鏡の国の変態王子様 ~アラサーオタクな私の鏡。繋がった先は異世界でした~ 作:もすもす。
木の異形が火に巻かれて軋み、白くなった端から脆く崩れていく光景を映している目から、とめどなく涙が溢れ流れる。
先程まで別人の記憶を見ていた・・追体験、というのだろうか。
目を開ける瞬間まで、本当に自分が経験したように感じていた。
木の異形に変じてしまった、男の人生を。
双子である自分の弟に執着していた男は、歪んだ親愛を弟に押し付けていた。
客観的には理解し難い事だが、男の視点で見聞きした私は部分的に納得出来てしまうところもあって、その事が正気に返った今・・とても恐ろしい。
自分も含め、人とはなんと身勝手で、利己的なのだろう。
アヤに向ける感情も・・その延長線上にある。
普段なら気に留める事の無いアヤへの気持ちが、彼女にとって酷く迷惑な事なのではないかと感じて、胸が苦しい。
好いた人に拒絶されるのは辛い。
愛しているのだから、同じように愛し返して欲しい。
皆、当たり前に持っている当然の欲求だろうが・・
望んだそれは本当に、
こちらが思う相手だって感情を持った一個人だ。
相手がこちらの事を「どう想うか」などは相手の気持ち次第。
何ものにも害されず、操作もされず・・尊重されるべき、尊いものの筈だ。
そう、理解している。
理解してはいるが、真の意味で納得することが出来ない。
あの男も、心の底では解っていた。
だが、弟の全てが自分と同一でなければならないという強迫観念じみた思考と、行き過ぎた愛情により弟を束縛し、自分と同じことが出来るようにあらゆる事を強制した。
結果、弟は犯罪に巻き込まれ苦痛を乗り越えてある意味で幸福を得る。
男は弟と離れている間も、痛みや快感といった感覚は伝わっていたようで、弟が苦しんでいる間、男も苦しみつつ弟の状況を喜んでいた。
苦しみぬいた先で男が温かく迎え入れれば、弟が心から依存してくれると思っていた。
思い描いていた状況が一変し、弟が
存在しない弟を求めるあまり、微かに残っているかすら怪しい弟の魔力を欲して、自ら罪を犯して捕まり、奴隷商に金を握らせて交渉し、とうとう人魚の下までやって来た。
弟の魔力を取り込む為、自らに変異の呪いを刻んだ上で。
・・男はただ、愛した者に愛されたかった。
それだけだったのに、終始やり方を間違えていた・・
どこかで別の道を見つけることは出来なかったのだろうか?
男と弟、その周囲が楽しく笑い合い、幸せに暮らす未来、が、どこかで・・
「アド!」
勝手に流れ出る涙をそのままに、足を取られる泥沼を進むような粘つく思考を断ち切ったのは、強く掴まれた両肩の痛みと、強い呼び声。
「お
目の前で叫ぶようにして問う鬼人に無言のまま視線を向けると、眉根を歪めた鬼人は「ばかたれが」と吐き捨てるように言った。
「呪い持ちに同情なぞするもんでね!魔力が触れれば気持ち
「だが、あの男は・・」
「あ゛ーっ!駄目だべ!いかんいかんっ!今のお前さは何言ってもあれの肩ば持って気持ちが暗い方、悪い方に考えちまってるべや?!」
・・あぁ、確かに。鬼人の嫌そうな顔を見ただけで己の存在が酷く迷惑極まりない、厄介な廃棄物のように思えて気持ちが沈む・・
こちらの表情を見た鬼人は「これだから呪いってやつは面倒で嫌いなんだべ!!」と言って立ち上がった。
それまで静かに控えていた傍仕えが、涙に濡れた私の頬を布で拭き取りつつ鬼人に問う。
「それで、アド様の呪いの状態は?」
「ん゛~。今の所、おらの符で抑えてるだが・・符の力が消えるまでにしっかり祓わねと、ちとまずいべ・・」
「・・祓えなければ?」
当然の問に、鬼人は後頭部をばりばりと掻き、どう答えたものかと迷った様子を見せた後、端的に答えた。
「・・そん時は・・自分で自分を殺しかねね」
その言葉に、寄り添う傍仕えの身体がビクリと震えたのを感じる。
あぁ。こんなにも不安にさせてしまう自分は、なんと酷い主人なのだろう・・
死にたい。
瞬間。湧き上がった衝動のまま、無意識に伸ばした右手が左の腰辺りを空ぶり・・ハッとした。
