頬にはまだ、じくじくとした痛みが残っていた。
頼みだった太史慈は、いまも眼の前であの男の手籠めにされている。銭が必要だったとはいえ、最初からあんな無茶な条件でやるべきではなかったのだ。必死になって制止しなかった自分にも責任はある。もっとキリのいい段階で引き上げていれば、という後悔もある。
男の醜さの結晶。太く隆起した、言葉に出すことすら憚られるもの。見えたのは一瞬だったはずなのに、おぞましい姿が脳裏に焼き付いて消えてくれない。
「あ、ああ……。なんで、どうしてあんな汚らわしいものを挿れられているのに、アンタは嬉しそうにしていられるっていうのよ、太史慈」
ふるえる声で桂花が言った。
男女のまぐわう音が聴こえている。孫策は、こちらの視線を気にすることなく腰を揺動させていて、その度に太史慈は交尾中の犬猫のように鳴く。
言葉でなじることのできないくらい、最低な男だと思った。こんな人間に一門の将来を預けようとしているなんて、江東の虎も正気の沙汰ではない。どんな英傑であろうと、眼が曇る時がいずれくる。胸の内にあるもやを、荀彧は地面に吐き捨てたい気分になっていた。
ゆっくりと、痛む箇所に手をあてた。
疑問がある。どうして、自分はなりふり構わず逃げ出そうとしないのか。冷静に俯瞰してみるまでもなく、孫策という男はならず者と比較にならないほど危険なはずだった。
太史慈を抱くことにしか興味がないようだったが、そんなものは気分次第ではないのか。洛陽までの護衛をすると言っていたが、下手をすればその道中で自分までも。
ふと、桂花は周瑜のほうに顔を向けた。飯の支度をしていろと命じられて、あろうことか素直に従っている。この女も、はっきり言ってまともではないと思う。
意味深な笑みが返ってくる。周瑜は鍋の用意をしながら、連れ添いの男の交合を時々観察している。ほんとうに、この空間はなんだというのか。正直、気が狂ってしまいそうだった。
「んっ、ぐっ、うあ、は……ぅ」
身体の奥に、正体不明の感覚が生まれている。不快なものをどこかに追いやろうとするが、その根源がわからない。仕方がないから、桂花は長く息を吐き出した。
苦悶する自分を見て、周瑜がまた不敵に笑ったような気がしていた。
「うあっ、す、すごすぎるってば、一刀のおちんちん。もう三回も出してるのに、まだこんな……っ。んあっ、ふっ、くひ……ぃ。ふあっ、んっ……。そ、そんなに出してもらっても、おまんこいっぱいで精液飲みきれないから、ああぁあぁ♡」
抑える気のない嬌声が響き渡る。艷やかで甘さすら感じられる絶叫。また、腹の奥に潜むなにかが蠢いた。
紛れもなく、孫策に犯されることを愉しんでいる声だった。これほどまでに短絡的な身の振り方ができるのは、太史慈が武人だからなのか。自分には理解できない感覚。それは、腹にある蠢きにしても同じだった。
身体にあるふるえを抑えようと、桂花は腕で腕を抱く。
「うっ、くうっ……。ほんと、なんなのよ、これ……ぇ」
延々と繰り返される孫策たちの情交。
それを目の当たりして洩らしたおのれの声に切なさが混じっていることになど、桂花が気づくはずもなかった。
†
冥琳とはじめた二人旅は、数日ともたなかった。
騒がしいくらいの四人旅。相も変わらず荀彧は文句を垂れ流し続けていて、梨晏がそれをたまに嗜める。
途中それなりの規模の
「ねえねえ一刀。あとでまた、私と手合わせしてよ。孫家はこのあと、西涼まで戦をしに行くんだよね。だったら、準備運動はしっかりしておかないと」
「はははっ。表と裏、どちらの手合わせだろうと、喜んで受けよう。あちらのほうも、かなり慣れてきたのではないか、梨晏?」
「やっ、ちょっ……。そ、その話、いまはなしだってば。というか、私にだって羞恥心はあるんだよ? はじめてだったのに、二人に全部見られて、すっごく恥ずかしかったんだから」
「そうか。だったら、冥琳も混ざって一緒にすれば問題はなにもなくなる。猫耳女は……、いないものと思えばいい」
