デュライの本拠からルデアまで、おおよそ一ヶ月はかかる。
大陸を北東の方角にわたる旅路となるが、進むにつれて暑さは増していく。
ルデアまであと5日、という距離にまで進むと、いよいよ耐え切れない暑さになっていた。湿度が増して蒸すのだ。
皆、長袖の上着をまとっていた。それが汗でぬれていた。肌を過剰に焼き、水膨れを引き起こす有害な日の光から身を守ってくれるのだが、むしろ不快さが増して脱ぎ棄てたくなる。
(なぜ夜に進まないのだ。日が出ていないし、多少寒いが昼よりも歩きやすいはずだが。)
星の位置を見て方角を確かめながら、日が沈む夕方から明け方までを移動に使えばいい。デリタはそう思った。
いや、彼は出発してから4日間そうしてきた。シビラはわかってくれた。しかしガルテナーハの軍勢と合流してから、夜の移動はできなくなった。向こうがこのような物言いをしたせいだった。
「ルデア救援の義勇兵を各村々から募るには、昼でなくてはだめだ」
「我々はベイオルブと戦うのだ。兵を募るなら暑い昼間がいい。助太刀をしてくれる村の勇者も、夜だと眠っているに違いないだろう」
その考え方もあるだろう。デリタは信じることにした。しかし義勇兵は集まらなかった。どの村もベイオルブの侵攻を想定して、固く籠もって守る方向だったからだ。
(ガルテナーハの名声を信用したが、この程度だったか……。)
とはいえガルテナーハは元々、5000の軍勢をこの軍に参加させていた。デュライの援軍1000や、他の有力豪族のを含めると、合計で8000近くだ。南の大陸ではなかなか集まらない数である。
しかし、ルデアを占領したベイオルブの軍はどうなのだろう。デリタはともかく、シビラさえガルテナーハから聞かされていなかった。
敵の数がわからなければ、戦いが危ういものになる。デリタは何度かガルテナーハ側の要人に聞いた。知らないの一点張り。
ではスパイを放って確かめているのかと聞くと、なんでそんなことをする必要がある、と素っ気なく返された。理由はこんなとんでもないものだった。
「術法の使い手ばかりの我々が、どうして単純な武術使いばかりのベイオルブの軍勢を恐れなければならないのだ?」
言われた時にデリタは激高してしまった。戦争のやり方を知らなさ過ぎる!
(諜報や斥候を用いぬのか! イーガ魔道騎士団の指揮官だったら即刻軍法会議ものだぞ! もちろん無期禁錮か死刑のどちらかだ!)
前世の『母国』と比べ、あまりにもひどい体たらくだ。よくぞこれまで、ベイオルブの攻撃を受けなかったと感心してしまった。
(あの時の俺があいつらを1000人でも連れていれば、ガルテナーハの軍勢など、1人残らず滅ぼしただろうな!)
つい、前世の自分と、手足にできた魔法戦士団のことを思い出して、その時は激高してしまった。ガルテナーハがこのザマなら、せめてデュライはとルデアに人を送った。しかしまだ帰って来なかった。
そうして今、この蒸し暑い最中の行軍だ。デリタは顔を伏せ、草花が茂った大地を眺めながら、首と背に布の覆いをかけた馬に乗っていた。馬も暑くて苦しそうに息をしていた。
(あと、どれくらいでルデアだ? せめて一番明るい時期は、天幕を張って休みたいものだが……。)
水なら十分にある。この辺りは川が多い。術法で清めなければ飲めないが、水浴び程度なら気にならない濁り方だった。毎日身体を清める機会があるのは、せめてもの救いだった。
「デリタ、ちょっといいですか?」
後ろからシビラが近づいて来た。においでわかる。このあたりに来てから、彼女は汗臭くなっていた。
武人にするには勿体ないと皆から言われる美人だが、肌が元々脂っぽく、汗っかきだからなのか、暑い気候の土地に来ると強いにおいを放つようになっていた。
「なんでしょう、シビラさん?」
「ほかの部族の武者からこのような話を聞きました」
ここから半トラッド北にある街で、ベイオルブの兵士の姿がたむろしているようだ。
「……もうこんなところにまで!」
