※この作品はR-18です。

虎となりて   作:KKS

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血風四人旅

 涼州からやってきた三人を連れて、孫策は城を出発した。

 翠と猫は長物を得物とする武人だったが、この旅では目立ちすぎるからか、携えているのは剣である。道中の狩りに使っていたようで、月は鞍に短弓をくくりつけていた。あとは、肉を捌く時に用いる短刀をどこかに隠しているはずだ。

 一里ほど馬で駆けたところで、調練中の部隊と遭遇した。

 翠の用意してくれた二百の羌族に、明命の選抜した百五十を加えた部隊である。変幻自在の奇襲を行わせるための編成だった。大っぴらには普通の歩兵として訓練を行い、敵の知れないところで特殊技術を磨き上げる。この日は、一般的な陣形を組む修練に励んでいるようだ。

 さすがの感知力である。自分たちの姿に気づいたのか、明命が走り寄ってくる。どこかに紅波もいるのだろうが、街道からは見えなかった。

 

「これから北に向かわれるのですね、みなさま。どうか、お気をつけて」

「調練は順調そうだな、明命。一刀殿。羌族の長老には、無理言って若者を出してもらってるんだ。しっかり、報いてやってくれよな」

「報酬に関しては、もちろん。そういえば、部隊名を考えていると紅波が話していたのだが、明命?」

「はい、一刀さま。お猫さまの如く、移動は静かに素早く。荒ぶる時は、お怒りになったお猫さまの如くばりばりと爪を立てて。そして、私にさっぱり無関心で微塵も動こうとなされないあのお姿を模すことができれば、お猫さま風林火山の完成なのです!」

 

 腰に手を当てた明命が、誇らしげに言い放った。実際はおそろしい働きをしてみせるのだろうが、内容だけを聴かされていると遊びの延長線上のようにすら思えてくる。

 ただ、気合いの入った明命は格下の相手だろうと手を抜かない。かわいらしい見た目に反して狩りの技術は飛び抜けているから、その技術を叩き込まれる新兵は肚を括るしかない。

 

「その名も、山猫衆なのです! 身軽で悪路に強く、忍耐力も徹底して鍛え抜くつもりですから、どうかご期待ください。ふふん。みなさんやる気満々で、私もつい気持ちが乗ってしまうのです」

「とびっきりの笑顔だな、明命。あたしからしてみると、むしろそっちが怖いんだが」

「ほえ? 翠さんがなにを仰っているのかわかりませんが、まったく問題ありません!」

「ふふっ。明命さんの熱が入りすぎることを、翠さんは心配されているんですよ。本番前に怪我をしてしまうと、大変ですから。そのあたりの加減は、紅波さんとじっくり相談なさってください」

「……月さんまで? 一刀さま。私、そんなに危なっかしく見えるのでしょうか」

 

 どうにも噛み合っていない会話を、孫策は横で笑いながら見つめていた。翠も月も、心配しているのは訓練を受ける兵士の方だ。けものじみた体力の持ち主である明命は、どこまでも駆けて跳ぶことができる。

 その気迫が、部隊にいい方向に乗り移ればいい、と孫策は思うだけだった。

 

「新兵の調練など、ぶっ倒れるまでやるのが常道だろう。最初の頃は、胃から汗をかくくらいでちょうどいいんだ。なあ、一刀殿?」

 

 明命と別れてしばらくしてから、猫が言った。気が合いそうな二人である。苦笑している翠は、意外と優しい部分がある。

 

「やると思えば、どこまでもやる。それで脱落する者がいても、戦場でなくて逆に幸運だったと思うだろうさ」

「孫家のやり方は、特に激しそうな気がします。炎蓮さんも一刀さんも、生粋の戦人(いくさびと)ですから。精強な軍団ができあがるのも、当然ですね」

「どうしてかな。こうやって月に褒められると、ちょっと照れくさいな」

「でしたら反対に、一刀さんも私をたくさん褒めてくださいますか? あそこに、ちょうどいい獲物が」

 

