少数の護衛と共に連れ去られた妹の捜索を続けていたミルスは、その小屋の前の木で妹の乗り馬がつなげられていたのを見つけた。ご丁寧にも飼い葉と水が入った桶を並べられていた。
そんな親切な敵ならヴェーダは大丈夫だろう、と思い、小屋の中を覗いた。そこには股を広げられたままの血まみれの裸身の上に、切り取られた首を乗っけられたヴェーダの姿があった。陰裂には大量の精液がこぼれ出たままだった。
「な、なんなんだ……これは……」
ミルスは妹の身に起こったことを、認識しきれなかった。そして部下から悲憤と仇討ちをけしかける声を聴いてやっと理解した。
ただ殺されただけでなく汚されもした。これは明らかな挑発だ。ミルスは感情よりも理性が上回っていたから、部下達の憤りの声を抑えようとした。少なくとも父に娘が「犯されて殺された」などとは言えない。名誉の戦死を遂げたと言ってごまかしたかった。
だが、
「な、なんということだ……」
ミルスは呼ばれて父親に殴り飛ばされた。泣きはらした目をしていて鼻水も垂れている娘を失った男にこう言われた。
「我が子よ! これが武人の最期だ! 女の武人は早かれ遅かれ、死ぬ戦いに赴けばこうなるのだ! お前もヴェーダの墓前に、よくやった、と労いの声をかけろ! だが、後を追うのも血走った仇討ちも許さぬ! それはお前の為すべきことでは無いからな!」
犯されて死んだ愛娘の復讐は、自分の務めだとダイスダックは言った。
聖者大公の従者の、黒い肌の大陸人をダイスダックは、命に代えても討つべき相手であると、この時に決まった。
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その一方でうまいこと逃げられたデリタは、戦利品とした彼女の細身の剣の柄を握りしめ、北西の森に向かった。
身体つきは少女のそれだが、首を刎ねるまで存分に楽しめた。何より己の陰茎との相性が良かった。味方であればそういう仲にもなっていただろう。あの娘がベイオルブ軍の要職の娘で無ければだが。
(まあ、それは思い上がり過ぎか。だがだいぶすっきりした。殺したのは勿体なかったかもしれんな。)
だが、生かしても犯した事は変わり無いから、悪事は嫌いそうなヴァーリンデンと相まみえる事が起きたかもしれない。とりあえず、子供思いと言われる三元帥の1人を挑発できたのは万々歳だった。
しかしだいぶ時間が過ぎてしまった。おおよそ1日が経っていた。
(あの泉にはまだ、ヴァーリンデンはいるだろうか。)
そう思って入ってみると、5頭の馬だけが草を食んで待っていた。そして泉の前の地面には、土でこう書き残されていた。
「先に行っているよ。でももう、1人で行くような危険なことはしないでくれ。それときみには、たくさんの怨霊に憑かれたような嫌な気配がある。過去にいろいろとしでかしたのだろう。もしきみが心を入れ替えたいと思っているのなら、私と共に歩もう。北の大陸で待っているよ。」
(……お前とは無理かもな。ヴァーリンデン。俺はどうやら、血なまぐさいのに慣れ過ぎているようだ。)
いずれは決別していただろう。だが彼には感謝していた。1人で帰れるぐらいの路銀はもらっていたからだ。いずれバーフレアが持ち掛けるであろう共闘作戦で、再び会うかもしれない思い、デリタは北へ向かった。
そうして半月ほどで彼は、北海に面した港町のユーゴに入った。馬は1頭だけになっていた。グロッグ城まで一緒について来てくれた馬だった。他のは付近の村の農家に譲った。農耕用の馬が欲しいとせがまれたからだ。
彼は通行許可証を持っていた。ヴェーダの持ち物から盗み出したものだ。城門の前の番兵に見せると容易く通してくれた。まずはこの街にいる空賊の協力者を探さねばならなかった。バマとフラの話を思い出せば、酒場にいるはずだ。
そうして繁華街に入り、胡散臭い路地裏の酒場を見つけて向かおうとした時、
「やあ。ダリット……ダリット=バンギルじゃないか?」
聞き覚えがある子供の声。振り向くとそこにはマーシュがいた。すぐ近くにいた。いくらか大人びた顔つきになっている様に見えた。デリタは嬉しさのあまりに駆け寄った。
「探したよ! 一体どうしたんだい、こんな街に来ているなんて?」
「そういう君こそ! おじさんと来たのか? 誰かに会いにか?」
「……いや、きみを探しにここまで来たんだ」
(探しに? 俺をそこまで心配していたのか?)
