マギア∞ヘリックス 作:秋風冽々
スコンッ、と若干気の抜けた音が鳴る。
その直後、約100m先で雑草を食んでいた鹿がビクンッと跳ねる。その首には鋭く長い釘が一本。
狂ったように飛び跳ね暴れまわる鹿、飛び散る血潮。
ぶしゅっ、ぶしゅっと吹き出す真紅の水流が徐々にその勢いを弱めていき……やがてどどっ、と灰色がかった茶色の体が崩折れる。
起き上がる様子がないのを確認し、物陰から出る。
周囲に肉食の獣がいないのも確かめ、手製の改造釘打ち機を油断なく構えながら、仕留めた獲物のそばへ静かに駆け寄る。
そこそこの大きさだ。
これなら数日は食っていける。
ピクピクと震えている鹿の首にトドメのナイフ。
暴れて角で刺されてはたまらない。最初こそおっかびっくり抵抗もあったが、もはや慣れたもの。
失われていく目の光。熱の消えていく毛皮。
命が肉体から抜け出ていくのをじっと見届け、釘打ち機を脇に置いて手を合わせる。その命、しかと頂く。
完全に絶命した鹿の手足をひとまとめにして縛り上げ、背負う。重い、だが慣れた重さだ。
立ち上がって、あたりに目を凝らし、耳を澄ます。
あちこちに家屋や建築物があるが、どれもこれも倒壊し、塀もほぼ倒れていて、遮蔽物は全くと言っていいほどない。
道中に襲撃の気配はなさそうだ、と来た道をゆっくりと戻る。
罅割れたアスファルト、亀裂から広がる雑草、半ば崩れたビルとそれを侵食する草木でできた森を抜け、帰路へ着く。
ここ数年で見慣れた景色だ。
あの頃は鬱陶しいほどに人や乗り物が行き交って、騒がしくて煩わしかったのに、例の一件以来人の姿は数えるほどしか見ていない。
もっとも、人の姿があればそれはもう『敵』と判断してしかるべきなのだが。
とにかく、歩いて歩いて、とある工場に着く。
空きっぱなしになったシャッターの前を通り過ぎ、事務所の方へ回り込む。
誰もいない玄関をくぐって、動かないエレベーターの前を通り過ぎ、非常階段を上る。
カツン、カツンと段差を上がり、最上階へ。
最奥の扉の前に立ち、ドアノブを捻る。
だが、閉まっている。
「…あいつ、まだ寝てんのか」
一つ嘆息してから、鍵を取り出し解錠。そのまま入室。
扉の向こうは、元は社長室か何かだったのだろうデスクやらソファやらが置かれた広い部屋。
だが窓は割れていて家具は横倒し、見るも無残な有様。
唯一、比較的原形を保っている革張りのソファに───一人の少女が横になっている。
「……すぅ……すぅ……」
ふわふわと波打つ赤みがかった茶髪。
鹿みたいにしなやかな脚。
人形みたいに整った顔立ち。
それでいて……本来あるべき人の耳はなく、頭の上に生えた髪と同じ色の三角の耳。そして尻から伸びる豊かな尻尾。
両手両足も人のものではなく、グローブみたいに何回りも大きく、ふさふさとした毛に覆われている。
人狼───そう呼ぶにふさわしい異形をした美少女が、コスプレめいた奇妙な格好をして、すやすやと深い眠りについている。
装いの中で一番目立つのは、頭と肩にかぶさる赤いフード。
その下はフリルでいっぱいの、しかしサイズが合っていないワンピースドレス。
前は大きく開かれ、極小水着のような黒い布が貼り付いた、体型に見合わぬスイカサイズの乳房をほとんど晒し。
スカートの丈は短く、プリッとした尻と艶やかな腿を露わにしており、欲望に素直な男ならすぐさま股間をいきり立たせて飛びかかるだろう。
まるで、大人が子ども用の衣装を着ているような───あるいは、子供が衣装を着たまま大人になってしまったかのような。
「ヒイロ、起きろ。メシにするぞ」
「……すやぁ」
そこそこ大きめの声で呼びかけるも、少女は……
もともと朝が弱い奴ではあったが……まぁ、昨晩かなり大暴れをしていたことだし、疲れているのだろう。
まぁ、それでも起きてもらわなければ俺が朝飯にありつけないのだが。
「ヒイロ……おぃ、ヒイロさんや」
適当な場所に釘打ち機と獲物を置き、ヒイロのそばへ行く。
早朝から食料探しに赴いて腹が減っている。多少強引にでも起きてもらおう、そう思い、フードに隠された肩に触れようとした時。
