(何だってんだ……? コイツらは?)
黒瓜才人は困惑していた。
片瀬と村山。そして桐生藍華。
兵藤の行動次第では三人を始末しろ。とディオドラ・アスタロトからの指示を受け、ここまでやってきた。
藍華は初めから。片瀬、村山の監視は兵藤を陥れるための策として追加された。
どちらにせよ、両者の暗殺実行に障害はない。少なくとも彼はクラスメートの殺害に罪悪感を感じる様な真っ当な人間性の持主ではないのだ。
寧ろ俺を選ばずに、兵藤一誠などというクズを選んだ愚かな女ども。という憎しみすらある。
どんな風に無様かつ惨めな命乞いをした彼女を辱めるか。
それだけで粘ついた笑みが止まらない。
が、黒歌と顔見知りだという2人の男が合流して話の流れが変わり出す。
何故か今黒瓜達はカラオケBOXにて歌謡ショーに付き合うハメになっていた。
「〜♪」
「いよっ!! 流石片瀬ちゃん!
天下一の歌姫だぎゃ! リボンもバッチリ決まっとるがね!」
「〜♪」
「ひや〜。
こりゃあ噂に名高い天下一の歌唱力だぎゃ!」
巨躯にして大猿を彷彿とさせる男、木下藤吉郎は殊更大仰に、かといって自らが主役にならない強さでタンバリンを鳴らし2人の歌声を称えると二人の顔は綻ぶ。
「もー! 木下さんとは今日会ったばかりじゃな〜い!! ホントお世辞がうまいんだから〜!」
「あれ? このチキンバスケット誰か頼んだ?」
「ワシだでよ! 片瀬ちゃんや村山ちゃんの様なお姫様に箸より重いものを持たせるなんて男の恥だぎゃ! ガハハハハ!」
「アタシはお姫様じゃないって事?」
「ひえっ! これは勘弁しとりゃあせ!」
おどけてペコペコと頭を下げる木下に藍華はクスクスと笑う。黒瓜はといえば、内心かなり苛立っていた。
(何だコイツは? イッセーと言い、軽薄なヤツらが何故女にチヤホヤされる?)
これは黒瓜の認知が歪んでるわけではなく、単純に男としてのスペック差である。兵藤一誠も、木下藤吉郎も女性を惹きつける魅力があるが、黒瓜にはそう言った素養は無いのである。
木下藤吉郎は太鼓持ちはお手の物、女性に対して非常に気配りができる。
必要ならば自尊心を捨てておどけることもできる。
一方の一誠は……多少強引な部分があるが、とにかく女性の味方でいる事に対して躊躇しない。
それが時に余計なお節介になることもあるが、一誠の女性に対する優しさの本質である。そう、彼は紳士なのだ。
そんな彼らに対して黒瓜は……
「ねぇ、黒瓜くん! 何か歌わないの?」
「……悪いが音楽番組を見るのは好きだがカラオケが得意な訳じゃないんだ。ここは盛り上がっててくれ。少し外で気分転換するよ」
こうして自然と自分だけ逃げようとする始末である。
黒瓜はそのまま個室を出ていってしまった。
転じて華やかな席が水を打った様に静まり返る。
「こりゃあすまんぎゃあ……。ワシが少しはしゃぎ過ぎたで……」
木下はまるで叱りつけられた猿が反省している様な態度でしゅんと身を縮めた。
しかし、日頃の積み重ねというものか。
三人にとって黒瓜の印象は限りなく最悪である。
故に黒瓜を追うものもなく、藤吉郎を責め立てることもない。
「ま、まあ気にするなよ木下さん」
「うむ。正直我々も気を遣っていた所もあるからな」
「わかる〜。黒瓜ってなんかいつもちょっとキレてるよね」
「フキハラってやつ? 昔は覗きやセクハラしないぶんイッセーやアンタらよりはマシかと思ったけど。反省したアンタたちを見た今となっちゃね〜」
元浜の言葉をきっかけに黒瓜への不満が噴き出てくる。並の謀士ならこれ幸いと黒瓜の悪口大会ならびに欠席裁判へと行くのだろう。
藍華は敏感に察して話題を替えようとするが……。
刹那、木下の尻からぶほっ、と放屁の音がした。すると異臭こそはなかったが忽ち蜂の巣をつついた様な騒ぎとなる。
「んもー! 木下さんってばサイテー!」
「エチケットはしっかりしてよね〜! ホント仕方がないんだから」
「いやあ、田舎育ちの山猿だもんでワシ
もまだまだ都会のルールに慣れとらんわぃ。こりゃあ悪かったぎゃ」
怒られながらも愛嬌たっぷりの照れ笑いを見せている木下を見て二人は怒る気も失せ、呆れ笑いで彼を許した。
皮肉な事にその場の空気は和気藹々とした雰囲気となり、再びカラオケが始まったのであった。
そのためかこの場に不釣り合いな雰囲気を持つ芦屋道満が場を離れた事に気付くものもいなかった。
ー
「……ふざけた連中だ」
