※この作品はR-18です。

女子高生になる   作:姫野真沙美

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その10 一件落着

 やってしまった。

 

 公衆の面前。登校する皆の目の前で、翔吾に泣きながら抱きついてしまった。駐輪場なので、自転車を止めに来る生徒たちで一杯だった。そんなところで、大声で泣きながら翔吾に縋り付くなんて。そしてそんな姿を皆に見られてしまうなんて、死んでしまいたい。僕が元男だと知らない人から見たらただの痴情の縺れに見えただろう。それはまだいい。でも、元男だと知っている人から見たら、さぞ気持ち悪く見えたに違いない。そして、それはとても、翔吾に悪いと思った。元男と痴情の縺れだなんて、翔吾のイメージがガタ落ちだ。

 

「お主、やるのう」

 

 噂を聞きつけた上田さんが、早速教室で僕に詰め寄ってきた。

 

「聞いたよぅ。翔吾と抱き合ってたんだってぇ? やるねぇ。どうなの? 何処までいったの?」

 

 凄い圧で聞いてくる。

 

「ちょっと声が大きいよ。止めてよ。みんなに聞こえちゃう」

「何言ってんの? もうみんなとっくに知ってるよ。朝からその噂で持ちきりよ」

 

 僕の思った以上に、噂が広まっていたようだった。

 

「そうなんだ。困ったなあ。そーいうんじゃないんだけど」

「そーいうんじゃないって? じゃあどんな理由があって泣きながら抱きついたりするのよ?」

「い、や、そう言われても」

 

 どうにも上田さんは、僕が口を割るまで許してくれなさそうだった。

 

「そして1時限目は二人でさぼって、今来たわけでしょ? 一体何があってどうしたのよ?」

 

 ぐいぐい来る上田さんに困惑する僕を見かねて、井上さんが止めに入ってくれる。

 

「こら、そんなに迫っちゃ可哀想でしょ。安城くんは、話せるときが来たら話してくれるから。ね?」

 

 井上さんの大人の対応に感謝しながら頷く。

 

「わかったわよ。いい? ちゃんと話してよ。でないともう口聞かないからね!」

 

 上田さんは一応納得したみたいだけど、なんでそこまで言われなきゃならないのだろう。そう不思議に思っていると、井上さんが耳元で囁いてきた。

 

「あの子は、あれで安城くんの事を心配してるんだよ。わかってあげてね」

 

 そんな事を言ってきた。

 

「心配だったのか、あれ。面白そうな話題に飛びついた様にしか見えなかったけど?」

「ううん。そんな事ないよ。茶化してはいるけど、本当に知りたかったのは、安城くんが泣いていた理由の方よ。女の子になっちゃって色々と辛いこともあったのかなって? そんな事をさっき話してたのよ。私も気になってるしね。だから、何かあったら、あの子とか私にも遠慮なく相談してね」

 

 そうか。そうだったのか。翔吾との関係を面白がっている様にしか見てなかったけど、本当に僕の事を心配していたんだと初めて解った。突然女の子になって不安に思っている僕を見かねているんだ。そう思うと少し申し訳ない気がしてきた。

 

「うん。ありがとう。解ったよ。助かる」

 

 とは言ったものの、男たちに襲われて中出しされました、とは流石に言えない。知られるのがとても恥ずかしかった。

 しかしながら、翔吾には話してしまった。だってあいつ、何があったか話すまで此処を動かんとか言いやがるから。そのまま、自転車置き場にずっと居られたら、そのうち先生が来て、何事かと問い質すだろう。そうなったら大事になる。先生に事情を話すとかになったら、色んな人たちに僕が犯された事が知れ渡ってしまう。それはどうしても嫌だった。こういう犯罪は、きっちり裁きを受けさせる。それが正しい選択だとは頭で解っている。でも、人に知られるのは、それ以上に耐え難かった。だから仕方なく、誰にも言わない事を条件に、翔吾に事情を説明したのだ。

 

 それはそれとして、当面の問題は、錦戸たちである。

 きっとあいつ等は撮影した動画で僕を脅して、性奴隷にするつもりに違いないのだ。そんな事になったら僕の人生は終わりだ。

 

 そしてその時は直ぐに訪れた。

 

 昼休みに弁当を食べ終えた後、奴らは来た。

 大人しく従い、奴らと共に教室を後にする。

 教室から出る前に、翔吾をチラッと見る。

 翔吾もチラッと此方を見て軽く頷いた。

 

 錦戸たちに連れられて、人気の無い奥の階段まで来た。

「大人しく付いて来たところを見ると解ってるみたいだな」

「どうせ、動画で脅して、僕の身体を自由にするつもりでしょ?」

「理解が早くて助かるぜ。じゃあ早速」

「まあ待ちなって。僕は動画なんて怖くないよ。考えて見てよ? 僕は元男だよ。そんな動画が拡散されたところで、痛くも痒くもないよ」

 

 大嘘だった。これはハッタリだ。一時限目の授業をさぼって、翔吾と二人で考えた対策だ。動画拡散を脅しのネタにしてくるなら、それが脅しにならないようにすればいい。問題は、これが通用するかどうかだが。

「ほう? 強がるんじゃねえよ。元男だろうか何だろうが、恥ずかしいものは恥ずかしいだろうが?」

「動画、拡散するなら、僕は躊躇なく訴えるからね」

 