投げ出されていたふわふわの手が、反対に俺の肩を掴む。
途端にぐいっと体を引っ張られ、ソファに倒れ込んだ。
「むぐ」
「んっ♡」
ぽふっ、むちゅん
柔らかさと瑞々しさが同居した音が、鼓膜に響く。ついでに頭上から聴こえる艶っぽい声で背筋に震えが走る。
同時に顔全体が肌色に覆われ、鼻と口周りがもっちもちの肉で塞がれる。
呼吸ができなくなるが、慌てはしない。このイタズラには慣れている。
「わふ…♡ おにぃ、つかまえた♡」
圧巻の乳山に顔を埋められながら、ヒイロは恍惚とした笑みを浮かべ、肉球付きの大きな手で撫でてくる。
仰向けになってなおその重量感を保った乳肉。
腰も手もほっそいのに、乳と尻と腿はたっぷり実ったボディはどこに触れても心地よい。ゼリーなどのスイーツを思わせる触り心地だ。
思わずこの悦楽の塊に浸っていたくなる。
だが、このまま流されるわけにもいかない。
「ヒイロさんや……どうして俺を捕まえる必要があるんですか?」
「それはね? おにぃにくっついてイチャイチャしたくなったからだよ♡」
「そっかー」
尋常じゃないくらいにやわっこい乳房の中からどうにか顔を抜け出させ、訊ねる。
眠たげな表情で答えながら、ヒイロは俺の頭の他にも肩や背中、腰に手を回して肉球ハンドで撫で回してくる。
ペットにされた気分だ。犬っぽいのは自分のくせに。
「ヒイロさんや、どうしてそのおっきな鉤爪で俺を拘束しているんだい?」
「それはね? ヒィが寝てる間にいなくなった意地悪なおにぃお仕置きをするためだよ♡」
「…そっかー」
両手を腰に回し、逃げられないようにしてくるヒイロに再度問う。そしてその答えに諦めに至る。
確かに食料調達で早出するために、抱きついて寝ていたヒイロをそっと引き剥がして出てきたところだ。
人一倍孤独が嫌いなヒイロにとっては最低の時間だっただろう……これはしばらく解放してもらえまい。
ふと、ヒイロがこちらの腰を抱いたままもぞもぞと動き出す。
体格差をものともせず、自分が横になっていたソファの上にこちらを仰向けにさせ、その上に跨ってきた。
「……ちなみにヒイロさんや? お仕置きするのにどうして俺を組み伏せる必要があるのですか?」
「んふふ…♡ それはね───」
ぺろり、とちっちゃい赤い舌が唇を舐める。
深い紅色の瞳の奥で、縦に裂けた瞳孔が射抜いてくる。
荒くなった呼吸で、胸元からぶら下がる巨大な膨らみをたっぷんたっぷんと揺らしながら、ヒイロは告げた。
「おにぃを、食べちゃうからだよ♡♡♡」
直後、ヒイロの顔が急速に近づき。
艶やかで柔らかな感触が唇を覆った。
*・゜゜・*:.。..。.:*・' ☆ '・*:.。. .。.:*・゜゜・*
ヒイロとは、直接の血の繋がりはない。
クソ親父の浮気相手との間にできた子供だからだ。
俺が中学生だった頃に起こった事件だ。
ある日突如発覚した不義に、お袋も、双方の祖父母も大激怒。親父は両家の祖父にボコボコにされた上で慰謝料を請求された。浮気相手も相応の責任を負った。
だが、その義務すらほっぽって親父は逃げた。
行方を捜したところ、無惨な骸だけが見つかった。
どうやら逃げた先で別の女に手を出して寄生しようとし……それが良くない人種の連れだったようで、何が起こったのやら、それはそれは悲惨な最期を遂げていたという。
クソ親父の方の祖父母はそりゃもう詫びてきて、こっちが申し訳なるくらいに良くしてくれた。
会わせる顔はないが、何かあった時は必ず力になると何度も頭を下げてきてくれた。
その時は5年後に訪れた───親父の不倫相手の子供が、たった一人で自分から我が家にやってきたのだ。
浮気相手の女は、クソ親父に捨てられた事で心を病み、望んで産んだ我が子……ヒイロの育児放棄をするまでに至っていた。
狭いアパートの一室以外を知らないヒイロ(5)は、自らの命の危機を察して、母親の目を盗んで脱出し、我が家まで辿り着いたのだ。
なぜウチがわかったのか。
どうやってここまで来れたのか。