 いつの間にか短弓を構えた月が、前方にいる小さな兎に狙いをつけている。腿で締め上げられた馬が駆ける。風を切る音が聴こえたのと同時に、矢が目標を貫いた。

 

「見事なものだ。鍛え方が違うのだろうな、俺たちとは。これを咄嗟にやれるのだから、十分に自慢できる」

「えへへ。自分から振っておいてなんですけど、ありがとうございます。あとで捌いて、余さずいただきましょうか」

「私がとって参りましょう、月殿」

 

 暮らしに根ざした弓術だった。

 血抜きをした獲物を、猫が乗馬の鞍にぶら下げる。この三人と旅をしている間は、どうやら食うことには困らなさそうだった。

 

 

 襄陽に向かって、六日ほど駆け続けた。乗馬に慣れた人間ばかりだから、移動は順調である。

 西涼の三人とは、途中で別れることが決まっていた。さすがに、この関係を襄陽まで持ち込むのはいろいろと面倒である。それに、月も領地の様子が心配になってくる頃合いだろう。詠が留守番をきっちり守っているとはいえ、無理を言って出てきただけにそこに対する罪悪感も多少はある。

 

「あそこに見える村で、補給をしていこうか。その次となると、もう襄陽だ」

 

 位置としては宜城の手前になるのだろうか。大して面が割れているわけでもないから、堂々としているべきだと思った。だから、特に誰も顔を隠したりはしていない。

 近づいて、村の様子がどこかおかしいことに気がついた。活気があまりにもないというか、漂ってくるのは嫌な気配だった。馬のいななきが聴こえる。道に迷った村娘のふりをして、月が探りを入れてくると言って先行した。

 雪華とほかの三頭を隠してから、孫策は月のあとを追った。血の匂いのする村だ。直感が、思考の隅でちりちりと鳴っている。

 入口に男が立っている。雰囲気からして、堅気ではないと思った。闘いに使うであろう斧が、横に立てかけられている。

 おどおどとした仕草の月が男に声をかける。あれだけ板についた演技をされてしまうと、初見で見抜くことはまず不可能だろう。

 

「あの、もし」

「おう。どうしたね、かわいいお嬢さん。このへんじゃ、見かけない顔だ」

「ごめんなさい。親戚の家に向かおうとしていたのですが、方向音痴なせいでどうやら迷ってしまったみたいなんです。放浪の間に食糧が尽きてしまって、それで……」

「ああ、それはかわいそうに。食い物なら、ちょっとは余裕があるんでね。タダとはいかないが、都合はつけてあげよう」

「ほんとうですか。それは、助かります」

 

 他所の領地で起きていることだ。突っ込まなくてもいい問題に首を突っ込んでいることにはなるが、安穏とした旅にも飽きが生じてきている。

 お辞儀をする月に手を振り、男が村の中へと消えていく。これで仲間を連れてもどってきたら、押し込みをかけた盗賊の類だと見てまず間違いない。両手に唾をつけて、孫策は男の対応を待っていた。

 

「いや、待たせてすまないね。かわいいお嬢さんが困っていると知って、こいつらまでついてきちまってさ。ほら。食糧なら、ここに」

「どうも、すみません。あっ、あのっ……?」

 

 食い物が入っていると思わしき革袋。受け取ろうとした月の手を、男がさらりとかわした。

 奥から出てきたのと合わせて、男が十人。それぞれ、腰に剣を差している。確実にやる気だな、と孫策は笑っていた。

 

