(……夢か。)
デリタは現実に引き戻された。窓から明るい光が差し込む部屋の1人きりだった。
見たのは前世の自分が弄んだ娘の記憶だ。しかしエムラの姿は記憶に無かった。夢が見せてくれた幻というものと言うべきか。
すん、と鼻を鳴らした。この部屋がやけに湿っぽくて、濃い臭気が漂っていたからだ。まるで男女の激しい情交が行われた後に思えた。
しかし、今の自分はそうでは無かった。あの広場で倒れてから何かが起きて、ここに運ばれたのだろう。命だけは助かった。
けれども気持ちの良い実感を伴っての夢は、自分の身体を元気づけているようでもあった。すぐに起き上がれた。多少は身体はだるかったが、なぜか軽いと感じた。
(だが、どうして何も着ていないのだ?)
寝ていたシーツはびっしょりと濡れていた。ところどころ垢もこびりついている。こんな暑い土地で数日間、身を清めなかった己の体臭に眉をしかめた。
部屋を見回し確かめた。調度品の数々は美麗で、壁に張られたタイルも、宝石の様に輝いていた。彼が寝ていた寝台はとても大きかった。
金がかかっている部屋。偉い身分の者がいたなのは、はっきりと伺えた。
意識がもっとはっきりとしだすことで、嗅覚がもっと鋭敏になった。男女のにおいだが自分のそれだろう。自分の股間から放つ
でも、女のにおいはわからなかった。どこかで嗅いだ記憶はあったが、どこの誰なのかは今すぐには思い出せない。
(しかしな……。)
この寝台にはどこか、なつかしいものが感じられた。しょっちゅう身近にいて、就寝前の自分の部屋にやって来て身を寄せながら話しかけた女の子の匂いによく似ていた。
だが同時に、古くなった男の脂の臭気というのも感じられた。胸の奥が急に痛くなった。
(ここはまさか、エムラお嬢様の……?)
この美々しい部屋の装いであればわかる。だが、そうと決まった訳では無い。思い違いもあるからだ。
ベッドから起き上がったデリタは、自分が何も身に着けていない素肌なのに気が付いた。股間はうなだれていた。エムラの様な匂いで性欲を閉じ込められたのだろうか。
だが、妙に充実した時間を過ごした様な、自信に満ちた満足感がそのあたりを包んでいた。シーツや掛け布を確かめたけれど、遺精の痕跡は見つからなかった。
しかしここはこの部屋が、誰の家の一室なのかを知りたかった。
「おい、ここはどこだ! 何故僕をこんな部屋に閉じ込めている!」
扉が開いた。粥を入れた皿を持っていた金髪の娘だ。オベリアというあの娘だった。
「お目覚めだった、デリタ?」
彼女は裸身のデリタを見て、目も伏せなかった。股間のあたりをしきりにじろじろと見て、にやにやとしている。
デリタは思い出した。自分の身体が何一つ身に着けていないことを。そう思うと縮こまってしまった。
「……品性を示しているつもり? 男らしくないわ」
「だったら勃たせて抱けとでも言うのかい?」
「抱け、という言い方も男らしくないわ。ここは股穴をいただく、と言うものよ?」
デリタは考え直した。この女は空賊の娘だ。毛布を腰にくるもうとすると、オベリアはテーブルに皿を置きながら笑った。
「恥ずかしがる事なんてないわ。アナタのそれ、割と見栄えが良くってよ?」
「これでも2人の子供がいるんだ。もうすぐ3人の子の親になるのさ」
「なら、戦者の狂喜に浸るのもできるわね?」
オベリアは皿を向こうに追いやってその上に乗った。脚を広げてスカートをめくる。久しぶりに見る女のそこだ。
美しくて可憐な外見とは違い、うっすらとした毛に覆われたそれの形は、どこか男慣れした感じがした。露を少し垂らしていたが、ほんの少しチーズに似た匂いの中に、男の精のにおいがかすかに混じっているように嗅ぎ取れた。
「生臭いものを見せないでくれ。食欲がなくなる」
「舐めたりしなくてもいいのよ。一緒に楽しんで、この中で存分に放ったらおなかぺこぺこになるわよ?」
「……そんな気分じゃないんだ。そこをどいてくれ。粥が食べたい。眠っていた間の話を聞きたいよ」
ふふ、とオベリアは笑い、それを指で広げてみせた。かすかに漂っていた男の精のにおいが、誰のものなのかがわかった。
「寝てる間に楽しませてもらったわ、デリタ!」
「そういうことだったか」
オベリアは指をその奥に挿れた。ねっとりとした感情を見せる事も無く、平然とした様子でデリタを誘惑せしめた。
「おおよそ12時間、アナタが寝ている間に楽しませてもらったの。ずっと勃ちっぱなしだったわ。すごく溜まっていたのね? 寝言でののしりだして怖かったけれど」
寝ていたデリタは、前世でおもちゃにしたあの娘にかけた言葉を口走っていたのだ。そこだけは歯がゆかった。
「すまない、いや、寝ている人を犯さないでくれ。淫魔でもあるまいし」
その名前を聞いてオベリアはおや、と首を傾げた。
「淫魔? ふうん。アナタ、あの種族のことをご存じなのね?」