疑問は大きかったが、当時のヒイロの悲惨な姿に思考は吹っ飛んだ。
ボロ布の服を着て、汚れて痩せ細った小さな女の子。
追い出すなどできるはずもなかった。
即座に警察に連絡。後日浮気相手は逮捕された。
栄養状態も最悪だったので即入院。費用は全部ウチが出した。
そうして、ゴタゴタが解決してしばらくして……両家の祖父母とお袋で再び集まって、どうするか、という話になり。
児童養護施設に入れる他ないのでは、という意見が両祖父母と母の間では強かったが……そこに俺が、待ったをかけた。
『自分が面倒を見る』
無意識のうちに、土下座しながらそんなことをのたまっていた。
当然、反対される。若造が何をほざくかと、相手は犬猫などではないのに何様のつもりかと、全くの正論が返ってくる。
だが、俺はそれでも引かなかった。
母親はぶっちゃけどうでもいい。浮気した自分が悪いのだから。
だがこの少女は違う。
なによりも、この少女の今の姿は俺達が追い詰めた結果といえなくもない。
存在を知らなかったとはいえ、クソ親父が死んで唯一の肉親となった母親を追い詰めてしまったのだから。
少女はクソ親父の被害者であり、母親にすら拒まれた悲劇の子……あまりにも報われない。
懸命な懇願に、向こうは折れた。
そして、ヒイロは我が家の義妹として引き取られることとなったのだ。
それからは、ずっと一緒に暮らしてきた。
宣言通りあらゆる面で面倒を見た。育児放棄のせいで知能がやや遅れていたこともあり、俺が生活面でのいろんなことを教えた。
金銭も食事も自分でどうにかする覚悟だったが……流石にそこはお袋や祖父母達が協力してくれた。
「おにぃ、すき……だいすき」
事情が事情だけにどうなることかと思ったが、ヒイロは我が家で暮らし始めてしばらくすると、俺を中心によく懐いた。
お袋も両祖父母も、大人しめだが素直な娘にすぐに絆され、目一杯可愛がった。
苛立ち混じりのため息ばかりついて暗かった我が家に、光が差し込んだようだった。……だが。
「おかぁさん……?」
「嘘だろお袋……いくら何でも早すぎんだろ」
クソ親父の浮気発覚から蒸発、死亡に加え、隠し子の登場と不幸が続き。
実は精神的に弱っていたらしいお袋は、不意にひいた風邪が悪化して体を壊し、そのまま帰らぬ人に。
お袋の訃報に両家の祖母もずいぶん落ち込んだせいか酷く弱って儚くなってしまい、両祖父もその後を追うように次々逝った。
「おにぃ……おにぃ、おにぃ……!!」
「大丈夫だヒイロ……! 兄ちゃんがついてる。兄ちゃんはいなくなったりしねぇ、約束だ」
残された俺は高校には行かず、両家が遺してくれた遺産を支えに必死に働き、ヒイロを守った。
家事の時間を捻出しつつ、夜遅くまで働いて金を稼ぎ。ヒイロを幼稚園、小学校と通わせ、行事には必ず参加し。
身体を酷使しながら、しかし倒れる事のないよう細心の注意を払いつつ、ヒイロが10歳になるまで働き続けた。
そうして───あの日がやってきた。
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「……おはよぅ、おにぃ」
寝ぼけ眼をこすり、キッチンで調理中の俺に話しかけてきたヒイロ。
その姿は、出会った時とは雲泥の差。
知能も発育も遅れていた弱々しい幼女は、今は亡きお袋と俺の提供してきた食環境によりすくすくと育ち。
背丈はやや低いものの、女性的魅力に溢れる見事な美少女へと変貌した。
普段から眠たげなジト目にふっくらとした頬。
バサバサだった髪は緩やかに艶やかに波打ち、赤茶色が光沢を放つ。
手足は比率的に長く、比較対象がなければ小柄な大人と見間違いかねないほどだ。
「おはよう、ヒイロ。兄ちゃん、今日も早くに出ないといけないから、食器は自分で片付けてくれ」
「んぃ」
「あと、兄ちゃん、なるべく定時には帰れるようにはするけど、無理そうだったら冷蔵庫の中の作り置きチンして食べな。多分、大丈夫だとは思うが」
「ん、わかった」
短く挨拶を交わし、簡単に指示を出す。
