鏡の国の変態王子様 ~アラサーオタクな私の鏡。繋がった先は異世界でした~ 作:もすもす。
シグレが青年に張り付けた紙には血で描いた簡略化した「鋏」の絵と、紐のようにのたうつ文字らしき線が縁を囲っていた。
ただ、その縁の線はじわじわと端から順に薄くなっている。
「これで少しの間は持つ筈だべ!次はあっちだべな!」
「アド様!アド様!お気を確かに!」
「カルセ殿!アドを連れて離れててけろ!札の文字が全部消えるまでは呪いは抑えられてるだ!時間稼ぎしてる間にあっちをどうにかしねと、呪いが
「っ?!分りました!他にわたくしに出来る事は?!」
カルセは体格差を物ともせず、青年の膝と背中を支え抱え上げながら問うた。
「あるだ!アレは「影」と「木」が混ざってる存在だべ!だから「水」の気を喰らって力にする!逆に嫌がるのは「光」とか「火」の気だ!結界もその気が強い方が持つ筈だべ!光か火の精霊さまの手ば借りられべっか?!」
「分かりました!「D」!「F」!」
呼ぶ声に応え、カルセの姿を模した半精霊が2体現れる。
「皆に結界を重ね掛けしてください!可能な限り敵対存在の排除への手助けを!「A」はわたくしと共に下がりますよ!」
その言葉でスッと姿を現した「A」の面布を付けた半精霊を連れ、カルセは青年と共に黒い木の異形から一番離れた位置まで下がった。
一方、指示を受けた半精霊らはそれぞれフラウリィーラとセドリックの傍に寄ると、2人の持つ武器に手をかざす。
と、フラウリィーラの斧槍からは炎が立ち上り、セドリックが抜いた剣は淡く光り輝いていた。
「精霊様の属性付与、であるな。これならばあの異形にも通じよう。我輩が盾になる故、2人は攻撃に専念したまえ!」
アクトの指示にそれぞれ「分かりました!」「了解よ~!」と答えた2人は、直後同時に地面を蹴り左右から回り込むように駆け出す!
動く先に殺到する黒い枝。
だが、2人は付与武器を振って迫る枝の尽くを打ち払い、止まる事なく木の幹へと接近。
一瞬の間を置いて走ったそれぞれの斬撃は、黒くぼやけた存在に赤と白の二条線を刻んだ!
しかし木の異形はぶるりと全身を震わせただけで、直ぐに黒い影で切り口を埋め戻し・・どころか、膨張させて「お返し」とばかりに尖った影を打ち出す!
攻撃が集中したフラウリィーラを庇おうと動いたセドリックの前に、アクトが地面から飛び出し2人を背後に庇った。
黒い棘らしきものは細い影で幹と繋がっており、半精霊の結界によって弾かれた後、一瞬で引き戻される。
と、何かを察知したアクトが「散れ!」と指示を出した。
3方向へ散り散りに跳んだ3人が見たのは、一瞬前まで立っていた場所が地面を割り現れた真っ黒なギザ口に飲み込まれる光景。
「地下も要警戒!翻弄しつつ攻撃したまえ!」
アクトの指示に従い、攻撃役の2人はジグザグと先読みしづらい動きで何度か接近。
隙をついて、確実に攻撃を当てていく。
少しずつ削られていく木の異形だが、傷が増える度に虫こぶのように盛り上がった箇所から鞭にも似た鋭い棘付きの攻撃が飛んでくるので、接近しての攻撃が徐々に難しくなっていった。
「これもう俺らの武器じゃ厳しくねぇか?!」
「決定打に欠けるわね~」
少し息の上がった様子のセドリックが叫ぶようにして言うと、フラウリィーラも同意して答える。
その時ちら、とセドリックから助力を求める視線を向けられたカルセだったが、首を横に振って拒否を示した。
顔を歪めたセドリックが口を開く直前、地面から生える様にして現れたアクトの手に足首を掴まれて影に沈む。
直後、セドリックが消えた空間を鋭い棘が何本も通過した。
「げほっ!ア、アクトさん!」
「戦闘中は感情を抑えたまえ。と、教えた筈だが?」
「でも!だって精霊様に倒して貰えば!」
「精霊様は魔力が狂ったもの以外の命を奪うことは出来ぬ。そういう存在だと、これも教えなかったかね?」
