※この作品はR-18です。

鏡の国の変態王子様 ~アラサーオタクな私の鏡。繋がった先は異世界でした~   作:もすもす。

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お待たせしました。


【199】モウロの奮闘。

 

遠くの空が薄っすらと明るくなり、夜の闇が反対側の空へと追いやられつつある夜明け前。

虫人のモウロは一糸まとわぬ姿で、静かに山の頂を見上げていた。

 

虫人は身体の殆どの部分が固い外骨格に覆われている為、本来着衣は必要としない。

ただ、他の種族への配慮から好みではないものの、口布と同じく行動に支障のない範囲で身に着けるようにしている。

 

人種からかけ離れた外見は、虫型の魔物を連想させる事から苦手意識を持つ者も多く、忌避される事が多いからだが、今回のように速度重視の行動を伴う場合にはそれらを取り払うことに、虫人モウロは躊躇いも戸惑いもない。

 

自身の羞恥や受ける侮辱より、仲間の命を救う方が遥かに重要だと認識しているからだ。

 

文字通り一肌脱いだモウロの行動に敬意を抱いた仲間たちは、彼女の姿を目にせぬようにと離れ、この場には居ない。

 

モウロは口布すらも取り払い、顔の上半分を除いた虫そのものに近い姿を和らぎ始めた星明りの下に晒して、小さな池の畔で独り出発の時を待っていた。

 

普段口布で隠れている鼻部分を含めた顔の下半分は一見仮面のようにも見える。

だが、実際はその真ん中に走るギザギザと走る線に沿って左右に開くと、内側には小さくとも鋭い鋏のような顎が隠されているのだ。

そして僅かな光を反射してつるりと輝く外骨格は、風の抵抗を極限まで減らすであろうことが窺える滑らかな流線形。

背中から優雅に伸びる透き通った翅には葉脈のような線が走り、光が透過すれば繊細な影絵を足元の地に描くだろう。

 

その翅は「待ちきれない」と言わんばかりに時折ぶぃんっとぶれて、背後の下草を扇ぎ倒していた。

 

やがて時は来て、山を見上げる華奢な背中を合図となる魔術の光が照らす。

池の水面に伸びた短い影の左右に、薄っすらと四枚の翅が広がって、次の瞬間にはモウロの姿は空中にあった。

 

だらりと脇に下ろしていた計四本の腕を胸の位置で畳み、両足の隙間に尾のような虫腹を納め、折り畳んでいた翅を広げたモウロは実際の蜻蛉を何倍も大きくしたような姿となって山頂目指し翅を震わせる。

 

意思疎通可能な思考を有する種族の中でも、魔力を放出せずに飛行する種族としては、虫人は上位の存在として知られている。

 

中でもモウロのような蜻蛉の特徴を備えた虫人は空域最速と評価も高く、実際は危険な冒険者などせずともオレグラント王国でなら職にあぶれることもないのだが、虫人らしく義理堅い彼女は自身を拾ってくれた「不屈の砦」に在籍し続けていた。

 

「仲間の役に立って見せる」と意気込み飛び立ったモウロは目印の香りを辿り、たった10数分で目的の場所へと降り立った。

 

予定通り魔物はしっかりと誘導、排除されているのだろう。

ここに来るまでに、危険な気配は微塵も無かった。

だからと言ってのんびりしていて良い訳ではない。

さっさと夜露を集めて戻らねば。

 

モウロは事前に教わった手順に従って広げられた布から夜露を集め、水袋に詰めた。

両の手の平に収まる大きさのコレが、仲間を癒やす大事な材料なのだと改めて気合を入れ、胸元に大切に抱えると再び空へと舞い上がる。

 

切り裂いた風の音を置き去りにして、モウロは飛ぶ。

 

このまま出発した所に戻り、地上を足で移動するのが苦手な自分に代わって夜露を運んでくれる者に無事水袋を渡せば・・

 

この後の行動を頭で反芻していたところに、ぞわりと嫌な感じが背筋を撫で、反射的に速度を落とす。

と、目の前の空間を何かが上から下へと通り過ぎた。

 

はっとして見上げれば、そこには無数の黒い影。

 

夜明けという時間帯と、山が近いという地形から導き出した答え・・刻椋鳥(メッサ―)。

 

