鏡の国の変態王子様 ~アラサーオタクな私の鏡。繋がった先は異世界でした~ 作:もすもす。
ゆったりと流れる弦楽器のBGMに、食器とカトラリーが擦れる音が混じる。
ツヤツヤと輝くケーキの端にフォークを沈め、切り取った魅惑の一口に踊りたくなるような衝撃を感じた私は、体を揺するのを止められずに言った。
「ん〜っ!このケーキ最っ高っ!」
「そ?喜んでもらえて嬉しいわ♪」
「表面のチョコソース?とスポンジと挟んでるクリームの相性が良すぎですっ!」
「うふふ。そう言ってくれると思ってたのよ〜♪ヨリちゃん、ナッツ系好きだものね?」
「はいっ!」と元気よく返事して、また一口ぱくりっ!
もぐもぐっと咀嚼して数秒。隣で静かにカップを傾けているアド君に『はっ!』となり、はしゃぎ過ぎた事を誤魔化すように手元のケーキを勧めてみる。
「アド君、こっちのケーキも食べる?すっごく美味しいよ?!」
「いや。私はこの焼き菓子で十分だ」
「でも・・」
ケーキの飾りつけに使われていた薄いクッキーの乗ったアド君の皿と、切り分けたケーキの乗った自分の皿とを見比べて言い淀んでいると、アド君がふっと優しく笑った。
「実のところ、アヤが幸せそうに食べている姿を見ているだけで、胸がいっぱいでな・・」
そんな言葉と共に、伸ばされた指の背で頬をすすっと撫でられて「ぉひょう?!」と変な声が漏れる。
ぎゅっと顔に熱が集まって、意味もなく口をはくはくと動かしていると、正面に座っているオネェさまから楽しげな笑い声が零れた。
「うふっ♪ラブラブね!ヨリちゃんが幸せそうで、アタシ嬉しいわ!結婚式には呼んでちょうだいね♪」
「あぁ。その暁には、是非に」
動揺している私に代わってアド君が頷き応え、改まって「その私たちの結婚についてだが」と続ける。
「現状のままでは、私の国でアヤの輿入れに反対して横槍が入る可能性がある」
「あら。そうなの?」
「うむ。穏便に済ます為に私が入り婿となっても良いのだが、それでも身分差がどうのと余計な首を突っ込んでくるだろう・・要は、アヤの後ろ盾が必要という話だ」
「成程、読めたわ。つまり、「組合」にヨリちゃんの後ろ盾になって欲しいのね?」
こちらの意図をズバリ的中させたオネェさまは、小指を立ててカップを傾けた後、頷き肯定する私たちに対し、バチンと音が鳴るようなウインクで応えた。
「勿論、力になるわっ!でも、何らかの見返りは必要になるわよ?」
「は、はいっ!それはもう!ちゃんと考えてきてます!」
「ねっ?」と隣に同意を求めると、「あぁ」と頷いたアド君が会話を引き継ぎ、説明を買って出る。
「今、アヤが王国と行っている食品の取引を、貴殿ら「組合」へ移譲する。という案だが、如何か?」
「ふ~ん?確かに、今はヨリちゃんがこちらの物をそちらへ売って、対価で得た貨幣を「組合」に預けているから、ヨリちゃんを介さずに直接取引できるならお互いにメリットがありそうね?」
「あぁ。今はまだアヤの鏡でしかやり取り出来ぬが、私が転移してきた陣を今もあちらで解析中だ。きっと近いうちに新しく転移陣が構築され、ある程度行き来出来るようになるだろう」
「成程ね・・」
一通りの話を聞いたオネェさまは片肘を手の平で支え、頬に添えた人差し指をトン、トン、と動かして考え込み・・少しして答えを出した。
「その提案。上に掛け合って前向きに検討させてもらうわ」
「本当ですか?!」
「勿論よ~。現時点での確約は難しいけど、「組合」にとって悪い話ではないし、元々「異世界」との平和的交流は大歓迎なの~」
そう言って、手の平を合わせてニッコリ笑うオネェさまに、アド君は「感謝する」と軽く頭を下げた後、するりと腰のポーチから真っ白な封筒を取り出して続ける。
