鏡の国の変態王子様 ~アラサーオタクな私の鏡。繋がった先は異世界でした~ 作:もすもす。
「そうか・・鬼人の「符術」!」
眉間に皺を刻んで考え込んでいた貴族はそう言うと、ずかずかとシグレの前に歩み寄った。
あまりの勢いに思わず後退したシグレだったが、構わずに問い詰める。
「確か鬼人の固有魔術である「符術」は呪いや、それに纏わる付与に特化していると聞く!若しや、魔法や呪いを行使する者の意志を読み解く事が出来るのではないかね?!」
「ちょ、待ってくんろ!んげな難しげな事言われでも、おらぁここいらの言葉はまだ上手ぐねぇでよ!もちっと優しく、ゆっくり話してくんろ!」
わたわたと慌てるシグレを差し置き、カルセは貴族に「どういう事ですか?」と訊ねた。
「転移先を調べるには魔術陣を解析するのが普通だが、ここの魔術陣は古代の物だ。現代の魔術陣は単純な形に整えられた物が殆どなのだが、その理由として古い魔術陣ほど使用者の魔力に籠められた意志、つまり祈りや願望が魔術陣の一部として組み込まれている為だと我は考えている。一部とはいえ、魔力で陣を補う以上その魔力が不足すれば陣は起動するどころか暴発や予期せぬ結果になる可能性が高い。故に、現代の魔術陣はそれを防ぐために必要魔力量を抑え、単純な呪文で意志の籠められた魔力が入り込む余地を減らしていった結果、簡素になったのではないかと我は考えた」
「その考察には同意。わたしたち魔術陣の研究者はより多くの呪文を発見し、読み解くのが主な研究内容。でも陣それぞれで少しずつ効果が違うから、出来るだけたくさんの陣に触れて多くの呪文を読み解き、新しく統一で使える呪文を組み上げるのが目的で目標。でも呪文が長くなりすぎて陣に収まらなくなりがち。だから如何に簡潔で「使える」呪文を組めるかが腕の見せどころ。もし「符術」で明確な意志を、魔力で補われた呪文化してない空白部分を読み解けたら、その意志に沿った呪文を組み上げられる。1から呪文を考えるより手っ取り早い」
つらつらと語る貴族に釣られたリルベルも、魔術陣の研究について怒涛の勢いで語る。
カルセは2人の専門的な話の内容から、鬼人に伝えるべき部分を抽出して簡潔に伝えた。
「シグレ。魔術陣に込められた魔力から意志を読み取る事は可能ですか?」
「へ?・・あぁ、この陣だべか?発動してからそう経っとらんし、できるとは思うけんど・・」
「ではお願いします。アド様の魔力に籠められた願いが解れば、転移先も判明するかもしれません!」
「そう、なんだべか?なんかよぉ分らんけんども、おらの術が役に立つっちゅーならこげな嬉しいことはないべさ!」
請け負い、早速腰の小さな鞄から紙を取り出したシグレは続けて筆と、色絵具が詰められた貝殻を数個。それから空の小皿、短刀を取り出して親指の先に押し付けて血を流す。
場の全員が静かに見守る中、小皿に血を落としたシグレは筆先で絵具を取り、小皿の血と混ぜた。
その筆で紙に何やら細かく書き込みながら、鬼人の言葉で淡々と朗読するように音を連ねる。
やがて手の平よりやや大きな紙に現れたのは、文字らしき模様で装飾された真円に近い枠。
「こん枠の中にば、アドの・・あ~。¶§?とか爪とかを置いてけろ」
「体の一部、ということですか?」
「んだべ!¶§〇Θがあれば一番なんだけんど。こっちの言葉でなんちゅーだべか・・」
腕を組み、うんうんと悩み言葉を探すシグレに、カルセは「体のどの部分ですか?」と訊ねた。
「あ~。ちっとこっちば来てくんろ」
そう言ってカルセを少し離れた所に連れ出し、何やら耳打ちする。
頷いたカルセは心当たりがあったらしく、皆の所へ戻るとロアーナへ話し掛けた。
