レイザリアの湊も封鎖されていた。その事をデリタはヴァーリンデンに伝え、もっと北、沿岸部の港まで向かうことを進言した。
「それがいいかもしれないね。王国は北の諸国と交戦状態にあるけれど、密貿易船は頻繁に出入りしているからね」
「しかし……たった1人で魔光王に挑みに海を渡ったなんて真似、無謀過ぎて笑えませんよ?」
デリタはヴァーリンデンから王都に来た経緯を聞いていた。連れを誰も従えずに来たという。魔光王相手に一歩も退かぬ猛者だからこそやれる事だった。
「でも路銀は持てるだけ持って来たよ。それに王都を急いで突く作戦だったからね。単独行動のほうがやりやすかったんだ」
勇者と呼ばれる存在なら、そういうやり方もとれるのだろうとデリタは思った。かくして2人は北へ向かった。
まず向かうは一番近い北岸の港町、ヤドである。その丁度中間にはグロッグ城があり、5000に近い軍勢が待機しているという。飛竜に乗った空騎兵も控えているそうだ。
北街道を進む。その途中は森の中を通っていた。さしかかった頃には夕方だった。
村や町で泊まるのはよろしくないと思ったデリタは、今夜はここで野宿しようとヴァーリンデンに提案した。
「それもいいかもしれないね。食料はたっぷりとあるし」
ヴァーリンデンは背中の背嚢を手で叩いた。彼の大きな体の半分ぐらいの大きさにまで膨れ上がっていた。中にはレイザリアで買い付けた食べ物が、パンパンに詰まっていたのだ。
「ヴァーリンデン様の食べっぷりだと、あと2日も持たないでしょうけどね」
「大丈夫。お金なら沢山あるよ。足りなくなったら買い付けに行けばいい。私は顔が知られちゃっているから潜入は難しいけど、君ならなんとかなりそうだからね?」
「もしかしたら、しばらくしたらそれもできなくなるかもしれませんよ? 僕達が北に向かって逃げているのを気づかれていればの話ですが」
レイザリアでは食糧を買いこみ過ぎた。ベイオルブの諜報が優秀なら、食べきれない食糧を買いあさる南の大陸の男の話を聞いて、目当てをつけるかもしれない。
「そうなったら狩りにしよう。ここの大陸の獣の肉は、案外と美味いよ? 大きな木の実がそこらじゅうに落ちているからかな?」
「そうだったんですか? 蛇や小鳥ばかりを狩って食べてましたが」
「そんなに立派な体格なのに小食過ぎるよ、きみ。その身体ならもっと食べたほうがいい」
と言われるがデリタはそれほど、横が広くは無かった。それと案外胃袋は小さくて、そんな粗末な量の肉でも腹いっぱいになった。
食べろ食べろと言うヴァーリンデンに、代謝が落ちたらデブになるぞと心の中で毒づく。とにかくこの勇者様は腹持ちが悪かったのだ。
2人は街道から離れ、森の奥で野宿を始めた。集めた木切れや枯れ葉にデリタが火をつけ、煙が立ち上った。
「さて、食事にしようか、デリタ=デュライ」
背嚢からパンと干し肉と果実酒の小瓶をヴァーリンデンに渡された。そのヴァーリンデンは大きな包みを取り出して開いていた。脂身がたっぷりとついた燻製肉だ。小剣ぐらいの長さとその数倍の重さがある。
その半分をナイフで断ち、包装紙と共にデリタに渡した。保存性が良いこの肉なら、およそ1週間は持つだろうと思った。何枚かに切って1日ごとに食べることにしよう。
しかしそれをヴァーリンデンはかぶりついた。たくましい顎と頑丈な歯で、美味しそうに嚙みちぎっていた。
「これ、塩味が効いていておいしいね? 中もしっかり燻されているよ!」
「ヴァーリンデン様、塩辛いものを食べ過ぎると卒中を起こしますよ?」
「そういうものなのかい? これよりもっとしょっぱい塩漬け魚を毎日食べていたけど、身体の具合が悪くなることは無かったけどね?」
北の大陸の人間は体質が全く違う、とデリタは思う事にした。聖者大公の食べっぷりに青ざめながら、この先の進み方について切り出した。
「グロッグ城の警戒網から、どう避けられるかを話し合いませんか?」
「そうだね。行きはイムヴァ湖での水路を使っていたけれど、帰りは陸路だ。しかもグロッグ城の兵団は、索敵に長けていると聞いている」
「でしたら、この街道を外れて西の山岳地帯に入って北に進む、が良いかもしれません」
「……正面突破はどうかな?」
ヴァーリンデンは自信ありげに目を光らせる。デリタは慌てだした。そんな暴案は却下だ。
(どれだけ自分の力を過信しているんだ、この男は?)
