あれが飛竜騎兵。デリタは竜に乗って飛ぶ敵に恐怖を覚えていた。高度は魔法が届きそうにないくらい。あれをどうやって撃ち落とすのか。
「飛竜との戦い方はあるんですか?!」
不安の色が顔に浮かんでいたデリタとは違い、ヴァーリンデンは穏やかな表情だった。策はあるよとそっとささやいて手綱をしならせた。彼の馬が速くなった。
それを飛竜騎兵らは見逃さなかった。高所からの狙撃を仕掛けた。ヴァーリンデンとその馬には当たらなかったが、デリタが乗っていた馬の首に矢が刺さった。
馬は前のめりになって倒れると、デリタは投げ出される。うまく抜けて転がるが、飛竜騎兵らは尚もデリタに狙いを定めた。
「まずはあいつを撃て! 怪我をしたらもう1人は助けに来るだろう! それで一網打尽にしてやれ!」
狙撃手の弓や弩から矢が放たれる。魔道士が炎の弾を放つ。デリタは印を素早く切った。彼の目の前がいきなりせりあがって壁となった。飛竜騎兵たちはどよめいた。
「あいつ、魔法戦士か! 必ず殺せ!」
尚も矢と魔法が放たれる。今度のは工夫がなされていた。矢が刺さると壁が壊れた。そんなこともあるだろうと予期してデリタは印を切っていた。
「小癪な真似を! 回り込め!」
「隊長、もう1人は? 馬が見当たりませんが!」
言われて騎兵団の隊長が後ろを振り返る。馬を下りたヴァーリンデンが全力で疾走し、大きく飛び上がった直後の姿を目の当たりにしていた。抜いた剣を高く掲げながらこっちに迫っていた。
「なんであんなに高く跳べるんだ……」
呆気にとられたすぐ後、彼女はヴァーリンデンの峰打ちを脇腹に喰らって大きな声で呻いた。それからヴァーリンデンは暴れ出した飛竜の背に立つと手綱をつかみ、その頭に何かをささやいた。
飛竜は大人しくなった。代わりにぎろりと隣で戸惑っている騎兵たちを乗せている飛竜らに体当たりを加える。突然の攻撃に為す術が無かった。たちまち飛竜達は地に落ちた。騎手達をかばいながらだ。
(……その手は無いだろう?)
誰よりも一番驚いていたのはデリタだった。彼は飛竜と共に地上に降り立ったヴァーリンデンに、ドラゴンをどうして扱えるのかと尋ねた。
「私と一緒に来れば、怖い戦いには加わらなくて済むよ、と説得しただけさ」
ヴァーリンデンは気を失った飛竜隊長を優しく原っぱに降ろすと、さあ乗って、と彼はデリタに呼びかける。女しか乗せようとしない東の飛竜は、嫌がりもせず彼を背に乗せてくれた。
「ありがとうございます……あれ?」
ヴァーリンデンは降りたままだった。飛竜の顔に何かを呼びかける。翼が羽ばたきだして空に浮かんだ。目論見が呑み込めないデリタはヴァーリンデンに尋ねた。
「その子はグロッグ城の領域を超えたあたりできみをおろしてくれるだろう。そこで待っていてくれ」
「ですが、ベイオルブの軍勢がもう迫っているのでは? おひとりでは危険過ぎますよ?」
「いや、これから先の戦いは、きみのほうが危険な目に遭うよ。本気になった私の戦い方は、ちょっとまわりを気にしなさ過ぎるからね。巻き添えになりそうだからきみは先に待っていてくれ」
それからヴァーリンデンは立ち止ってこちらを見ていた馬たちに向けて口笛を吹いた。デリタが乗る飛竜についていけという合図だ。飛竜が旋回して首を北西に向ける。グロッグ城を避けるつもりなのだ。
「ヴァーリンデン様!」
「なあに、必ず戻って来る! きみは彼等と一緒に寝て待ってくれ!」
飛竜が視線の先にある方へと動き出した。デリタは遠ざかっていくヴァーリンデンの背中を見る。彼は二振りの剣をさやから抜いていた。
右手に持つのは柄に後光をさす光の玉の飾りがあった。振れば燃え上がる炎を放つ炎の聖剣『燦然たる太陽の光刃《トウ=ヌル=ソル》』だ。
左手のは赤とは逆の、蛇行した刃が禍々しい、冷ややかに輝く青い刃である。氷の魔剣『断崖の氷河の風《ドラゴ=タウズ》』という。
どちらも北の大陸の秘宝である。恐るべき切れ味と魔の力が備わっていた。肉弾で1万の兵に匹敵すると言われる北の勇者が持てば、鬼に金棒と呼べる程だった。魔光王に奪われた愛用の剣・『光の導き手《ライト=ブリンガー》』を除いてだが。
□ □ □ □ □
6時間のち。
デリタはグロッグ城から馬で走らせて3時間ぐらい先の森の中の泉の傍で、飛竜と馬と共に集まって眠っていた。
東の飛竜は空賊の版図で見た飛竜と違い、けものくさいにおいがあまりせず、彼の安眠を妨げなかった。飛竜は翼を大きく広げ、デリタと馬たちの上にかけてやっていた。風邪をひかないようにという心遣いからである。
「おーい、デリタ」
ヴァーリンデンの声が聞こえたので彼は起き上がった。のんきに包みから食料をとって手に持っていたヴァーリンデンがいた。鎧や顔にすすや返り血がかかっていたが、怪我はしていないようだった。
「大丈夫だったんですか? 亡霊じゃないですよね?」
「見た通りぴんぴんとしているよ。汗をかきすぎたから、小腹を満たしたら身を清めるね。外に出て見張っていてくれ」
そう言って彼はハムを口に咥えたまま、鎧を外して服を脱いだ。肉体美の極地、ともいう様な身体の下の方に、やかましい自己主張をするものがぶら下がっていた。
その長く太ましく、先端が美々しく剥けきったものに、デリタは舌打ちした。
(モーニの自慢の品のよりもご立派だな。こいつに抱かれる女たちも、さぞかし夢見心地になるだろうよ。)
北の勇者の裸体が冷たい泉の中に入っていくと、デリタは森の外に向かった。街道からいくらか外れていたそこだが、高台にあって南東のグロッグ城が遠くから伺うことができた。
(……なんだ、あれは?)