「では、陛下からの手紙を貴殿に預ける。然るべき者へ届けて貰えまいか?」
「あらま準備万端。謹んで預からせて頂くわ。あ、でも解読に時間が掛かるかも・・」
「アヤの手を借りて、翻訳文を同封してある」
「んも~っ!至れり尽くせりじゃないっ!本気度が凄いわね!分かったわ。上にはしっかりそちらの熱意を伝えさせてもらいます!」
「よろしく頼む」
そう言って、改めて頭を下げたアド君。
私も慌てて「お願いします」としっかり頭を下げた。
「さてと。難しい話はこれくらいにして・・アタシ、幾つか気になっているのだけど、アドさんに質問。いいかしら?」
「答えられる事なら」
「ええ。答えられたらで構わないわ。それでね・・今着てるお洋服って、あちらの物よね?お店に来るまで凄く注目されなかった?」
そう訊ねられたアド君の恰好は、本人曰く普段着・・
白を基調とした詰襟のジャケットに、眩しいばかりの金銀刺繍が施されております。
下も真っ白なスラックス。
『はて・・普段着、とは?』と、思わず首を捻りたくなる「THE王子様」スタイルっ!
オネェさまが話題にするのも当然の出で立ち!!
「あぁ。心配には及ばない。「錯視」の魔道具で周囲の者からの認識をずらしているのでな。目立つことはない」
そう。着替えなんかと一緒にあちらから色々な便利道具を取り寄せたらしく、今のアド君は透明人間・・とまでは言わないけど、凄く存在感の薄い状態になっている・・らしい。
「ふ~ん。一種の結界、みたいな物かしら?こちらでも似た物はあるわよ。だけど使い所が難しいのよね。周囲の全ての目から隠れちゃうから」
「そうか。私の魔道具は認識させたい相手を任意で指定出来るが・・」
「・・うちの技術より融通利くじゃない。ちょっと詳しく教えなさいよ」
「そう言われてもな。私は道具の仕様は解るが、中身の作りはさっぱりなのだが・・」
「あ、そうよね、ごめんなさい。それじゃあ、うちと正式に取引が始まったら、是非そちらと技術交流を・・」
じりじりと前のめりになるオネェさまから若干距離を取りながら、アド君は「そういう事は国の担当者と詰めてくれ」と当り障りなく答えた。
「残念。分かったわ。あ、じゃあもしかして。ヨリちゃんやアタシと会話が出来るのも、その「魔道具」とかいう道具のお陰なの?」
「そうだ。「言語変換」の魔道具だな。私が今使用している物は特別仕様で、発した言葉に乗せられた魔力と音を、聞く者に1番馴染みある言語に変換して届けている。勿論、この魔道具も対象を任意で指定出来る」
アド君の説明に只々感心して、「ほぇ~」と間の抜けた相槌を打っていると、正面のオネェさまの様子がおかしい事に気が付く。
眉間に皺を寄せて口元を手で隠した、その目の奥が。動揺で揺れたように感じられた。
「黒峰さん?」
どうしたのかと声を掛けると、一瞬だけ目を閉じた後にじっと力の籠った視線を向けられる。
「・・ヨリちゃん。お願い・・アドさんと仲良く過ごしてね?」
「・・?・・はい。それは、勿論・・」
「本当にお願いね」との念の入れように、若干怖くなってちら・・と隣を盗み見ると、こちらに気が付いたアド君がカップを傾けながらにっこりと微笑んだ。
有無を言わさぬとはこの事か。正に完璧な笑顔。これぞ王族。
え~。
何やら不穏な空気を感じましたが。全力で知らぬ振りをさせて頂きます。
あたし~。人畜無害の一般人なんでぇ~。何もワっカリマセ~ン!
ふいと視線を外して自然な風を装い、紅茶を口にしたところで「アヤはそれで良い」と横から頷く気配。
ヲイ。
そう思うなら反応するんじゃないよ!
大根に磨きがかかるだろうが!
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回の更新も月曜日です。