最近は全くゆっくりしていられない。慌ただしく出て行こうとすると、ふと、寂しげにこちらを見つめるヒイロの視線に気づく。
そういえば、最近は長くても10秒くらいしか話せてないな、と今更思った。
「ごめんな。今日はこんなんだけど、そのうち時間作ってゆっくりできるようにするからな」
「……ん」
名残惜しそうに頷くヒイロの頭を撫でてから、バタバタと家を出た。
こうして忙しくしているのも、ヒイロとこれからも一緒に生きていくため。それは緋色もきちんと理解してくれていることだ……そう、自分に言い訳をしながら。
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結局、その日は深夜まで残業だった。
当時、とある石材店で働いていた俺は、あるクソ野郎のケツを拭かされた挙句、山積みの仕事を押し付けられていた。
「俺ってばぁ、今日合コンの予定入っててぇ♪ せっかくダチが? かわい子ちゃんいっぱい連れてきてくれるってのに⁇ なんかいっぱいやる事あって〜……なんでこれセンパイにやっといてもらいたくって〜♡まぁセンパイならパパッとやってくれるっしょ# とりまヨロシクおなしゃっす〜☆彡」
金髪ガングロピアスという、社会人舐めすぎなバイト(勤務先の社長の一人息子)がヘラヘラしながら押し付けてきた依頼書の束(納品日ギリギリ)。
ニヤニヤと鬱陶しい顔面に一撃を見舞いたいのを必死に耐えつつ、他のパートやバイトの面々の力も借りつつどうにか仕事に目処を立たせ。
手伝ってくれた皆に小言や労いの言葉をもらい、ふらふらの身体で帰路についていた時だった。
街灯の明かりだけが照らす暗い道を一人歩く、俺。
民家はどこも寝静まり、人の声は微塵も聞こえてこない真夜中の街。
明日は作業の続き、何事もなければ定時で帰れる、あのクソ息子が余計な面倒を引っ張ってきませんように。
意識を半分朦朧とさせ、根性と習慣だけで歩いた俺は……ふと、世界に違和感を覚えた。
人の声、ない。
車やバイクの音、ない。
犬の吠え声、ない。
虫の鳴き声、ない。
あまりにも、静かすぎた。
ひやり、と背筋に寒気を走らせた俺の耳に届く、何かの足音と唸り声。
硬直し、震える身体をぎこちなく無理矢理動かし、背後を振り向けば───そこに立ちはだかる、何か。
虫みたいな、ゴリラみたいな、宇宙人みたいな、とにかく歪で不気味で不可解な……しかし生き物ではないことは確かな、『バケモノ』。
「なっ……ん、だ……コイツは……!?」
「◀︎☆@%$?#€+¥⁂!!!」
「よ、よせ……!来るな!!」
シンバルみたいに広がったデカい口を開き、謎の液体をぶちまけながら、無数に並ぶ鋭い牙を見せつけてくる。それを前に、俺は恐怖と絶望でへたり込む。
真っ青な顔で動けない俺に、『バケモノ』は自前のバカデカい両拳を振り上げ、真上からのしかかるように振り下ろし
「───ウォオォオオオオオオルルルルル!!!!!!!!」
俺に触れる直前に、体の中心にピッと線が入り、そのまま分かれた。
まるでスイカでも切ったみたいに綺麗に、どしゃっと左右対称に倒れた。
生物ではない、という直感は正しかったらしい。
断面はさぞグロかろうと思いきや、割れた面から見えたのはドス黒い靄のような何か。それが芋虫みたいに蠢いて、端から空気に溶けて消えていく。
「……!??」
『バケモノ』が消え去るまで凝視していた俺は、続いて『バケモノ』の向こう側に目をやった。
そこにはいつの間にか、一人の少女が立っていた。
狼の耳と尻尾を生やし、赤いフードとワンピースを纏い、静かに佇む幼い少女。
ひとまわり大きく毛むくじゃらな両手からは、ナイフみたいに鋭く大きな爪が伸びた……絵本の中の住人みたいな姿。
「っ……! …………だい、じょう、ぶ?」
か細い声で、獣人の少女が訊ねてくる。
その声には聞き覚えがあった。
月光に照らされ、顔はよく見えない。
だが、それが誰なのか……俺には一瞬でわかった。
「……ヒイロ、お前、何やってんだ。なんだ、その格好は」
俺の問いかけに、ヒイロは小さく息を呑み……
