南の勇者バーフレアが来る。しかも、空賊を大挙引き連れて。
天祐のまた天祐だ。これ程まで運が良くまわるとは。デリタは神に感謝したくなった。今度ばかりは神に感謝しよう。
(この大陸からベイオルブの連中を残らず追い出して、早くリアザお嬢様と子供たちに会いたい。お腹の中の赤ん坊も、そろそろ出てくるところだろう。)
思いのままにならない味方ばかりの戦いにはもう飽きた。こんなことなら自分は豚になるのが良かった。惰眠を貪りたい。子供たちを可愛がり、リアザの愛情と柔らかい身体に浸りたい。
だが、大事なことを忘れていた。エムラの行方だ。ゼムの妻妾や子供たちの多くは、デリタがルデアに潜入した後ぐらいに奪還軍によって保護された。シビラが矢文で教えてくれた。
だが、その中にはエムラの姿は無かったそうだ。妾の1人が彼女の行方を教えてくれた。3年ほど前に空賊たちのたくましさに発情して、ゼム=ガルテナーハの元から逃げたそうだ。初めて聞く話だった。
兵士たちの遺体を目立たない場所に置きながら、幼い頃のエムラの顔と声をデリタは思い出す。手伝わず茫然としてその様子を見ていたオベリアに尋ねた。
「オベリア。エムラ=デュライという女の子を知らないか? 僕が仕える家のお嬢様で、幼い歳でゼム=ガルテナーハに嫁入りさせられたんだ」
「エムラ……ごめん、わからないわ」
「3年ほど前に空賊たちに憧れて、ガルテナーハの屋敷から抜け出したそうだ。本当に知らないのかい?」
オベリアは遺体からはぎとったまだきれいな布で手をぬぐうデリタを見ながら考え込み、それから口を開いた。
「そういえば……聞いたことがあるわ。ルッツ大将から。ゼム様からとてもいい贈り物を貰ったけど、乗せていた船がはぐれてしまって勿体無かったなって……」
とても淫らで美しい少女だった。その名前がエムラだった。オベリアから聞くと彼は拳を握りしめた。
(何が淫蕩だ? 術法士の卵、名家の娘だぞ……!!)
眉間にしわを寄せて歯ぎしりするような真似はしなかった。この娘の心証を悪くすると思ったからだ。いずれ中つ国に潜入し、エムラを探さなければならないだろう。
「わかった。とりあえず市内に行こう。協力者の所に案内する。君はみんなに伝えてくれ。でも、逸る真似をしないよう釘も刺してくれ」
「逸る? 街中でも決起すれば、ベイオルブ軍はきっと大混乱よ?」
「そうする為には準備が必要なんだ。剣や弓矢が必要なんだ。でも、街の人たちは武器を取りあげられて食料も管理されている」
「武器はほかにもあるじゃない?」
「ご丁寧にもアルルーマのやつは、投げる石も兵士たちにかき集めている。だから街の人たちをあてにしてはいけないよ。でもガルテナーハの軍はあてにできる」
君を送ったら自分はそれを知らせに行く、とデリタは言った。
□ □ □ □ □
夜。
オベリアを協力者の家に送り届けた後、デリタは街の防塁を抜けてガルテナーハの陣に戻った。
ガルテナーハの本陣では酒盛りが行われていた。その中に入ってデリタは準備を進めるよう伝えると、長の1人が立ち上がり、身をかがめて彼の顔をのぞいてきた。
「その話は本当かぁ? 嘘をついたら承知しねえぞ?」
太った醜いその男の、酒臭い息が彼の鼻に突いた。それにもうろたえず相手の目をじっと見据えてうなずくと、長は彼の髪をわしづかみにしてくしゃくしゃと乱した。
「おっし! その話は信じるからな! 明日の朝に触れを出すからよく寝とけ。決戦の前に酒と女が欲しけりゃ俺に言え! 適当なのを見繕ってやるからな!!」
「どちらもいりません。すごく疲れてますので……」
デリタは一礼して天幕を出た。それからデュライ家の陣に向かった。
デュライ家の天幕の出入口が見えると、胸元を乱したガルテナーハ家の男が出て来た。
「ルデアの街での潜入ごっこは楽しかったか?」
侮蔑の色を浮かべて笑う。デリタは会釈しただけで去ろうとすると、大きな手に肩をつかまれた。
「ルデアでは風呂あがりのいいにおいがする女を散々抱いてきたんだろう?」
「してませんよ」
「嘘をつけ。そんなに若いんだから毎日やりたがるのもわかるぜ? 俺は2日に1回だがな」
ガルテナーハの陣には500人近くの女の兵士がいる。しかし彼女たちは表立って戦わない。武器の手入れや食事の準備、けが人の手当などだ。
しかしもう1つの仕事があった。従軍する兵士たちを、乳房と股で労うことだ。南の大陸では軍に加わる女は皆そうしている。ガルテナーハのみならず、デュライの家もそうだ。
当主の娘はそうではなかったが、閉経間近の女や夫に死なれた未亡人は、戦いが起こると慰安婦として軍に加わるしきたりだった。せめて死にゆく勇士の胤を宿し、父の死後に産み育てることで血を繋ぐ役を担うの為にだ。