「おい、待ってくれよ……」
この世界にもいるのかとデリタは思った。彼の前世では別に珍しくもなんともなく、街を歩けば必ず人間に化けた彼女たちに会えたものだ。
「ワタシもおばあちゃんから、その種族の血を引いていると聞いているわ」
「そうだったのか。だからご先祖の真似事をしたというわけか?」
「この世界にはワタシの様な特異なご先祖様がいる人はたくさんいるわ。アナタはあまり存じていないようね?」
オベリアは自分の下半身を指で弄びながら言った。自分は好色ではあるものの、四六時中やりたくなる程ではない。せいぜいが人の倍夢中になるというだけだ。
「精から元気をいただくこともあるけれど、それ以外は普通の女と変わらないわ」
「だから君は演説だけで、人の心を動かせた、という訳か」
「その言い方ってひどいわ。さあ、どっちにするの?」
デリタは置かれた皿とさじをとった。オベリアは小さく舌を見せるとテーブルから降りた。
立ったままさじで粥をすくう。麦と米が入っていて、細かく切り刻まれた肉と根菜が混ざっていた。塩と香辛料で程よく味付けされ、深い皿のそれをたちまち平らげてしまった。
「景気よく食べるのね。とっても男らしいわ」
「おいしかったからだよ」
「あっちだけじゃなく、どこもとっても男らしいのね?」
「寝ているところを犯して、僕を男と見るようになったのか?」
「あれは助けてくれたお礼よ。気にしないで。物足りない? おかわりを持って来ようか? それともベッドで続きをする?」
「身体が汗でかゆい。風呂がいいよ。でも君は一緒に入らなくていいからて……ところでここは? 僕が知っている協力者の家では無いようだけど?」
ゼム=ガルテナーハの屋敷だと彼女は答えた。この部屋は彼が囲っていた、幼い妾にあてがわれた部屋だったらしい。
(やはり、エムラお嬢様の部屋だったか……。)
沈鬱な顔になるとオベリアが覗き込んで見つめて来た。心配そうな目をしていた。
「何かあったの?」
「いや、戦いに勝ったのだと思ってね。アルルーマは?」
「討ち果たしたわ。南の勇者様が。落ち着いたらアナタに会いたいって言伝があったわ」
デリタは服を持ってきてくれと頼んだ。風呂場に向かう為にだ。オベリアはにんまりと笑った。
「そんなの男らしくないわよ? 男だったら全裸で外を出歩くぐらいの胆力を持たなくちゃ? アナタの股間のご立派なものが泣くわよ?」
空賊の娘の価値観には付き合いきれなかった。
□ □ □ □ □
屋敷の大きな風呂場では、あのモーニに出くわした。
彼は酸っぱいぐらいにシビラの汗のにおいを漂わせていた。勝利の後に我を忘れて盛っていたのだ。彼はデリタの股間をしげしげと見て、
「そりゃあデュライの入り婿になるわな! がはははは!」
「やめてください。僕が生まれた集落じゃ、ぶらさげているものは、小さいと言われるぐらいですよ」
「おうおう! そこは南の勇者様が若い頃、よく訪れたところだったらしいぞ! まさかお前、その落とし児だったりしねえだろうな!」
「……そんなわけ無いですよ」
モーニにおちょくられながら身を清めた後は部屋に戻った。新調された服と鎧とが置かれていた。ただ剣は無かった。
それを着た頃に湯上りのにおいを漂わせたシビラがやって来て、勇者のところに向かうと言ってデリタの手を引っ張った。バーフレアはかつてのゼムの部屋を居にしていた。
「シビラ、バーフレア様とは一体どのようなお方なんだい?」
「会えばわかるかと思います」
「それじゃあわからないよ。教えてよ」
シビラは答えぬままデリタを部屋の前に連れて来た。名乗りを上げると中から入れ、と声がした。
デリタは初めて勇者の姿を見た。色黒くいかつい体つきをくつろいだ恰好で包み、敷き詰めたクッションの上で酒を飲んでいた。
だが、英雄というには清廉の気配は無かった。彼は左右にに若く美しい娘を侍らせていた。上半身裸で乳房を晒し、口元と下半身は薄い絹で覆っていた。
「シビラ。そいつがデリタか?」
はい、とシビラは答えた。
「デリタ様は単身で広場に潜入し、空賊団のオベリア=カシャ様とルデアの蜂起者たちをお救いになられました。デュライ本家の婿様でございまして、ご当主様の覚えもめでたく……」
「その辺でいい。そいつにしゃべらせろ」
ひどくぞんざいな様子で言い放ち、南の勇者はデリタを手招きした。
「こっちこい」
デリタは言われた通りに近づくと、バーフレアは起き上がって彼を思い切り殴った。
デリタは悲鳴をあげながら倒れる。シビラとバーフレアに侍っていた娘たちは、まるで見たことが無い光景を、口を開けて見ているだけだった。
「なぜいきなり殴るんです、バーフレア様!」
「オベリア様を止めなかったからだ! 危険な真似をさせるんじゃないッ!」
勇者ともあろう者があの娘を、様と呼ぶのだ?