「ロアーナ、纏め役にアド様が対価として渡した物が、今も手元に残っているか確認してください」
「セレーナに~?わかった~きいてみる~」
半精霊の魔法でわき腹のエラに水を纏っているロアーナは、跳ねる音で纏め役のセレーナとやり取りを始め、直ぐに「あるって~」と返答を伝える。
「良かったです。では直ぐに半精霊を向かわせますので、少量で良いので預けるように伝えてください。対価はまた改めて話を詰めましょうと」
「わかった~」
ロアーナの伝達の後、直ぐに半精霊の「G」が影を通って小さな入れ物を持って戻って来た。
「お待たせしました。どうぞこれを」
「本当に手に入ったんだべか・・まぁ、人魚相手の事だで。細かくは訊かんでおくべ」
そう言って、シグレは魔術陣の上に置いた紙の枠内に、受け取った小瓶の中身を垂らす。
じわじわと広がった液染みがやがて枠に触れ、色を吸収するように混じり合った。
色が滲み回ると、続いて濡れた部分が急速に乾いて行き、染み跡の陰影で何かが浮かび上がって来る。
結果、染みで描かれたのは髪の長い女性の姿・・・
場の者達が首を傾げる中、カルセだけは愕然として「まさか・・」と小さく零した。
その声を拾った貴族は「心当たりがあるのか?」と問う。
カルセは声色を無くしたまま、半ば自動的に答えた。
「・・アド様は恐らく、向こう側へ・・」
「向こう側・・・まさかっ!?」
はっと気付いた貴族は慌てて魔術陣のとある部分へと駆け出し、後を追ってきたリルベルに「この部分の計算を頼む!」と指示を出す。
「何か解ったんだべか?」
「この絵のひと、だぁれ~?」
そう不安そうに問いかけて来る2人に明確な答えを返す事無く、カルセは静かに「今は、ストークス卿の結論を待ちましょう」とだけ口にした。
やがて、汗を拭ったリルベルが顔を上げて「計算、終わった」と告げる。
「見せてみろ!」
「・・3回、やり直した。でも、この数値・・ありえない・・」
そう言ってリルベルは計算式に埋め尽くされた羊皮紙を渡すのを躊躇ったが、貴族は焦りから引っ手繰るようにして羊皮紙を手にした。
銀縁眼鏡を押し上げ、リルベルの書き上げた計算式を食い入るように読み込んだ貴族は、自身が書いていた解析文と交互に見比べ・・興奮に目をぎらぎらさせながら「素晴らしい・・」と呟く。
心ここに在らずな貴族に配慮する事無く、カルセは半ば叫ぶようにして声を上げた。
「ストークス卿っ!閣下!結論は、答えは出ましたか?!」
彷徨っていた焦点を合わせ、はっと顔を上げた貴族はカルセに頷きを返して応える。
「あぁ。やはり、推測どおりの結果であった」
「では・・では、アド様は・・
「うむ。間違いない」
そう断言した貴族に、カルセは面布の下で安堵から溜め息を吐いた。
続けて、きっぱりと宣言する。
「では、わたくしは急ぎ王国へ帰還します。報告と確認しなければならない事が出来ましたので」
「分かった。王都にはこちらからも連絡を飛ばす。到着と前後するかもしれんがな」
「感謝致します」
「よい。確認が出来たら我にも連絡を」
「無論、入れさせて頂きます」
状況が飲み込めない他の者を放置して、カルセは「では」と短く言い残し自らの影にとぷりと沈み消えた。
カルセの突然の行動と、それを許した貴族に首を傾げるシグレとロアーナ。
「・・何なんだべ?」
「ね~?だいじょぶなのかな~?」
不安を抱えたままの2人とは対照的に、リルベルは緊張を緩ませ「疲れた・・」と魔術陣の外に座り込んで携帯食の干し肉を齧り始めるのだった。
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