デリタはルデアに潜伏する事にした。このままガルテナーハに従って戦っても、力攻めで無理強いさせられるからだ。敵の強さがわからなければ身が危うくなる。エムラの身が心配でも、無駄に命を投げ打つ真似はしたくなかった。
それとベイオルブ軍がどのような備えで、どういった出自の兵士や武将によって構成されているかも知りたかった。戦いに勝つ為にはまずは敵を知ることから。前世でも肝に銘じていた事をやっているだけだ。
デリタはたった一人でルデアに入っていた。潜伏する為に偵察隊を後ろから襲って鎧兜と持ち主たちの認識票を奪った。それが役に立った。ベイオルブの末端は案外、雑な扱われ方をされていることを知った。名前さえ言えば容易に入れてくれるからだ。
(しかし、俺一人でというのが、何とも辛いな。)
行く前に何人か声をかけたが断られた。ガルテナーハが指揮をとるときは、敵陣深くまで忍びを放つを軽んじられるそうだ。正々堂々とやりたいらしい。あの単細胞どもは。
目も欲しければ手も欲しい。前世の自分ならば、それこそ敵軍の真っ只中で破壊活動を行う優秀な部下達がいたのに。いかにも頼りない。
ああもし、愛し焦がれたあの女が一緒にこの世界に来てくれていたなら。デュライの当主に匹敵する武勇と魔法の使い手だったから、あのデブ女の首を獲るぐらいやってくれたはずだ。
潜伏してから2日でようやく今、彼は敵の総大将の姿をこの目で確かめた。かつては陣頭指揮を行う猛将だったようだが、今は見てくれも見苦しくなっていて身体も動かしづらいようだ。だが魔道の使い手だという情報があった。舐めてはかかれない。
ではどうするか。隙を見て討つしか考えが無かった。阿呆そのものだがそれしか手が無かった。時間をかければ料理人を篭絡してあの女が食べるものに毒を混ぜたりできたかもしれないが。
そう思った矢先にガルテナーハが攻撃を仕掛けてくれた。好機が訪れたのだ。斥候として伝えに行って本人とも話した。様子をうかがえられた。あの女はどこか焦っている気配があった。
そうなれば、これからどうすればよいか。デリタは考えた。
(先手衆を勝たせよう。驚いたアルルーマは本気を出すはずだ。自分から打って出るに違いない。)
デリタは第一の防塁に向かった。既に激しい戦闘が始まっていた。術法士はいなかったがガルテナーハ勢は猛攻に出て土塁に登っている。数は少ないが1人で3人や4人の敵兵を相手にする猛者ぶりだ。
だが、多勢に無勢である。デリタは気配を殺して、このあたりのベイオルブ軍の本陣を探した。土塁から50メートルほど奥にある、柵に囲われたのがそこだった。
(確か、このあたりの守将は……。)
防備の最前線ならば、アルルーマの覚え目出度い武将に違いないだろう。手前のテントに人気が無かったので彼は鎧と兜を脱ぎ、代わりに薄汚れた布を身にまとい、顔を隠した。下級兵士の寝具のようであまりにも嫌なにおいをしていたが、我慢した。
そしてテントを出る。彼だけにしか使えぬ力を使って柵を打ち壊す。前世で覚えていた魔法だ。
(重圧の魔法がいいだろう。)
指先で空に何かをかいただけで柵の下の土がへこみ、崩れた。綱は切れ、木材はひしゃげて割れた。前世で試した時よりもだいぶ威力があがっている様に思えた。
突然の出来事に兵士たちが驚きの声をあげた。汚い布に身をくるんだデリタを見て、ガルテナーハの刺客だと口々に叫んだ。
(まさにその通りだ。この姿を見たからには1人残らず死んでもらうぞ!)
