鏡の国の変態王子様 ~アラサーオタクな私の鏡。繋がった先は異世界でした~ 作:もすもす。
気付けば、銀色の敷物の上に彼女の姿を模した水人形を押し倒していた。
が、次の瞬間。水人形の後頭部が地面に当たり、反動で勢いよく跳ね上がって顔面にぶつかる!
「ぶわっ!?」
痛みと衝撃に驚いた事で魔力操作が疎かになり、水操魔法が解けてしまった。
途端、ただの水に戻った水人形が「おなほ」を残してばちゃりと敷物の上に広がる。
興奮していた所に文字通り水を浴びせられた形となり、『私は何をやっているんだ』と急に冷静になった。
彼女が目の前に居ると思っただけで、ここまで理性が効かなくなるとは・・
前髪から滴る水滴が、座り込んだ足の間の水溜まりへと落ちる様を視界に納める中、己の危うさを改めて自覚した・・と同時に、強い恐怖に襲われる。
『駄目だ。このままでは・・本当に彼女に会えた時に、何をしでかすか・・』
今のように理性が飛んで襲い掛かりでもしたら・・
いや、実際彼女の魔力に直接触れれば、そうなってしまう可能性の方が高い・・
彼女を傷つける、など、許せるものではない。
そんなことしてしまうくらいならば、私は一生彼女に会わなくても・・
勿論、本音は会いたいに決まっている。
直接顔を見て愛を囁き、優しく触れて愛し愛される関係へと至りたい・・
ならばどうする?
彼女を傷つけないように、これまで通り鏡越しでの交流に留めるというのか?
それとも・・会った時に自分が理性を手放さず・・・・
そうだ。
いっその事、理性を手放してしまったとしても、絶対に優しく彼女を傷つけないように事を上手く運べるようになるまで、この身に刻めば良いのでは?
繰り返し練習し、訓練を続ける事で意識せずとも剣を正しく振れるようになったのと同じように。
じっと。膝の間の水に視線を落とし、強く深く彼女を想う。
その時は絶対に泣かせたくない。
痛い思いをして欲しくない。
気持ち良くなって欲しい。
もし涙を流すなら、嬉し涙や快楽の涙であって欲しい・・
無意識に拒否される可能性を排除して、彼女と睦み合うその時を夢想する。
ゆらりと透明な水が揺らめき、広がった状態から彼女の姿へと形を変えた。
今度は落ち着いて、ゆっくりと手を伸ばす。
体の横に下ろされた手を取り、その甲に優しく口づけた。
反応など無いのを承知で、敢えて言葉を口にする。
「アヤ、好きだ」
傍から見れば恐ろしく滑稽な姿だろう。
自分で作り出した水人形に、全裸で跪き愛を告げるなど・・
だが、私はただひたすら真剣だった。
彼女を、アヤをこの腕の中に抱き、口付け、互いに幸福に包まれた上で深く繋がれるのなら・・
どんなに痛々しく見られようと、指を指され笑われても・・彼女との幸せの為に。
水人形の手を握ったまま、立ち上がり小柄なその形を腕に納める。
目を閉じれば、人と変わらぬ熱と柔らかさに本当に彼女が腕の中に居るようで、じわりと目頭が熱くなった。
その後、結局水人形へ手を付ける事無く事を終える。
そして彼女と繋がる為の訓練は、どうしても挿入まで進められないまま時間だけが経過した。
まぁ、口付けたり、舐めたり、擦りつけたり・・といった事はしたが。
と言うのも、まごまごしている内にやはり最初に挿れるのならば、本物の彼女へ・・
と思ってしまったのだ。
散々訓練だ何だと自身に言い聞かせていたというのにこれだ。
本当に情けない・・いや、水人形相手に練習、という時点で情けないも何もないか。
あれから、欲望と自己嫌悪の狭間で感情が揺れ動き、振り回されている感が否めない。
その所為か、体調改善の為の射精も上手く行かなくなり、人魚に渡した精液も5日もかけて集める羽目になった。
あの程度ならば3日で十分だった筈なのに。
そして、魔力が滞りなく流れる状態に慣れて来たところだっただけに、今の状態は結構辛いものがある。
傍仕えも心配してくれているが、己の精神力の脆さが招いた結果だ。
私が自分自身でどうにかするしかないのは、彼も解っている。
ただそれでも、「心配なものは心配」という事なのだろう。
つくづく得難い存在だ。
これからも世話をかける事はあるだろうが、少しでも彼の主たるべく精進したい。
水路工事の進捗の確認に来た眼鏡貴族らの護衛として、共に大穴の底に降りそんな事を考えていた。
貴族側はいつも通り昇降機で降り、その後直ぐに冒険者側が半精霊の力を借りて身一つで固い地面へと降り立った。
今回の護衛メンバーは傍仕えと私、「不屈の砦」から三つ編みのフラウリィーラと虫人のモウロ。
「栄光への導き手」から鬼人のシグレと黒髪のセドリック。
そして、副リーダーの「アクト」の計7名。
この「栄光への導き手」副リーダーと直接関わるのは初となる。
身長は私の目の高さ程で、体格も細身。
髪も衣服も黒という、全身黒づくめの男だ。
特に目立つのが不自然な程に鍔の広い帽子を被っている点だが・・あのように視界を制限する物を身に着けていて、動きづらくはないのだろうか?
