招き入れてくれたその家で、その少年はマーシュと名乗った。歳は11で家族と離れ離れに住んでいるという。
「ということは君は、一人暮らしなのかい?」
「実家が裕福だからね。僕はここに一人で住んでいるけど、近くの街にいる親戚ののおじさんが毎日様子を見に来てくれるんだよ……おや、煙突の中に雨が入り込んだのかな?」
マーシュは暖炉の消えかかっている火に手をかざし、炎の精霊に呼びかけるまじないを唱えた。消えかかっていた火の勢いが増した。
「すごいものだね、魔法というものは?」
「えへへ。そういう君は南の大陸の人だよね? 『術法』というものがあるらしいけど、使えるの?」
「じゅつほうか……僕には使えないようだ」
嘘を言った。使えると話すと勘ぐられるからだ。アルルーマがルデアで戦死した、という話は既にベイオルブ国内に広まっていた。
そうなると当然、南の大陸人で肌が黒いデリタはうろんな目で見られるのだろうが、あの武功はバーフレア1人のものとして伝わっている。
ベイオルブの住民の間には、自分達に劣る『南の大陸人』が成し遂げたことだと思われていなかった。協力者達や諜報らもそう聞いた。
「そういえばきみの名前も聞いてなかったね?」
「ダリットだ。ダリット=バンギル」
「あんまり聞いたことが無い名前だな。名前の由来は?」
「便所掃除人という意味らしい。遠い昔の言い方らしいけどね。中央大陸に渡って旅できるぐらいに余裕がある家だよ」
「ふうん。きみとボク、似た者同士だね?」
マーシュは高らか笑うと、バマとフラの2人に目を向けた。
「それで、お連れの2人はこっちの大陸の人みたいだけど、君にとってのだれなんだい?」
「ちょっとした道の連れだよ。王都を一度訪れてみたいと話し合って旅をして来たんだ」
「……へえ?」
マーシュが再び暖炉にあたる彼女たちを見る。2人とも目を伏せていたが、内心では驚いていた。デリタが王都に行きたいなどと言ったからだ。
「うーん……
「どうしてだい? ものすごく大きな都なんだろ? こんな豊かな国の都なのだし、王都は広くてきれいな都なんだろう?」
「きみはこの国について知らないようだね。まあいい」
マーシュはしきりにバマとフラの2人をちら、ちら、と目を向けながら、デリタにささやいた。
「でも、あの2人はやめておいたほうがいい。なんだかんだで王都は遠いし、この先は検問とかが途端にきつくなるんだ。ダウタやゴランドなんかはそれこそ厳重警戒さ」
「そんなに……アルルーマ様の不幸については、重く見られているんだな?」
マーシュは少し間を置いてうなずいた。それから彼は部屋の隅に置かれた似袋を担いでドアに手をかけた。
「こんな雨の中どこに行くんだい?」
「おじさんのところさ、ダリット。実は今日、用事があったんだ。明日の朝まで戻らないから今晩はここで泊ってくれ」
随分と親切が過ぎるとデリタは疑った。けれども、豊かなベイオルブの民ならこのぐらいはできるのかもしれないとも考えた。
「台所にちょっとぐらい野菜と米があるから、お腹がすいたらそれを食べてくれ」
「何から何まで済まない。雨がやんだら少しだけだけど、食卓にお金を置いておくよ」
「そんなことしなくていいよ……でも、ベッドは使うなよ? 小さくてぼろいから、君たちが寝ると壊れちゃうからね?」
意味ありげにマーシュは笑ってみせると、雨が降り続ける外へ出て行った。
□ □ □ □ □
デリタは暖炉の前でバマとフラと、裸になって交わりながら温め合った。マーシュが言う様にベッドは小さくてぼろく、性交に使おうとしたら壊れそうなぐらいだった。
彼は互いに抱きかかえあって性器でつながりあっているフラと、股から彼がくれた精の汁をこぼしながら背中に抱き着いて乳房を押し付けているバマの2人に言った。
「ここから先は僕1人で行かせてくれないか?」
アルケデアを是非とも目にしたい。バマとフラは薦めるようなことを言わなかった。
「ここで引き返したほうがいいわ。もう偵察は十分よ?」
「後はバーフレア様のところに行って、見てきたことを報告して、オベリア様たちと一緒に、策を練ったほうがいいわ」
(オベリアと? そいつは嫌だな。)