「まあ、そう慌てなさんな。お嬢さんの身の上話を、俺たちじっくり聴きたいと思っていてさ。ちょっと遊んでくれたら、金はいらない。どうだい、いい話だろう?」

「なんなら、泊まっていったって構わないんだぜ? 家ならいくらでも空いて……。いや、空きをつくってやれるんでよ」

「はあっ、ふうっ……。お、俺、もう我慢の限界なんだよ。ここまでの上玉、都でもそうお目にかかれねえ。先っちょだけ。ほんとに、先っちょだけでもいいから、なっ?」

「へ、へうっ……。私、そういうつもりでここにきたわけじゃ……」

「男と女が、こんな辺鄙な場所でばったり出会ったんだ。やることやらなきゃ、おかしいじゃないか。すまないね、お嬢さん。飯なら、あとでたらふく食わせてやるからよ」

 

 男たちが本性をあらわす。瞬時に月は取り囲まれ、このままでは慰み者にされてしまうのだろう。

 移動の最中、どうして自分でも笑っているのかがわからなかった。愛する女が、品性のない視線に晒されているのだ。普通の感覚であれば、腹を立てる。

 

「つきがない奴らだ。子犬をいたぶるつもりなのだろうが、あの御方は」

 

 同じように、猫も笑っていた。いくらか心配そうにしているのは、翠だけなのである。

 男のひとりが、着ている袴をずり下げた。月に奉仕でもさせるつもりなのだろうが、その選択は誤りだ。

 

「チンポの扱い方くらい、知ってるんだろ? 手でも口でも、俺は構わないんだぜ。それとも、いきなり下にぶちこまれるのが、お嬢さんの好みなのかな」

「うふふっ。薄汚いうえに、なんて粗末なんでしょう。恥ずかしくないんですか? こんなモノをぶらさげていて」

「んなっ……!? こ、こいつ、俺が気にしていることを仲間の前で」

「図星、だったのですね。申し訳ありません、物知らずな女でして」

 

 にわかに、男たちが色めき立つ。その間隙を月が見逃すはずもなかった。隠していた短刀が右手に握られている。憐れな男のために、孫策は一瞬だけ祈りを捧げた。

 悲鳴。月が発したものではない。男の受けた仕打ちを思うと、背筋が寒くなった。黙って駆ける。翠は、すでに剣を抜いていた。

 

「あ、ああっ……!? なんだ。てめえ、仲間になんてことを」

「知りませんよ。村を荒らす溝鼠は、害獣らしく消えてください。ほら、あなたの背後にも」

「なっ……。やめっ、いやだ、あっ……」

 

 仲間の惨状を眼にして動揺する男の背後をとり、猫が首をへし折った。続いて、前に跳んだ翠が二人の胴体を両断する。槍だけでなく、剣の腕前もかなりのものだ。

 

「堅気相手に喧嘩(でいり)をやってどうする。はははっ。この孫策が、屑どもに作法を教育してやろう」

 

 愛刀を抜く。ほほ笑む月の横を通り抜けて、男の首を刎ね飛ばした。血飛沫があがる。

 最初から、勝負と呼べるものではなかった。最後のひとりを斬り斃すと、孫策は刀についた血を払った。

 

「掃除が終わりましたね、一刀さん。しかし、いまは求める乱世とはいえ」

「だからこそ、前だけ向いていようじゃないか、月殿。あたしたちは、あたしたちにやれることを精一杯やるだけだ」

「ふむ。われらのような戦馬鹿にしかやれないこともあるはず、か。なあ、翠?」

「っておい。あたしを勝手におかしな仲間内に引き込むんじゃねえよ、猫」

 

 村の生き残りはいるのだろうか。月を伴い、捜索に出ようとした。

 入口の外から、やけに大きな足音がしてくる。孫策が振り返った先には、五十ほどの兵を連れた女がいた。手にしているのは巨大な鈍器。ほかには、先端だけ白くなっている短髪が特徴的である。

 

「うぉらぁー! 村を襲撃するくそったれどもの相手は、この魏延文長がやってやる! 死ね! 全員、死にさらせ!」

 

 耳をつんざくような声だった。

 納めたばかりの刀の柄に手をやる。翠と猫の二人を制して、孫策は魏延と名乗る女の相手に乗り出した。

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