「ガルテナーハは、次に入る集落で作戦会議を開くようです。貴方も参加してください。軍の動かし方は、廻生者である貴方のほうがよくご存じでしょうから」
シビラはこの旅で、デリタに前世のことを聞いていた。よろしくない内容については話さなかったが、戦争をしたことがあると語ってからは、あれこれと助言を求められるようになった。
そして到着した集落の会合所で、デリタはガルテナーハの主だった者達から今後の作戦を聞かされた。
まずは占領されたと思われる周辺の街や村を力づくで取り戻し、やって来た敵本隊を迎え撃つ。敵の陣容はまだわからないが、勇戦敢闘すれば、必ず打ち破れるだろう。
「待ってください! それではあまりにも無謀過ぎる!」
デリタは思わず叫んでしまった。せめて計略を立ててください。敵を湿地や谷間に引き入れたり、二手に分かれて挟撃する段取りを。
「この地域は川が多く、沼地もあります! 地形を利用して戦うのです! 船が足らなければ徴発し、敵が攻め込んだ時に橋を落とし、囲い込んで潰すことができるでしょう!」
できれば敵を分散させるように誘い込み、各個撃破に持ち込みたい。情報こそ無かったがデリタには想像できた。遠征軍ならば1万程度の数ではない。こちらの数倍の数はいるだろう。
しかしデリタの説得は、ガルテナーハの者達の耳には届かなかった。若造が何を言っている。彼の論は不快な雑音そのものにしか聞こえていなかった。
会議は終わった。手始めに、ベイオルブが占領した近くの村を解き放ちに行く。デリタはそこで、彼等がうぬぼれる理由がわかった。
術法の使い手ばかりがいるガルテナーハの戦士は、確かに強かった。その村にいたのは200人ほどだが、ものの10分で敵軍を壊滅させ、ベイオルブの軍勢から村を奪い返した。
討ち取った敵の隊長らしき者の首を槍に刺し、勝利の雄叫びをあげる彼等を見てデリタは思った。
(なるほどな。これなら得意がるのもわかる。)
しかし、この交戦で村人にも犠牲が出た。広場には逃げ遅れた者の死体が転がっていた。術法のとばっちりを喰らった者ばかりである。老人や子供の屍。
逃げ切って戻って来た村人たちは、ガルテナーハの戦士達に重い視線を投げかけていた。
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戦いの日の夜、ルデアに向かわせた斥候が、やっとのことで戻って来た。デリタとシビラは敵の陣容について尋ねた。
「このたび派遣されたのは、海軍と上陸部隊のようです」
上陸部隊には、急ごしらえの橋や柵を築く工作部隊が多く含まれているらしい。ルデアの街の周囲には、いくつも仮ごしらえの物見台と防柵が築かれていた。
どうやらベイオルブはルデアを、本格的な南の大陸の侵攻拠点にするつもりのようだ。
港には軍艦と輸送船がひしめき合っているという。市民の中には乱暴な兵士に殺されたり、娘や妻を輪姦されたりしている者がいるようだ。
「敵の総数は?」
「ルデアには……1万程度。聞いた話によりますと、2万の兵が既に上陸し、半分を周辺の制圧に向かわせているらしいと」
「総大将は、誰なのでしょう?」
「上陸作戦ですし、多分、アルルーマではないか、と」
アルルーマ。ベイオルブ軍の中核を担う三元帥のうち1人だ。魔族の血が流れていると言われ、優れた魔法戦士でもあるという。
北の大陸では聖者大公に麾下の四将軍を討たれ、自身も深手を負わされたが、魔光王ウルティーマからの信任が厚く、三元帥の座から外されなかった。
アルルーマについて、デリタはこう聞かされていた。上陸作戦と橋頭保構築の名手。必勝を期したベイオルブ軍が放つ先手衆には必ず、彼女が指揮をとる。
「……ベイオルブは本気のようですね、デリタ?」
「……」
デリタは声が出なかった。これからの戦いは、本気になったベイオルブ軍の洗礼を受けるかもしれない。
(正面衝突はとんでもない。奇策が必要だ……。)
何か良い手はないだろうかと考え始めた。