鏡の国の変態王子様 ~アラサーオタクな私の鏡。繋がった先は異世界でした~ 作:もすもす。
欲が出た。
魔法を得て、普通の人のように他人に触れて、痛みや苦しみもなく過ごせるようになって。
幼い頃から願い続けていた「人の役に立つ自分」というものに、手を伸ばしさえすればなれる。
「役立つ自分」は楽しくて、誇らしくて。気持ち、よくて。
一時、心地よい全能感に包まれた。
しかしその分。為に周りの人たちに心配や、不安を押し付けて。
事が起こる度に「反省した」などと、上辺だけを取り繕い。
自分の所為で他の者が血を流すその時まで、心底の反省など出来もしないくせに。
私は、後どれだけ間違えれば理解するのか。
〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇
「ジャスっ?!」
悲鳴に近い声音で呼んだ背中はぐらりと傾いで、そのままこちらに倒れ込んできた。
反射的に受け止め、その顔を覗き込み声を掛ける。
「ジャス?!ジャス?!」
呼びかける度にガクガクと力なく揺れる頭部を覆う面布は、半分は赤で斑に染まっていた。
捲れて見えた口元が、微かに動く。
「お怪我、は・・」
「な、無い!君の方が怪我をしている!」
そうだ!回復薬をっ!
急ぎ、腰の後ろの
「飲んでくれ!青の回復薬だ!」
「・・必要、ありません」
弱弱しく触れて来た手で、そっと瓶を押し戻される。
「何をっ?!」
焦り、無理矢理飲ませようとしたところで「アド様」と固い意思の籠った声音で遮られた。
「あなた様は、そのまま真っすぐお進みください。わたくしの事は、お気になさらず」
「な、私を庇った君を見捨てろと言うのか?!」
「それが、仕事ですので」
「なっ!」
受けた衝撃に言葉が続かない。
絶句したまま震える私に、傍仕えは途切れそうな声音で続ける。
「楽しくて、良いのです。喜んで、良いのです。やりたいようにして、良いのです。報われて、良いのですよ・・」
「ジャス・・」
「アド様を良く知る者は皆、アド様を好いております・・助けを求めても、理由なく拒否する者は居りません。わたくしを、含めて・・」
「ジャ、ス、もういい・・」
赤い斑点の散った薄い唇が、優しい笑みを浮かべ小さく「1つだけ、お約束を」と紡いだ。
「もう少し、ご自身を大切になさいませ・・周りの者を頼ってくださいませ・・お怪我でもされたら、ご家族も、向こう側のあの方も。悲しみます・・」
「・・わか・・解った。解ったから、もう。喋るな」
「約束、ですよ?」
「っ、解った!約束する!」
堪らず、叫ぶようにして誓うと、支える腕の中で傍仕えは微笑み、その体からふっと力が抜け・・
一瞬の間を置いて、ひょいと軽い動作で飛び起きた。
「・・は?」
意表を突かれて、意味を持たない声が無意識に零れ落ちる。
「あぁ、お約束頂けて良かった!安心致しました!これでより一層仕事に集中出来ます!」
「は?」
「皆、抜かりはありませんね?負傷者の回収は?よろしい。では回復が終わるまで引き続き守りに徹してください。
こちらの動揺を無視する形で、傍仕えはきびきびと半精霊たちに確認と指示を飛ばす。
これは、もう間違いない。
『やられた・・』
傍仕えの様子を見て、一瞬で理解した。つまり、図られたという訳だ。
落ち着いて視線を巡らせると、遮音の結界を張っていたのだろう、周囲の音が戻る中、半精霊たちが冒険者らを守り治療の手伝いをしている。
水竜への攻撃は負傷した「不屈の砦」に代わり、「栄光への導き手」のメンバーが出ていた。
バチバチと派手な音と光を放ち、水竜に肉薄しているのは黒髪のセドリックだ。
好いている三つ編みが負傷した事でかなり怒っている。
いつもより電撃の勢いが強い。
他、リーダーの虎耳を持つバーグと、鬼人のシグレはそれぞれ鉤爪のような物と、細身の長剣でもって水竜の体を削り飛ばしていた。
それを可能にしているのが、目立つ黒鍔帽を身に着けた副リーダーアクトの影魔法。
