※この作品はR-18です。

虎となりて   作:KKS

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英傑の魂

 正直、まだ心臓がバクバク鳴っている。

 どうにか、あの場はやり過ごすことができた、と信じたかった。ボーイッシュ美少女な馬超さんに食いつきすぎたせいもあったが、それだけ衝撃が大きかったのだ。現代で暮らしていた時こそあまり意識していなかったが、どうやら自分は飛び抜けた美少女に弱いらしい。

 この清楚感全開な女の子が、ほんとうにあの董卓なんだろうか。これまで培ってきたイメージが、眼の前にある現実を受け入れることを拒絶しているのだろう。漢室を牛耳った暴君。のちに袁紹をはじめとする諸侯から反旗を翻され、最期は呂布の凶刃に倒れた怪物。

 私室に移動する傍ら、天歌は董卓と名乗った少女の姿を盗み見た。

 

「あの。私の格好、そんなに気になるところがあるのでしょうか。漢中での仕来りに反しているとかであれば、改めますが」

「い、いえ。決して、そういう意味ではなくてですね……。ともかく、どうぞ」

「はい、それでは。お邪魔いたしますね、張魯さん」

 

 かわいらしい響きの裏に、やや鋭さが入り混じった声だと思った。

 教祖という立場上、自然と人の声や仕草に注意がいくようになっている。超能力がないことなんて、自分が一番よくわかっているのだ。だからこそ、信者のみなさんとのコミュニケーションは大切にしている。それが五斗米道の結束に繋がり、乱世を生き抜く力となるとわかっているからだ。

 

「もう一度、きちんと名乗らせていただきますね。私は董卓、字は仲穎です。率直に申し上げると、盟友である孫策さんからの依頼で、漢中の動向を探りに参りました」

「盟友……? というか孫策さんといえば、あの小覇王の」

「ふふっ。教祖さまは、やはりわれらと違った感覚をお持ちのようですね。それも、先ほど伺った預言の一部なのでしょうか」

 

 つい洩らしてしまった孫策の異名を、董卓さんは不思議に思ったようだ。孫堅亡き後、その息子である孫策は、勢力の再興を成し遂げた。没落しかかった孫家を立て直した功績から小覇王と呼ばれることがあるのだが、その孫策も道半ばで暗殺され、ついに三国の成立を見ることはなかった。

 それにしても、この世界はやっぱりまともな歴史を進んでいないような気がしてくる。現時点で益州に諸葛亮がいることもそうだが、あの董卓が孫策と同盟関係を結んでいるだなんて、誰が信じられるんだ、と天歌は思う。しかも、自分は自分で黄巾の乱の首領である三姉妹を拾ってしまっているのだから、余計にたちが悪い。

 

「張魯さん。あなたの預言に対抗するわけではありませんが、小覇王で終わるような御方ではありませんよ、孫策さんは。それこそ、古の項羽を凌ぐほどの偉業を成せるだけの力がある、と私は見込んでいるんです。ふふっ。それに関しては、惚れた女の弱みなのかもしれませんけど」

「惚れ……た? んっ、なるほど……。董卓さんには、そちらの趣味がお有りなのですね。ああでも、ご安心ください。これでも私、理解が広いほうですので」

「ええと、なにか思い違いをなさっているのではありませんか、張魯さんは。その、孫策さんは、れっきとした男性ですし。あちらのほうも、とてもご立派で……」

 

 董卓さんの言葉で、全身に電流が走ったような感覚に襲われた。

 孫策は男の人。そう考えるのが、普通だったのだ。この異世界での概念に、自分も囚われているのだろう。

 けれど、冷静になって考えてみると、英雄のほとんどが女性になっているこの世界で、異端であるのはむしろ孫策のほうなのではないか、という気がしてくる。

 これからのことを考えると、非常に気が重い。董卓と孫策が恋仲になってる世界で、ちっぽけな存在でしかない自分にいったいなにができるのか。

 いずれ反董卓連合が起きて、それからいよいよ三国がバチバチにやり合う時代に突入して、なんて悠長に考えていること自体、間違いに思えてくる。薄氷を踏む、なんて表現するのは容易いことだ。実際に待っているのは、もっと危険な綱渡りであるに決まっている。

 

「あっ……。と、とにかく、私は孫家や馬家のみなさんと手を携えて、腐った土壌をひっくり返してやろうと思っているんです」

「ひっくり返す……? ま、まさか、それというのは」

「叛逆。謀叛ですよ。仕掛けるべきときを逃せば、きっと取り返しがつかなくなる。それだけは嫌なんです、私は。朝廷内部に食い込んで、そこから政事を改めることも当然考えました。けれど、孫策さんの考えはもっと先に進んでいた。どうせなら、夢を見てみよう、と思わされたんです。それに、この御方と見る夢なら、間違いなくおもしろい夢になる、という確信もありましたから」

