※この作品はR-18です。

虎となりて   作:KKS

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呂布奉先

 じっと、なにもない原野の先を恋は見つめていた。

 麾下となっている五百の軍勢が、出撃の準備を進めている。

 そのすべてが騎兵だった。

 乗馬のできない者、あるいは実力の足りていない者は、陳宮、ねねの考えで後方支援にあたっている。本当の真名は音々音というが、発しやすさから親しい者は基本的にねねと呼ぶ。

 ねねは呂布軍の参謀格であり、全体を俯瞰しての采配を担当している。自分よりもずっと年若いが、よく頭が回る。その補助があるから、自分は眼の前の闘いだけに集中できているといってよかった。

 

「はい。できあがりましたぞ、恋殿」

「んっ……。ありがと、ねね」

 

 戦場に出る場合は、決まって首に赤い布を巻く。

 自分たちの中でのしきたりになっているというか、これは一種のまじないなのかもしれなかった。

 赤い布を巻いて馬で駆けていると、首から血を吹き出しているようにも見える。それで自分は死しているのと同じになり、それ以上の傷を負うことはないという理屈だった。

 そもそも、誰にも武の競り合いで劣るとは思わなかった。戦場に出るようになってから、一騎打ちで苦戦した記憶がない。自分の前に立ち塞がる相手は、死ぬか逃げるかのどちらかを選ぶ。だから、再戦の機会は、まずなかった。

 

「恋殿。それでは、拙者は先に参ります」

「官軍のやつらを倒したら、お腹が破れるまでご飯を食べる。紅波(くれは)も、一緒にくる?」

「はははっ。拙者は、たらふく食っている恋殿を見ているだけで、十分です。それでもよろしいなら、是非に」

 

 血をぶちまけたような、鮮やかな色をした赤髪。日に焼けた浅黒い肌。遠目に見れば似た背格好をしている、恋と紅波の二人が並ぶ。それに加えて、いまは軍装すらまったく同じものを着用していた。

 紅波というのが、胡車児の真名だった。

 髪の長さや、胸の大きさ。それに、背も紅波のほうが幾らか小さかった。細かいことを言えばきりがない。だが、自分の影に徹しようと、紅波は長い髪を頭の後ろで束ねているし、命を懸けて闘う戦場の中でなら、それほど違いは目立たないはすだった。

 赤い布の結び具合を確かめようと、恋が首を左右前後に動かす。

 紅波が部隊を指揮することは普通ないが、今日だけは特別だった。

 戦をなるべく簡潔に終わらせるなら、敵の指揮官を真っ先に潰すべきだ。それがねねの主張であり、少数精鋭の理を活かすのなら、いい考えだと恋は賛同した。

 事実上、叛乱軍の指導者のようになっている辺章と韓遂の考えなど、知ったことではない。

 自分たちには自分たちの生き方があり、闘いがある。辺章も韓遂も、いまでこそ漢による支配からの独立だと息巻いてはいるが、立場が強くなった時にしか人の本性は見えてこないものだ。

 二人からの頼みで、つい先日も紅波が敵将の暗殺を狙った。

 もっとも自軍の消耗を抑えられて、なおかつ相手に手痛い被害を与えられる行動だった。結局暗殺は失敗に終わったのだが、そういう後ろ暗い作戦は、好きではなかった。それに、紅波は生きて帰れたものの、同行したほかの人数は、返り討ちにされたという。

 せめて、自分の手の届く範囲くらい、守れるだけの力が欲しかった。乾いた地面。茫洋とした眼差しを、恋は向けている。

 

「頼みましたぞ、紅波殿。ねねが無理を申していることは、百も承知。ですが、この作戦の成否で、戦の趨勢は間違いなく大きく変化するのです」

「心配ご無用。影としての役目、任されたからには、なんとしてでも成し遂げてご覧にいれる」

 

 紅波が不器用な笑顔を見せる。

 自分も紅波も西域からの流れ者で、西涼の土地に根付いてから家族になった。ねねや麾下の兵にしてもそうなのだが、呂布軍の結びつきの強さは、そこにあると言っていい。

 曳かれてきた馬の首元を、恋は優しく撫でていた。

 紅波が敵軍の注意を引いている間に、自分の率いる騎馬隊が、必殺の一撃を強引に通す。ただでさえ小さな戦力を、さらに分散することになる。危険な作戦だったが、賭けに出るだけの価値はあると思った。

 董卓、あるいは馬騰のどちらかを討ち取ることさえできれば、日和見している涼州の勢力は、叛乱軍に靡く。

 実質的な支配体制をつくってしまえば、いまの漢に手を出すだけの余裕はない、とねねが教えてくれた。だったら、自分はその実現に向けて、方天戟を振るうだけなのである。

 

