鏡の国の変態王子様 ~アラサーオタクな私の鏡。繋がった先は異世界でした~ 作:もすもす。
結界に触れないぎりぎりの位置で蔓延るそれは、血管のように妙に生物的で生々しく、歪な繭のようで生理的嫌悪感を催す。
ぞる、じゅる。と不気味に伸びていた黒い枝はしかし、繭が完全に閉じようとした瞬間。地面から生えた
と同時に、アクトが影に沈めていた腕を引き戻す。
「ふむ。やはり効くようだな。重畳。重畳。」
そう呟いた後、カルセに向けて「では、手筈通りに」と伝えると、今度は足元に落ちる濃い影に全身を沈めて消えた。
「・・「F」お願いできますか?」
主人の胸に張られた符の消えゆく文字から視線を外すことなく伝えられた願いに、半精霊はこくりと頷いて大穴の上部へ移動すると、広げた腕の中で煌々と輝く光を作り出す。
そして続けて呼ばれた「C」と「J」にも、それぞれ願いが伝えられた。
カルセの言葉に頷いた「C」は地面から抱えられる大きさの岩を剥がし、「J」がそれを浮かせて木の異形を取り囲むように配置する。
一方、木の異形も大人しくしていたわけではない。
残った枝で、周囲を囲む目障りな岩を打ち落とすべく振るった。
だが、岩にも結界が張られていたらしく、触れようとした瞬間に弾かれ、逆に枝の数を減らす結果となる。
悲鳴は無い。
しかし枝が弾かれて削れ、剥落する度に激しく身を震わせている様子から、少なくとも不快感を与えられていると推察できた。
今また、繭を形成する一部に繋がる枝が地面に落ちる岩の影から現れたアクトの手により切断される。
と、木の異形は身を捩り切断面から棘付きの鞭のような攻撃を繰り出した。
しかし、そこには既にアクトの姿は無く、ただ影の落ちる地面を叩くだけ。
すると今度は、また別の影から伸び上がったアクトに幹を削り取られる。
そしてまた直ぐさま影に沈み、木の異形の反撃を回避。
影に潜み、攻撃する一瞬だけ姿を現すアクトの手には、投擲用のナイフしか握られていない。
その武器だけで傷をつけているのか?
否、そうではない。
よくよく見て見れば攻撃の際、ナイフの刃の先1メートル程先まで見えない刃があるように削り取った部分は大きくなっていた。
カルセの傍まで下がったセドリックがアクトの戦闘を見て、思わずといった風に零した「あれは・・」という言葉の続きを、隣に立つフラウリィーラが引き継ぐ。
「もしかして精霊様の結界、かしら~?」
「・・ええ。そうです」
短く答えたカルセに視線を向け、セドリックは驚きの声を上げる。
「なっ?!結界?!結界で攻撃なんて出来るのか?!」
「・・・出来ているからこそ、あの異形も弱ってきているのですよ。結界で攻撃など、今まで考えた事もありませんでしたが・・これは今後も使えますね」
寝かせた主の上半身を支えたまま、低く貪欲な声音でそう返したハーフエルフ。
目を閉じた鬼人が主の胸の符に手を添えて小さく言葉を紡いでいる状況では、いつもの無感情な様子は欠片も感じない。
仄暗い気配を漂わせるカルセに、セドリックは続けようとした質問を飲み込み、隣に立つフラウリィーラがそんな気圧された仲間の代わりにカルセに問うた。
「それで、アクトさんは結界をどうやって攻撃に使ってるの~?」
「出来れば教えて欲しいわ~」と続いた質問に、カルセは「簡単な事ですよ」と一転、軽い調子で答える。
「先程彼は3つの手助けを願いました。1つ、光の精霊による結界の発動及び任意の形状変化操作と、光源の維持。大地の精霊に影を生み出す為の岩の作成。重力の精霊にその岩の浮遊維持です」
「結果はご覧の通り」と示した先、アクトの動きに意識を戻したセドリックとフラウリィーラが目にしたのは、攻撃が当たらないことに業を煮やしたらしい木の異形が、立て続けに地面からギザ歯の大口を連続で生やし、広範囲をその口に飲み込み砕いている姿。
「視認出来ないので分かりづらいかと思いますが、彼は手持ちの武器まで結界で覆い、攻撃範囲を伸ばしています。その上で浮かせた岩の影と、地面に出来た影を利用して立体的に移動しながら連続で攻撃しているのですよ」
結界で守られているのを理解しつつも、飛んできた岩の欠片につい腕で目を庇うセドリック。
一方、フラウリィーラは冷静に戦闘を観察している。
2人が細めた視線の先で、黒い残像が木の異形を取り囲むように走った。
一瞬の間を置いた後、木の異形を形作っていた黒い不定形の
そうして現れたのは、拉げ捩じれた白い骨の成れ果て。
「・・つまり、アクトさんは影魔法で有利になる状況を精霊様に頼んで作ってもらった?」
「そうなります。影から影に移動する「影魔法」と防御の為の「結界」を攻撃に転用するとは・・」
どこか悔しそうな様子のカルセが面布越しに見つめる先。
1つの執念が、終わりを迎える。
所々に肉が残り、人の原型なぞ留めていない歪な白い枯れ木に、残像を残した黒い筋が幾つも走った。
〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇
ちきちきちき、ぎちぎちぎち。
骨と骨が擦れ合うような軋んだ音が、声なき声となって大穴の底に反響する。
何故か胸が苦しくなるその音に、自然と瞼が開いた。
「アド様?!お気付きになられましたか?!」
「ジ・・・カルセ。今、どうなっている?」
無意識に「ジャス」と呼びそうになって、不自然に言葉が途切れる。
こちらを覗き込んでいた傍仕えは「意識が戻られて本当に良かった!」と珍しく強く感情の籠った声音で言った。
『随分と心配させてしまったようだな・・』
申し訳なく思いつつ、ぐるりと視線を巡らせる。
背後には傍仕え。隣には鬼人が寄り添い、胸に手を当てながら何やらブツブツと唱えていた。
敷物の上に寝かされていたようで、横を向けば直ぐそこに地面がある。
傍仕えが支える背中を浮かせ身を起こそうとすると、「まだ動ないでください!」と注意された。
「決着はつきましたのでご安心を。直ぐに背もたれをご用意致しますので、暫くそのままでお待ちください」
「そうか、分かった・・」
そうしてあっという間に適当な荷物と、それを覆う布とクッションを背中側に設置した傍仕えに助けられながら身を起こすと、高くなった視界で現状を眺める。
木の異形が居た所には白い枯れ木のような物が立っていて、今も火に巻かれている。
いや、私は知っている。あれは枯れ木などではなく、異形へと変じた者の骨だ。
潰れ捩じれて、骨格など残ってはいないが・・
白い煙を上げて燃える姿に自然と涙が流れる。
その時、隣に居た鬼人が「よし。今はこれ以上の事は出来んべ」と言って視線を上げた。
そして顎まで伝う雫に、傍仕えと2人してぎょっと目を剥く。
「アド様?!どうされました?!」
「大丈夫け?!どっか痛むだか?!」
その声に他の者も驚き集まって来るのだった。
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