一羽一羽は両手の指を広げたくらいの大きさのそう大きくも無い鳥だが、集団で獲物に襲い掛かり刃物状の両翼で切り刻んでくる。

 

魔物ではないため魔石も入手出来ず大した素材も剥げない上、出会えば必ず襲って来る厄介な鳥として、冒険者の間では「ハズレ枠」と呼ばれる生き物だ。

 

このまま刻椋鳥を引き連れたまま戻る事は出来ない。

 

まるで一体の生き物のように、真っ黒なうねりとなって殺到する群れから離れるべく、モウロは急上昇。

その後を追って群れ全体が上昇して来たのを確認して、今度は一転地上へ向けて急降下した。

 

迫る木々をものともせず、僅かな隙間をすり抜けて森に入ったモウロは、速度を殆ど緩めずに太い幹を巧みに躱して森の中を進む。

 

刻椋鳥は数を減らしつつも、まだしつこく追って来ていた。

それでも木の幹をスレスレで躱し進んでいく内に、数は少しずつ減っている。

 

だがこちらの体が大きい分、どうしてもあちらの方が早い。

とうとう追いつかれ、通り過ぎ様に外骨格を羽の鋭い刃が掠る。

 

モウロの外骨格は刻椋鳥の攻撃を弾く程の強度はない。

滑らかな流線形に、無残に切り傷が増えていく。

 

それでも翅だけは切られぬように庇いつつ、モウロは飛ぶ。

引き離す事だけを考えて進むこと暫し、木々の向こうに遠く岩肌が見えた。

 

どうやらこの先に崖が立ちはだかっているらしいと気付いた瞬間には、一層の力を込めて翅を震わせる。

 

一気に加速して、木々の間から森を抜けた。

そこには川が流れていて、崖は対岸に聳えている。

 

その崖目掛け、真っすぐに飛ぶ。

ぴたりと追って来ていた刻椋鳥も、森を抜けると障害物が途切れた今が好機とばかりに加速してモウロに迫った。

 

近づく、聳え立つ崖。

止まらぬ虫人。

追い抜かんばかりの勢いの刻椋鳥。

 

衝突する。そう思われた瞬間、モウロは崖に沿うようにして急上昇した。

だが、刻椋鳥もその後を追って急上昇。崖にぶつかる事無くモウロを追尾する。

 

しかし、次の瞬間。モウロは空を仰ぎ見るように背面飛びの形で崖から離れて見せた。

無論、刻椋鳥もその後を追うが、その先にモウロの姿はない。

 

得物を見失い、混乱してバタついていた刻椋鳥の群れはやがて諦めたのか、少しして離れて行った。

 

その様子を、崖の影に隠れる様にして停空飛翔しているモウロの視線が追う。

 

刻椋鳥は動かぬ物には反応が鈍い。

 

モウロは崖から離れた直後に蜻蛉返りをして、崖の窪みに出来た影に身を隠し静止するように翅を震わせていたのだ。

 

薄暗い影の下でならモウロの翅の動き程度だと誤魔化せたようで、ほっと胸を撫で下ろす。

刻椋鳥の姿が遠く見えなくなってから、モウロは漸く影から姿を現した。

 

大分時間を消費してしまった。

急ぎつつ、また刻椋鳥や他の生き物に邪魔されぬように気を付けて飛ばねば。

 

再び森の中に入ったモウロは今度は無事に飛び立った池に辿り着き、気が急いてちょっと着地を失敗してしまったが、なんとか待機していた仲間のキーラに水袋を渡すことが出来た。

 

「よく頑張ったなモウロ!後はアタイに任せてゆっくり休んでな!」

「うん。お願い、ネ。モウロも、すぐに帰ルかラ」

 

ぽたぽたと全身から水を垂らして、上の両手で口元を隠すモウロは下の腕でキーラから渡された回復薬を握りしめる。

 

「おう!じゃ、後でな!」

 

そう言って踵を返したキーラは、あっという間に木々の間を縫って姿を消した。

 

仲間の気配が遠くなって、モウロはその場にばたりと倒れる。

池の浅いところで仰向けに浮かび、背中の翅を冷やした。

 

「疲れタ・・」

 

緊張から解放され、安心してしまった事で一気に疲労が全身を襲う。

 

心地よい水温に身を委ね、モウロは『少しだけ』と目を閉じるのだった。

 

 

 




最後までお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は月曜日の予定です。
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