美沙とたくろう(「同級生」の主人公)は仲直りして元さやに収まってると思っているヒトなので、その顛末を二十数年ぶりに書き残しました。
全くどうでもいいことだと思いますが、りゅうのすけとのフラグの有無または進行具合はお好みでOKです。フラグ立ってようがなかろうが、前作主人公と再会すればたくろうフラグが優先されるという解釈をしています。
全年齢のため、えっちはありませんすいません。
息が苦しい。
さすがに走りすぎだろうか。先負町に負けず劣らずの広さを誇るこの街で、あいつを見つけるだなんて、どたい無理な話なのかもしれない。
なんで走ってるんだろう。
数年前の自分なら、きっとありえなかった。
俺を突き動かすものは、いったいなんだ?
——わかってる。
本当は、全部わかってるんだ。
もう一度、美沙に会いたい。
◯
「美沙!」
駅前ロータリー横の広場で、俺は叫んだ。
デカい声だったと思う。これまでの人生で、ここまでなにふり構わず振り絞った声を上げたことはない。
あいつのポニーテールを、俺が見間違えるはずがない。
待ち合わせをしているカップルやファミリー、ビジネスマンの視線が先に俺へ降り注ぎ、ビクリと震えた美沙がゆっくりと振り返ったのは、一番最後だった。
「たくろう……」
彼女が最後にそう呼んでくれたのは、もう随分と昔のことのような気がする。
数秒、息を整えてから、歩み寄る。
「美沙」
「……………」
「ずいぶん、探した」
「……………」
「少し前から美沙が遊びに来てるって、美穂ちゃんに聞いたんだ」
「……………」
「あのさ、美沙。俺……」
「嫌いって言った!」
「な……」
さっきの俺を凌駕するほどの声で、美沙は叫んだ。
「言ってない、そんなこと!」
本当だった。
喧嘩別れしたあの日、歯止めが効かなくなった俺たちはお互いに罵詈雑言を浴びせ合ったが、「嫌い」という言葉だけは言わなかった。
「なによ、今さら。昔みたいに他の女の子のお尻でも追っかけてればいいじゃない!」
「な、にぃ……」
「美穂でも、くるみでも、舞でも、女の子だったら誰でもいいんだろ! よかったね、あたしと別れて。これで気兼ねなく遊べるじゃない」
群衆の目がさらに俺たちに向けられるが、美沙は止まらなかった。
「バカ! スケベ! 女ったらし! ちゃらんぽらん!」
「ぐ……」
全部本当のことだから、反論できない。
だが、誓っていうが、俺は美沙とつきあい始めてからは一度も他の女の子に手を出したことはない。
それは美沙だってわかってるはずだ。
「嫌い!」
怯まず歩み寄り、手の届く距離まで来た俺に、ついに美沙は両目をギュッとつむって、その言葉を浴びせた。
「嫌い、嫌い、嫌い! たくろうなんて大っ嫌い!」
息を切らした美沙が、ハッと弾かれたように顔を上げた。
「なんで、泣くのよ……」
「知るか」と言おうとしたが、言葉にならなかった。
まいった。
惚れた女に面と向かって「嫌い」と言われることが、こんなに辛いとは思わなかった。
「ごめん、美沙……ごめんな。悪いのは、俺だから。美沙は何も、悪くないから……」
美沙は、変わってない。
少し大人になったからって、顔を合わせたら憎まれ口を叩き合う、俺たちはずっと、高校生の頃のままだ。
「たくろう……」
美沙の右手が頬に触れて、彼女は親指で俺の目尻の滲んだ涙を拭った。
「だい……」美沙の瞳が、潤んでいく。
「好き」
言葉が溢れて、彼女の頬を伝っていく。
「たくろうのこと、大好き、だから」
「美沙……」
「ごめん……ごめ、ね……。あたしだって、ほんと、は……わ、わかれ、るの……や、やだ!」
もう、我慢できなかった。
美沙を思いきり抱き寄せて、きつく抱きすくめる。群衆から「おぉっ!」という歓声が上がったが、知ったことか。
離してはいけないと思った。
ここで美沙を手放したら、もう二度と、彼女とすれ違うことも、出会うこともできないだろうと——そう思った。
「好き……! 大好き! た、たくろ……!」
ぶつかってくる美沙の勢いに、俺は思わず地面に尻餅をついた。それでも、俺は彼女を抱きしめるのをやめなかった。
「俺も……好きだ、美沙」
瞬間——。
俺は両目を見開いた。
涙も拭わずに、美沙が俺の唇を深く奪ったからだ。
歯がカチンとぶつかるような、不器用なキスだった。昔、学校の保健室で初めてした時のような、そんなキスだった。
「たくろう……」
「美沙……」
今度は思いきりやさしく、抱き寄せる。
涙のその奥に、俺が大好きな笑顔を浮かべて、随分久しぶりに、俺たちは恋人同士のくちづけを交わした。
「……でさ、なんでまたこうなるわけ?」
ふぅふぅと息を吐き出しながら、俺は背中の美沙に悪態をついた。
「仕方ないだろ、力抜けて立てなくなっちゃったんだから」
キスの後、周囲の拍手の音でようやく状況を把握した美沙は、へなへなとその場にへたり込んで動けなくなってしまった。
俺はまったく平気だったのだが、大勢の前で大胆に唇を重ねたという事実に美沙の眉毛がまた吊り上がり始めたので、慌てて彼女をおんぶして逃げ出してきたというわけだ。
駅とは逆方向へ来てしまった。
