身元不明の武装した集団の姿を、砦の南を見張っていた武者達が目撃した。
気持ちよく寝ていた時に家の従者にたたき起こされ、そう告げられた。その数はまだわからないが、かなりの数だという。
「ベイオルブめ。この砦のことを知っていたようだ」
「エムラ様にはお伝えされましたか? もうすでに脱出の準備をなされているのですか?」
「馬鹿を言うな! エムラお嬢様はとっくに用意を整えている」
まだ7歳のエムラは具足をまとい、当主の代理としてこの砦の最上階にある部屋で座している。若年ゆえ戦いの指揮は部下に任せるが、名目上の守将として皆を鼓舞し、いざとなれば砦を枕に討ち死にするだろう。
砦にいて、戦える者は30名ほどだ。皆、若手の戦士ばかりで、腕っぷしが良いのはそういない。デリタは危うんでいた。
(賊の数が50名ぐらいならなんとかなるだろうが……100や200だと辛いな。)
「エムラお嬢様を連れて逃げないのですか?」
「くどい。デュライの家とその家人達は命よりも栄誉を重んじる。戦いに臨む時、決して敵に後ろを見せない」
お前もそうだ。もしもの時を覚悟しろ。にきびが目立つ顔の若い戦士ににらみつけられて目を伏せるが、心の内にあるのは臆病なことを言った自分への反省ではなく、家人どもへの反感だった。
(馬鹿か? 逃げて再起を図るという考えもあるだろうが?)
そうは思ったが、自分一人逃げるわけにはいかない。いいや、逃げられないだろう。運よくこの砦がある山を抜けても、その先は朝になれば身体を焼き尽くす光が照らす荒野だ。到底デュライの館にはたどり着けない。
心を決めた。デリタは武器庫から手ごろな剣と革盾を持ち出してエムラがいる部屋へやって来た。
エムラは剣と盾を持ったデリタの姿を見て驚いたが、子供向けの鎧兜に身を包んでいたが、重いのか腰をあげなかった。
「お嬢様。僕も出ます! 戦わせてください!」
「馬鹿を言わないで! アンタはアタシの側にいなさい! あと、その剣と盾は武器庫に返すのよ! 戦いになったら替えが必要なんだからッ!」
「それは後にします。ところで……ヘイジャ様」
デリタはエムラの右横に立っていた武者に尋ねた。この砦の実質的な指揮官だ。
「守りはどうなされますか?」
「定石通りで行く。表門に戦士を集中させる。四方八方は険しい崖だ。付け込まれることはまず無いだろう」
「いいえ。崖をよじのぼって来るのが出て来るかと思われます。北と東西の物見台に弓使いと術法使いを配してください。敵が本当にやる気なら、必ず予想もしなかった方法で攻めてきます」
身軽な者がいれば、崖をのぼることぐらい仕掛けて来るだろう。自分だって考えつく、とデリタは思った。しかしヘイジャはゆっくりと笑い、この幼い少年の憂慮をはねのけた。
「考えすぎだよ、天才児君。まだその歳では実際の戦闘について想像できないだろうし理解もできないだろうな。襲ってくる連中はベイオルブに脅されてやっているはずだ。本腰を入れる気になっていないだろう。君にはもっと重要な役目がある」
初めての戦いで不安でいっぱいのエムラ様のお気持ちをほぐしてあげてくれ。エムラが目を怒らせて声を荒げた。呑気なものだとデリタは心の中で毒づいた。前世のことを思い出しながらだ。
(王国の魔道騎士団が数名でもいてくれればな。特に第三軍だ。『風斬り姫』1人でもここを守るのに十分なはずだ。ガモーコヴィッツの一族でもいい。)
風斬り姫。あの退役軍人のハーフエルフならば1人で表門を守り通せるだろう。術法が使えぬ者なら一網打尽にできたはずだ。
それからガモーコヴィッツ。あの一家と郎党であれば、この砦なら1人の犠牲も出さずに守り通せただろう。
特に、あの一家が産んだ異端児、愛おしき『天才魔法少女』がいれば、容易くやってのけたに違いない。彼女の強さと、癖のある優しさが懐かしかった。この世界でも彼女が傍にいてくれたら、
