※この作品はR-18です。

輪廻   作:洗濯屋チャコちゃん

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 そこで1つ前の人生の記憶が終わっていた。実の父親が剣を抜き、一閃したところでだった。痛みは感じなかった。耐えられないからだろう。首を切り離されても、今わの際に父に向けて何か伝えたくて口を動かしたことだけは覚えている。

 

 いや、それは本当に1つ前の人生だったのだろうか。そうではなかった。目覚めれば次の生を享けていた。卵から孵化したばかりの魚が、別の魚に丸呑みされて終わるという、午睡に見る夢みたいな一瞬の生だった。

 

 それからは様々な生き物の生涯を巡った。どれも、食われたり、押しつぶされたり、焼かれたり、はたまた、噴火や洪水、何らかの化学的な事故によって幼いうちに終わる命だった。誕生と同時に臨終の前のお経を唱えられるような生涯。

 

(これが俺に下された罰、というものか。)

 

 仕方ないと思っていた。あの人生では、祖国の平和と繁栄とを守るつもりだったとはいえ、様々な悪事に加担した。獣欲が過ぎて魅力的な幼い娘の一生を台無しにしたりもした。

 

 だが、懲役はもう終わりを告げたのだろう。彼はヒトの子として生を受けた。母親の股から産婆によって引き出された時、神の教えは本当のことだったのかと得心した。

 

 しかし母親と産婆、その周囲で見守っていた姉は、明らかに違う人種だった。漆を塗ったように肌が黒く、赤茶色い髪の毛をしていた。

 

 ようやく自分の意思で這えるようになった時、鏡で自分の姿を確かめた。

 

(チンゼー人か?)

 

 違う。頬を撫でる空気はひんやりとして冷たい。1年中暑くなることは無かった。おしめ以外は厚手の毛織りの衣ばかりを着せられていた。家が貧しいのか1着だけだった。

 

 母や姉がしゃべる言葉を理解できるようになってから、いろいろなことがわかってきた。母は夫を持たぬ独り身の女だ。3つ上の姉と自分とは種が違うらしい。自分を含めて6人の子を産んだという。

 

 売春婦なのかと思いきや、そうではない。子供が10の歳に成長したら身分が高い家の奉公人として売るそうだ。下男下女の生産者、というわけだ。

 

 7つの歳になった。姉が奉公に入ることになった。この家がある集落から1トラッド離れた街にある商人にだ。もう会えないだろうからと母と一緒についていくことになった。母はお腹を大きく膨らませていた。

 

 半年ほど前まで、集落の男たちを家に引っ張り込み、薄暗い物陰でいそいそしい種付けを為していたのを姉と一緒に見ていた。男は決まっていなかった。精を吐き出した男はしがみついていた母を突き飛ばし、何も言わずに出ていく者ばかりだった。

 

 集落は影や闇が至る所にあった。それもそのはず、この集落は大きな渓谷の中にあったのだ。母と姉、それから町の商人からの使いとともに集落を出て、渓谷を抜け、どうしてそこに集落を作ったのかがわかった。

 

 空気は冷たい。肌寒いぐらいだ。なのに、日差しは痛いぐらいに照っていた。何もかぶらずにいると素肌が火傷を起こし、最悪、爛れて膿を出すそうだ。

 

「町も谷あいにあるのだよ」

 

 使いはいろいろと語ってくれた。この星の空から降り注ぐ光は、人間にとって恐ろしく有害だと。なので谷あいか森の中に町や集落を作り、生活しているのだと。

 

 初耳だった。母と姉に知っていたか、と尋ねてみた。何故そんな恐ろしいことを教えてくれなかったのか。母は言った。どうせ下僕になったら、一生町の外から出ないだろう。それがこの家に生まれた子供の定めだった。

 

(ひどく不自由な人生だ。体は悪いところが無さそうなのだがな。奴隷の中でも一番低い身分なのだろうか。この『母』は?)