生娘のように梨晏が顔を赤く染める。義母や宿老たちからでは得られないかわいさがあり、なんだか新鮮な気分になってくる。
あの交わりからほどなくして、梨晏は自分の臣下となることを誓っていた。得難い武勇を備えた女。乱世である以上、使える武官を揃えることは最優先事項なのである。なにより、梨晏とは肉体の相性も悪くない。
「いまからでも遅くはないわよ、太史慈。犯罪者同然の下等生物に仕えるのはやめて、私と一緒に曹操さまのもとにいきましょう。あのお方こそ、乱れた世の中をお鎮めになる英傑。お会いすれば、きっと猿でも平伏すること間違いなしなんだから」
「あ、あはは……。荀彧の気持ちは嬉しいけど、私は一刀とどこまでも行くって、もう決めちゃったから。一刀となら、この先きっとおもしろいことができる。そう思えるかどうかって、仕える相手を選ぶ上ですごく大事な要素だよね」
「ふんっ……。知らないわよ、いつか後悔したってね。ああ、早くご尊顔を拝見したく存じます、曹操さま。そしてどうか、このわたくしめをあなたさまのお側に」
曹操と直接の面識はなかったが、厳粛な統治を行っている女であることだけは知っている。
各地で叛乱が勃発する中でも、曹操の領地である陳留は落ち着いていて、その手腕を買われたためか、現在は召喚を受けて洛陽に出張っているらしい。そのことを知らなかった荀彧とはすれ違いになり、こうして自分たちと旅することになっている。
おかげで梨晏との出逢いを得ることができたのだから、曹操には感謝をする必要があるのかもしれない。どうせ荀彧を連れていくことになるのだし、挨拶くらいはしておくつもりでいた。
「そちらこそ、そう焦るものではないのかもしれないぞ? 軍師の席なら、孫家にもまだ空きがある。荀彧殿こそ、気が向いたらいつでもわれらに声をかけてくれ」
「い、いかないわよ、こんな変態孕ませ男のいる陣営にだなんて! どんな地位を用意されたって、お断りなんだから」
「ほう、そうなのか? 残念だったな、一刀。おまえがもう少し行儀よくしていれば、荀彧殿の心象もよくなっていただろうに」
冥琳がからかうように肩を寄せてくる。
荀彧は実力のある名門の令嬢で、世間では王佐の才であると評判になっているらしい。確かに、言われてみると顔つきはいい。男とみれば誰彼構わず噛みつくところも、反発心のあらわれと言うこともできるのだろう。
「むぐっ……。な、なによ周瑜、その顔は」
「いいや、別に。ただ、器量だけでいえばこの孫策もかなりのものではあるのだがな。くくっ……。案外、いい飼い主さまになってくれるかもしれないぞ、荀彧殿の」
「ふ、ふざけるのも大概にしなさいよね! 誰が、んっ……、好き好んでこんな暴力男の飼い犬にだなんて……!」
「ははっ。おもしろいな、飼い犬とは。もしその時がやってきたら、鎖でも縄でも、好きなものを用意してやろう」
冥琳の標的にされた荀彧が、あたりに飛沫を飛ばしまくっている。
こういう跳ねっ返りを調教して躾けるのも、なかなかにおもしろい試みではある。
顎に指で触れ、孫策は考える素振りをした。
自分に平手打ちをされた記憶がまだ鮮明に蘇るのか、荀彧はなかなか正面から顔を合わせてくれようとはしない。狂犬同然の振る舞いをしてくるのに、そういうところはちょっとかわいらしくもある。
「くうぅ……! 地面の石を詰めこまれたくなければ、いますぐその下品な口を閉じなさい。いい? 本気なんですからね、私は」
「まぁまぁ、そのくらいにしておきなって、二人とも。そうだ、そろそろお昼にしようよ、ねっ、ねっ?」
曲者揃いの孫家家中で、梨晏の常識人としての性格は案外希少価値が出てくるのかもしれなかった。その分ほかにない苦労があるのだろうが、これも本人が選択した道なのだから仕方がない。
細い腰に手を回し、梨晏のことを抱き寄せる。驚きから赤く染まる顔。荀彧の隙を見て頬に口づけ、孫策は快闊に笑い声をあげた。