やがて、観念したように小さく頷き、無言で近づいてくると、大きな狼の手を回して俺に抱きついてきた。
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『魔法少女』が現実に現れたという話は、噂で聞いたことがあった。
おとぎ話の住人を模した派手な衣装を纏い、人間を敵視し襲ってくる異形の怪物を相手に立ち向かう正義のヒロイン。
漫画かアニメみたいな事件が実際に起こっている、という噂は、パートやアルバイトが交わす世間話で耳にしていた。
どうせくだらないオカルトだろう、そう決めつけていたが……
よもや、義妹がその一員だと誰が思うだろう。
「……夜、寝てる時に、声が聞こえて。起きたら、目の前に光みたいなのが浮かんでて。『大切な家族を守る力がほしくない?』って言われて……そうしたら、〝変身〟できるようになった」
ヒイロから告げられた真実に思わず頭を抱えた。
相手がどう考えても人間じゃないからといって、いや、人間じゃないからこそ無用心が過ぎる。
最近のそういう存在は平気で少女を騙してくるのが流行りだというのに……日曜朝の女児向けアニメのようにはいかないのだ。
そう思いつつ、義妹の変化に一切気づかなかった自分自身を一番責めた。
「それで……その、戦ってたのか? 夜な夜な? あのバケモノと?」
「夜だけじゃない、昼にも出る。そういうときは、お腹が痛いって授業を抜けて倒しに行ってる」
「……まぁ、それもセオリーだが」
ヒイロ曰く、『魔法少女』は自分だけではなく、すでに何人かとは会っているらしい。
さらに言えば、その『魔法少女』全員には守らなければならない〝
『〝力〟を私利私欲のために使ってはならない』
『〝力〟を人間に用いてはならない』
この禁則事項を破った者には重い〝罰〟が下されるらしい……今のところ破った者はおらず、〝罰〟の内容が何なのか確認できた者はいないようだが。
兎にも角にも、そこからの生活は一変した。
魔法少女の身内という立場を突如得てしまい、どデカイ心配事が増える羽目になった。
ヒイロからは、私生活に問題はないと教えられていた。
クラスメイトと仲が悪いとか、成績が落ち込んでいるとか、俺が懸念する事態は起こっていないと告げられていた。
だからこそ、ヒイロが学校に行っている間は何の心配もせず働けていたのだが……
〝力〟を得た今、ヒイロは自ら危険へと身をやつしている。
兄として止めるべきなのだろうが……一度助けられた側であり、ヒイロが望んで行なっている事。
正面切って止める度胸はなく、悶々としながら石切作業を続けるだけの日々が続いた。
しばらくすると、『魔法少女』の知名度は広まり、ネットやテレビのニュースに度々取り上げられるようになっていった。
「街に現れた謎の少女たちの正体とは!?」から、
「人々を襲う謎の怪物に立ち向かう美少女達に迫る!!」に。
世間はこの話題に飛びつき、持ち上げ、騒ぎ出した。
「うっはエッロ! リアル魔法少女エッロ♡ こんなカッコで世界の平和守るとか痴女じゃん♪ ねーセンパイ、こいつらマジ痴女っすよね!!」
「…………」
「あぁ〜〜生で見てぇ〜♡ この澄ましヅラ泣き顔にしてアンアン啼かせてみてぇ〜☆」
……とあるバカは別方面で興奮していたが、基本的には好意的に、健全に『彼女達』の存在を受け取っていた。
非現実が現実に。空想上の存在が現実の存在に。かつてのただの妄想が、神や天使みたいな扱いに変わり……
とある『魔法少女』がメディアに出演したのをきっかけに、その距離感は一気に近く───プロ野球選手や人気俳優みたいな、「選ばれた者がなれる憧れの職業」という扱いになっていった。
『魔法少女』の中には、率先してアイドルデビューする者もいて、その人気はますます高まっていった。
ヒイロもまぁ、報道自体はされた。
ただし目立つ事があまり好きではないあいつは取材だのには付き合わず、『バケモノ』退治が終わると速攻で姿を消していたが(ネットに動画が残ってた)。
世はまさに『魔法少女フィーバー』。