黒瓜はトイレに行くことを伝えただけなのだから、部屋に戻ることはできる。
しかし戻ってまでアイツらに愛想笑いをする理由はない。
黒瓜は1人廊下にて不機嫌に唸り声を上げていた。
何よりもあの男が気に食わない。
(猿芝居だとでも言うつもりか? アイツ)
あの男が下手に出れば出る程、自分が惨めになってくる。
自分の存在が、矮小化されていくように感じる。
小便を済ませ、そのままトイレを出ようとしたその時。
「やあ。手は洗った方がいいよ?」
前を塞ぐように現れたのは芦屋道満だ。
木下のせいで目立たなかったが恐らく180を優に越える背丈にして容貌魁偉、さすがに白拍子こそ着ていないが呪術師特有の怪しげな雰囲気は隠せない。
「あんたは何者なんだ? 何でここに来た? 俺達は禍の団に属する同士だろ?」
「防音されてるカラオケルームならいざ知らず、そういう話ここでしちゃう?」
芦屋道満を名乗るにしてはフランクな口調と態度。だが、それ故に警戒せずにはいられない。
この男は明らかに危険だ。油断したら喰われる。
それくらいの事は察せられた。
黒瓜の顔色が曇ったのを見て取り、芦屋は肩を竦めて首を振る。
「あと私は芦屋道満の三十三代目だけど直接の血統じゃないし、藤さんやあの御方の部下ってわけでもない。言わば食客だよ。
なんかあの御方っていうと悪の幹部っぽいよね」
おどけた口調が黒瓜の癇に障った。
見下されている。コケにされている。そう感じた。
「舐めるなぁ!!」
影の刃を展開し、後先考えずに道満を切裂こうと目論んだがやり方がマズかった。
電気の配線やらガス管などを同時に損傷させてしまったらしい。ビル内は非常ベルが鳴り響き煙感知器も反応してスプリンクラーが作動する始末。
「あーあ。後処理を面倒にしちゃって。
呂不韋さんから叱られちゃうよ」
そんな状況に於いても道満は落ち着き払った様子で黒瓜への余裕の態度を崩さなかった。
「くっ……!」
このまま捕まれば何もかも終わってしまう。黒瓜は慌てて影の中に潜り込んで逃走を図る。
(クソッ! なんでこうなる……!!
黒歌の無能がっ!!)
怒り任せに黒瓜は影に潜りながら内心で毒づきながら彼女と合流すべく影の中を進んでいく。
「へえー。影の中の世界ってのはこういう風になっているんだねぇ」
「!? うわあああぁっ!!」
影の中にての分かれ目。
眼前にあの道満とやらが鎮座している。
黒瓜は魂が飛び出るのではないかというほどに叫び出して驚愕した。
本来であればあり得ぬことだ。
ここは黒瓜の神器の効果により何人たりとも侵入できぬ漆黒の闇が支配する領域の筈。にも関わらず、
「な、なぜ貴様が此処に……?!」
「何でだと思う?」
黒瓜に対して道満は質問を質問で返した。
甚振るというよりかは何か忘れていることがあるんじゃないか? と尋ねる様な態度だ。当然ながら黒瓜もこの期に及んで問答に興じるつもりはない。
「知った事かよ! 死ね!!」
(道満の力がどの程度かは知らないが、影の中は俺の世界だ!! バラバラにしてグチャグチャにして捻り潰す!!)
絶対的な自信を持って道満の腹を裂くべく影の刃を内部から展開。まるでドリルのように黒瓜は彼の腹を抉った。
「ごふっ……!?」
「ハハハハハ! どうだ! 見たか! 何が芦屋道満だ!! 過去の遺物のくせにふんぞり返りやがって!!」
印を結ぶと更に刃がきゅるるると回転。
道満は絶命の悲鳴をあげる間もなく安っぽい作り物のホラームービーの死体の様に切り刻まれていく。赤黒く汚された黒瓜はニヤリと下卑た笑みを浮かべ、彼が死んだことを確信する。
「もういいかい?」
「!?」
だが背後より道満が煽る様な、満足したか? と問いかける様な言葉を投げかけてきたのである。
振り向くと先程まで腹を裂いていたはずの道満の姿が消えており、そのかわりに新しい道満がそこにいた。
「幻術だとぉ……?! 馬鹿な!! ここは俺の世界だぞ!?」
「いやいや。俺の世界じゃなくて影の世界だからね。キミは影の世界を間借りしているだけで影の世界自体はキミの神器が発動する以前に存在しているんだ」
「うるせえっ!! お前の講義なんぞに何の興味もあるか!!」
動揺していたが心は折れていなかった。
影の回転鋸を精製し、道満めがけて投擲する。狙うのは脳を納めている頭部。
如何なる生物も脳を破壊されて無事で済むものなどいない。ましてやこの男は所詮式神使い、直接戦闘の訓練を受けているわけがないのだから!