姉妹との交情に溺れるようになってから、オベリアのことがますます苦手と思うようになっていた。男らしさを声高に言い、玉砕など名誉だと言わんばかりの命知らずさが気に食わない。
デリタの中では、ルデアの民を扇動したオベリアの罪は重かった。
「ではこうしよう。君たちとは一旦、ここでお別れだ。君たちは先に戻ってくれ」
その提案にバマとフラは嫌がった。デリタの陰茎を中に入れているフラは、彼が離れたがらない様に腰をくねらせ、悩ませた。
「やだっ! デリタ様、わたし達と一緒に戻ろう?」
「そうよ。お腹が大きく育っていくところを見て欲しいわ」
2人は自分の身体でデリタを甘やかしにかかった。でもこんな事でやってみたいということを撤回するなど、デリタにはできなかった。
「でも僕は行きたいんだ。お願いだ」
デリタはフラを強く抱きしめ、バマの顔を見上げてじっと見つめる。
「魔光王の手先に母親と姉を殺された。仇を討ちたい。仇の姿を目にすることができるのなら、そうしたい。王都ならその機会だって巡ってくるだろう」
それとエムラの行方だ。まだはっきりとは掴めてはいないが、魔光王はきっと彼女の居場所を知っているはずだ。
ザルモールを寄こしてまで性交狂いの廃人にさせた、『メテオティック=ブレイブ』の末裔を、市井に放ったままであるわけが無い。
「デリタ様……」
バマが心配そうに見つめてくると、デリタはフラの腰に手を回し、彼女の尻を激しく揺らしながら、
「その代わり、帰りの道には身重の君達の代わりになる人を寄こしてくれ。それでいいだろう?」
「魔光王やその側近と相打ち覚悟で戦うつもりではないのね?」
「そんなことするもんか。僕だって命は惜しい。生まれ出てくる君たちの子供の顔が見たい。遊んであげたいんだ」
そう言った後、フラの中にあったデリタの牡が果てた。フラは彼の胸に身体を預け、至福を感じながら耳元でささやいた。
「それでいいから、早く戻って来て?」
□ □ □ □ □
翌朝、マーシュが戻って来る前に家を出て、元来た道を戻り、昨日出発した街の協力者に姉妹の身柄を預けると、デリタは抜け穴をくぐって街を出た。
ここからは1人。バマとフラの姿隠しの魔法で街に入ることはできないから、人里離れたところで野宿となるだろう。
(この体、少し寒さに弱いようだが、果たして耐えられるだろうか。)
道のりは街道に沿って内陸側にある側道を通る事にした。そちらは往来が少ないと聞いたからだ。
一人旅は不安でいっぱいだった。長い事、身体と心の両方を楽しませてくれた連れの女の子がいない旅である。自分の心は案外弱いのだなとデリタは自嘲した。
けれども、王都を見てみたいという意欲が孤独を打ち消した。晴れになったというのもあったが、足取りは軽くなっていった。
そうして昨晩泊った家がある集落を過ぎ、その先にある小さな街を素通りし、ダウタの街に向かう大街道との合流地点に到着した頃である。
「おーい!」
後ろから聞いたことがある子供の声がした。振り返ると、御者席で馬の手綱を引っ張る中年男と並んで座っていた子供が、自分に向かって手を振っていた。
「ダリット=バンギル! これから歩いて王都に行くのかい!」
マーシュだった。デリタは手を振り返した。マーシュを乗せた馬車が近くまで来ると、デリタは御者台の中年男に頭をさげた。
「マーシュ、そういう君は村に戻るところかい? 方向は逆のようだけど?」
「ブランおじさんとこれから、その王都に向かうところだったんだよ。何せ陛下が馬揃えのお祭りをやると聞いたからね」
昨日家を出て行ったのは、王都で催しものがあるという情報を聞いたブランに、いろいろと話を聞く為だったとマーシュは言った。
「王都までは遠いよ? 一緒に行こう」
「いいのか? でも持ち合わせは期待できないよ?」
「かまうもんか。南大陸人のきみに、あっちはどんな暮らしをしているとかいろいろ聞きたいからね!」
そう言ってマーシュは荷台から手を差し伸ばした。デリタはかすかな疑いを抱きつつも、微笑みを浮かべてその手を取り、馬車に乗り込んだ。
デリタは新たな旅の連れと共に、王都への道を進みだした。
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