鏡の国の変態王子様 ~アラサーオタクな私の鏡。繋がった先は異世界でした~ 作:もすもす。
視界を覆い尽くす勢いで迫る、黒の枝、枝、枝。
背後にある岩の水槽には
もしそんな事をすれば水槽は割れ、陸地に投げ出された彼女らは無防備な状態で身動きが取れなくなってしまう。
結界で覆ったとて、移動できなければ気を配らぬ訳にはいかず、そうなれば戦闘の邪魔になる。
かと言って、このまま攻撃に耐え続けるのは下策中の下策。
『先ずは攻撃を止めなければ!』
バチっ!バチン!と結界を攻撃し続けている黒い枝に対処すべく、久方ぶりに大きく魔力を動かした。
背後の岩向こうにある水に魔力を浸透させ、半分ほどを残しごっそりと持ち上げる。
強度を上げる為に圧縮し、腕の太さ程の水の蔦を何本も作り出した。
「行けっ!!」
木の異形を拘束すべく打ち出した水の蔦は、私の意思に従い飛び出す!
透明な蔦は黒い幹に絡みつき、広がる枝を根本から絡め取って・・
瞬間。
何かが弾ける音と共に、頭に衝撃が走って思わず仰け反る。
「がっ?!」
「アド様?!」
揺れる視界の向こうで、形の崩れた蔦がただの水に戻り地面に落ち広がった。
駆け寄る傍仕えの声が遠い。
急な吐き気に耐えられず、背中を壁に擦りながらずるりと座り込んで胃の中身を吐き出した。
痛い、気持ち悪い。
頭の中を、直接掻き回されているかのようだ。
目を閉じても平衡感覚が安定しない。流水に揉まれてもここまで酷くはないだろうという程の不快感。
『一体、何、が・・』
「アド様!お気を確かに!」
状況悪化を防ぐためだろう直接触れる事はせず、必死な声音で呼びかける傍仕え・・
霞がかった思考でそう導き出したところで、別の声がした。
「無事かね?あぁ。無理に答える必要はない。後はこちらで引き受けよう。大人しくしていたまえ」
黒鍔帽の言葉に答える間もなく、また別の声が割り込む。
「アド!生きてるけ?!おら達が来たからにはもう大丈夫だどっ?!」
「平気かアド!って。キモチワルっ!!アクトさんっ!こいつ何なんですか?!」
「知らぬ。我輩も初見である」
「話してる場合~?来るわよ~?」
黒鍔帽の後に続き、鬼人。黒髪。三つ編みと、次々耳に入る声。
「今攻撃したらダメだべっ!精霊様の結界ば盾にして耐えるべさ!」
「何でだよっ?!さっさと倒した方が良いだろが!」
黒髪の抗議の後で、直ぐにバチ!バチ!と枝が結界に当たる音が、耳障りに響いた。
「おらには解るだ!アレは魔力を伝って広がる呪いを纏ってるだ!まんず呪いをば祓わんと攻撃出来ねんだべさ!」
「呪い?!そんな、アド様っ!?」
「待て待て!まだ触れちゃなんね!今祓うで、ちっとだけ待っちくりゃ!」
すぐ隣で焦る傍仕えの声がして、制する鬼人の声、が――・・
そこで、私の意識は途切れた。
〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇
時は少し戻る。
青年がハーフエルフと共に大穴の底へ飛び降りた頃、地上へ向けて走る馬車の窓から身を乗り出す貴族の姿があった。
「閣下!危険です!お座り下さい!」
「冒険者らに告ぐ!」
腰に抱き着くようにして止める小太りの貴族を無視する形で、眼鏡の貴族は声を張り上げる。
「今より一時的に護衛の任を解く!我らの守りは騎士に任せ、仲間を救助せよ!」
貴族から下された予想もしなかった命令に、並走していた冒険者全員が言葉を失った。
馬車の走る音だけが響く奇妙な静寂を「栄光への導き手」副リーダーであるアクトの指示が打ち壊す。
「承知した。これより我輩ら冒険者は仲間の救助に向かう。護衛は別の者に引き継ごう」
そう言って、共に移動していた虫人へ声を掛けた。
「不屈の砦」のモウロ!」
「ナに?」
「宿泊場に残っている他の者らに救助要請と引き継ぎを伝えに行ってくれないかね?」
細長い四枚翅を展開して飛んでいたモウロは、仲間のフラウリィーラと視線で会話した後、「分カった!急グ!」と直ぐに翅を震わせて飛び去った。
「これで直ぐに仲間が来る。地上までは貴殿らだけで耐えてくれたまえよ」
「平気だよ。僕らは優秀だから」
アクトの言葉に護衛騎士隊長のワイズが答える。
言外に『だから早く行け』と気遣われたと察したアクトは頷きを返し、他の冒険者らに停止の指示を出した。
アクトは遠のいていく馬車を背景に、己の足元の鍔広帽子の影に沈みながら「我輩は先に行く」と告げ、その姿を完全に消す。
残された冒険者らは踵を返し、今まで登って来た螺旋状の通路を躊躇することなく駆け下りていった。
そうして仲間の窮地に駆け付けた冒険者らは、倒れ動けぬ様子の仲間を庇い黒い木の異形の前に躍り出る。
鬼人のシグレが「おらが呪いを祓う間、皆で守ってけろ!」と告げると、アクトらは半精霊が張った結界が干渉しない間隔で立ち並び、背後の人魚たちごと守る位置に着いた。
「祓い終えるまでどれだけ掛かるのかね?」
「200・・いや、100数える間に終わらせてみせるだ!」
シグレの言葉に「解った」と頷き、次に無言で固まっているハーフエルフのカルセへ問う。
「精霊様の結界はどれだけ持つのかね?」
「・・この程度の攻撃でしたら10分は持ちます。けど、受ける負荷次第でもっと短くなります」
「成程。理解した」
「皆、聞いたな?」と他の2人に確認して続ける。
「結界が持つ間は堪えたまえよ!」
「分かりました!けど、こんな殺気飛ばされてんのに動けないのはキチぃっすね!」
「こう目の前でバチバチ煩いと~。つい反撃しそうになっちゃうわね~?」
斧槍を肩に担ぎ首を傾げるフラウリィーラの言葉に、鞘に収まったままの剣のグリップを握りつつ、反対の手でその柄頭を押えているセドリックも「ですよね!」と同意した。
攻撃の瞬間に明滅する結界の光に照らされる冒険者たちの顔は、「一瞬の油断もすまい」という気迫に満ちている。
一方守られている側はというと、シグレは腰に括り付けた小さい鞄から紙を取り出し、己の刀で人差し指を切って何やら書き出した。
鬼人の言葉だろう耳馴染みのない音を発しながら、指先から滲む赤で線を引く。
やがて血が止まり書けなくなると、また新しく傷を作ってシグレは1枚の符を完成させた。
しかし直ぐに新しい紙を取り出して、2枚目に取り掛かる。
2枚目は1枚目よりも早く書き上げ、文字を内側にして細長く半分に折ると口に咥えた。
そして眼前で両手の指を複雑に絡ませ、何かを象る。
と、壁に背を預け俯いていた青年の身体からどす黒いモヤが立ち上り、シグレの咥えた紙に吸い込まれていった。
直後、紙の端から煙が上がったかと思うと、直ぐに火が付く。
口を開いて紙を地面に落とすと、あっという間に燃えて灰になり、自然と砕け散った。
「よっし!後はこれを、こうだべ!」
シグレは最初に書き上げた1枚を青年の胸にぐっと押し付ける。
すると糊でも使ったように、紙は青年の胸にピタリと張りついた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は月曜日の予定です。