「ワフ!」
しかし道満の背後から柴犬らしき一匹の犬が現れるや回転鋸をフリスビーの様に咥え、噛み砕いてしまった。
「……え?」
黒瓜は突然の道満のペットによる妨害に呆然自失となった。
(……こいつ。幻覚? 幻影? 式神?
それとも……まさか)
「な、何だそのクソ犬は!!」
「クソ犬とはヒドいなあ。コイツはハチ。
どこにでもいる主の無念を晴らそうとしたが思い叶わず道半ばで倒れた犬の一人さ」
「何が一人だ! そいつは犬っころだろ!
それに犬が影の中で平然と生きていられるわけがあるか!」
『もういいかい?』
影の中から声が聞こえる。
なんの話だ。何のことを言ってる?
「何がもういいんだ?」
「まあだだよ。キミは私の質問に答えていないだろ? なんで私が影の世界に入り込めるかって質問にね」
「ワフ!」
まるで知己に触れ合う様に道満はハチとやらを撫で回している。その光景に黒瓜は目眩がしてきた。
「だからそんなことはどうでもいいんだよ!!!」
『もういいかい?』
また影の中から声がする。
もういい加減にしてほしい。
自分の理解できないことが多すぎる。
こんなことはおかしい。有り得ない。
黒瓜の精神は限界だった。
何故あの犬は生きてる? 道満は何故答えようとしない?
『もういいかい?』
「だから何なんだよ!!?」
「おいおい。影の中で騒がないでおくれよ。外が混乱しても困るだろ?」
「うるさいうるさい!!
俺は早く藍華を取り返さないといけないんだ!! 邪魔をするな!! 俺はアイツと!!!」
瞬間、黒瓜は何かが引っかかる感覚を覚えた。いや、思い出しかけたといった方が正しいか。
(藍華と?)
『もういいかい?』
「あいつをイッセーから救い出して俺のものにするんだ!! あいつの身体も心も俺の自由にするんだ!! 俺に逆らえないように犯して、嬲って、辱めて永遠に縛り付けてやる!!
いや、猫どもにやったみたいな事をしてみるのもいいかもなあ!! アハハハハハハ!!!」
他責、劣等感、憎悪、逆恨み。
あらゆる負の感情が渦巻き、爆発寸前にまで膨れ上がっていく。
そんな彼の異常とも思える精神状態に道満は目を細める。或いは顔を背ける手間を惜しんで彼を視界にも入れたくなかったのかもしれない。
『もういいかい』
「ああ、もういいよ」
「!? ぎゃああああっ!! い、いてぇ!! 痛えよぉっ!!」
道満が許可を出すなり黒瓜は悲鳴をあげてのたうち回る。 見ると彼の全身からはまるで鋭利な刃物で刻まれたかのような無数の傷跡が生まれ、そこからだらだら血が溢れている。
「やめろ! やめて! やめてくれぇ!
何でも言うことを聞くから!!
ぎゃああああ!! 目がっ! 舌ぎゃあ!!」
『もういいよ』『もういいよ』『もういいよ』
遂には皮膚ではなく内部にまで裂傷が生じ、血しぶきがあがる。
「と、言われてもね。それを決めるのは私じゃない。彼や彼女達だ。私が影の世界に入り込み、キミを追跡できた答えがこれさ」
「クゥーン……」
自分の頭上を指さす道満。
そこには耳や足を失った猫、或いは水脹れがあちこちにある猫。果ては内臓を引きずり出された猫の姿があった。
その全ての猫の目は鬼火の様に爛々と脱走を企てた罪人を照らすサーチライトの如く黒瓜の身体を睨みつけている。
「随分派手に殺したねえ。
いやあ酷いものだ。キミは地獄の鬼が適職なんじゃあないの?」
怒るでも煽るでもなく淡々と呟く道満。
黒瓜は彼の言っていることに理解が追い付かないのか。もはや禄に機能を果たさない目で宙を仰いでいる。
そんな視線を受けている黒瓜はと言えば。
既に自分が何をしてしまい何をされようとしているかは理解し、認めてしまっていた。
(ひゃあああ!! いやだ! やめて!! お願いします!! 俺が悪かった!! 全部謝る!! 土下座でもするから助けて!! お願いします!! お願いじまず!!)
