鏡の国の変態王子様 ~アラサーオタクな私の鏡。繋がった先は異世界でした~ 作:もすもす。
魔法、武器の関係なく、あらゆる攻撃から遺跡を守る結界の中から、水竜との闘いを見守っていた眼鏡貴族ことケイオニクス・ストークス。
部下であるヒンヒ・ベラルドルダと共に、冒険者らの戦闘をつぶさに観察しつつ、手元の記録用紙に筆記魔道具のペン先を滑らせていた。
注目したのは魔力の使い方や運用方法で、体捌きや武器の使い方は理解出来ないと最初から切り捨てている。
早速読み取った魔術を解析すべく、真っ白な用紙に長く長く線を引いた。
視線は繰り広げられている戦いに向けたままだが、手元で引かれた線は勝手に図形や文字となり、あっという間に空白を埋めて行く。
「次」
「はっ」
上司は描き終えた記録用紙が固定された板を横に差し出し、代わりに白紙の用紙が固定された板を受け取り、また直ぐに線を引き始めた。
一方、記録済みの用紙を引き受けた部下は板から用紙を剥がすと、別の板に重ねて纏め空いた板に新しい用紙を固定して次の交換に備える。
戦闘が続く中、研究者の2人は記録用紙を分厚くするばかりで手助けに介入する気配がない。
というのも、生粋の貴族である彼らは戦闘に入る隙を読めずに居たため、早々に手助け自体を諦めていた。
明らかに必要となれば動くつもりでいるらしいというのは、すぐ手に取れるようにと近くに配置された魔道具の数々から察することが出来る。
「うむ・・良い」
「何かございましたか?」
「魔力の運用方法が限りなく最適化されている個体がいる」
「どちらの個体でしょう?」
「殴ってばかりいる肉厚な者だ」
「・・・あれは身体強化、でしょうか?」
「あぁ。かなり使うな。この
「何かの役に立ちそうですか?」
「1つ。試作36番の陣の最適化に良さそうだ」
「分かりました。戻りましたら直ぐに取り掛かれるよう取り計らいます」
「同系統の42番と55番も用意しておけ」
「畏まりました」
会話している間も、記録済みの用紙はどんどん増えて行く。
そしてとうとう戦闘に介入する事無く、水竜が地に沈んだ。
歓声が上がる中、上司はペンを置くと眼鏡を外して眉間を揉む。
「・・目を使い過ぎた・・」
「回復なさいますか?」
「いや、構わん。それより、水竜が最後に発した「音」が気に掛かかる。念のため全員ここを離れ―」
眼鏡を掛け直した上司が警鐘を鳴らそうとしたその時、洞窟内のあちこちに存在している魔力結晶が光り始めた。
上司は一目見て、それがある規則的な配置で光っている事を見抜き身構える。
「閣下!退避を!」
「いや、もう間に合わん!」
視線が引き付けられたその先で、大きな気配が顕現した。
〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇
生き物の頂点に近い存在。「竜」
そして現れたのは、圧倒的な気配と魔力圧を振り撒く年経た成体の水竜。
生物としての格の強さで場を支配し、他の生き物を強制的に地に縛り付ける。
倒した水竜より細身の流線形で、大きさも同程度。
その姿は細い分、寧ろ小さく感じられた。
だが、空気をびりびりと震えさせる程に発している魔力圧は、倒した水竜の比ではない。
死。回避。死。退避。不可能。逃走。
実行不可能な行動ばかりが頭の中で繰り返されている間に、視界が真っ暗に染まった。
半精霊の影魔法による転移だと気付き、無意識に止めていた息を吐く。
転移した先は底にある遺跡の近く。
一緒に転移していた傍仕えに引きずられるようにして、展開されている結界の中に入った。
「「C」!