今はなんだか、美沙が落ち着くまで人気のない道を選んで、あてもなく歩いている。
「あんなところでキスするたくろうが悪いんだからね!」
先にキスしてきたのは美沙の方だったはずなのだが、言わないようにしておく。
こうしてまた、二人で普通に話ができること。今は何より、それがうれしかった。
「!? いってぇ!」
突然背後から右のほっぺたを全力でつねられて、俺は情けない悲鳴を上げた。
「なにすんだよ、いきなりっ」
「いやぁ、夢だったらやだなと思って。でも、たくろうホンモノみたいだし、ちゃんと現実みたい」
こういうのは、普通は自分の顔で試すもんだろう。なんてやつだ。
だが、「よかったぁ」と心底うれしそうに呟く美沙の声で、俺は全てを許してしまった。
「なんでケンカしたんだっけ、俺たち?」
「大したことじゃないよ。ただの意地っ張りな二人の子供のケンカ」
美沙は強くしがみつくと、俺の首筋に顔を埋めた。
ここ何日も、走り回りすぎた。
真冬の空は低く晴れ渡り、火照った頬に気持ちがよかった。
「ずっと、探してくれてたの、あたしのこと?」
「……ないしょ」
高校最後の夏休み。あの頃のように、全力で走り回っていただなんて、小っ恥ずかしくて言えるわけがない。
「あの時と同じ匂いがする」
あの時——。
自転車で転んだ美沙が、河川敷でうずくまってた時か。
そういえば、あの日美沙をおんぶして保健室まで運んだ時から、俺と美沙の関係は変化したんだった。
「夏の……たくろうの匂いがする」
「ごめん、汗くさいか?」
美沙は小さく顔を横に振った。
「たくろうにそっくりな人、見たよ」
「ほぉー、それはそれは。俺と似てるってことは、もしかしてそいつもめちゃくちゃモテるんじゃない?」
「そうかもね」
小突かれるかと身構えていた俺は、やや面食らった。
「あたしのこと、見つけてくれて、ありがと」
「そいつの方がよかった?」
「ううん。たくろうがいい。たくろうじゃなきゃ、やだ」
「……あんがと」
会ったこともない男に嫉妬するとは、我ながらみっともない。
「これからどうする? とりあえず、美穂ちゃんにお礼でも言いに行くか?」
「あたしたち、またつきあうことになったよって?」
「うん、そう。見せびらかす。いろんな人に」
「バカ……」
「バカバカ言うな。自覚してる」
「……どこかで、ゆっくり休憩したいな。その……たくろうのアパートは、ダメ……?」
「いいに決まってるだろ。でも俺、襲いかかっちゃうかもしんないけど、いい……?」
美沙は恥ずかしそうに頷いた後、押し黙った。
さりげなく、俺はジャケットの内ポケットからそれを取り出す。
俺の安いアルバイト料三ヶ月分だ。まぁ、大したものじゃない。クリスマスでも、誕生日でも、なんの記念日でもないけど。
美沙が見つからなければ、思い出と一緒に海にでも捨てるつもりだった。
「美沙。これ……」
「……?」
おんぶをしながら手渡すのは骨が折れる。
俺は立ち止まって美沙の右手にそれを握らせると、すぐにまた前を向いて歩き始めた。
「え……? たくろう、これ……」
「まぁ、なんだ。あれだよ、あれ。仲直りの印ってやつ」
小さく震えるように、美沙はゆっくりと俺の顔の前で交差させた両手を解いて、左手の中指にそれを通そうとした。
「ごめん、これ……サイズ、合ってないかも。入らない」
「違う。もひとつ小指側」
美穂ちゃんには、本当に感謝しなければならない。彼女がいなければ、美沙の指のサイズはわからなかっただろう。
たかだか二十歳前後の若造がするには女々しい行為だということはわかっていた。それでも、俺はもう美沙を離したくなかった。
一刻、時間が止まったように美沙が自分の左手を眺めた後、彼女がしゃくり声を上げるのがわかった。
「ひ……ぅ……」
玉のような雫が俺の首筋を濡らしていく。
美沙は震える手で俺の頭をポカポカと殴りつけた。その美沙の左手薬指で、リングが青空に反射して光っていた。
「ばか! ばかぁ……!」
「好きだよ、美沙」
「あ、だじも、だ、だいずき……。ずっごぐ、だいすき、だ、から……も、うぅ……ばなれな、い、か、がら……」
俺は美沙を、泣かせてばかりだ。
本当は、他のパートナーと歩んでいく未来も、美沙にはあったのかもしれない。俺みたいな安っぽい男と一緒にいるより、その方がしあわせだったのかもしれない。
それでも、不器用で意地っ張りな美沙を背負って歩いていく。このポジションだけは、やっぱり誰にも譲ることはできない。
「三年生になったらこっちに戻ってきて一緒に住むって約束、まだ生きてる?」
美沙が落ち着くのを待ってから、俺は訊いた。
「たくろうが、いやじゃなければ」
「よかった。じゃあさ、今からいっぱい愛し合って、いっぱい気持ちよくするからさ」
「バカ……なんでそうなるのよ。ほんと、バカ」
「いっぱいつながって。春になったら……また一緒に暮らそうな。ずっと一緒に」
「……うん」
ギュッと美沙が抱きついてくる。
もう二度と、お互いを見失わないように。
冬の街の片隅で、二人強く強く抱き合いながら、美沙のポニーテールがやさしく風に揺れていた。
了