「深紅の呂旗を掲げよ。呂布軍、参るぞ」

 

 三百の騎馬隊を引き連れて、馬に跨った紅波が駆けていく。

 しばらくは我慢の戦だ、と恋は立ち昇る砂塵を見つめていた。

 

 

 戦場独特の緊張感が、あたりを覆い尽くしていた。

 期間としては短かったが、やれるだけの調練は、やった。たとえ呂布軍と正面からぶつかろうと、気迫でだけは絶対に遅れを取らない。

 人と人との闘いなのである。相手の放つ雰囲気に呑まれたほうが、当然負ける。

 赤い(さく)。冥琳が結んでくれるのを、孫策は胡床に座って静かに待っていた。

 叛乱軍の主力の相手は董卓、馬騰の両軍が受け持ち、孫家の軍勢は遊撃にあたる。

 敵軍に呂布という圧倒的な武力の持ち主がいる以上、自分たちの役割は大事になってくるはずだった。馬超、華雄といった軍勢の中核をなす部隊を呂布への抑えに回せば、今度は敵軍主力に対する備えが貧弱になる。それでは、本末転倒もいいところだった。

 義母は大軍と斬り結ぶことを望むだろうから、はじめから連携には期待していなかった。自分は、ひたすらに呂布を下すことだけを考えて動く。

 各自が全力を出しきれるのなら、かたちはどうだっていいと孫策は思う。叛乱軍にしても、個々の能力はあるにせよ、脅威に感じるほどの一体感はないと事前に聞いていたからだ。

 

「梨晏、霞」

 

 幘を結び終えた冥琳が、重い響きのある声を発する。

 真っすぐな視線。自分の狙いは呂布一点なのである。だから、さすがに雑兵を相手にしている時とは、雰囲気がまったく違っていた。

 梨晏と霞の二人は、自分に従い戦場に赴くことになる。麾下の騎馬隊から、呂布を引き離す。その目標を達成するには、二人の助力が必要になってくるはずだ。ほかには、歩兵を率いる明命を追従させる。

 

「この馬鹿のことを、よろしく頼む。無茶をするなと言われて、はいそうですかと納得するような男ではない。もしもの場合は、引きずってでも……」

「あははっ。ほんとに、冥琳と一刀の仲の良さには妬けちゃうなあ。出撃前だっていうのに、ちゃっかりいちゃついてみせるんだもん」

「まっ、しゃーないから、頼まれたろうやないの。ところで梨晏? 痴話喧嘩は犬も食わん、ちゅー話やけど、こう……どろどろに甘いやつならどうなると思う? ウチならえづいてしもうて、喉通らん気がするけどな」

「うーん。私だったら、美味しくいただいちゃうかもしれないな。お供に、渋めのお茶は欲しいけどね」

 

 心配顔を覗かせる冥琳のことを、梨晏と霞の二人が全力でからかう。

 これまでは出撃前となると、立場が下になる明命や亞莎が相手になることがほとんどだったから、冥琳としても新鮮な反応を得られているのではないか。

 梨晏や霞と本格的な戦に臨むことは今回がはじめてだが、不安はなかった。霞は官軍の将として部隊を率いることが少なくないし、梨晏は義勇兵の隊長として、何度も黄巾軍と交戦した経験がある。調練で互いの呼吸は掴めてきているし、あとは実戦ですり合わせをしていくしかない。そうでなければ、冥琳が二人に自分のお守りを依頼するはずがなかった。

 

「むっ……。とにかく任せたからな、二人とも。打って出る炎蓮さまと一刀に代わり、私は後方から孫家軍全体の面倒を見なければならん。戦場の把握には務めるつもりだが、情報の鮮度としてはやはり前線には劣る」

「りょーかい。心配しないでいいよ、冥琳。ここは大船に乗ったつもりで、ね?」

「まったく、その自信はどこから出てくるのやら。ほら、一刀」

 

 どうやら、三人での相談はまとまったようだった。

 冥琳に背中をぽんと叩かれる。胡床から立ち上がり、孫策は愛刀を腰に佩いた。

 風が吹き抜けていく。荒々しすぎず、かといって静かすぎるわけではない。心の内側で燃やす炎。ゆっくりと大きくしていくには、ちょうどいい風だった。

 

「総員、騎乗」

 

 旗本が轡をとっている馬に飛び乗り、孫策は短く命じた。

 果てしなく拡がる原野の先。敵軍の姿はまだ見えていない。だが、確かにふくらむ闘気の存在を、感じずにはいられなかった。

 差し上げた右手を前方に振り下ろす。馬蹄が地面を打つ音と同時に、百余の影が整然と移動を開始した。

最近意図して♡減らしているんですけど、読んでる方的にはどうなんですかね?

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