 

 まだ30を少し過ぎたぐらいで、そこそこに見てくれの良い顔立ちをしているが、多産のせいか疲れ皺が目立っている。ずんぐりとした体型だ。子供を産むだけしか能がない、無知な女でもあった。

 

「1トラッドの旅路はとても長いの。町までは2晩かかるから、しっかりついてきてね」

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 谷を抜ければ、背が低い草ばかりが広がる平野だった。目的地までの移動手段は徒歩しか無い。素肌を晒せば火膨れを起こすような危険な空なのに。けれども冷たい空気と、ところどころに流れる冷たい川が救いだった。

 

 夕方もそろそろ過ぎそうなところで、最初の日に泊まる小屋にたどり着いた。土壁で板葺の屋根で、割としっかりしている造りであった。

 

 使いが荷物から米と辛味をつけた干し肉を母に渡す。その日の夕餉は肉粥だった。粗末でバリエーションに乏しい母の料理をうまいと感じたことは一度も無かったが、その夜のものだけは違った。

 

(肉の味付けが、だな。)

 

 前世で普段食べていた豪華な料理とは雲泥の差であるが、それでも舌は嬉しさを覚えた。ガツガツと食べてあっという間に一皿を平らげてしまった。

 

 食事の後は姉とともにすぐに寝かされた。母は使いと別の部屋だった。姉に抱きついて寝ていると、揺り動かされたので目を覚ました。

 

「聞いて?」

 

 母の喘ぎ声。『種付け』のときとは違う、心から楽しんでいる嬌声だった。

 

「お母さん、あの男の人としているよ?」

 

 のぞこう、と姉が呼びかけた。その部屋はドアで隔てられていない。寝ているふりをしながらのぞいてみると、使いと母は床に敷いた女の衣の上で、全裸でとっくみあっていた。

 

 丸まった母を男が後ろから抱え込んでいる格好だ。身重であるがだらしない輪郭をした体つきが激しく揺れていた。相手の腰使いとせがんでくる女の腰は、息がぴったりに思えた。2人は汗まみれだった。相当激しい性愛を長い時間続けていたのだろう。

 

「ねえ。聞いてくれる?」

 

 こちらのことに気づかずよがる母を見ながら姉が言う。

 

「あたし、本当は召使いじゃなくて、商人のお妾さんになるの。あかちゃんができるまで、毎日ああいうことをするのよ」

 

 妾にされるのは、引き取る商人の子を産むためだという。正妻が石女で妾も1人しか子を産んでいない。しかも娘だ。後を継がせられない。

 

 ただ、子作りは13歳になってからだ。姉はそれを条件に入れた。商人が姉を選んだのは、母が多産で、産んだ子供もなかなか死なないからだ。

 

(そういうことか。)

 

 商人は若く頑健で孕み易い妾を欲しがっていた。姉に白羽の矢が立った。男が放った精で尻を汚しながらも求め続ける母を見ながら、姉の未来のことを思った。

 

(交尾に狂うあの姿が、この家に生まれた女そのものらしい。)

 

 しかし、俺は?

 

(この人生で、どんな未来が待っているのだ?)

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 あっという間の出来事だった。次の日の昼頃。底が浅いが幅が広い、大きな川を渡ろうとした時だ。

 

 対岸から突如、黒尽くめの者達が姿を現した。川を渡ろうと裾をめくり、冷たい水に足をつけたばかりの使いと姉とが矢に撃たれた。

 

 絶叫した母も胸に数本、矢を食らって事切れた。使いの男と母。昨晩熱烈に求めあった男女は二度と睦み合うことはできなくなった。幼くして商人とそうした日々をこれから送るかと思われた姉も。

 

 しかし彼だけは違った。何かが飛んでくるのを見るなりすぐに身を伏せた。声を押し殺し、這いながら草むらに逃げ込み、黒尽くめ達が川を渡って来るのをうかがった。

 

