絶頂を覚えたオベリアは、身体をますます寄せてくるようになった。耳や首筋を指でくすぐられたり、あまり膨らみが無い胸を押し付けたりとやりたい放題だった。
(……淫魔の餓鬼が。)
でも彼が『知っている』女は全員、オベリアみたいに満足するとこのようにからかって来るものばかりだった。貞淑なリアザもそうだ。
(そういや彼女は、こう言ってたな……。)
前世で最も愛した女が言ったことを思い出した。女がこのようにする場合は、一休みしたらもう一度のしかかかって絶頂に導いて欲しいものなんですよ、と。飽きるのは体力が尽きた時だ、とも。あの世界の悍ましい程の体力を持つ人種の血が流れていたから、そう言ったのかもしれなかったが。
オベリアの囁きや触れ合いで股間を悩ましくしたまま、デリタはミロンド島にたどり着いた。あの島で今日の分はもういいや、と思えるぐらいに放ったのに、股間はすっかり持ち上がってしまっていた。
だが、降りた場の周囲にあるものは、下半身にあった血を上半身に送り返す魅力を持っていた。
(驚いたな……。)
茂る緑の中に崩れた遺跡群。崩れてはいるがそこそこに形を保っていたのは、神殿あるいは住居だろうか。しかも石づくりではなく、固めた砂か何かで建てた様なものだった。
触るだけでどれだけ練って密度を高め、堅牢にしたのかがわかる様な感じがした。
「すごい年月が経っているはずだし、塩害もあっただろうに、どこもつるりとしているな」
「中つ国でも一部の建物に使われているわ。空賊の砦もこれで造っているの。製法はミロンド文明の頃から変わらないみたいだけど……」
「そうなのか? こんなものを作れるミロンド人とはどんな人たちだったんだろうな?」
「前世の記憶を持つ人がたくさんいた、と聞いたわ。ミロンド人は建物に使う材料のことを、『コンクリート』と呼んでいたそうよ?」
その名前を聞いてデリタは目を見開いた。前世で一番愛していた女の名前を口に出した。オベリアが誰、とデリタに尋ねた。
「僕のたった1人の息子を産んでくれた人だよ。尊敬するべき相棒でもあった。その人も『
恐るべき科学技術を駆使した兵器や洗練された戦術を用いて、数千万人の兵士が殺し合う地獄の様な世界だったとデリタは彼女から聞いたことをオベリアに話した。エムラやリアザにも語ったことだった。
「そんなに多くの軍勢が! 神話の世界の最終戦争みたいね!」
「目を輝かせるところか? それと、君も淫魔の血を継いでいるんなら、人が何を思っているのか読めるんじゃないのか? 今、その人の事を思い浮かべているのだから、映像となって見えているんじゃないのか?」
「……無理よ。ワタシは人の心を動かす魔法が少し使えるだけよ。ご先祖様が使えたらしい、人の頭の中を覗き込む魔法や、一瞬でどこかに飛ぶ魔法は使えないの」
それを聞いてデリタは安心した。オベリアは本当に血が薄くなっているからだ。不思議な色香や男を搾りたてる穴の造りはあの種族とまるで同じだが、一番恐れるべき術が使えないとなれば安心できる。油断はしないが。
「空賊の基地はどこにあるんだい?」
「北にある山よ。『
「その鍵はどこにある?」
オベリアは自分の指で左の胸を示した。
「心の臓に術法として埋め込まれているの。止まれば爆発する。そういう仕組みだからね?」
「……なるほど」
つまりは乗り手と乗り物とは一蓮托生か。それが『空賊』なのだな、とデリタは思った。
□ □ □ □ □
基地までの道のりにも遺跡が沢山あった。もしかしたらあの中には古代文明の優れた遺物があるのではないか、とデリタは心を時めかせたが、さっさと行こうと手を引っ張るオベリアのせいで諦めざるを得なかった。
そして山の基地に入った。ベイオルブ軍が建てた砦と空賊達があちらこちらに堀ったトンネルがそれだった。
入り口に来ると空賊達が出迎えてくれた。いかつく頼もしそうな男ばかりだが身なりが汚く、誰もが頭にフケや虫を散らしていた。白い生地の服はもれなく黄ばんでいた。すえた臭いがするものだからデリタは気になって仕方が無かった。
「おかえりなさいませ、姫様」
空賊達はオベリアのことを口々に、姫、姫と呼びかける。誰もが尊敬の眼差しを投げていた。カシャ家は本当に王家なのだとデリタは認めるしか無かった。
「ところで、そちらのお連れさんは?」
「南の勇者に認められた戦士よ。名は、デリタ=デュライというの。術法を駆使するとても強い男よ?」
「なるほど! ということは姫様の未来の婿になる男ですかな?」
そこはデリタが否定した。既に妻子持ちだと言った。男達は驚いていた。嫁はいるにしても子供がいるのか、その歳で?
「南の大陸の者は早死にするから、祝言とお産は早いうちに行われるのよ。バーフレアだってそうじゃなかった?」
「中つ国とは違って、子供の内は尻穴にとどめておくと言う文化が無いんでな、姫さんよ」
門の向こうから現れ出てそう答えたのは、当のバーフレア本人だった。彼はデリタに近づくと、頭をこつんと叩いて皆にこう言った。
「ついでに言っておくと、俺の倅かもしれねえ疑惑がある若造だ。こいつの母親って言うのがな、一度抱いたら忘れられない、とんでもなくいい女だったんだ」
カンに触る言い方だ。デリタはこの男に対して秘めていた反感を顔に出してしまった。それをあざ笑うかの様にバーフレアは嫌味ったらしく笑った。
「一時期そいつを妾代わりにした。で、十月十日後にこいつとその姉が生まれたってわけさ」
「へええ。浮気者のバーフレア様が2度も孕ませたがるなんて、一体どれだけいい女だったんですかい?」
空賊達がデリタの顔をじっと見ながらニタニタ笑った。娘っこみてえに可愛い顔をしてやがると言う者もいた。
(そんなにお前達の国は、美少年とやらがいないのか?)
