錦戸たちは、あの日以降、僕に絡んでくる事はなくなった。
もう1週間以上経つので、もう安全に違いない。
しかし、それとは別に困った問題が発生していた。
それは、たまたま錦戸たちと廊下ですれ違ったときに感じた。
いや、実を言えば、もっと前から、錦戸たちに絶縁を叩きつけたあの日の夜から感じていた事だった。
だが、はっきりと僕自身が認識出来たのは、このときだ。
教室の移動中に、廊下で錦戸たちとすれ違った。そのとき、一瞬目が合った。
そりゃ同じ学校に居るんだからすれ違う事もあるだろう。それぐらいわかっていたはずだった。でも、僕の心の奥の方の、特に女性化した部分が、反応してしまった。
それは、「怖い」という感情だった。脳裏に、錦戸たちにされた事が過る。力づくで押さえつけられ、抵抗してもびくともしない男の腕力の怖さ。やめろと言っても聞き入れてくれない獰猛なオスの欲望。着ている服を破かれ、剥ぎ取られ、隠していた恥ずかしいところを凝視して興奮する男たちの眼。そして、貪り食われる僕の女の身体。僕の意志とは関係なく、嫌なのに感じていく女の部分。その女の快楽に飲まれていく僕自身。それらが一気に記憶の洪水となって襲ってくる。
とっさに、両手で胸を服の上から隠し、錦戸たちから距離を取る。
彼らは、一瞥した後、そのまま素通りしていった。
今後、僕に関わらない。その約束は守ってくれるようだった。
しかし、その事に安心しつつ、その一方で、どこか残念に感じている自分に気付いてしまった。
そう、僕は、いや、僕の女の身体の部分が求めてしまったのだ。
錦戸たちに犯されてからというもの、夜が寝付けなかった。それはあいつらに与えられた恐怖によるものだと思っていた。もちろんそれもある。それもあるが、実際に感じていたのは、犯される事を求めている身体だった。
そんな事は無いと、自分自身に何度も言い聞かせ、これはトラウマなのだと、怖がっているのだと誤魔化していた。女の身体になったとはいえ、元男の僕にとっては、男に犯されるの求めるなんて思いもしなかった。もちろん、男とやったらどんな感じなんだろうかという好奇心はあった。そして今のこれは好奇心なのではないのは明白だった。なぜなら僕はもう経験してしまっているからだ。
だから、これは、明らかに僕の女の身体が、男を求めているとわかってしまったのだ。
それからの数日、また錦戸に偶然会わないかと期待している僕がいた。
僕の意志が、僕の女の身体に乗っ取られていくようで怖い。
このままでは、無差別の男を求めるようになってしまいそうだった。男を求める気持ちは日に日に強くなっているのがわかる。経験してしまったからだ。それまではこんなに欲しいと思ったことなどなかった。
「誰だ。女の性欲は男より弱いって言った奴は」
まあ、僕の場合は元々男だから、男の強い性欲をそのままに女の身体になってしまったのかもしれないので、厳密には間違っていない可能性も無くはない。自分で何度も慰めているけど、一時的なもので、すぐに欲しくて仕方がなくなってくる。このままでは誰彼構わず抱かれてしまいそうだ。
「何が誰だって?」
不意に声が掛かり、眼の前に翔吾の顔があった。
「ひぁあああああ」
情けない悲鳴を上げて、椅子から転げ落ちる。逃げようとして脚を椅子に引っ掛けてしまったのだ。
「白か。わかってるな」
「見るなー!」
転げた際、スカートが捲れ、下着を見られてしまった。慌ててスカートを治して隠す。
「わかってるって何だよ」
「ん? いや、パンティーは白がいいだろう?」
「知らねーよ。お前の趣味だろ、それは」
「ははは、違いねえ。まあ、他の奴らの趣味なんか知ったこっちゃねえしな。ほら、立てよ」
そう言って、まだ床で尻もちを付いている僕に手を差し伸べる。
「ありがと」
その手を取って、起こしてもらう。
自然の流れでそうなったのだが、起こしてもらってから気がついた。
胸がドキドキする。
そんな、まさか、翔吾の手を握ったぐらいで何を僕は動揺しているのだろうか。
自分自身の動揺を意識すると、全身が熱くなり、顔が真っ赤になっているのが自分でもわかるぐらいになっていた。
「あっらぁ~ 安城くん、なに赤くなってるの~。めっちゃ赤いよ~」
「ひぃっ」
上田さんに一部始終を見られていた。そうだった。今は昼休みで4人で一緒に居たんだった。
「あ、ちがう! 別にそんな、翔吾がどうとか思って無くて、その、や、というか翔吾! 僕はもう女なんだから気軽に触るな!」
「あー? 別に手を引いただけじゃんか」
「そうだけどよお」
僕を見る3人の視線が、僕の気持ちを見透かしているようでいたたまれなくなった。
その場を逃げ出した。教室を飛び出し、屋上へ向かおうとした途中で脚を止める。
錦戸たちが屋上に居るかもしれない。
それは行きたくもあり、行きたくないもありで、階段の途中で躊躇っていた。
駄目だ。こんな一時の感情に身を任せては。自分を大事にしないと。この先、このまま女として生きていくならだ。
何度か深呼吸をして気持ちを落ち着ける。大丈夫。大丈夫だ。もう大丈夫。
最後にもう一度大きく息を吸って、ゆっくりを吐く。
落ち着いた。よし、大丈夫だ。
踵を返し、教室に戻ろうとしたら誰かにぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
ぶつかった相手を見上げると、翔吾だった。
「なんだお前かよ! びっくりさせるなよ」
翔吾を顔を見て、せっかく落ち着いた感情が乱れ始めた。
翔吾の身体を近くに感じて、それに男を感じて動揺する。
ふと、翔吾なら。そんな考えが浮かぶ。
こいつは女の身体しているなら、僕であっても抱けるといっていた。こいつなら、抱かれた後、どうこうなるようには思えない。錦戸たちのように、性奴隷にしようとか思ったりはしないだろう。彼女もいるし、間違っても僕に本気になるなんて事はない。なら、こいつで僕のこの衝動を解消できるのではないか? 翔吾に抱かれる事で、この気持ちが落ち着くなら、錦戸たちより何倍も、いや、何千倍もましというものだ。
「なあ翔吾」
「ん?」
待て待て待て、僕は今、何を言おうとした? まさか、抱いてくれとか言うつもりだったのか。馬鹿か。駄目だろ。駄目だ。完全に正気を失っている。
「な、なんでもないよ。戻ろ」
誤魔化しながら教室へと戻る。
その途中、翔吾がぼそっとつぶやいた。
「なあ、安城。お前、何かまた問題抱えてるだろ?」
「ふぇ? な、なんで? 別に、何もないよ」
鋭い。さすが翔吾。付き合いが長いだけある。僕の様子がおかしいと気付いていたようだ。
とはいえ、男に抱かれた過ぎて困ってるなんて言えるわけがない。
翔吾は、僕の言葉を全く信じていない様子で、僕の眼を覗き込んでいる。
「こら、あんまり見るなよ。恥ずかしいだろぉ」
本当はドキドキしていた。このままキスしてしまいそうになった。とっさに眼をそらし、顔を背ける。
すると翔吾は両手で僕の顔を捉え、強引にそっちを向かせる。
その力の強さに恐怖とともにドキっとした。錦戸たちにいいように嬲られたときの事が過る。そして全身が燃えるように熱くなった。
「翔吾!」
僕は耐えきれなくなり、翔吾に抱き着き、縋り付いた。