そう傍仕えが叫ぶように指示を飛ばす間も、私は座り込んだまま水竜から目を離せない。
現れた細身の水竜は、恐らく倒した水竜の親だ。
魔法だろう体の周囲に纏わせた水を事切れた水竜に分け与えるようにして纏わせ、共に球状になっている。
真っ赤な血が靄のように水球全体を染めていく中、動かぬ水竜を鼻先でつついていた。
そして直ぐに、細身の水竜は我が子の死を理解したのだろう。
白に近い薄赤をしていた鱗を一気に逆立て、首を天井に向けて伸ばし咆哮を上げた。
びりびりと洞窟全体が震えたのと時同じくして、今度は美しい旋律が辺りに満ちる。
人魚の歌だ。
人魚の歌は意志ある生き物の精神に深く作用し、込められた魔力の性質で良くも悪くも、時には体調にすら影響をもたらす。
今流れている旋律による効果は一目瞭然。「恐怖の緩和」だ。
水竜の存在そのものに気圧され、身動き取れなくなっていた者たちが皆、一斉に動き出す。
同時に、私自身も通常に近い感覚で動けるようになった。
皆が安全な場所を求めて動き、比較的近くにいた
だが遅い。身長が低い彼らは移動速度もそれなりだ。
「こっちだ!」と声をかけようと身を乗り出した瞬間。目の前で、何かが彼らの体を通り抜ける。
必死の表情のまま、ずるっと2つに分かれた体が、濡れた地面に倒れ込んだ。
「ガ・戦槌の―」
仲間の名を呼んだ巌窟人もまた、同じ道を辿り崩れた。
2人目の巌窟人が倒れ伏した時には、なんとか遮蔽物に身を隠していた。
遺跡を守る結界と、身に着けた結界魔道具があるとはいえ、わざわざ身を晒して攻撃を誘う理由はない。
早すぎて、何の、どういった攻撃をされたのかも判らない。
心臓が早鐘を打ち、和らいだ筈の恐怖が舞い戻って来て呼吸を早くさせた・・
しかしそこで、半精霊の補助魔法を受けた人魚の歌が力を増す。
恐怖は恐怖として自覚しつつも、体を強張らせていた余計な力が緩んだ。
意識して幾度かゆっくり呼吸を繰り返すと、意を決して隠れている岩からそっと水竜を窺う。
瞬間、ぐるんっ!とこちらに首を向けた水竜から攻撃が飛んできた!
反射的に首を引っ込めた後、岩が砕ける恐ろしい音が響き、地が揺れる!
だが訪れる筈の痛みは一向に感じない。
どうやら遺跡を守る結界で攻撃は届かなかったようだ。
「ご、ご無事ですかアド様!」
数歩先の岩陰で同じように身を隠している傍仕えが、唸るように続いている地響きに負けぬよう叫び問う。
「平気だ!何ともない!他の者に被害は?!」
「先程の2名以外は無いようです!今のところは!」
ほっと胸を撫で下ろしたものの、緊迫した状況に一瞬で意識を切り替えた。
「カルセ!何か策はあるか?!」
「正直、貴方様を担いで逃げるのが一番なのですが!!」
「却下だ!」
「だと思いましたよ!!」と不満そうに、だがどこか誇らしさも滲ませた返答の後、水竜の注意を引いてしまったのかまたしても轟音が辺りを包む!
何か、何か皆で生き残る方法は無いか?!
遺跡を守る結界も、何時までも持つものではない!
また「にさんかたんそ」を使うか?
だがこの状況では、簡単には届かせてはくれはしまい。
怪しい動きは直ぐに察知され、即座に攻撃が飛んでくるだろう。
可能性があるとすれば、他に意識を取られている時ならば、あるいは!!
思考を巡らせている間も、水竜は周囲で身を隠している者たちに攻撃をばら撒いている。
広い洞窟とはいえ、このまま暴れられては近いうちに崩れるだろう。
『とにかく、まずは水竜の攻撃をどうにかして止めなければ!』
策とも言えぬ、行動方針を決めようとした時、足元から伸びる影からずるりと黒鍔帽が現れた。
幾つも傷を負った身で抱えていたのは、体を縮めて固まっている人魚。
青から緑へと移り変わる鱗を持つ、ロアーナだった。
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