前世はともかく現世では、顔など気にする事は無かった。デリタはあまり鏡を見なかったし、他人と容姿を比較する事も無かった。武芸を、知識を、術法を学び、小規模な戦いに明け暮れ、女に好まれたいと考えた事も無かった。
「こいつがこんなおきれいな顔だったら、バーフレア様のお気に入りだった『便器女』は、さぞかし美しいお方だったのでしょうなあ!」
下品な冗談が飛んできた時、オベリアが前に出て皆に呼びかけた。
「お黙り! そこまでにしなさい! デリタは優れた戦士なのよ! 敬意を持ちなさい!」
空賊達はにやにやと笑ったまま黙りだした。彼女の声に魔力というものを探りだしていたデリタだが、今の声には魔力を感じられなかった。今のは、家柄が為せる技だった。
でも、空賊達とは違いバーフレアは別だった。彼は一瞬眉をしかめてからこう言った。
「姫様。俺には話させてくれ。こいつの母親について続きがある……頭がイカレていて、俺を楽しませている間に、自分の事を古代王国の末裔だと言ってたよ」
(おい、不吉な言葉を口にするな、バーフレア。)
デリタの『前世』は、その古代王国とやらの末裔の警戒に終始した。何せ自分の家の元々の主だったからだ。そのしがらみのせいで自分の国は、王自らが剣を取ってその仇と戦い続けなければならなかった。
武勇一辺倒で魔法はろくに使えないが、兵と騎士の数だけは多い大国と何度もやりあった。負けこそはしなかったが、武将も民もたくさん死んだ。あるいは、歴代の王のうち何人かが戦死した。そのうちの1人に建国者の名があった。
だから、古代王国という言い方は、デリタの中では、特別に忌まわしい響きに聞こえたのだ。
「古代王国、ですか?」
「そうだ。お前やシドラには家の名前が無いはずだ。だが、あいつはそれがある、と言っていた。バフラの邑じゃあいつはただの『孕み女』として家の名を名乗る事は許されなかったが、あいつはそれを持っていると言った。とっくに滅んだある一族だけが持っていた家の名だ」
その名はハーラル。1000年以上も前にあった、デリタの邑やデュライ家の領地のあたりを治めていた、大きな王国の家の名であった。
あの辺りに王国があったのまではデリタは知っていた。
「ハイラール王国の者だけが許された家の名ではありませんか?」
しかし、とうに滅んだハーラル家を母親は名乗っていたとは。そもそも証拠はどこにあるのだろう。自分の身体にはありがちな整った形のあざは無いし、それを示す品も家には無かった。
(顔立ちはとても良かったが……世が世なら自分がご令嬢だのお殿下様だったのに思っていたとはな。だったらティッタ姉さんも姫様じゃないか。やはり気が狂っていたのだな。)
男の性欲を満たして子を産み、それを売る苛酷な生を余儀なくされた女の慰みにも似た妄想なのだろうとデリタは思った。
「しかし、僕は何も受け継いでおりませんし母がそう語ってくれた記憶もございません。本当にただの妄想か何かでしょう?」
「シドラの奴は俺のナニで喘ぎながら語ってくれたんだ。それだけだ」
バーフレアはデリタの頭に手を置いた。
「デリタ。嘘でもいいからこう流すぞ。古代ハイラール王国の末裔が、魔光王を打ち倒すために戦いに加わった、とな」
そうして他国からもっと支持を集める訳だ。それほどまで大がかりな宣伝をしなければならぬほど、戦争が激化していたのだろうかとデリタは思った。
(だが、そのやり方ではかえってベイオルブに警戒心を与えるぞ? 硬く守られたら魔光王の首を獲り辛くなるだろが?)
策を巡らせるなら俺に貸せ。心の中の前世の声でそうつぶやきながらデリタは言った。
「信じるとお思いですか? そんなとっくに滅んだ、しかも覚えている者が殆ど無さそうな王国の名前を、今更持ち出したって、誰も振り向きもしやしませんよ」
「だが、南の大陸の連中なら覚えているだろ? 俺だってちゃんと知っている」
「とっくに忘れていますよ。そんな国、あったよなぐらいです。でしたら僕が入り婿となったデュライ家の名前を出したほうがよっぽど通りますよ。ガルテナーハならもっと支持を得られるはずです」
「じゃあ、ワタシのお婿になればいいじゃないの? カシャ家の男らしい入り婿が、魔光王退治に参加する。それだけでも名が知れ渡ると思うけど?」
オベリアが抱き着くのをデリタは払った。その提案こそ御免被る。淫魔みたいに好色な女の婿なんて拒絶の選択肢以外無い。浮気されまくり、托卵されてばかりの落ち着かない日々が続くだろう。
今の自分は、安心できる家庭が良いのだ。もう既に得ているものを手放したくは無かった。デリタは彼女とバーフレアにこう言った。
「それこそ、ルデアの敗戦とアルルーマの死を大々的に発表していれば、ベイオルブは殊更守りを固めて出すでしょう。三元帥のうち1人と2万の兵を失った訳ですから、多少の方向転換もするはずです。この揺れは、次の戦いを難しいものになるでしょう」
だからこそ余計な喧伝をするな、とデリタは警告した。自分たちが守る側だと認識する敵がどれだけ手ごわくなるかを知っていたからだ。
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