貴ちゃんも気にせずお肉食べてくれて大丈夫だよ」
「あたしを同伴で1000円焼肉に連れてった男はあんたが初めてよ。まあこの
鬱之郷は序二段の力士なので日本相撲協会から正式なお給料は貰っていないらしく、わずかな奨励金ではキャバクラに入店するのが精一杯ということで鬱之郷は私を駅前の1000円焼肉に案内していた。
税込み1100円にプラス300円して付けてもらえる豚タンをレモン汁に付けて食べていると、山盛りの牛肉と豚肉と豚タンを食べ終えた鬱之郷はウーロン茶をごくごくと飲んで一息ついた。ちなみにこういう1000円焼肉ではメニューの名前が「牛肉」とか「豚肉」なのは噂で聞いていたけど実際に目にするのはこれが初めてだった。
「その、宇津田君。お父さんが亡くなって岐阜県に引っ越したっていう話は私も中学生の時に聞いた覚えがあるけど、それがどうしてお相撲さんになってるの……?」
「話せば長くなるんだけど、岐阜県ってとにかくご飯が美味しくてね。転校先の中学校にバスケ部がなかったせいもあって毎日美味しいお米とお肉を食べてたらぶくぶく太っちゃって、地元の相撲道場に誘われたんだ。地元の公立高校に進学してすぐに入門して、それからはめきめきと力をつけてついに大相撲デビューできたんだよ」
「めきめきとお肉もついたってことね……」
私が覚えている宇津田君は170cm以上もある身長に細身の引き締まった体型で、それがいつの間にか身長181cmに体重167kgの巨漢になっていたという事実は信じられなかった。
「嘘だって思うかも知れないけど、僕はずっと瑞貴ちゃんのこと覚えてたんだよ。瑞貴ちゃんは僕の小学校からの幼馴染では一番かわいくて優しくて、バレンタインデーにはいつもチョコをくれてたよね。毎回チ○ルチョコだったけど僕はすっごく嬉しかったんだよ」
「あっ、あれはお金がかからない義理チョコをあげようとしてただけで……確かに宇津田君にだけ10個あげてたけど」
小学校高学年の頃の私はお母さんの蒸発騒ぎがあったせいで公立小学校のクラスメイトたちと比べてもずっと貧乏で、それでもバレンタインデーには男の子たちに上から目線でチョコレートをあげていた。
クラスでも人気の男子だった宇津田君に人前で10円のチョコレートを10個あげるのは本当に恥ずかしかったけど、宇津田君はいつもそれを大喜びで受け取ってくれていた。
「ところで、瑞貴ちゃんは今ホステスさんとして働いてるの? それともアルバイトしてるだけ?」
「あくまでアルバイトよ。ええ、あくまで就職が決まるまでのね。これでも多摩美術大学の情報デザイン学科卒業したのよ?」
「へえー、流石は瑞貴ちゃん! よく分からないけど今の瑞貴ちゃんはちゃんとしたお仕事に就く途中なんだね。僕も安心したよ」
「ちょっと何よその言い方? キャバクラのキャストはちゃんとしたお仕事じゃないとでも言いたい訳?」
「えっ? いやそんな、別に僕はホステスさんを馬鹿にしてる訳じゃ……」
「私が覚えてる宇津田君はそんな風にデリカシーのない男の子じゃなかったわ。体型がだらしなくなったら心までだらしなくなるのかしら?」
「はうっ!! 瑞貴ちゃん、その言葉すっごく心に刺さるよ……」
テーブルの向かい側で鬱之郷は過呼吸になりそうになっていて、私はこの力士をちょっといじめてみたいと思った。
「大体、あんたもう23歳で序二段みたいだけどそれってどうなの? あたし大相撲のサイト見てみたけど20歳とか21歳で幕下やってるお相撲さんも普通にいたわよ? 確かあんたより2つも階級が上の」
「ふぐうっ!! 瑞貴ちゃん、もうそれ以上言わないで……」
「取組の映像も見たけどあんたいっつも自分より小さいお相撲さんに負けてるじゃない! そんなに弱気で今の大相撲でやっていけると思ってんの? あんたこそお相撲さんなんてやめてまともなお仕事に就いたらどう?」
「はあっ、はあっ、瑞貴ちゃん……」
「何よ、いい加減腹が立ったのかしら?」
「瑞貴ちゃんにそうやって言葉で責められると、何かすっごく気持ちよくて……」
「興奮すなっ!!」
おしぼりを丸めて鬱之郷の鼻先に投げつけると鬱之郷はぐはあっと言って後ろの壁に頭をぶつけ、ともかくこの弱気は何とかしてあげたいと思った。
「そろそろラストオーダーの時間来ちゃうから今のうちに聞くけど……あんたこれまで女性との経験ってあるの?」
「うーん、悲しいけどないんだよねえ。瑞貴ちゃんみたいなかわいい女の子は岐阜にはあんまりいなかったし……」
「特定の地域の人々を敵に回す発言はやめなさい。仕方ないわね、じゃあ今度私とアフターでどこか行ってみる?」
「えっ!? それって、もしかして……」
「言っとくけど条件付きよ。あんたがこれから3試合連続で勝てたらその時はご褒美にアフターでラブホテルに行ってあげる。もちろんこれはあくまでビジネスの付き合いよ」
「全然いいよ! 瑞貴ちゃんがそんなこと言ってくれるなら僕絶対頑張るよ。でも負けまくって怒られたらそれはそれで快感かも……」
「想像すなっ!!」
私にいじめられる想像をしてデレデレし始めた鬱之郷の鼻先をトングでつまむと鬱之郷はのごほおっと言って苦しみあえぎ、私は店員さんに見つかって注意されるまで鬱之郷の鼻先をトングでつまみ続けていた。
この時の私は、鬱之郷がそれから3連勝どころかさらに勝ち続けて三段目に昇進してしまうとは夢にも思わなかった。