彼はグロッグでやったことをすっかり忘れて再会に涙しあt。マーシュが彼に抱き着いた。前々から女の子の様に華奢だと思っていたが、密着されるとますます少年の身体の様に思えなかった。柔らかいからだ。
だが、彼の右脇腹には硬くて鋭い感触があった。見ればマーシュはその手に細長い錐を握っていた。暗殺者が良く使う毒針のようだった。
痛みの後に、急に視界がぼやけて来た。身体が麻痺しだして力が出せない。デリタは両膝をつくとマーシュの小さな体にもたれかかってしまった。『前世』の自分が急に出て来て、彼にこう言い聞かせた。
(謀られたのだよ。)
その幻影は無様だと自分を笑う。ここまで逃げたから油断し過ぎたと自戒するが、まさか親切にしてくれたマーシュが、魔光王の手先だとは信じられなかった。
「マーシュ、君は一体、何を……」
「ここまでよく頑張ったね。でももう逃げられないよ、魔光王様には」
「そうか……そういうことだったのか……」
やはり、と思いながらデリタは目を閉じた。マーシュを魔光王の家臣だとは言わなかった。心の中でいくらかは、まだ信じていたからだ。
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デリタは獄に繋がれた。目覚めれば素っ裸。持ち物すべてを奪い取られていた。
首と両腕は一枚の厚い木の板によってくくられていた。鍵を使わないと外せないやつだ。しかもご丁寧にも魔封じの施しがされている。
両足首は枷がつけられて鎖で壁と繋がっていた。寝台は無く土の床。片隅に桶が置かれているがこれは便器替わりだった。デリタは自分の汚物のにおいで鼻をやられ、呻いていた。
(くそ……くそ……。)
全身がかゆい。臭くもなっている。特に股間と尻だ。出しても何かで拭けなかったし洗う為の水も与えてくれなかった。垢だらけで脂だらけとなった身体から発するにおいにも、彼は不愉快さを感じていた。
だが大陸の北のほうにあるのに、牢は決して寒くは無かった。だ。天井から温風が吹いて来る。裸でいてもそこそこ快適だった。檻の向こうの見張りに、股間のあたりをじろじろと見られる以外は。
「南の男ってのは、ぶらさげているものがでっけえなあ? まだせんずりを覚えたての若造の癖によ?」
「僕は妻がいる! 子供もいるぞ!」
「ああすまん。嫁のあそこで鍛えてたのか。ロバや羊とやっていた俺らとは大違いだな! まさか人間の嫁じゃなかったりするか? あははは!」
糞みたいな罵りに、デリタは必要以上に付き合わなかった。いずれここを抜け出したついでにあの兵士もぶち殺してやる。マーシュにはこんなオイタを図った理由を問い詰めて、それからぶん殴ってわからせたかった。
(で、この牢屋はどこにあるんだ? ユーゴの街にこんなものがあったのか?)
デリタは見張り達に語らせようとそれとなく誘導してみせるが、誰一人として彼に、ここはどこにある牢なのかを語らなかった。
(まさか、沖合にあるとか言わんだろうな? ますます脱出が難しくなるぞ?)
焦りを覚えるデリタだが、その空しい幽閉は10日程が過ぎようとしていた。
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