「屋敷を売っただと」
その声があまりに大きいので周りにいた臣下が驚いた顔で自分を見ていることに、すぐには気づかなかった。
落ち着いてください宰相の声にはっとし、周りを見て気づいた。
「それと屋敷だけではありません、爵位を返上していますね」
「馬鹿な、そんなことは」
許可した覚え、許したつもりもないと言おうとしたが、息混じりの声で、そうですかと返ってきただけだ。
「ジョゼフィーナ・フランヴァルは義理の両親と共にエステライン国へ移住しました」
「何だと、そんなことは」
戻るようにすぐにでもと言葉を続けるが、宰相は簡潔に一言、無理ですと王の言葉を退けた。
「敵に回すつもりですか、彼女の夫を」
死人だろう、だが、叫ぶような王の怒声に返事はない、臣下たちは沈黙を貫いていた。
「忠告したはずです、最初に、ですが聞き入れてもらえなかったようですね」
向けられた宰相の視線に王は文句を言おうとして、このとき気づいた、周りの、いや、室内の空気に。
やってくれたな。
これが、我が国の王か、女遊びにうつつを抜かして。
先代は名君だったのに。
自分に向けられている視線に王は内心、腹を立てただが、それを一掃する言葉が出てこない。
「彼女は夫を愛している、生きていたときも、亡くなった後も、そして、夫は」
なんだ、その先に続く言葉は聞こえなかった、このとき、王は自分が怯えていることに気づいた。
身体がわずかだが、震えていることに。
「この石に台座をつけたいと」
「はい、ですが、他にも素敵な石をもっているんです」
少年の言葉に男爵は返事ができなかった、しばらく無言の後、マダムと声をかけた。
「それを見たいのですが、できるだけ早く、勿論お二人の都合のよいときに」
夫人は驚いた。
「男爵、私の持っている宝石は価値のない、包容物わ含んだ、つまり傷のある」
その言葉に男は肩を竦め、とんでもないと首を振った。
「インクルが宝石の傷だと本気で、そう思っているなら愚の骨頂だ、この石だって磨きを、いや、台座をつけ宝飾品として世に出せば、それは」
男は言葉をきるとそばにいる男に声をかけた。
「すぐに連絡をしろ、見せたいものがあると」
「あ、あの、工房にでございますか」
丁寧な言葉遣いだが、男の声には驚きを隠せないようだ。
「こっちに来る頃には夜明けだが、職人も一緒にと、いいか、忘れるな」
主の言葉に男は慌てたように部屋を出ていく。
「お二人とも、今夜は客人として、そうだしばらま、こちらに滞在されるといい、ジョゼフィーナには連絡しておかねば」
男はパーティーの間とは別人のような笑みを浮かべた表情で二人を見ると、少年に向かって言った。
「本当に驚かせてくれる」
「ねえっ、あんた、様子見てこようか」
「放っておけ、貴族様だ、あの女とお楽しみの最中だろ」
「でもねえっ、女だけだよ、男は一歩も出てこない」
骨抜きにされたんだろう、亭主の言葉に女房は頷くしかない、だが、不安も感じていた。
女は確かに綺麗だった、貴族の男がなびいても不思議はない、だが、この近所では見たことのない女なのだ。
「ありゃあ、貴族の愛人でもやってた感じだな、それにな、まともなヤツは相手にはしないぜ」
意味がわからず女房は不思議そうな顔をした、にやにやと笑う自分の夫がなにを言おうとしているのか分からなかったのだ。
すると呆れたように、なんだ、気づかなかったのかおまえはと夫は小声で囁いた。
「男だ、それも、あれだよ」
年内には区切りをつけたいと思っています。