水竜の攻撃魔法は人魚の手助けを上手く利用した上で、自らも影魔法を駆使して殆ど撃たせていない。
また、メンバーが適切な位置取りを行えているのも黒鍔帽の影魔法のお陰だ。
攻撃を避け、移動補助として仲間を影の中に引き込んで水竜の死角へと送り出している。
そうして少しずつではあるが、確実に傷を負わせていた。
だが水竜もただ傷を与えられているわけではない。
攻撃力の高い魔法が打てずとも、時折エラ周りの水を使って刃のような水弾を飛ばし、自らの巨体をもって冒険者たちと渡り合っていた。
その上、ボサ髪の魔法で削られた体は既に回復しており、現在も傷が出来る傍から治っている。
これは竜種特有の回復力で、この能力を有しているが故に竜種の討伐は難易度が高いのだ。
しかも無尽蔵と思える程に魔力保有量が多く、その魔力圧で攻撃を弾く。
だから討伐はその余分な魔力を剥がすところから始まったわけだが、見ての通りまだまだ道のりは長い。
これだけの人数が集まり攻撃していても、回復が追い付かなくなるまで魔力を消費させられるかどうか・・
実際の竜種を目の当たりにして、その難しさに改めて唸りたくなる。
それでも「栄光への導き手」のメンバーたちは上手くやっていて、安心して見ていられる状況だ。
今のところは、だが。
負傷した「不屈の砦」の面々も大事には至っていないようで、そこまで確認してようやくほっと息を吐いた。
地面に放った回復薬の栓を拾い、傍仕えに話し掛ける。
「カルセ・・怪我は?」
くるりと振り向いた傍仕えの顔を覆う面布からは既に赤い跡は消え失せており、体の動きからも異常は感じられない。
「ご心配をお掛けしてしまい申し訳ありません。ですが既に治療済みです。なに、ちょっと攻撃が頭を掠っただけでしたから、今は何も問題ございませんよ!」
そう言って、私の手から回復薬の瓶と栓を受け取り、さっと洗浄魔法をかけて蓋をして戻した。
受け取り、用の無くなった回復薬を魔法鞄に戻しながら傍仕えの働きを労う。
「・・よくやってくれた」
最初に水竜の動きを止めた事。
半精霊たちを使い「不屈の砦」の者らを助けた事。
周りの者らへの攻撃や防御に対する補助や強化。
そして、私の身を削るような行動を見直せとの強烈な注意喚起行動。
色々な意味を込めての労いの言葉だったが、傍仕えはいつもの淡々とした声音に少しだけ楽し気な様子を滲ませ、腰を折っての礼と共に毎度の台詞を述べた。
「わたくしの仕事でございますから」
遅れてひらりと舞い下りた面布の奥を確認したくなったが、些細な衝動は胸に仕舞い、この後の行動を相談する。
「・・私はどう動くべきだと思う?」
「そうですね・・アド様が直接動かれるならわたくしもお傍に付かせて頂きたく思います。ですが、わたくしの「糸」は水竜の魔力に対する反発が強かった為、魔力処理を施さねば使い物になりません。それを考えますと、わたくしが直接お手伝いするのが少々難しい状況なのですが・・ただ・・」
「ただ?」
言葉尻を繰り返す形で続きを促すと「1つ気になる事が」と考え込んだ様子で無意識だろう、面布の下の顎を摘むように指を添わせて言った。
「アド様の魔力と反発した時の感覚に、とても良く似ていたのです」
「何?どういう事だ?」
「あの水竜だけが
俯いていた顔をすっと上げ、紺の面布をこちらに向けて続ける。
「あの水竜の魔力、アド様の魔力ととてもよく似ていたのです。なので、もしかすると・・」
そこまで告げられてはっと思い至り、続く言葉を代わりに口にした。
「私の魔力を繋げば、水竜の魔力を、制御を奪い・・操作出来る?」
こくり。と、傍仕えは確と頷いて言った。
「可能性はあるかと」
瞬間、高揚にも似た感覚がぞくりと背中を撫ぜる。
今度こそ、正しく行動出来るかもしれない、と。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は月曜日の予定です。