その口から放たれたのは涙交じりの命乞いである。あまりにも見苦しく、哀れな姿だった。
だが道満にすればそんな謝罪にはなんの意味も価値もない。彼は裁判官でもなければ執行官でもない。ましてや正義の使徒などというのは畏れ多い。
「悪いね。私は裁きを与える者じゃあない。被害者が報復するのを助けただけさ。これはキミと、キミの被害者の問題だよ」
(ぎゃああああああ!!!)
『もういいかい』『まあだだよ』
『もういいかい』『まあだだよ』
『もういいかい』『まあだだよ』
数多の猫の爪に全身を掴まれ、黒瓜は地獄へと引きずり込まれていく。
引き裂かれ、噛まれ、食われ、貪られ。
黒瓜は泣き喚いた。自分が一体何をしたのか。何故こんな目に遭わなければならないのか最期まで理解できなかった。
罪の自覚のないものは罪を贖う事はできない。故に黒瓜が転生する事はもはやないだろう。
「しまったな。猫の皆が彼を冥府に引きずりこんだから出方が解らないぞ」
「……ワォーン」
事が終わり、数分も経った頃。
顎をさすり一人ごちる道満にハチと呼ばれた犬が影の中で吠えた。
主、もとい盟友にしっかりしろよと合いの手を入れたのかそれとも仲間に引き上げてもらうための遠吠えなのか。
瞬間、スパッと影の空間が切り裂かれ、顔をのぞかせるのは見目麗しくも覇道を駆ける雲龍の化身の美少女。
ヴリトラ・アスラだった。
「何をしている痩せ犬。いちいち私に手間を取らせるな」
「くぅ〜ん……」
「ヒドいなあお姫様。日本の法律じゃ人間が煙みたいに消えたり雲隠れするのを認めていないんだ。だから色々手間がかかるのさ」
ジロリ、と覇気と生気に満ちた目でヴリトラ・アスラは道満とハチの姿を見据えた。
ハチは犬故の哀しさか、或いは格上と見なしたか、彼女に抗弁せず頭を垂れ、道満はそんな相棒を庇う様に減らず口を叩きつつ指先に摘んだ黒瓜の髪をひらひらさせた。
それに対しヴリトラ・アスラは表情を変えぬまま言い放つ。
「手間がかかるというのは黒瓜某の両親の事か。わざわざ自分の子殺しのみならず矯正させた肉人形の作成まで依頼してくるとは」
「ま、当座の現金以上に彼のお父さん……駒王町の大手銀行の頭取様とのパイプができたんだ。これで良しとしよう。私の表向き、裏の仕事どちらもやりやすくなる……」
「そうか」
裏の仕事というのは人間相互の呪い合いに関しての仕事だろう。何せリアスやイッセーが現れる以前から呪いの類は既にあったのだから。
しかしアスラにすればどうでもいい事だ。
集まる富に貴賤も尊卑もない。そう理解しきっている。
そんな素気ない彼女の態度に含むものがあったのか大海の薄氷を踏む様な道満の軽口が更に歩を進めた。
「子が親を愛し、親が子を愛するとも限らない。本体が分霊を敬い、分霊が本体を畏れるとも限らないさ」
「露骨な上に品のない煽りだな。皮肉にもなっていないぞ」
さすがに刃を振り回すまで逆上はしなかったがヴリトラ・アスラはヴリトラが切り捨てた暴虐と覇道の化身にして分霊である。
道満は道満で飄々とした口ぶりだ。
「まあいい。さて帰るとしようか」
「ワフ!」
「ああそうだ。帰り際にコンビニに寄ろうか。ハチにおやつと、キミに肉まんと、藤さんにはビールとつまみでいいかな。
呂不韋さんには……黙っておこう」
「……」
氷と暴虐の化身である彼女の前髪がぴょこぴょこと動いた。
※黒瓜両親は猫の虐殺に関して警察関連のもみ消しと一家離散回避のために木下達に1000万位払っています。
呂不韋「安いものじゃありませんか。
才人君のやらかしで貴方方黒瓜家が破滅する事を考えたら……安い安い」
道満「あと、私の動物保護団体のハンカチ買ってくれません?
一枚一万円の行員50人分で一期(半年)で50万。
そうすれば今後の息子さんや周りのトラブルのご相談にも乗りますよ……?」
やっぱり夏油じゃないか。夏油じゃねえって!!