(それとも、俺が賊の軍師となってこの砦攻めをしてみせようか? そうすれば、こいつの傲慢な鼻っ柱を折ってやったのだが。くそいまいましい。)
前世のことを思うと、今の自分の立場と実力が歯がゆくてならない。歳も足りない。それを不愉快に思っていると、エムラに手招きされているのに気がついた。
前に来て膝をつくと、彼女が右手を差し出してきた。指先がかすかに震えていた。ヘイジャが言う通りだった。
「お願い。ちょっとの間だけでいいから、アタシの手を握って……」
デリタはうなずいた。小さくて柔らかく、愛らしい手だった。前世に残して来た娘たちを思い出す。いや、たった1人の息子もだ。自分の手の中でエムラの指は段々と震えが収まって行った。
「ありがとう。落ち着いて来たわ」
「良かった。僕もですよ」
エムラが微笑んだ。南側で騒がしい音が聞こえて来た。表門を巡っての戦いが始まったのだ。
「やっぱりアタシって、まだまだ、だよね?」
「いいえ。エムラお嬢様は立派ですよ。逃げようとせずにこの砦に踏みとどまっていらっしゃる。僕だったらすぐに逃げてしまいます」
「ふふ。しっかりと握ってくれているのに、アンタって卑怯なことを考えちゃうぐらいに怖がりなのね?」
(そうだよ。俺は卑怯者だからな。)
でもどうせなら、その狡さをこの娘とデュライの為に用いたい。そう願ったところでだ。部屋の西側の窓ガラスが割れ、大きな石が転がった。それに術法の力が込められていたのを察したヘイジャが、エムラとデリタの2人に抱き着いた。石ははじけ飛び同時に爆風を起こした。
「……!」
ヘイジャにかばわれたおかげで2人は大事に至らなかったが、ヘイジャや部屋の武者達は爆風をもろに受けて負傷し、気を失ってしまった。
「ヘイジャさん!」
「デリタ、誰かを呼んで来て!」
デリタは立ち上がり部屋を出ようとしたが、西側の割れた窓から何かが飛んで来たのを目にして立ち止まった。鍵縄だった。
(やはりそう来るか!)
彼は剣を鞘から抜いて縄にたたきつけた。しかし縄は剛くて全く切れなかった。冷静になれ、と自分に言い聞かせるてよく見ると、術法で強化しているのがわかった。敵は相当準備をして来たようだ。相手はヘイジャの想像を超えていたというわけだ。
(……ならば、エムラの前だが仕方が無い!)
デリタは剣に力を込める。術法ではなく違う世界の、前世で覚えた
(まずは考えるな、感じろ。それから魔法が無い世界を想像してみろ。さすれば汝は、己が魔の力を強く意識する。そして己が力に……なすがままになれ!)
この半年の間に積み重ねた鍛錬の成果が、彼が手にしている剣に満ちた。
これならやれるだろう。
その確信をもって剣を振り上げ、術法で護られた鉤縄へと向けられた。
縄は切れた。いともたやすく、まるで絹糸の様だった。続けて、外から耳障りな悲鳴を聞いた。縄を伝って登っていた者があげたものだった。
その一部始終をしっかりと目に焼き付けていたエムラが彼に呼びかける。
「……デリタ? ねえ?」
小さい声でだ。いつもの気の強さは無かった。さっきの爆発よりも信じられないものを見てしまったから、腹に力を込められなかった。
デリタは声に気づかずに部屋を出て行った。助けを呼ぶ以外の目的もあった。破れた窓から賊が数名、砦の壁を越えてこの本丸に入ろうとしていたからだ。
(あいつらは鎧をまとっていなかった。それなら……。)
彼は思った。まだ未熟だが、術法で護られた縄を切れるなら人の骨肉も切れるはずだ。
部屋には気絶した武者達とエムラが残された。
「……おねがい、デリタ。戻って来て。アタシの側にいて励ましてよ?」
彼女の頬には、涙が伝っていた。
ここにきて、段々と展開が読めてくるかもしれません。
予告しておきますがバッドエンドです。