ルデアの街の方角から騒々しい音が起こえ出したのは、翌日の夜明け前のことだった。
デリタは義兄と共にテントを出た。まずはシビラの天幕に向かうと、女の汗のにおいを漂わせていたガルテナーハの男が、上半身裸のまま出て来た。
「デュライのガキ。何が起きている?」
「わかりません。街のほうで騒動が起きているようです」
「反乱か。好機だな。叔父貴達を起こして総攻撃を仕掛けるように強く言おう」
男はそのまま向かおうとする。上に着ていたものはどうするのだとデリタが問うと、
「シビラへの贈り物だ。下着もある。悶々としている時に嗅いで自分を慰めてもらう為にな」
天幕からデリタだけを呼ぶ声が聞こえて来た。入るとシビラは急いで身体を拭い服を着ているところだった。生命の渇きを満たしきった彼女はいつもの顔に戻っていた。
街のほうで蜂起が始まったようだとデリタが告げると、シビラは寝台に立てかけていた剣を取ってこう言った。
「デリタ。急ぎ鎧をまとって出ましょう。街の人たちが心配です」
「同じです。でもまずは協力者たちが使いや矢文で知らせてくれているかを確かめましょう」
急ぎ武装を整えてガルテナーハの陣に行くと、族長たちは1人の男をデリタ達に引き合わせた。顔を見知っている協力者だ。
「蜂起は始まっております! 街の男達はこん棒や包丁で作った槍を持ち、中心地に集まりベイオルブの打倒を叫び戦っております!」
デリタが尋ねた。
「こんな話は無かった。誰がそんなことを薦めたのです?」
「オベリアという空賊の娘に勇気づけられてですよ! 剣や弓が無ければ似たものを作ればいい。家にはパンの生地をこねる棒があれば包丁だってある。家にあるものを使って武器を作り、戦うことこそが男の責務だと励ましてくれたんです!」
デリタの心の中の前世の自分が、その姿を現していた。それは憤怒の形相で立っていた。
(救いようの無い馬鹿だったかッ、あの小娘はッ!)
蜂起するのはやめさせろと釘を刺しておいたのに。それどころか、自分から火に油を注ぐ真似をするとは。
所詮は賊。所詮は野蛮な荒くれどもの中にいる女、と思いながらも、彼はオベリアのことが心配でならなかった。
「急ぎ出撃をお命じください。先手組には僕が入ります」
ガルテナーハの族長たちはデリタの申し出を受け入れた。だが、うち一人、昨晩デリタに詰め寄った、太った男がこう告げた。
「だが、敵に最初に槍をつける誉れはお前には渡さんよ。弟のモーニが受け持つことにするからな……おい!」
そのモーニが、呼びかけられて前に出て来た。上半身は素肌なのに甲を着こみ、巨大な剣を背負っていた。デリタは驚き、シビラは意味ありげにはにかんだ。
「よう、デュライの入り婿。そういう訳でよろしくな?」
昨晩シビラと楽しんだあの男だった。
□ □ □ □ □
先陣の最先頭にデリタとモーニは立っていた。ベイオルブ軍は街の入り口に盛り土と石垣の塁を造り、固く守っていた。
矢がまだ届かない距離で様子を見ていたデリタに、モーニは背中に負っていた大剣を手に持ち、彼に言った。
「事前に話した通り、俺が一番手を務める。勿論、街への乗り込みも一番目だ」
「自信満々なんですね。僕は死ぬのが怖くてたまりませんよ」
「なに? お前程の歴戦の武人が、そんなふざけたことをほざくのか?」
(突然なんだ? ふざけているだと?)
