鏡の国の変態王子様 ~アラサーオタクな私の鏡。繋がった先は異世界でした~ 作:もすもす。
月明かりが差し込む暗い森に、ぶしゃりと血飛沫が舞う。
また1つの命が終わり地面にどす黒い血が流れ広がる中、静かに佇む銀髪のハーフエルフの姿はどこか絵画めいていて、息を呑むほど美しい。
そんな目にした者の心を奪うような場景に、不躾な雑音が新たに乱入した。
身の内に溜った魔力に狂い、有り様すら変異させた生き物。
涎を撒き散らし襲い来るそれら魔物を、カルセは手首を翻しただけで一拍の内に全て切り刻む。
何種もの魔物が流した血の匂いも相まって、場の景色は戦場そのもの。
にも拘わらず、カルセの纏う空気は静謐ですらあり、周りの状況との乖離が激しくある意味混沌としていた。
「・・予想していたより数が多いですね・・魔力溜まりでもあったか・・」
ぽつりと零した言葉が終わらぬうちに、また新たな魔物の襲撃。
積み上げられた躯を飛び越えた姿に視線を向けること無く、また手首が翻る。
枝葉の隙間から白く筋状に差し込む月明かりに、きらりと細い何かが煌めいた一瞬後、魔物の身体は関節毎に分かたれてどちゃりと崩れ、赤黒い山の一部と化した。
そこで漸く円形状に重なる死体を一瞥したカルセは、移動するべくその場で地を蹴る。
太く伸びた木の枝に飛び上がって血の海を避け、血生臭い壁の外側へ着地すると直ぐに駆け出した。
取るに足らない小物を一蹴しながら移動すること暫し、一際大きな気配を察知。すぐさまその場へ向かう。
やがて木々が途切れ、現れたのは巨石が折り重なる足場の悪い岩場。
月明かりで出来たその濃い影から現れたのは、それぞれが人1人を丸呑み出来るような大蛇。
チロチロと舌を出し入れしてこちらを窺い、黄色く濁った5対の瞳を鈍く光らせている。
普通の者ならば叫び逃げ惑うであろう状況にもかかわらず、カルセは冷静そのもの。
眉1つ動かさず、初撃を放つべく胸の高さで腕を構えた。
その時、5匹の大蛇がぐぐっと鎌首を
月光に照らされた鱗がギラギラと光り、こちらを見下げる口元からはシューシューと威嚇音が重なり溢れた。
身を起こした魔物の、その全容。
巨体に似つかわしい、太くずんぐりとした胴回り。
その先は5つに枝分かれし、それぞれ独立した動きを見せる頭部が乗っていた。
見上げる巨体の影が落ちて周囲は暗くなり、長い牙から液体が滴ると岩の一部が煙を上げて溶け崩れる。
「
目の前の魔物について淡々とした感想を述べたカルセは後方に飛び上がりつつ、交差させた両腕を勢いよく開いた。
瞬間。細い何かが空中で幾筋もきらきらと輝いたかと思うと、多頭蛇の真ん中の首が一瞬の抵抗の後に輪切りとなって弾ける。
声なき悲鳴を上げ、無事な首を振り回した多頭蛇は一斉に毒液を射出した。
降り注ぐ致死性の豪雨を巧みに避けたカルセがまた腕を振ると、今度は左端の頭部の一部が切り飛ばされる。
血を流し、痛みに暴れる多頭蛇の動きで足元の巨石群がぐらぐらと不安定に揺れた。
馬車よりも太い尾が振り上げられ、岩に打ち付けられる度に尋常でない量の瓦礫が飛び散りカルセにも降りかかる。
だが、身を砕く筈の石雨は届くことは無かった。
当たる軌道上の石塊だけが煌めきに弾かれ、カルセは何事も無かったかのようにその場に佇んでいる。
カルセが腕を振り、手首を翻す度に月明かりに浮かぶ細い光る筋・・
糸だ。
闇夜に紛れ、月明かりの反射が無ければ目視出来ないほどに細く、それでいて恐ろしい程に強靭な糸。
魔力はあらゆるものに宿り、適切に調整出来ないまま過剰に増えれば、生き物ならば体内に魔石を生成して本来の在り方すら変質させる。
だが、自らの意思で魔力を調整、管理、運用すれば肉体を強化したり魔法を発動することが出来た。
殆どの冒険者は魔力を使い、自らの肉体を強化出来るからこそ持て余す筈の重い武器を振り回し、人々を襲う魔物と相対することが出来る。
また身体の外へと放出できる程魔力量が多ければ魔法使いとなれる可能性が高く、その暁には周囲を含め様々な恩恵をもたらした。
魔力操作による肉体の強化。魔力放出による魔法の発動は冒険者とそれ以外の者たちにも広く知られている技術だが、一部強者の上澄みにあたる者たちが当たり前に行える魔力を用いた強化が、もう1つ存在する。
魔力による
体に触れている物を、元々の強度を越えて頑丈に、強固にすることが出来る。
魔力操作の熟練ともなれば、強化した物質自体を思いのままに操作することも可能だ。
カルセの武器である「糸」は特別性。
星降り石を食べて育った
その2つに、他にもいくつかの希少な素材を合わせ、複雑な工程で編み上げられたそれを、10年以上自身の魔力に浸し続けて漸く完成となる。
触れた所からどんなに遠くであろうと魔力を浸透、操作する事の出来るその「糸」はカルセの意思のままに動き、硬度を変化させることで切断力も自由に変更可能。
正に変幻自在の無形武器。
「糸」の届く範囲は即ち、カルセの攻撃の間合いと同意。
結果。攻撃魔法を使わずとも、惨劇は作られる。
多頭蛇による遠距離攻撃の尽くは避けられ、弾かれ、カルセには届かない。
ならばと直接攻撃を加えようにも、近づく端から切り刻まれた体は既に満身創痍。
唯一残った首も片目は潰れ、牙も折られている。
傷つき、魔力が底を尽きかけた事で漸く知性らしい光が多頭蛇の濁った片目に宿るが、時既に遅し。
逃走の判断も虚しく、煌々と輝く月明かりに幾筋もの煌めきが踊って、最後の首も細切れになって崩れ落ちた。
辺りに零れた魔力を回収した事で全て色付いてしまった魔道具の魔石に気付き、魔法鞄から新たな魔道具を取り出し取り換える。
「さて。少しは気が晴れましたが・・まだまだ獲物は居そうですね」
主人を守れなかった不甲斐なさを魔物を倒すことで晴らししているのを自覚しつつも、カルセは新たな獲物を屠る為に糸を飛ばし、巡らせるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は月曜日の予定です。