「うらやましいもんだ。俺は風呂に入らぬ臭い女とばかりだぞ。挿れて放つだけ。女の股や尻穴の味を楽しめんから物足りんよ……いまさっきも楽しんで来たばかりだがな?」
言われてデリタは気が付いた。シビラのかぐわしくも汗臭いにおいが、男の身体からぷんぷんと漂っていたからだ。
「離せッ!!」
激高したデリタは男の手を振り払った。げらげらと笑う男を背に、天幕の中に入った。
胸元をはだけた格好のシビラが水桶をまたいでしゃがみ、海綿で太もものあたりをこすっていた。
鍛えられた太い腿に眩しさを感じた。シビラは年増だが十分に美しい。彼女と目が合った。表情からは恥じらいはうかがえなかった。
「見苦しいところを見せてしましたね、デリタ?」
シビラの胸元は案外谷間があった。いや、かなり豊かなほうだ。デリタは後ろを振り向こうとした。けれども身体は動いてくれなかった。
「あの男もいつ死ぬかわからないのです。少しの間だけでも戦いを忘れる慰安を与えなければなりません。それが女のつとめですから」
「それは君もだろう?」
シビラはうつむいた。恥じらっていた。彼女も快楽のひと時を楽しんでいたのだ。デリタの身体はやっと後ろを振り向くことができた。
「いや、君は務めを果たしているんだ。悪いことじゃない。僕だって潜入なんかしなければ、酒を飲んで浮気をしているだろう」
それよりも大事な話がある、と言ってから間が起こった。シビラの服の生地がすれるおとが近づいたからだ。
それから2つの柔らかいものがひっつくのを背中で感じた。それと嗅ぎ続けたくなる女の汗のにおい。シビラの腕がデリタの肩と絡まった。
「デリタ、大事なこととは何なのですか?」
「南の勇者が、空賊たちを引き連れて海から攻めてくるんだ」
股が力強くなり、熱くなっているのをデリタは感じた。
「そうでしたか。この戦いも、いよいよですね?」
「そうだ。明日は決戦だ。君も僕も生きて帰れるかわからない。言い寄った男と寝て楽しむことぐらいはしてもいいんだ」
シビラはため息をつき、デリタに胸を強く押しあてた。肩に絡んでいた腕が彼の腹にまで伸び、指先が細やかに動き出した。
「では、今夜は枯れ果てるまで、私と楽しみませんか?」
シビラは股の奥を熱くさせていた。さっき閨で一緒になった男に馴染まされ、広げられたそこがデリタを欲しいと言っていた。半開きになっていたそこからよだれが垂れ、彼女の腿にこぼれた。
デリタはこの女を抱きたいと思った。剣の師匠とだ。陰茎がはちきれんばかりに硬くなっていた。
思えば女の肌と触れ合うのは、軍に加わってから一度も無かった。行軍の最中は大便のついでに手でこすって放っていただけだった。身体と心が渇いていた。
でも彼は、シビラの腕をほどいた。
「いや、そのお誘いは戦いが終わってから答えを出すよ」
「……」
「それとね、シビラ。欲を満たしてから戦うより、欲をかかえたまま戦いに臨んだ方が生き残れると聞いたことがある」
シビラに言っているのでは無かった。自分に言い聞かせているのだ。
それから彼は右の拳で、自分の強く脇腹を叩いた。痛みで情欲をごまかすためだ。
「この戦いが終わったら、ちょっとだけ羽目を外そう。勝利の喜びが過ぎてつい致したであれば、リアザも許してくれるよ」
シビラはふふ、と笑った。
「リアザお嬢様が怖いのですね?」
「そうかもね。じゃあ、おやすみ」
デリタは天幕を出た。今夜は義兄のアラズルムのところで寝かせてもらおうと思って歩き出すと、さっきの男がうろうろとしているのを見かけると声をかけた。
「やり足りないのか?」
「ふん。見りゃわかるだろ?」
デリタは男の股間の盛り上がりぶりを確かめると、にやりと笑い、
「……シビラはまだ悶々としているよ。やり足りないってさ? 一晩中相手をしてあげたらどうだい?」
「おい、随分と悪い顔ができるんだな、お前?」
「そうか? これでも普段の笑みと同じだが?」
「いや、ひどい笑い方だ。まるで人殺しが悪党のそれだな。悪くはないよ」
デリタは前世の自分の『顔』に戻っていた。嬉しそうに走り出す男を見て思った。
(お前は多分、明日の戦いで死ぬ方だ。明日は決戦だ。せいぜいシビラの子宮に遺児を宿してもらうよう、おねだりをするがいいさ。)
その大事な戦いの為に、この世に思い残すことが無くては困る。今のデリタには沢山あった。
シビラとの逢瀬もそうだが、エムラを探して見つけ出すのもそれだ。
それと、あのベイオルブのデブ女が泣き叫びながら命乞いをするところも見届けなければならない。自分とデュライ家の、愛と平和を乱した敵国の大将の無様な姿を、是非とも目にしたかった。
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