不躾にならぬ程度に観察していると、黒髪が片手を上げ「よう」と気さくに寄って来た。
「調子はどうよアド」
「良い。と言いたいところだが・・」
「あぁ。見りゃ分かるよ。あんま良くなさそうだな」
「少々、魔力過多でな」
「そうなんだってな。ま、魔法をバンバン使って魔力を消費すりゃ、ちったぁマシになんだろ!」
「もしもの時は期待してっからよ!」と背中を強めに叩かれ、励まされる。
「あぁ」と頷いて視線を上げると、黒鍔帽の副リーダーが貴族側の護衛騎士と話している所が目に入った。
私の視線の先に気付いた黒髪が「俺らの副リーダーが気になるのか?」と話を向けて来たので、丁度良いと質問を口にする。
「そうだな。彼と直接関わるのは初めてなんだが、どのような人なのか訊いても良いか?」
「そりゃ構わねぇけど、あの人の説明かぁ・・う~ん。一言で言うと・・素直じゃない人、かなぁ?」
黒髪が話す事によると、黒鍔帽は斥候の凄腕らしい。
卑屈な発言が多く一見付き合いにくそうだが、大変な仲間思いで特にリーダーのバーグを陰に日向に支えているそうだ。
「それによ、すげぇ魔法の使い手で―「我輩の話かね?」―ひぇっ!?」
突然背後に気配が現れ、飛び上がって驚いた黒髪。
一方私はというと、間髪入れずに動いた傍仕えの背に庇われる。
「あ、アクトさん!」
「以前も注意したかと思うが・・我輩の記憶違いだったかね?リック」
「はいっ!違いませんっ!「仲間の情報を他人に漏らさない」しっかり覚えてますっ!」
「よろしい。ならば今回は未遂ということで不問としよう・・時に、そこの彼を我輩に紹介するつもりはあるのかね?」
「勿論直ちに!」
アワアワと大層慌てた様子の黒髪はビシリと背筋を伸ばして答えると、危険は無いと判断した傍仕えが離れるのと入れ替わる形で横に立った。
隣から両肩を持たれ、ぐいと引き寄せられて黒鍔帽の目の前に立たされる。
「紹介します!こいつは4等級のアド!俺の友だちで凄くイイ奴なんです!」
そう紹介されたが、肩を掴まれたままで動けない為、失礼かと思いながら軽く目礼した。
挨拶しようと口を開く前に、黒髪は続けて鍔黒帽の紹介を始める。
「アド!この人は俺らの副リーダーのアクトさん!2等級で、忙しいリーダーに代わって何かと俺らメンバーの事を助けてくれる頼れる人なんだぜ!」
黒鍔帽の紹介まで一気に終えた黒髪は、満足気に鼻息を漏らした。
だが、一方の黒鍔帽はおざなりに「ふむ・・及第点」と冷たい反応を返し、こちらに向き直る。
「・・先ずは挨拶が遅れた事を詫びよう。すまなかったな。我輩は「アクト」。ただの「アクト」だ。「栄光への導き手」で副リーダーをしている。以後、見知りおきたまえ」
尊大な態度に少々驚かされたが、黒髪から彼の人となりは聞いていた為、焦る事無く答えた。
「4等級のアドだ。登録したばかりの身だが、足を引っ張らぬよう努めているつもりだ。こちらこそ、今後ともよろしく頼む」
すっと右手を差し出すと濃い影に隠れた顔の中、口元も黒い布で隠している為唯一感情を読み取る事の出来る黒い目が、楽し気に笑ったような気がした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は月曜日の予定です。