その時代は……とある愚者の愚行が原因で終わりを告げた。
重度の厄介なファンがとある『魔法少女』を追いかけ、『バケモノ』との戦闘に巻き込まれて死亡。
最初は件の『魔法少女』に対して擁護的だった世間だが、徐々に批判的な意見が大きくなり……別の『魔法少女』の過去の罪が暴かれ、一気に形勢は変わり。
何の落ち度もなくても、『魔法少女』は誰もが後ろ指をさされるようになった。
そして、とうとう日和見を決め込んでいた政府が重い腰を上げ、『魔法少女』全体の管理を行う事を決定した。
本名はもちろん、住所や家族構成、友人関係まで全てを調査し、公開した上で、活動全てを政府が新設した特別機関の指示で行われることが義務付けられたのだ。
当然、『魔法少女』本人やその周囲から大きな反発があったが……『魔法少女』に対するイメージの悪化から、世間は〝管理〟への賛成に傾いていた。
我が家もその影響を受けた。
黒服を着た職員がやってきて、情報公開に関する同意書だのなんだの、山積みの書類を置かれ、あれこれと半ば強引に契約を結ばされ……
職場でも似たようなことになっていて、社長をはじめとする皆に迷惑をかけた。
「気にするな」とは口にしていたが、職場の誰もが面倒臭さや鬱陶しさを感じている様子で、肩身の狭い業務の日々が始まってしまった。
「おにぃ……ごめん、ヒィの所為で」
ヒイロも学校で色々あったのか、ひどく落ち込んだ様子で謝ってきたが、それを拒み強く抱きしめた。
多少窮屈にはなったが、何一つ恥じることのない人生だったと言う自負もあり、特段気にせずにそれからも一緒に過ごした。
───だが、その日々も唐突に終わりを告げる。
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「ねー、セーンパイ☆ もしかしてっすけど〜? 隣にいるそのカワイー娘♡ 噂の魔法少女ちゃんじゃないっすか〜???」
あれは、ヒイロと久々に買い物に行った帰りだった。
残業を繰り返し、深刻な疲労と寝不足に陥っていた俺に、ヒイロが珍しく「この日だけは一緒に過ごしたい」と懇願してきた日。
どうにか休みを捻出し、一緒に出かけると、それは俺の20歳のお祝い。
コツコツと貯めた小遣いを全部使い、服を買ってくれたりちょっといい店を予約してくれたり。
その優しさに思わず号泣し、これ以上ない喜びを味わい、初めて飲む酒でほろ酔いになりながら帰路についていた時だった。
例の、職場の社長のクソ無能バカ息子が、見るからに素行の良くなさそうな複数の連れと一緒に立ち塞がってきたのだ。
そのニヤニヤと気色の悪い笑みに、ご機嫌に水をさされて一気に苛立ちが湧き上がった。
「ヒイロちゃん☆っスよねぇ? 赤ずきんモチーフでー、でっかい爪で化け物をバッサバッサぶった斬ってくワイルド系な魔法少女の♪」
「……ンだよ、何の用だよ、お前」
最っ高の気分のまま眠りにつきたかったのに、それを邪魔するバカに殺意が湧く。
ヒイロにコレの事を話した事はなかったのだが、俺の態度で大体察したらしい。鬱陶しそうな視線を向け、俺の手を引いてその場を後にしようとする。
「まーまー☆ そんな邪険にしなくてもいいじゃないっスか〜♪ 俺と先輩の仲なんスしぃ……ちょっとくらい付き合ってってくださいよ??」
「……この際だから言わせてもらうがな」
「あ! 俺も俺も!! 俺もセンパイに一言伝えたい言葉があったんスよね☆」
通ろうとした前に、立ち塞がれる。
気付けば、周りはバカの連れに囲まれていた。
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべ、妙に輝いて見える目はどいつもこいつもヒイロに向いてる気がする。
とてつもなく嫌な予感。
思わずヒイロの腰を引いて抱き寄せる。
周りに人は……いない。
時刻は結構遅い。この時間、この辺りは人の往来が減り、タチの悪い人種がよく屯ろしているためさっさと帰るつもりだったのに。
まさかとは思うが、コイツ……わかってて俺達を見張ってたのか?