ぐっと押し黙ったセドリックは数度荒い呼吸を繰り返し、ふーっと意識して長く息を吐き出すと落ち着きを取り戻した様子で「分りました。もう大丈夫です」と言って顔を上げた。
その間、木の異形から距離を取っていたフラウリィーラも一息つけたようで「仕切り直しね~」とにっこり笑って見せた。
「ですね!」と気合を入れ直して答えたセドリックだったが、アクトの背が目の前に割り込んできたため、出鼻を挫かれて鼻白む。
「アクトさん?」
「あら~?」
『どうしたのか?』と疑問符を浮かべる2人を置き去りに、「ふむ・・」と何やら考え込んだ様子を見せたアクトは無言で影に沈み・・
直後、カルセの傍らに落ちていた影から姿を現した。
「精霊使い「面布のカルセ」に問う。結界の形状を任意の形へ変える事は可能かね?」
「・・えぇ。可能です」
「それは重畳。ではあと2つほど頼まれてくれたまえ」
カルセとの短いやりとりを経て、セドリックたちの所へ戻ったアクト。
「どうしたんですか?」と問うセドリックに、広い帽子の鍔をクイと持ち上げたアクトは半精霊の結界に守られた水槽・・
正確には、そこの中で身を潜めている
「何。次は我輩と踊ってもらおうかと、ね」
〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇
・・・・男の隣には、もう1人の自分がいた。
同じ母から同じ日に生まれ、ずっとずっと一緒に居た。
男はもう1人の自分が大事で愛おしかった。
同時に、酷く憎くもあった。
何故、同じ存在なのに同じ事が出来ない?
親の手伝いも、勉強も、仕事も、人付き合いも、どうして自分と同じように出来ない?
俺はお前で、お前は俺だろう?
違う?俺とお前は別物?
そんな訳ない!
俺とお前は最初から1つの存在だ。
俺にはお前だけだし、お前には俺だけだ。
一緒なら、どこでだって幸福に暮らせる。
だが、お前は消えた。
ある日突然、町の警備隊に連れていかれた。
は?
薬の売買に関わった?
貴族が保護している者に危害を加えた?
そんな馬鹿な!
あいつは、もう1人の俺はそんな事などしない!
離れている間に、時折痛みが襲ってくる。
もう1人の俺が受けた痛みが。あらゆる感覚が、絶えず伝わって来る。
苦しんでる。
痛がってる。
寒がってる。
熱がってる。
泣いてる。
叫んでる。
あぁ、そんな・・もぅ、もぅ・・・
大切な、俺の俺が壊される!
ずっとずっと大事にしてきた俺が!
これで、これで俺は俺を受け入れる!
俺の俺は俺だけを見る!
本当の俺だけになる!
今、集めた無実の証拠を持って迎えに行くからな!
あぁ。なんと待ち遠しい!
完全な俺になる日は直ぐそ、こ―・・
は?
人魚に、買われた?
待て。
待て。
待て、まてマテマテっ!!
あ゛っ。
止めろ!
触るな。
俺の俺を解放するな!
快楽などっ、要らない!
悦楽も、快感も、俺に与えていいのは俺だけだろうが!
駄目だ!
イくな!
満足して逝くな!
俺を置いて、逝くな!
あ゛。
あ゛ぁあ゛あぁああああああああああ!
・・・欠けた。
永遠に欠けてしまった。
完璧だったのに。
俺は俺と居た時は完全だったのに。
俺は俺の受けた懊悩と、苦痛と、絶望と、懇願と、諦念を知って。
理解して。
俺は俺を今度こそ受け入れる筈だったのに。
癒しと安堵と興奮と感動と悦楽と幸福を与えられて・・
俺は、俺じゃなくなった。
離れた。分かたれた。
もう二度と完璧には戻れなくなった・・
・・・・どうでもいい。
もう、どうでもいい。
金も、名声も、ありとあらゆる贅沢も、俺の俺が居ないのなら、何の意味も無い。
でも、少しでも取り戻そう。
俺の俺を集めよう。
俺が俺になる為に。
・・・・・人を辿る。状況を辿る。
俺を俺の居たところへ運べ。
俺の全てをもって、俺を回収する。
肉も、皮も、骨も、魔力も。
俺の俺は俺だけの物だ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は月曜日の予定です。