素早く柵の内側に入ったデリタが、最初の1人の首を斬り飛ばした。跳んで回転しながらもう1人を斬る。兵士が落とした剣を拾うとそれに替え、次々と敵兵たちを斬り裂いた。
「敵襲! 敵襲!」
デリタに討たれつつある兵士が、やっとの事で叫ぶと本陣にいた守将が腰を上げた。白髪がだいぶ進んだ、いかつい容貌の老女騎士だった。アルルーマが信頼する古株の1人、エスメラルダである。
「どこからだ?」
「東側の大きな音がしたあたりからです。何名か応援に向かわせております」
「ガルテナーハめ。陣に潜伏させていたとはなかなかやるようだ。猪武者ばかりだという評判は、どうも違うらしい」
エスメラルダは悠然とした様子で椅子に座った。本陣狙いの奇手に動じてこの場を動こうとしたら、アルルーマへの面目が立たない。
(私は誰だ。不動のエスメラルダだ。死を前にしても動じぬ肝の持ち主ゆえに、アルルーマ様から信頼されているのだ。)
そう自分に言い聞かせ、遠くから聞こえる荒武者たちの怒鳴り声を聞き、南の空を飛ぶ鳥たちを眺めていた矢先だった。
「お逃げくださいーッ!!」
絶叫と共に大きな轟炎がエスメラルダの背後を焼いた。やっとの事で立ち上がった彼女は、残り火がついた草や燃え上がる天幕を見て声を発した。
「面白い! これが、南の大陸の武者たちのやり方だというのか!」
彼女は目の前に刺していた槍を手に持った。かかってこい。気配があった。柄を回わす。真向いから飛んできた剣を弾いた。
「術法使いか! なかなかに慣れているようだな!」
声と共に散っていた兵士たちが彼女の元に集まりだした。彼女の周りを固める。だが、それが相手の狙いだった。
彼女たちの周囲にばりっ、という音が鳴り出すと、彼等の剣や鎧は一斉に違う相手のそれとくっつきだした。エスメラルダも兵士たちも身動きが取れなくなった。不可解な術法だった。
「なんと面妖な! 南の大陸にはこのような術法があるというのか!」
違う。これはデリタの前世の世界の魔法である。金属に磁力を生じさせてくっつかせる術式だ。金属を鍛えたり加工する種族が得意とする魔法だった。
身動きが取れなくなった相手を見てその襲撃犯、つまりはデリタは確信した。だが抜け出す方法を見つけられる前に屠れ。そう言い聞かせて手元にあった剣を投げた。
強い磁力を得ていたそれは、エスメラルダの兜へと吸い込まれるように飛んだ。女守将の口蓋から、勢いよく血が噴き出した。
□ □ □ □ □
エスメラルダの討ち死によって、一の防塁の指揮系統は瓦解した。アルルーマの援軍や二の防塁からも増援が出たが、ガルテナーハはこれ幸いと全軍で打って出て、それを押し返してしまった。
ベイオルブ軍はルデアの街に押し込まれる格好となってしまった。士気は阻喪し攻め返す為の準備も滞った。だが全体的にベイオルブ軍には余裕があった。
そもそもルデア市は、海に突き出た地形に築かれた街である。海からの攻撃は厳しいが、陸での戦いなら持ちこたえることができる。それに、制海権はベイオルブが握っていた。本国や別動隊に要請すれば、多面攻撃を仕掛けることもできるだろう。
だが、総大将のアルルーマは焦っていた。突如として爆炎が起こり、頼みの綱にしていたエスメラルダを討たれたからだ。彼女は外郭の防備を担当していた武将らを集めてきつく詰った。
「おめおめと敵方の刺客を潜り込ませるとは、どういうことなの?」
誰もがだんまりを決め込んだ。前情報で奪還軍を指揮するガルテナーハは、そういった工作を嫌う猪武者ばかりだと聞いていたからだ。
しかし防塁の攻防で、敵方も多数が戦死した。南の大陸の者と思われる遺体をざっと見たが、300以上はあった。但し、ベイオルブ軍はその10倍近くである。
「本格的な決戦でもないのに、これほど犠牲者を出すとは! 私は陛下にどうお詫びすればいいのよ?!」
武将たちは心の中で毒づいた。知るもんか。そもそも傷が癒えておらず、身体もおかしくしているアルルーマが無理を言って総大将の座を取ったのが良くない。
(体調が優れぬのであれば、後方で指図をすればよいものを……。)
(醜く太った『行き遅れ』風情が。そうまでして陛下の寵愛を受けたいか?)