警戒し、ぞろぞろと逃げ場をなくしていく俺に向けて、バカは軽薄なその顔を……まるで化け物みたいに歪めて嗤った。
「前々からねぇ、思ってたんスよ…………センパイマジでクソうぜぇって☆」
ドガッ───次の瞬間、俺の後頭部に重い衝撃が走る。
何かで殴られた、と気づいた時にはもう膝をつき、視界がグラグラと揺れて立ち上がれなくなっていた。
ぼたぼた生暖かい何かが額を垂れ落ちていく。熱い。
「ぐっ……!」
「おにぃ!!? きゃあっ」
「ギャハハハハッ!! ヒャハッ! ヒヒは!? ヒャハハハハッ!! ダーッセェ!! カッコつけてる間に不意打ちくらって倒れやがったきひゃははは!!!」
駆け寄ってくるヒイロ。耳障りな笑い声。
俺に寄り添い抱きついていたヒイロの温もりが唐突に引き剥がされる。
男が二人がかりでヒイロの両腕を抱え、下がるのがうっすら見える。叫び、必死にこちらに手を伸ばす姿が痛々しい。
立とうとするも、それ以上動かない。
そんな俺へ、バカが寄ってきて頭に足を乗せてくる。
「ねーねーセンパ〜イ? どんな気持ち? ねぇどんな気持ち? 見下してたやつに大事な大事な女盗られて踏みつけにされてどんな気持ち? ヒャハッ☆ マジ最高のツラしてんなお前!! オラ、抵抗してみろよ? いつもみたいに見下してみろよ! でも反撃してきたら妹ちゃんはどうなるかな〜??」
「やめて! やぁ! おにぃにヒドイ事しないで!!」
蹲る俺をガシガシ蹴りつけてくるバカ。
正直全く体重が乗っていないヒョロヒョロな蹴りだが、殴られた傷に当てられて激痛が走る。ワザとやってやがる。
「底辺のくせに俺のこと見下しやがって!! 底辺のくせに上から目線で言ってきやがって!! 会う度会う度俺にゴミ見るみたいな目ぇ向けて!! 親父も俺よりアンタを信頼してるみたいに言いやがって!! アンタのどこが俺より上なんだよ!! ゴミのくせに!! 親なしのくせに!!」
息を荒げ、弱っちい蹴りを振り下ろしながら、身勝手な悪態を吐きまくる。
見下していたのは、まぁ事実。
自分の欲望を優先して仕事も不真面目で、周りの人間全員が自分に従う奴隷か何かみたいに扱いたコイツは、いずれ自分から破滅するだろうと冷めた目で見ていた。
だが、ここまでクズだとは思っていなかった。
「会社の奴らもみんなテメェのことばっか信じやがって!! おれはテメェらより上だぞ!? 社長の息子だぞ!? テメェらは俺の言う通りにしなきゃなんねぇんだよ!! 俺の命令通りに動く道具なんだよ!! なのに何で逆らうんだよ!? 何で俺を敬わねぇんだよ!?」
「…………」
「ああウゼェウゼェウゼェくっっっそウッゼェなゴミどもが!! 俺の言う通りにしてりゃ、テメェらみてぇな底辺のクズでも有効活用してもらえんだぞ!? 喜べよ!! ありがたがれよ!? クソが!! 死ね!!」
「…………」
「中でもアンタがいっっっちばんムカつくんだよ……!! 有象無象に持ち上げられていい気になりやがって……その上妹は美少女で魔法少女? は? なに? 自慢? バカにしてんの? 殺すぞゴミが!!!」
聞けば聞くほど、冷めていく。
くだらないコンプレックスを他人の所為だと押しつけて、見下す事でしか自分を保ていない愚物。
こんな事になるくらいなら、さっさと辞めるなり何なりして縁を切ればよかった。