 

 董卓さんの双眸から、得体のしれない力と輝きがあふれている。

 はじめてふれる感覚だった。これが、英雄の英雄たる所以。性別なんて少しも関係ない。ただ、董卓仲穎という時代の傑物が、自分のすぐそばにいるだけのことだった。

 

「その一歩として、孫家が荊州牧を追い落とす。その次に狙うのが、益州です。涼、荊、益の三州の力を結集し、私たちは叛逆の旗を堂々と掲げる。もし、もしですよ? それでどうにもならなければ、漢もまだ捨てたものではなかった、と諦めがつきます。その気概を、自分たちが取り戻させたのだと、胸を張ることができる」

「そこまで、覚悟を決めておいでなのですね、董卓さんは。はあ、すごいなあ……。それに比べて、私はこれっぽっちも」

 

 そこまで言い切って、董卓さんがようやく一息ついた。

 胸の奥が無性に熱くなっている。自分のような一般人にも、響くものが確かにあったのだ。そして、董卓さんがこれだけ胸の内を吐露してくれているのは、自分に少しでも可能性を感じてくれているからなのだろう。

 

「私も孫策さんも、五斗米道をあえてどうにかしたいのではありません。漢中の暮らしを実際に眼にして、教団による統治は理にかなっているとも思いました。それだけに、五斗米道はいつまでも武力を有しているべきではないとも感じるんです。なにを信じ、なんのために生きようと、それは人の自由でしかありません。ただ、武力はいずれその追求の邪魔となる。おそろしいものなんですよ、統治者の疑心暗鬼というのは」

「私は、私を信じてついてきてくれる人たちが不自由なく暮らせれば、なんだって。そのためにも、いきなり危うい橋を渡るわけにはいけない、というのが本音なんです。でも、董卓さんの言葉には、少しも嘘がなかった。っと……。孫策さんのアレがご立派、って情報を含めてね」

 

 董卓さんが、混じえた冗談に小さく吹き出している。よかった、と天歌は心の中で胸を撫で下ろした。

 

「張魯さんのお考えは、よくわかります。それに、こちらも益州攻めの軍事支援を、直接求めているのではありませんので。見て見ぬふりをしてもらえるだけでも、十分です。戦は、俗世の人間がやるものですから」

「私も、孫策さんとお話をしてみたい、と思うようになりました。董卓さんのようなすごい御方が、同じ夢を見ようというのですから。でも、教祖としてここを離れるわけにもいかないし……」

 

 この世界では珍しい、異性の英雄。それも、歴史も国も引っ掻き回そうとしている人物なのだから、自然と興味も湧いてくる。

 誰かが、廊下を走るような音がしている。二人揃って、扉のほうに意識を向けた。

 声がする。人和ちゃんのものだった。

 

「会談中に申し訳ありません、教祖。たったいま、国境から危急の知らせがあり……」

「いいよ、入って。董卓さんにも、状況を知ってもらいたいから」

 

 入室してきた人和ちゃんの顔には、焦りのようなものがあった。

 このタイミングで国境からくる知らせなんて、ひとつしかない。腹を括って、天歌は董卓の顔を見据えた。

 

「境目で演習を繰り返していた劉璋の軍が、漢中に足を踏み入れたそうです。急ぎ、こちらも防衛に移りませんと」

「益州牧との戦ですか。それでしたら、私たちもささやかながら助勢いたします。実際に部隊をぶつからせてみないと、ほんとうの強さは理解できませんし」

「お願い、してもよろしいでしょうか。所詮、五斗米道軍は素人の寄せ集めですから、その道のプロの指導があると心強いので」

「えっ? ぷ……、なんでしょうか?」

「あっ、いえいえっ! とにかく、みなさんのことをよろしくお願いします、董卓さん。私は、お邪魔にならないよう勝利をお祈りしていますので!」

 

 ちょっと気が抜けると、現代での言葉遣いがもどってきてしまう。短時間ではあったが、それだけ董卓さんの存在が自分に浸透している、ということなのか。

 馬超さんと合流すると、董卓さんはすぐに戦の準備にとりかかった。戦に絶対なんてものはない。だからこそ、運は五斗米道軍に味方していると思った。

 これならば、きっと負けることはない。漢中を守りきり、相手が侵略を諦めさえすれば、五斗米道の勝ちだといえる。

 

「全員、無事に帰ってきてくださいね。教義のために死ぬことは許しません。ただ、大切な誰かを守るためだけに、命は使われるべきなんです」

 

 そう言って、天歌は信徒を戦場に送り出した。

 この状況に、きっと慣れることはない。慣れては、いけないとも思う。

 漢中の曇り空に祈りを捧げた。天を見上げる。なにも、言葉をかけてはくれなかった。




次回はおそらく朱里ちゃん視点。
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