そこにある筈の剣が無かった事を残念に思う気持ちと、良かったと安堵する気持ちが、互いの境界を侵し混ざりながら胸中に渦巻いている。
混乱している間にも、傍仕えと鬼人は会話は続いていた。
だが、聞こえている筈の内容が、上手く理解出来ない。
私は、こんな私は・・・
「だから今は眠らせておくだ」
その時、ふわりと何か不思議な香りがして、私の意識は再び落ちた。
〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇
鬼人のシグレが取り出した小瓶の中身を確認して、ハーフエルフのカルセは主人にそれを嗅がせた。
直後に意識を落としたアドを気遣いながら、優しく横たえる。
「・・「
「お?よく知ってるだな。おらんたちとこでは「
蓋をした小瓶を受け取り答えたシグレは安心させるように「寝てれば自分で自分を傷つけることはねっから」とカルセを慰めた。
「武器を取り上げただけでは足りない、という事なのですね?」
「んだ。今のアドはどんなこと言っでも、ぜーんぶ悪く聞こえちまって、死にたい気持ちを育てちまうんだ。ま、話さねくても、結局どんどん暗い気持ちに沈んでいっちまって死にたくなっちまうんだけども」
「希望を抱かせるような事を話しても?」
「んだなぁ。何言っても自分を責めちまうだよ。だから寝かせて置くほうが安心だべ」
腕を組んだシグレは困り顔のまま、無理矢理笑みを浮かべて言う。
「何と厄介な・・それで、呪いを祓う方法は?猶予はどのくらいあるのです?」
「おう!時は朝飯と夕飯の間くらいだべ!祓う方法は・・」
言葉を途切れさせたシグレは何かに気付いた様子で上を見上げると「来たべな!」と続けた。
「半日・・」と一瞬考え込んだカルセも、つられて上を見る。
そこへ斜めに差し込む天の光を背負い、微かな翅音を置き去りにした虫人のモウロが降りて来た。
「皆っ生きてル?!怪我なイ?!」
言いながら腰の後ろの鞄に四本腕を突っ込み、引き出したその手にはそれぞれ回復薬の小瓶が握られている。
「モウロお薬持っテきタ!!だからもウ安心!!」
ふんす!とモウロが鼻息を吐いた所で、フラウリィーラとセドリックに見張りを任せたアクトが来て「戻ったようだな」と声を掛けた。
「バーグは地上かね?」
「バーグ?」
「我輩らのリーダーのバーグである」
「?」
「・・・拳で戦う、大柄な虎耳の男のことである」
質問の度に、回復薬を持った腕を広げたまま右、左と首を傾げるモウロに、アクトは辛抱強く問う。
その甲斐あって、モウロは直ぐに理解した様子で首を横に振って答えた。
「ちじょう、居ないヨ?今あそコ」
そう言って向けられた視線を追うと、半分辺りまで通路を降りて来ていたバーグの姿がある。
どうやら途中から走るのではなく、壁からせり出した螺旋に続く通路の端から下の道の端へと、垂直に飛び降りてきたらしい。
姿を目にした数秒後には、皆の目の前に砂煙を上げて着地した。
「待たせたな。だがその様子では全て終わった後か?」
ざっと視線を走らせたバーグは警戒を解く前に自分の副リーダーであるアクトへと問う。
「状況は落ち着いているが、まだ終わってはいない」
そう答えながら目線で合図を受けたシグレが頷き、アドの状況を説明した。
「では、呪いの深度が深いのはアドだけか?」
「んだべな。他に呪いを受けた人魚と、人種2人はちと混乱してたけんども、おらの符で祓える程度には浅かったみたいだべ」
「そうか、では今処置を急ぐ者はアドだけか?」
僅かな警戒だけを維持して問うバーグの言葉が途切れた直後、2人の会話に割り込む形でカルセが声を上げる。
「教えてください!アド様の呪いはどうすれば祓えるのですか?!」
「お、おぅ!すまね!まだ言って無かったべな!祓うのに必要な素材が幾つか要るんだけんども、1つ手元にねぇのがあるんだべ」
「それは?!」
「おう!月の魔力に満ちた水だべさ!」
シグレの答えに、カルセはガチリと硬直したまま問うた。
「それは、まさか「月光魔力純水」の、ことですか?」
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は月曜日の予定です。