 母と姉が殺された。でも泣き叫ぶことはしなかった。心を抑え込め。あの人生での30年で培った冷血をこの場で発揮しろ。右目からは涙がこぼれていた。

 

 彼らは川を渡り、死体の側に立った。そのうちの1人が男の遺体を蹴って顔に向けてつばを吐いた。

 

「ふん。デュギの者らは、これで全員始末したわけだ」

 

 デュギ。姉が妾として入る商人が住んでいるという町だ。この者達は彼でもわかる言葉を使っていた。つまりはこの辺の土地の者だろう。

 

「べイオルブ様に歯向かうからこうなるのだ」

「これであの町の者は全員討ち取ったわけだな?」

 

 べイオルブ。聞き慣れぬ名前だ。しかし彼は外の世界のことを教わっていなかった。あの集落の者らは一部を除いて姉弟らを忌避した。親しく付き合ってくれたのは、自分の家と同じく、下男下女にさせる子を産んで金を稼ぐ、母と同じ商売をする者の子どもたちだったからだ。彼らもまた、無知だった。

 

「1人、ガキがいないようだがどこへ行った?」

「あの町の者ではないだろう。気にするな。この母娘も見たことがない。南の集落の者だろう。交易商のソブヤンが妾として娶ろうとするのが、集落でも評判の美少女らしかったがな」

 

 しかし下賤な『産み女』の子供。そんな娘を嫁にと求める男はいないと聞いた。もう1人の者が姉の死体を川から引きずり出し、裸にした。

 

「……これならわかるな。もったいないことをした」

 

 割れ目に手を入れため息を付いた。

 

「もう貫通済みか。やはり、母親の血だな」

 

 姉が侮辱された。弟ならこの場で声をあげるだろう。でも彼はしなかった。耐えろ。自分の命が大切だ。冷静になれ。そう言い聞かせて涙をこぼす。しかし復讐の機会は巡ってくるのだろうか?

 

 が、ここで異様なことが起こった。1人の黒ずくめの者の左側頭部がいきなり穿たれ、砕け散った。

 

「なんだ! どこからだ!」

「デュライの家が嗅ぎつけたのかもしれねえ!」

「ちっ、デュライ家か!」

 

 男らは逃げようとする。しかし腕が、脚が、腹が、首が吹き飛ばされ、生き残っている者はとうとういなくなった。

 

(なんだ? 魔法か? 魔法を使ったのか?)

 

 彼は確かに目にしていた。黄色くぼやっと光る何かが、強い圧を伴って男たちに飛びかかり彼らの身体を撃ったのだ。

 

 敵はみないなくなった。起き上がると馬のような何かに乗ってこちらへ向かってくる一団がやってくるのを見つけた。手を振り上げて呼びかけた。

 

 助けてくれた者らは皆、ラクダとトナカイをかけあわせたような生き物に騎乗し、弩のような道具を手にしていた。中心にいたのは殺し屋達がデュライと呼んでいた一族の当主だった。

 

「小童。そこで倒れている女の子供か?」

 

 彼はうなずいた。助けていただきありがとうございます。しかし礼を述べる言葉は少なく、粗かった。

 

「……あの集落の『産女』だったか。母と姉を殺された。この男はデュギの町のソブヤンの……」

 

 ソブヤンは古くからの友だ。デュライ家の為にたくさんの援助してくれた。町がべイオルブ派の者らに襲撃されるかもしれないという情報を聞いて向かっていたところだったが。

 

「……なるほど。すでに時遅しか。しかし生き残っている者はまだいるだろう。シビラ、この子をお前の後ろに乗せてやりなさい」

 

 当主の後ろにいた者が進み出て降りた。彼を抱き上げる。顔を兜と布で覆っていたが、娘のにおいがした。

 

「わたしたちがついているから、もう怖くはないからね?」

 

 これが彼のこの人生での、転機と終わりとを決める出会いであった。

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