「……ぜぇっ……ぜぇっ…………わかった? これはな、復讐なんだよ。俺に恥をかかせたクソ野郎を粛清する正当な裁きなんだよ。だから───」
息も絶え絶えになって、それでも不気味に嗤うバカ。
ヤツの目が、不意にヒイロに向く。
振り向きざまに見えたヤツの目は爛々と輝き……とてつもない嫌な予感に、ゾッと背筋が凍りついた。
視線を向けられ、ヒイロが小さく「ひっ…!!」と悲鳴を漏らす。
もがくヒイロを左右の男達は逃さず、バタバタ暴れる小さな体を押さえ込み、挑発じみた囁きを耳元で口にする。
「……ぉい、ゃめ、ろ」
「は〜い☆ イ〜〜〜ヤで〜〜〜す♪ 今から先輩の大事なだ〜いじなワンコ系魔法少女な妹ちゃんを〜〜…………お兄ちゃんの目の前でメス犬奴隷にしちゃいま〜〜〜〜〜〜す!!」
ヤツの手が、ヒイロの服に……今日の為に着てくれた晴れ着の胸元にかかり、
───ブチブチッ…ビリィッ!!
ボタンを無理矢理引きちぎり、家族以外誰にも見せたことのない白い肌を……ピンクのブラで隠された、年齢に見合わぬ大きな膨らみを下衆共の前に晒された。
「ヒッ……ゃ、やぁぁぁぁっ!!!」
「ヒュ〜ッ♪ 妹ちゃん意外と巨乳〜☆」
「ロリ巨乳ってヤツ? エッロぉ〜〜〜♡」
「肌プニップニ! トシちゃん、やっぱ初物譲ってよ。この子の泣き顔見ながら抜きてぇ」
「ダメダメ、俺が最初にヤるから意味あるんじゃ〜〜ん」
羞恥、よりも恐怖が勝ったのか、真っ青な顔で泣き叫ぶヒイロ。その姿に喝采をあげるバカとその連れ達。
誰も彼もが股間をいきり立たせ、無様なテントをズボンに作り、囚われたヒイロを囲み出す。
今のヒイロは、醜く涎を垂らした狼に囲まれる哀れな羊だ。
「ヒイロ……逃げ、ろ」
「あ〜、い〜〜〜いのかな〜? 逃げたら大好きなお兄ちゃんがどうなるかな〜?」
「お兄ちゃん助けたい? なる? 魔法少女になっちゃう?」
「無理だよねぇ? だって魔法少女は人間を傷つけちゃダメなんだもんね〜? 人間にあんな力使ったら、俺たち怪我するだけじゃ済まないかもね〜〜〜??」
恐怖に震えるヒイロ。だが、あの姿になる素振りはない。
人に仇なす事を禁じられた魔法の戦乙女は、守るべき人間達に囲まれ囚われ、辱めを受けながら、一切の抵抗を封じられている。
俺は抗った。
目の前にいるこのクズ共を殺してやらねばと、朦朧とする意識のまま強引に立ち上がろうとする。
だが、下衆の一人に後ろから蹴りつけられ、再び倒れ込む。
「あっはっは、そこで見てなよお義兄サマ☆ アンタの妹の貫通式のはじまりはじまり〜〜〜♡」
「ィヤ…ぃや、いや、いヤ…………ぃやあ…!!」
ゴソゴソとズボンのチャックを緩めるバカ。
それに合わせて左右の下衆もそれぞれヒイロの脚を捕まえ、強引に持ち上げて、カエルみたいに開脚させる。
男の汚い象徴を見せつけられ、涙を流し、首を横に振るヒイロ。
抵抗も許されず、逃げる事もできない。体の自由を奪われ、いつか現れるかもしれない大切な誰かに捧げる場所を侵されようとしている。
「ゃめろ……って……言ってんだろ……がぁ!!」
「うるせぇ!!! 邪魔すんなボケッ!!!」
背中を踏みつけてくる下衆を押しのけ、ヒイロの元へ向かおうとした時───ガンッ!!!!!
一際大きく、鈍い音が響いた直後。
俺の意識はたやすく飛んだ。