デリタが驚いた顔でモーニを見る。
「俺のナニでよがりながらシビラは教えてくれたぞ。だいぶ殺しを経験しているそうじゃないか?」
それは事実だ。小競り合いばかりだが、デリタは10や20は戦いを経験していた。遠くから使う術法では間に合わず、剣を抜いて打ち合ったことも度々だった。
「それとまだガキの頃に、砦に押し寄せた盗賊に襲われて生き残ったんだってな? あいつの臭い股を舐めてやったら、そんなことまで白状してくれたよ」
「なぜシビラが、モーニ様にそんなにべらべらとしゃべるんです?」
「知らなかったのか? 俺はあいつの幼馴染だ。一緒の道場に通っていたんだ。俺の方が5歳年下さ。兄貴とは15も歳が離れているがな」
シビラは28歳だとデリタは聞いていた。改めてモーニの顔を見たが、その若さだとは意外だった。よく見てもとうに三十路を越しているように見える。老け顔だったのだ。
「でな、シビラは道場で一番の美人で名。俺の他にもたくさんの男どもが言い寄ったのさ」
「わかります。シビラは別嬪ですからね」
「まあ、デュライの家人になった時にはもう処女を散らしたようだがな。お前がルデアの色町で女漁りに耽っていた頃、俺遺骸にもシビラと寝た奴は何人もいる」
その中に自分の兄もいるとモーニは笑った。あの男はどんなに汚くなった女の叢や皴穴を遠慮なく舐めるから、シビラはつい股を開てしまうそうだ。
「だったら、もう恋心は失せたでしょう? 尻軽女なんだから」
「いいやそこがいい。俺はあいつを妻にしたい」
モーニは剣を構える。視線の先はベイオルブの塁だ。
「婢女に何人かガキを産ませているが、あいつに俺の子を産んで欲しい。俺は強い子が欲しいのだ。そしてどれだけ俺が強いかを今、お前にも見せてやる、デリタ」
モーニは走り出した。敵陣から矢が飛ぶ。しかしモーニはそれに怯みもせず突っ込んだ。敵の陣地まであと少し、という時に、デリタは彼の身体から何かが放ちだすのを感じた。
シビラと同門。シビラも確か術法が仕えたはずだと思い出し、やっと理解した。
(……こいつも、術法使いか!)
わかった時、モーニはその答えをデリタに見せてくれた。
「うおらああァッ!!」
叫ぶと同時に剣の先が地面に叩きつけられた。一瞬で敵の塁で爆発が起こり、いくつもの千切れた腕と首とが空高く舞い上がった。
「これがガルテナーハの法術、爆撃打だーッ!!」
荒々しく叫ぶモーニにまた矢が飛び込んで来た。彼は大剣をぶん回してすべて叩き落とし、ルデアの街に乗り出していった。
(凄い男だな……。恐れ入った。)
デリタの中の『彼』は間違いを認めた。モーニは多分、ここで死にはしないだろう。今のあの男には、死神が寄り付きそうにも無い。
デリタも遅れてルデアの街に突入した。ベイオルブの鎧騎士を剣で殴り殺している最中のモーニに言った。
「本丸はゼム=ガルテナーハの館でしょう。アルルーマはそこにいるはずです」
「言われなくてもわかっている!」
「でも僕は、蜂起した市民たちが心配です。先に行って彼等の様子を確かめて来ます」
デリタは一番騒がしい、中央広場に向かった。
□ □ □ □ □
立ち上がった市民は3000程だった。男だけでなく女もいれば子供もいる。
けれども、アルルーマは迅速な指揮を執って、たちまち彼等の数を半分近くにまで減らしてしまった。
中央広場では、即席の武器をつかんだままの死体が転がっていた。鎮圧の指揮を直接執っていたアルルーマは、彼等にこう呼びかけた。
「なぜ立ち上がった? お前達は武器を奪われ、軽々しく抗うことができぬようにしたはずなのに、何故このようなみじめな武器を作り、自分から死ぬ様な真似をした?」
自分にはまるで理解できない。そう吐き捨てて彼女は足元に落ちていた即席の槍を拾おうとした。
しかし、太り過ぎた身体では、かがもうとしてもできなかった。護衛の
太った身体ではかがんでそれを取れなかった。左横に控えていた護衛のドローネが、アルルーマの代わりにそれを拾い、手に持たせた。
「よく見るがいい! これがお前達の象徴だ! 南の大陸の民など、軍勢など、所詮は偉大なる魔光王陛下の敵ではない! その代理人たる、この三元帥のアルルーマ=ルグリアが改めてお前達に慈悲を与えてやる!」
武器を捨てて大人しく家に戻れ。南の部族の連合軍が、一人残らずベイオルブ軍に葬り去られるところを見届けるがいい。
だが、市民達は誰一人として武器を捨てなかった。その一団の中心からの高い声が、アルルーマの耳に届いた。
「馬鹿ね! 笑わせないで!」
若い娘の声だった。アルルーマは出ろ、とその声を出した相手に呼びかけた。一人の華奢で小さな影が前に出た。金髪で肌が白い。南の大陸の人種では無かった。
「……小娘。名は?」
「オベリア=カシャよ!!」
