君に愛されて重かった 三流力士と限界キャバ嬢 作:馬門戒明/輪島ライ
私と初めてセックスをしたあの日から鬱之郷は取組であまり勝てなくなって、気づいた時には再び序二段に転落していた。
「ミズキちゃんはやっぱりいい女だね……気が利くというか、よく気がつくというか、何とも言えない魅力があるよ」
「横綱さんにそんなこと言われて嬉しいです。シャンパン頂いてもよろしくて?」
「もちろんさ。君の隣で飲む酒は格別だからね」
女王様系キャバ嬢の「ミズキ様」はいつしか日本相撲協会の力士さんたちから評判になって、今日は
ダンディな紳士である黒鵬さんを目の前にしても私の頭の中は鬱之郷のことで一杯で、私はいつの間にかそれとなく彼の現在について尋ねていた。
「ああ、鬱之郷君はミズキちゃんの幼馴染だったらしいね。彼は体格も筋力も申し分なかったが、やはり気が弱かったことだけが残念だ」
「もしかして今はちゃんこ番でもしてるのかしら? 私もあまり詳しくはないんですけど」
「いや、少し前まではそうだったが彼は岐阜に帰ろうと思っているらしい。君の耳には入っていると思っていたが……」
私が黒鵬さんの話を聞いて驚いていると、キャバクラ「グラビティ」の入り口から聞き覚えのあるあえぎ声が聞こえてきた。
「黒鵬
「宇津田君……」
「おっと、ここは私が立ち去らねばならない所だな。鬱之郷君、私が君に言えることはあまりないが少なくとも悔いは残らないように」
黒鵬さんがダンディに言い残して席を立つと、鬱之郷は以前と比べて少し痩せたように見える巨体で私の隣にドシンと腰掛けた。
「黒鵬関から聞いたみたいだけど……僕は力士を引退して実家に帰ろうと思う。このまま負け続けて実家から仕送りをして貰うのも申し訳ないし、おじさんの会社が今すぐにでも雇ってくれるっていうから……」
「……あんた、本当にそれで満足なの?」
「僕は東京に来て一度でも力士になれてよかったと思う。そうじゃなきゃ瑞貴ちゃんとも再会できなかったし……」
私の目をまっすぐに見つめて言った鬱之郷に、私は右手を振るうと彼の頬を勢いよく打った。
「私はそんなごまかしで自分を満足させるような男に抱かれたんじゃないわ! 私が覚えてる宇津田君は、そんな……」
「……ごめん瑞貴ちゃん。僕はもう君が覚えてるかっこいい宇津田崇人じゃないんだ。二度と君に不快な思いをさせないから……」
鬱之郷は悲しそうな表情でそう言うと席を立って店を出て、少しの間のことだったので店長も席料を請求する気はないようだった。
「ミズキちゃん、彼にあんなこと言って本当によかったの? 鬱之郷さんはミズキちゃんのこと本気で好きだと思うよ?」
「私だって嫌いになった訳じゃないですけど……少なくとも今の彼に付いて岐阜に行こうとは思えません。お互いのためにならないので」
「ええっ、ミズキちゃんそこまで考えてたの!? 純愛だなあ~」
シフトが終わった夜10時に更衣室で話しかけてきた22歳女子大生のサクラちゃんに答えながら、私は自分が自分で思っている以上に鬱之郷に惹かれていたということに気づいた。
だからといって個人的に彼と連絡を取るつもりはもうないし、彼が岐阜に帰るというならそれを見送るのが惚れた女の務めだと思った。
私服に着替えて裏口から店を出ると、そこにはみすぼらしい容姿をした中年男性のサラリーマンが立っていた。
彼はかつての私の客で、キャバクラ通いが奥さんに発覚してから「グラビティ」には出入り禁止になったということになっていた。
表向きは。
「ハァ、ハァ、ミズキ様……お久しぶりです……」
「……あなた、こんな時間に何しに来たんですか。この店には出入り禁止でしょう?」
「僕はミズキ様にまたいじめられたくてお金を工面してきたんですよ……10万円あげるから一緒にデートしてください」
「嫌です。しつこく付きまとうなら警察呼びますよ」
彼が出入り禁止になった本当の理由は私に執着するあまり店内で問題行為を繰り返したからで、店長が自宅の電話番号にかけて苦情を入れたことをきっかけに彼は奥さんに離婚されていた。
いつでも警察を呼べるように私が小さいバッグに手を伸ばすと、彼は驚くべき速さで私の背後に駆け寄ってきた。
「なあっ!! そんなこと言わずに僕をいじめてくださいよ!! 僕はミズキ様をレイプしようってんじゃないんだ!!」
「いきなり何するの!? 放してください、こんなの……」
「男を怒らせると後が怖いんだよ? いいから僕とデートしようよぉ……」
完全にストーカーと化した男は私の左腕を両手で強く掴み、私は彼をはねのけようとしながら自分は今日ここで殺されてしまうのかも知れないと恐怖した。
その時。
「うわあああああああああ!! 瑞貴ちゃんに手を出すなああああああああああああ!!」
「なっ!?」
暗い夜の街角のどこからか駆け寄ってきたのは1時間以上前に退店していたはずの鬱之郷で、彼は涙声で叫びながらストーカーに突進した。
大声に驚いて私の腕から手を離していたストーカーは鬱之郷の巨体に激突され、そのまま街路樹に背中から激突して気絶した。
「ちょっ、あれ死んだんじゃないの!? 大丈夫!?」
「瑞貴ちゃん、ここにいると危ないから今すぐ逃げよう!! 僕に付いてきて!!」
鬱之郷はそう言うと私の手を引いて走り出し、それから5分ほど一緒に走って着いた先は以前初めてセックスをした安めのラブホテルだった。
「ぜえぇ……はあぁ……み、瑞貴ちゃん、ここまで来れば大丈夫だよぉ……」
「どう見てもあんたが大丈夫じゃないでしょ!! 仕方ないわね、汗だくだからとりあえず入りましょうか。お金は私が出すから」
「ごめん、瑞貴ちゃん……はあぁ……」
鬱之郷にとりあえずシャワーを浴びさせるために私はポケットマネーでラブホテルに入り、期せずして再び鬱之郷とラブホテルで一夜を過ごすことになっていた。
スマホにはいつの間にかサクラちゃんからのメッセージが届いていて、ストーカー犯はあの後騒ぎを聞いて駆けつけた店長に通報されて警察に逮捕されたという。
幸い命には別状ないとのことで、私は鬱之郷が殺人犯にならずに済んだことにほっと安堵していた。