 毅然とした態度で、動じる所を見せず、相手に脅しを掛ける。相手は3人だ。そのうち一人でも脅しに乗ってくれたなら、此方の勝ちだ。

「この野郎、じゃあ元男でも恥ずかしくて表歩けない様な動画撮ってやるぜ」

 

 錦戸が僕に近付こうとするのを、スマホを掲げて制止する。

 

「それ以上近づかないで。会話は録音してるからね。錦戸」

 

 錦戸の足が止まり、躊躇いの表情を見せる。

「録音データはクラウドで保存されているからスマホ壊しても駄目だよ」

 

 勝負どころだった。相手が怯み、心に隙が出来た今がチャンスだ。

 

「僕からの要求は一つだけだ。金輪際、僕には関わらない事。いいね。これさえ守ってくれたら、僕は訴えるつもりはないから。悪い話じゃないと思うけど。別にお前たちに損はないだろう?」

 

 3人がざわつき始め、どうする? 的な会話が成される。

 

 やがて話がついたのか、錦戸が此方を向いた。

 

「わかったよ。もうお前には関わらねえ。けどよ、動画は消さねえぞ。動画は俺達の保険だ。お前が裏切って訴えたりしたら、拡散させるからな」

「わかったよ。持ってていいよ。精々ズリネタにしなよ。それぐらいは認めるよ」

 

 錦戸たちは、不満ながらもその場を立ち去っていった。

 

 勝った。何とか乗り切った。

 ガクっと身体が崩れ、廊下にしゃがみ込む。

 脚が震えて力が入らない。

 思った以上に緊張していたらしい。

 立ち上がろうにも、脚はピクリとも動かず、倒れないように手を廊下に付いて身体を支えるのがやっとだった。

 

「お疲れさん」

 

 後ろから翔吾が声を掛けてきた。

 

「お前! 見てたんなら、もっと早く出て来いや!」

 

 翔吾は、僕一人でやるべきだといい、翔吾自身は立ち会わないと言っていた。だから、見ていたとは思わなかったのだ。

 

「お前がひどい目に合いそうになったら飛び出そうと待機していただけだよ」

 

 さらっとそんな事を言う。

 そうか。翔吾は心配していたのだ。僕が危なくなったら助けるつもりだったのだ。

 

「ははは、そうか、ありがとうな」

 

 立ち上がろうとしたが、脚がまだ震えていて立ち上がれない。

 

「ほらよ」

 

 翔吾が手を出してくる。その手を取り立ち上がるが、バランスを崩して翔吾の胸の中に倒れ込む。翔吾の熱い胸板で受け止められ、抱きしめられる。

 

 凄く居心地が良かった。

 このまま抱かれていたかった。

 翔吾のぬくもりを身体で感じる。

 僕の中の不安な気持ちが、蒸発して無くなっていくようだった。

 

 翔吾の気持ちを確認しようと思い、顔を見る。

 彼はまっすぐに僕を見ていた。お互いの瞳が見詰め合う。

 

 どれぐらいの時間が流れただろうか?

 翔吾の鼓動を身体で感じる。翔吾も僕の鼓動を感じているに違いない。

 どちらの鼓動も段々と早くなっていく。

 

 何か話そうと考えるが、何も思いつかない。そして目も逸らす事が出来ない。

 二人で黙り込んだまま、抱き合っている。

 

 こんなところを誰かに見られては大変だ。

 そう思って、翔吾から目を離し、周囲を伺う。

 

 壁の影から二人の女子生徒が覗いていた。

 

 井上さんと上田さんだった。

 ニヤニヤと嬉しそうに眺めている。

 

「ちょっ! 何見てる! 見るな!」

「あー、お構いなく。どうぞ続きを」

「馬鹿野郎! 出来るか!」

「見られているのを解っても、まだ抱き合い続けているとは、これは本物ね」

 

 井上さんに言われるまで、まだ抱き合ったままなのに気付いてなかった。

 慌てて離れようとするも、翔吾が離してくれない。

 

「こら! 翔吾! 離せ!」

 

 翔吾を顔に手をやり引き剥がそうと藻掻く。

 

「ああ、悪い。悪い」

 

 軽くそう言って、翔吾は僕を解放した。

 

「つい気持ち良くてな」

 

 何が気持ち良くてなっだ。

 飛んだ恥をかいた。

 

「えー、もう終わっちゃうのー? アンコール!」

「アンコールじゃねえ!」

 

 上田さんにも困ったものだ。

 

「じゃあ、一件落着って事でいいんだよね? 昼休み終わっちゃうよ。そろそろ戻ろー」

 

 上田さんが明るく言って、教室の方へ走り出す。

 

 ん? 今一件落着って? 何が?

 

 走って行く上田さんと、後ろをついて行く井上さんを見詰めながら翔吾に問い掛ける。

 

「なあ、翔吾。もしかして、あの子たちに話した?」

 

「詳しくは話してねえよ。お前が困っているから相談に乗っていると言っただけだ。そして、よかったらお前を助けてやってくれってな」

 

 そうか。そうだったのか。

 上田さんと井上さんは何かを察しているんだ。詳細は知らないかもしれないが、僕の身にどんな事があったのかを。

 そして、その上で、その件について何も言わずに、あんな風にふざけて場を和ませてくれていたんだ。

 

 それは、凄くありがたい事だと思った。

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