鏡の国の変態王子様 ~アラサーオタクな私の鏡。繋がった先は異世界でした~ 作:もすもす。
身の内に深く、深く意識の手を伸ばし。
その鍵に触れた。
魔力を取り込む。
生まれて初めて、意図的に魔力保有量の限界を超えても尚取り込み続ける。
もっと、もっと。
もっともっともっともっともっと!
久々に強まる苦痛。
長年付き合ってきた魔力過多の症状。
最初は鳩尾あたりから、ぐるぐると捩じれるような鈍痛。
続いて、胸に重苦しい不快感が積み上がり。
痛みは次第に全身の各所に現れて、徐々に肥大する。
多すぎる魔力によって体に重なり存在する魔力体が傷つけられ・・
じりじりと炉の温度が上がるように、全身に痛みを伝えてくる。
痺れた指先は、やがて煮えたぎる油に浸したかのような熱を生み。
息をする肺がちくりとすれば、少しして細い刃を抱いたが如く冷たい苦痛を与え。
勝手に涙が零れる目は、棘の生えた砂でも生み出しているのかと疑う程辛い痛みを齎す。
最終的に、あまりに多すぎる魔力に頭が熱した剣で掻き回されるような激痛で満ち。
足の傷を気にする余裕も消え失せた。
全身の骨という骨が軋み。
筋という筋が強張り体が命なき人形になったような感覚。
それら全てを「些末な事」と無理矢理に黙殺して、ただ魔力を魔法へと変換するモノになる。
水竜が攻撃を諦め、守りに徹する中。
1つきり、生み出した水球に強く強く圧を掛ける。
取り込んだ魔力全てを。意識と魂を削りながら全力で魔法に込め。
自身の存在が限界を超え、視界が赤く染まってもまだ尚続けた。
込められた魔力が多すぎて水球が強く輝き出す。
半精霊が生み出した光源すらも塗りつぶし、洞窟内が煌々とした光で満ちた。
座り込んだ固い岩に爪を立てて。
食いしばった歯が割れ砕ける音を耳にしながら、睨み上げた水竜へ向けて。
全身全霊を込めた魔法を解き放った。
しゅぃん。
と。
あっけないほど小さな音がした後に。
不自然なくらい空っぽな空気が洞窟内に満ちる。
誰も、何も音を発することなく空虚な時間が訪れ・・
唐突に、水竜の額から赤い色がたらりと一筋伝い。
直後、ぶしゃりと血が勢いよく噴き出した。
静かな空間にびしゃびしゃと流血の音が響き・・
傾いだ水竜の体が地に沈んだ振動により、周囲の者たちはやっと自身の動きを取り戻す。
一方、私はというと。
水竜が倒れたのを視認したことで安堵から緊張が緩み、ぎりぎりの所で保っていた意識を手放した。
〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇
水竜が地響きと共に地に沈み、一瞬の空白の後に歓声が上がる。
「―か、勝ったぁぁぁぁっ!」
「いよぉおおおおおおっし!」
「生き残った!俺たちは生き残ったぞーっ!」
野太い歓声に、
そんな騒がしくも歓喜と祝福の空気が満ちる中、半エルフのカルセは倒れた主の様子を確認しようと2色の鱗を持つ人魚、ロアーナを主の所へと急がせた。
「何で~?カルセは行かないの~?」
「わたくしが近づくと主へ悪影響があるかもしれないのです!あなたは先程近くに居ても主は平気そうでした!」
「そうなの~?」
「少なくとも、あなたの魔力は主を害する程相性は悪く無い筈です!とにかく治療をしなくては!魔力が抜けるような感覚の有無も一緒に確かめてください!無かった時はわたくしが治療を引き継ぎますので、直ぐに合図を!」
主の元へ近寄りたくとも近寄れないこの状況に焦燥を募らせたカルセは「早く!早く!」とロアーナの背をぐいと押し出す。
「よくわかんないけど、わかった~」
よたよたと走り出したロアーナの速度に内心で数々の悪態をつきながら、その様子を見守るカルセ。
睨むような視線の先で、漸くロアーナは主の元へと辿り着き事前に言われていたとおり呼吸や脈の確認を始める。
しかし中々合図が無い事に耐え切れず、大声で「魔力が抜ける感覚は有りますか?!」と叫び問うた。
「あ。えと~・・な「アド様っ!!」いよ~?」
ロアーナが「無い」と返そうとしたその瞬間に、カルセの姿はアドの傍にあった。
ロアーナを押し退けるようにして、すぐさま自分でも主の様子を確認する。