アルルーマが美しかった時、王と密通をしているという噂があった。三元帥の1人となったのも、王の愛人となり閨で口説いたからだとも。
そう思わせる程かつてのアルルーマは、誰もが羨望する美女だった。だが今の彼女には、かつての姿は見る影が無い。美貌で人を惹きつけた者は、それを失うことでカリスマも無くしたのだ。彼女に絶対の忠誠を誓うのは、一部の女武将や女騎士だけだった。
両軍は膠着。かくして時が、いたずらに過ぎて行く。するとルデアの街は風紀が乱れ始めた。街の至る所で市民への暴力や略奪が起こった。夜は輪姦され、泣き叫ぶ若い娘の声が街中に響いていた。
再びベイオルブ軍兵に変装し、市中に潜伏していたデリタは、酒を飲み路地でだらしなく寝転がる兵士たちの姿を見て思った。
(一斉放火や内応を仕掛けるちょうど良いころ合いだが……ガルテナーハは門を閉じたままだな。)
時は今、という状況なのにである。アルルーマも街で一番の邸宅に閉じこもったきりで、部下を引き連れて巡回していないという話も聞いた。反攻も準備が滞っているようだ。
とうとう籠城となってしまった。これはベイオルブ軍側に有利になるかもしれない。増援が来たら挟み撃ちだろう。そうなれば、ガルテナーハに勝ち目は無い。
(また派手に暴れるか……いや、使い過ぎるとかえって味方に疑われる。)
デュライの婿とはいえ、そもそも自分はデュギの集落の最下層の、『産み女』の子だ。ここで英雄みたいな真似をすれば出自を理由にして排斥してくる者が出てくるだろう。
デュライの家は名声もあり、頼りになるが、ガルテナーハや他の大物らが敵にまわればどうなるかわかったものではない。ベイオルブとの戦いの後に内戦などとは、最悪の展開になるぞと彼は恐れた。
(ここは、目立たぬことを心掛け、じっとしておくか。)
今のところガルテナーハには、エスメラルダ暗殺の犯人は自分だとはバレていないようだった。
唯一わかりそうなシビラには既にこう伝えてあった。潜入したはいいが協力者が連れて来てくれた女に性病をうつされて寝込んでいる、とガルテナーハのお偉い方に言っておくれ。つい先日、シビラの言伝を預かった市民がデリタのもとに来て教えてくれた。
「ガルテナーハの方々はいまだ、デリタ様をあなどっておいでです」
安心して次の機会を狙えるというわけである。彼は街の北にある港に向かった。増援の船が来ているかを確かめる為にだ。夕方を過ぎていたがどれだけの数の船が繋留されているか確かめることができるだろう。
港に入り、倉庫が並ぶあたりをうろうろとしていたその時だった。港のほうから若い女の、助けて、助けてという声が聞こえてきた。
デリタは立ち止った。その声が近くなった。
(まさか、エムラお嬢様か?)
その声の主の女の顔を見て、デリタはため息をついた。白い肌で金髪の女だった。自分と同じぐらいの年頃だ。しかし女は普段着で、薄い胸元を出した普段着だった。
「助けてください! 襲われそうなの!」
女の後ろにはベイオルブ軍の警護兵たちがいた。デリタに向かって呼びかけた。
「ひっ捕らえろ! その娘は空賊の密偵だ!」
「なに!」
デリタは駆けだした。その娘を素通りして、ベイオルブ軍の兵士たちに襲い掛かった。片づけるまでそんなに時は経たなかった。
「……同じベイオルブ軍のなのに、どういうことなの?」
「僕はガルテナーハの工作員だよ。デイリタ=デュライという。君は空賊の関係者だったか?」
娘はうなずいた。よく見れば目鼻立ちが柔らかで、男に好まれそうな顔つきをしている。
「うん。オベリア=カシャ。オリナス=カシャと言えばわかる? 私のお父さんよ?」
記憶の片隅にあった名だ。空賊団を率いる幹部のうち1人だ。戦死したルッツ=ウォーリジアス程有名ではないが、長いことベイオルブと戦っていると聞いた。
「そんな大幹部のお嬢さんが……でもなぜ普通の娘の恰好をしてルデアの街に?」
オベリアは目を見開いた。それから、デリタが屠った兵士たちの亡骸から目を背けて言った。
「私はルデアの街のみんなに告げにやって来たの。南の勇者バーフレアが、街を助けに飛んでくるって。もうそこまで来ているの。明日にでも、北の空から助けに来てくれるわ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。