「この大陸の者ではないわね?」
「三元帥アルルーマ、お前を殺しに中つ国からやって来た!」
挑発的な物言いにステファニーとドローネが眉をしかめた。しかしアルルーマは動じず、余裕を感じさせる笑みを浮かべていた。
「殺す? この私を?」
「南の大陸の男たちに『おかま』はいないわ! 命知らずの勇者たちばかりよ! 徒手空拳で立ち上がり、あんた達の支配に抗っているの!!」
オベリアは腰のベルトに差していた短剣を抜くと、切っ先を天高く掲げた。それから高台にいるアルルーマにそれを向けた。
「例えここで討たれたとしても、後の世の人々は私達を英雄だと褒めたたえてくれる! 名誉は死よりも大事なのよ! そしてここにいる男達は、女達は、魔光王の終わりの始まりの礎となるわ!!」
市民達は武器を握りしめ、構え直した。蜂起した手前、共に立ち上がった仲間たちのうちの半分が討たれた今、屈服するぐらいなら彼等のあとを追う方が良かった。いや、ここで死して勇者になろう。
「……面白い」
アルルーマはつい、口に出してしまった。あの娘はなかなかに胆力がある。魔法の才などは感じられなかったが、魔光王のお目に留まる何かがあると思った。
だが、蜂起は鎮圧せねばならぬ。アルルーマは自分の境遇を悲しんだ。無謀にも戦いを挑んだ市民達と、正面切って言い放ったオベリアを一人残らず仕留めなければならない。自分は帥だ。これは戦争なのだ。
「アルルーマ様、この後はお任せください」
ドローネが言う。しかしアルルーマはかぶりをふった。
「この私自身が手を下す。あなた達は見届けなさい」
アルルーマの身体から、強い『力場』が起こった。彼女の頭上に火の玉が起こり、それは段々と膨れ上がった。
「……ッ!!」
魔法だ。オベリアはナイフを懐に構えた。それからぶつぶつと唱えだした。
だが、その火の玉が急激に大きくなると詠唱を止めてしまった。防ぎきれない、と彼女は呟いた。ならば皆と共に死に、南の勇者にその仇を討ってもらおうと思った時だ。
何かがアルルーマの足元で弾けた。勢いよく石畳の破片が飛び散り、アルルーマやその側近たちを殴った。彼女が頭上に作っていた火球は、急激に
「いきなりとは、何奴!」
叫んだステファニーが周囲を見渡す。その中央広場の南西にある低い尖塔の上にいた人影は、彼女に右手の人差し指を向けていた。
「さっきは外したが、今度こそ『磨丸』でお前達を消してやる」
デリタだった。彼はその尖塔に潜り込んでいた。彼の指に蓄えられた術法の力が解き放たれた。ステファニーの上半身が消し飛び、アルルーマも吹き飛ばされて地面に転がった。
「多分、あの塔だ!」
狙撃場所の見当をつけたベイオルブ軍の騎士が叫ぶと、兵士たちが大挙して向かった。デリタは飛び降りた。遠目からは血迷ったかの様に見えたが、彼はロープを胴に巻いていた。
着地するとアルルーマ目掛け、一直線に走り出した。その間に印を切る。ベイオルブの兵達の足元から、精霊たちの力を借りて生み出した火柱が起こって大混乱となった。
オベリアは最初、何が起こったのか把握できなかったが、こちらに向かってくる彼の姿を確かめて呼びかけた。
「デリタ!!」
「オベリア! 助けに来た! いい演説だったよ!」
褒めたが内心は違う。余計なことをしやがって。あの女は要注意人物だと彼は思った。下手に人を引き付けると感じた。
混乱に乗じてアルルーマを撃つ。冷静さを取り戻した騎士達がデリタに斬りかかった。
白刃をかいくぐる戦いになるだろうと思い、彼は持っていた剣に魔法の力を込めていた。相手の腹をひと薙ぎすると甲はざっくりと割れ、腸が出た。
「アナタ、魔法戦士だったの?!」
オベリアが問いかけ、市民たちが喝采の声をあげるがデリタは気にしなかった。向かってくる敵を次々と斬り、立ち上がろうとしたアルルーマの尻を叩き切った。
「うああっ!!」
「覚悟しろ、三元帥アルルーマ!」
お前を仕留めてやる、と意気込んでもう一太刀を浴びせようとしたその時だ。
兵士が放った矢が、デリタの右肩に深々と刺さった。思わずうずくまると彼はたちまち敵に取り囲まれた。
手負いの状態で四方八方と切り結びあい、ベイオルブの兵を恐れさせたが、次第に彼は身体の力を失い始めた。その矢は毒が塗られていたのだ。
(くそ……そのぐらいの用意はしているというわけか。治癒魔法を使う時間が欲しいぞ!)
視界がぼんやりとする中で、アルルーマが部下に抱えられて逃げるのを見た。あと少しのところだったのに。
「デリタ!」
自分に呼びかけるオベリアの声を聞きながら、敵の太刀をその腕ごと斬り飛ばした彼は、その場でばたりと倒れた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。