そう思う様な赤焼けが、そちらの方角を激しく照らしていた。もう朝もだいぶ過ぎたころ合いのはずだ。なのにあの朝焼けのような夕焼けのような空はなんだろうか?
(まさか! 1人でやったのか、ヴァーリンデンは!)
デリタは何が起こったのかを見たくなった。グロッグ城の奴らはどれだけ死んだのか。
森の中に戻ると飛竜の背に乗ってうつ伏せになっていびきをかく北の勇者の姿があった。この男に断りを入れたらきっと止めるだろう。
彼は馬のうち一頭を連れて南に向かった。北の勇者がどれほどの戦いを繰り広げたのかをその目で確かめる為にだった。
□ □ □ □ □
グロッグ城は燃えていた。黒煙があがり為す術も無かった。城の南門の前で、ミルスとヴェーダは膝をついて神に祈りを捧げていた。生き残った少数の兵士らと、城主の妻妾や子供たちと一緒にだった。
門の目の前には急ごしらえの棺が置かれていた。グロッグの城主を納めた棺だ。ヴァーリンデンのでたらめみたいな強さを前に城主は為す術も無かった。敗走の際、沢山のしんがり達を死なせたが、彼も最期は呆気無かった。
目を閉じて唱えながら、ミルスとヴェーダの2人は、あの畏怖するべき英雄の戦いぶりを思い出す。
(北の勇者がどれほどの強さを誇るか、僕たちは見誤っていた……。)
(魔光王様が婿にと願う人だもの。普通の英傑と勘違いしたのが良くなかったのよ。)
もうあれに、正面切って戦おうなどとは到底考えられなかった。彼等の父であるダイスダックも常々注意していた。ヴァーリンデンを見たら、まずは戦場から逃げろ。
鎮魂の歌が終わる。これから城主の棺を燃やすのだが、仕事はそれだけでは終わらない。彼等の背後の平野に横たわる、数多くの城の兵士や騎兵らの死体を回収して火にくべなければならないからだ。
さもなければこのあたりに潜む、魔の獣の餌になり、彼等を活発にせしめてしまう。このあたりは森の奥や山の中に、そうした魔物が潜んでいた。彼らが人の肉の味を覚えると、決まって町や村が襲われることが知られていた。
とはいえ、城兵の残りは300足らずである。城主の遺族と騎兵の一部をイムヴァ湖岸の街に行かせ、増援を頼もうとミルスが言うと、ヴェーダは一緒に来た部下に命じた。
城主の妻らを含めた一行が出発すると、2人は生き残りを連れ、平野へ向かった。疲れ切った馬の鞍に乗って兄妹は轡を並べる。妹が兄に訊いた。
「……ミルス。遺体の回収も武将として大事な仕事だって、お父様は言っていたよね?」
「まあね。しかしこんな戦いはもう御免だ」
「でもヴァーリンデンとは嫌でも戦わなくちゃならないわ。これから軍を率いて国の外に出るのだから、避けようったって無理な話よ?」
「そうだね。せめて勝てなくても封じる手があれば……」
大災害のような敵に、どう対峙していけばいいのだろうかと考えていたところでだった。城のほうから斥候が飛んで来て、兄妹にこう注進した。
「南西から怪しげな馬の乗り手が1人、向かっているとのこと!」
まさか追い打ちか、と兄妹は思った。北の勇者は自分達を完膚なきまで潰すつもりなのか。
「ヴァーリンデンか!」
「いえ、黒い肌で……」
では北の勇者が連れていたもう1人だろう。ヴェーダが兄にそっとささやいた。
「ねえ、せめてもの憂さ晴らしに、そいつとだけ戦ってやっつけるのは、どう?」
意気消沈したままでの死体回収は、ますます気落ちさせることになるだろう。ミルスは決めた。グロッグ城の死者たちのはなむけに、ヴァーリンデンの従者の血を捧げる事にしよう。
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