『魔力の吸収はない。足の出血は止まっている。呼吸は浅く早い。脈も、通常よりかなり早い。体は熱を持ち、酷い汗で顔色も悪い。恐らく、貧血と魔力体の負傷が原因。それと魔力過多による症状』
素早く主の状態を把握して、未だ多量の魔力が主の体を蝕んでいる事を知ったカルセは直ぐに回復薬を取り出した。
飲みやすいようにと主を抱き起し、回復薬の小瓶をその口元で傾ける。
こくり。と喉が僅かに動き回復薬を嚥下した事を確認すると、小瓶に残っている回復薬を足の傷口に直接振りかけた。
ロアーナとカルセが見つめる先。
かふっと小さく咳をしたアドの、止血していた足首に異変が生じる。
切断された面から赤と白の根のような物が伸び、捩れ寄り集まりながら失くした足を形成。
やがて元の足となんら変わらぬ肌が滲み出るように現れると、水竜に切り飛ばされた足は完全に元の姿を取り戻していた。
「すごいね~!」
「当たり前です。かすり傷1つ残しはしません。ですが・・」
驚き喜ぶロアーナとは対照的に、苦し気な声音でカルセは続ける。
「アド様にとって、ここからが本当の戦いとなるかもしれません・・」
こてりと首を傾げたロアーナが「どういうこと?」と問うより早く、カルセは半精霊に指示を出した。
「「C」「H」は壁を!「I」は結界をお願いします!」
呼ばれた半精霊3体がカルセと同じ姿で現れ、指示の通りにアドを抱えるカルセごと岩壁で完全に覆う。
続いて岩壁の表面に植物が生い茂り、地面と同じだった黒灰色はあっという間に緑の塊へと変貌した。
驚き戸惑うロアーナに、不思議とカルセの声だけが届く。
「時間が無いので簡潔に伝えます。これから主の治療に入ります。治療に必要な方々をこちらで勝手に連れて来ますので、驚かないようにと周知してください。終われば解放しますので」
「え、と~?・・」
「頼みましたよ。それでは」
一方的に語られたロアーナは困惑して暫くの間こてり、こてりと首を傾げていたが、なんとなく状況を飲み込むとカルセの言葉を伝えるべく他の人魚のところへと戻って行った。
〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇
大地と植物の半精霊が作り上げた壁の内側で、音の半精霊によって周囲の音を遮断された暗闇の中。
ぽつりぽつりと
「ぐ、う゛ぅぅぅっ!」
地面を覆う柔らかな草の上で、苦し気に身を悶えるアド。
その姿は魔力の吸収と拡散の魔術陣が施された布に、首から下を包まれ覆い隠されている。
「アド様!お気を確かに!」
「あ、づい・・ぐ、お゛ぇっ!」
もう既に何度も嘔吐していたアドは、胃液すら出ないまま唾液を零しえずいていた。
その様子にぎりりと唇を噛み締めたカルセは、少しでも状況を変えようと「次の魔石を!早く!」と外に向けて声を伝える。
しかし、返された魔法使いリルベルの言葉は「空の魔石は、今はもうこれで最後!」というより状況を悪化させるものだった。
カルセは内心で舌打ちをして、外から届けられた魔石を手に主の元へと急ぐ。
「これで最後です!」
「聞こえていた。周囲の魔術陣に魔石からの魔力充填を急がせろ。このままでは殿下の身が持たん!」
「解っています!「A」!この魔石を外の者達に!」
眼鏡の貴族の指示に最低限の礼儀すら省いて応えたカルセは貴族へ渡した空の魔石の替りに限界まで魔力を充填された魔石を受け取り、そのまま半精霊に外へ届けるように指示を出して渡した。
貴族は受け取った空の魔石を布の袋部分へと置き、様子を観察する。
すると、ほぼ透明だった魔石はアドから溢れ零れ出た魔力によって瞬く間に内側から色を生じさせ、ほんの数秒の内に魔力の充填を終わらせてしまった。
途端。激しく咳込むアド。
その唾液の中に赤い物が交じっているのを見た2人は、いよいよ状況が差し迫っていることを理解させられる。
「・・もう、これ以上は?・・」
「あぁ。やはり依頼するしかない」
咳込む主の背中をさするカルセはほんの数呼吸の間目を閉じ、酷く苦い物を飲み込んだ時のような苦し気な様子で、半精霊に指示を出した。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は月曜日の予定です。