「オベリアは、いったい……」
バーフレアは起き上がろうとするデリタの胸を踏みつけた。
「察しろ! 気安く呼び捨てするな! オベリア様を助けたからって俺はお前に甘くないぞ!」
(これは、俺の方が上だと示そうとしているのか?)
やることが餓鬼だ。英雄では無く蛮雄だ。糞忌々しいと思うと、デリタの顔に『前世の自分』の影がさした。バーフレアは眉をしかめて足を離した。
「なんだ? いきなり悪党の顔をしやがる。ヘンな奴だな、お前?」
「『
「なに?」
デリタはゆっくりと口を開いた。前世の記憶がある。本当は一国の王子だったが、そう言うと笑われて馬鹿にされるだけか逆鱗に触れてもっと殴りつけて来るだろうと思ったから、その国の小さな領主の倅だった、答えた。
「……魔法王国の領主の倅だと? さっき、魔光王の手先みたいな顔をさっきしてたぞ?」
「いいえ。僕は領主の倅でした。魔法で関わる、いろいろな仕事をしておりました」
魔法で関わる仕事。デリタの前世はその『天才』と呼ばれていた。但し明るいものは数えるほど無かった。
諜報に調略。闇討ちや毒殺を含めた諸々の暗殺に、腹の中の胎児や幼い子供を用いた人体実験や様々な悪事をだ。
だが、シビラの手前、そのようなことは言えなかった。隠し通すべき前世の自分の『闇』だ。
「けど、その国の名前はどこかで聞いたことがある……確か、俺の死んだ仲間の1人も『
その名前の国と戦ったとある王国の、鬼族の戦士だったと言っていた。350年近く生き、その最期はデリタが口にした国の王との戦いで、毒矢を射られて命を落としたのだと。彼の前世の、200年ほど前に生きた人物だった。
(俺の前世と同じ世界から来た者もいたのか! しかもその国は、俺の国の敵だったところだぞ!)
随分な機縁だと彼は思った。でも死んでくれてよかった。生きていたら殺し合いになったかもしれないだろう。
「なかなかに妙な縁があるのだな。ところで聞きたいのだが、お前の生まれたところはどこだ?」
デリタの生まれた集落。つい最近までその名を知らなかったが今は知っていた。
「バフラの集落です」
「あそこか。なら……シドラという名の、『孕み女』は聞いたことがあるか? 今年で確か……38、いや39だったかと思う」
「シドラ、ですか?」
その歳頃であれば母の名だ。
だが姉のティッタと共に母は命を落とした。デュギの街へと向かう中、『孕み女』の命を輝かせる仕事を見物した、あくる日だった。
「……もしかしたら、僕の母さんかもしれません」
そうか、とバーフレアは嬉しそうに笑った。
「いい女だった」
バーフレアは感慨に耽っている様だったが、恋人という響きは無かった。体のいい性欲を満たす相手の様に聞こえた。
「12の歳に俺はあいつで女を知った。凄く良かったから3か月、あいつをに溺れた。それから15の歳に、嫁が子を宿してさせてくれなかったからあいつを呼んで、離れの小屋に住まわせて4か月も住まわせてやった。身体はみっともなく無かったが、俺が溜めていたものを全部受け入れてくれた。最高の女だった」
(こいつ、何が言いたい? 俺がお前の息子じゃないのかとでも言いたいのか?)
だが、デュギの街はデリタが7歳の時に皆殺しに遭った。街の者はバーフレアの同い年ぐらいの正妻と二番目の妻を守り切れなかったと聞いている。
バーフレアだが、4人の子供がいた。全員がまだ幼い娘だった。母子共々、輪姦された挙句に串刺しにされたらしい。
「おい、デリタ。あのシドラの息子だったら俺の元に来い。北の勇者バーリンデンに会わせてやるぞ」
魔光王の都、アルケデアでとバーフレアは言った。
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