「それこそ魔光王は追っ手を沢山差し向けて来ますよ! 戦いに次ぐ戦いになります! しかも2人! いくら勇者だとて、5000も相手に勝てるわけがありません!」
「きみは……バーリンデンがどれだけ強いのか見たことが無いのかな?」
問われてデリタはふと思った。そう言えばバーフレアの戦いぶりを見たことが無い。20や30の敵兵をあっという間に蹴散らしたとオベリアから聞いたが、果たしてそれが本当の事なのか疑問に思っていた。
「きみが今、目の前にいるのは人類最強と言われる者のうち1人だ。私が傍にいる事は1万の兵を味方につけている。そのぐらいどっしりと構えていて欲しい」
「……武勇に驕り過ぎると足元をすくわれますよ? 常に死地と心掛けて、身を大事に保つほうが良いと思いますよ」
「はは。きみは用心深いんだね? きっといい知恵袋になってくれそうだ! 重ねて言うけど、私と北の大陸に来てくれないか?」
ヴァーリンデンはまた、肉の塊にかぶりついた。それから背嚢にあったパンを掴んで頬張りだした。
心強い猛者ではあったが、その食べっぷりだけはデリタには受け付けられなかった。確かに1万の兵に匹敵するだろうが、食い物の費やし方まで、そうなのは考えどころである。
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ダイスダックの副官であり令息令嬢のミルスとヴェーダは、急ぎ水路でグロッグ城に入っていた。5000の兵を率いて聖者大公を打ち負かし、捕らえろという父の命が下ったからだ。
彼等がこの城に入ったのは一昨日のことである。既にレイザリアにいる諜報が1つの知らせを城にもたらしていた。
「見慣れぬ南の大陸の黒肌の若者が、不自然な量の食糧を買い漁っていた。どれだけ大喰らいなのだろうと市の者達が噂していた」
その話を聞いて兄妹はもしや、と思った。聖者大公ヴァーリンデンは、とにかくよく喰うことでベイオルブ軍では有名だったからだ。
食べ尽くし系の勇者。戦争では真っ先に食糧庫から襲う意地汚い胃袋の魔物。最強の力と引き換えに食欲の自制を奪われた人物。
ヴァーリンデンはとにかくよく喰う。戦場で菓子パンを頬張りながら駆けまわる姿を見せることも、しばしばあった。ミルスとヴェーダは聖者大公を戦場で見たことがある父からそう聞いた。
「確か魔光王様の好みの男は、食べっぷりが良い善良な男、と聞いたことがあるんだけど、知ってる?」
「そうだったんだ? でもヴァーリンデンなら、お美しいウルティーマ様の夫にふさわしいかもしれないね」
具足を取り付けるのを手伝いながら、ヴェーダが兄に尋ねる。背中の甲は誰かに手伝ってもらわないとできない。兄の分が終わったら今度は自分の番だ。
「でも王様とヴァーリンデンは歳が12も離れているんだろ? いくら王様がお美しいからといっても、若い男が、おばさんの花嫁衣裳をきれいに思うんだろうか?」
おばさん、とミルスは王を馬鹿にするが、魔光王はこの世の者とは思えぬ美貌をたたえていた。その肉体も、決して衰えなど表れぬ、自然の至高の芸術品だった。
「あら! 私達のお母さまだってお父様とは9歳も上だったわ! それに花嫁衣装がどうこうより、そのきれいな姿で股を開かせて、枯れ果てるまで致したいと欲するのが、男の子の生理っていうものじゃないの?」
「……それ、ヴェーダの妄想だよ」
ミルスは妹の甲冑も整えた。2人は部屋を出ると城の大広間に向かった。
そこには階の上に立つ城主のグスタフ=マグリブ他、この城の武将や隊長らが集っていた。出陣の為にだ。
この1時間前に、城の周辺に潜ませていた諜報が、勇者ヴァーリンデンが森の中に入ったと兄妹とグスタフに知らせていた。
大広間の出入り口から2人が入ると、階の上に立つグスタフが階段から降りた。2人は軍の中では三元帥の副官という地位にあったが、貴族の階級はグスタフの上にあったからだ。
しかし父からよく言い聞かされていた兄妹は、階の上にあがることなく、城主の前でひざまづき、深々と頭を下げた。
「グスタフ=マグリブ様! どうぞおあがりくださいませ!」
兄が言うと妹が従って続ける。
「兄ミルスとその妹のヴェーダは、今この時は城主様の部下でございます!」
その下知に従う、と告げると、グスタフは白いひげに覆われた口元を綻ばせながら言った。
「であればお二人は、このグロッグの城の兵団の監視として、後方にて我々の猛者ぶりをご拝見ください。さあ、お顔をお上げくだされ」
やっとのことで兄妹が上を向くと、城主は皆に出陣の時であると告げた。
「夜中での合戦となる! 同士討ちを仕出かさぬよう心掛けよ! では、我に続け!」
かくしてグロッグ城から、ミルスとヴェーダの兄妹を伴ってベイオルブ軍は進発した。その数およそ四千。真夜中の街道はかがり火によって明るく照らされた。
その中には50ほどの飛竜騎兵の姿があり、彼等はさきがけとなって、城の南に広がる森へと向かった。彼等は索敵の役も担っていた。
その頃デリタとヴァーリンデンは、勢いが鎮まりつつある火を囲んで、ひと時の眠りについていた。
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