まさか、ここまでとは。
半年の修練は決して無駄ではなかったとデリタは知った。
砦の壁を越え、本丸へと続く通路にいた賊の右脚を手にもっていた剣を振っただけで両断した時だ。
賊は大男だった。自分を見つけて襲い掛かって戦闘用のハンマーを振り下ろして来た。重いものを軽々と持ち上げる力はあったが、隙だらけで武術の心得は無さそうだった。
潜り抜け、太い脚をばっさりと斬った。骨もろともだ。なのに、ものが当たる感触はしなかった。空を斬ったのと同じ感触だった。倒れた男は信じられぬと言わんばかりの様子でデリタを見ていた。
(……やれる! これなら俺でもやり切れる!)
剣は刃こぼれもせず、刃に血も脂も付着していなかった。前世で覚えていた、刀身に風の魔力の膜を作って切れ味を悪くするものをつけさせない術式のお陰だ。身体も疲れを覚えていない。この人生の自分は、健全な肉体に恵まれているようだ。
大男の悲鳴とともに、彼の仲間がやって来た。弓矢を番えるものがいた。デリタは手に持っていた革盾を外し、手に掴んで投げつけた。あらかじめ魔法を仕掛けていたそれは、驚愕する射手の顔面を穿った。
驚きの声があがり戸惑っている。見逃すつもりは無かった。一団の中に飛び込み、武器を持つ腕や脚を狙って切り裂いた。賊はまるでずぶの素人達だった。避けるはともかく、武器で防ぐということをやらなかった。何しろ、身の動きが鈍かった。
(訓練を受けていない。野盗でも下っ端の類だな!)
対してデリタは違った。前世ではやんごとなき身分の子であった彼は、病弱ながらも剣や弓の扱いは叩き込まれた。王国の一流の武人らにだ。現世ではその二十数年間の修練の記憶を思い出しながら、ひそかな鍛錬にいそしんだ。魔法とともにだ。
デリタはうめき声を聞こえて来る血だらけかたまりの中から、投げつけた革盾を取り、弓矢と矢筒を取った。弓はそれほど硬くは無かった。
それから指先で印を切り、矢を
矢には風の精霊の加護をかけられていた。まっすぐに飛び、見事に胸に刺さって悲鳴をあげながら崖下に落ちて行った。彼は弓矢の練習も欠かしていなかった。
(この世界の風の精霊は殺生を嫌うことは無いようだな。前世と変わらんぞ。使わせてもらう。)
再び駆ける。数こそ多くは無かったが壁を越えた賊はいた。彼等は弓矢を構えてやって来るデリタを侮ったが、ものの数秒で思い知らされた。デリタは尚も疾駆する。壁を超えて来た敵を残らず駆逐せねばならない。
(エムラ、初陣の誉れは俺が貰うぞ! 残念だったな!)
心の中でそうつぶやいたが本心は違う。全てはエムラの身の安全の為だ。助けてくれたデュライ家の恩返しの為でもあった。
□ □ □ □ □
2人の武者が駆けつけてくれたが、エムラはまだ不安でいっぱいだった。ヘイジャはいまだ気を失ったまま。鬨の声はまだあがり続けたままだったからだ。
椅子に座らされたエムラは武者達を見て、震える口を開いた。
「……ねえ。戦況はどうなの?」
まだ賊は撤退していないのか。城壁からも賊と思しき者の悲鳴が聞こえ続けているし、もしかしたら砦は落とされるのか。そう思って訊いたのだ。武者の片方が答えた。
「お嬢様。依然として表門では戦いが続いております」
「防いではおりますが油断はできません。ですが、シビラ殿の援軍は決して期待せぬほうがよろしいでしょう」
「……勝てるの?」
エムラの問いに武者達は答えなかった。賊は決して強くない。むしろ初めて戦場に駆り出された雑兵と大差無かった。個人の武勇では圧倒的にこちらのほうが勝っている。
敵はあまりにも多かった。100や200ではない。500近くだ。その数でだが、力攻めでこの砦を落そうと表門に殺到していた。
しかし火矢や攻城兵器の類が無ければ、術法の使い手もいない。この大陸では珍しい投げ火薬で壁を壊されたが、あれっきり飛んで来ていないから、それを心配すること必要は無いだろう。
「ねえ、なんとか言ってよ?」
不安に駆られたエムラは、もう一度尋ねてしまった。2人の武者の顔が曇った。半ば失望しているかの様な目つきでもあった。エムラはそれに気づいて顔を伏せた。
また比べられている。彼女はデュライ家中では落ちこぼれと見られていた。未だ術法の初歩を覚えきれていなかった。姉2人とは違い、未だ『
しかし彼女は、子供であることを甘んじてはいなかった。自分が不安がれば砦を守る戦士達の士気に影響する。面をあげて2人をにらみつけ、こう命じた。
「アタシのことはいいから、表門を守っている連中に加勢してきなさいよ。その代わり疲れ切っちゃったのをこっちに寄越してくれないかしら?」
2人は微笑んでうなずいた。丁度その時ヘイジャが目を覚まして起き上がった。
「……エムラ様。私はどうしていたので?」
「ヘイジャ、アンタも表門を守っている連中に加勢してあげなさい。アタシは一人でここでちゃんと待てるから。賊が退いた、と報告できるまで戻っちゃダメよ?」
「よくぞ申された。心強いお言葉ですな……お前たち、すぐに向かうぞ! それと、デリタの姿が見えないが見かけたら引っ張って来い! 何せあの小僧は、エムラお嬢様の将来の婿になるからな!」
それを聞いた武者2人が大笑いした。エムラがデリタによく絡むのはデュライ家中の皆が噂していたからだ。当主も悪くはない、と冗談混じりに笑ったことがあった。
頬を染めてふくれっ面をするエムラだが、満更でも無かった。デリタに好意を抱いていたのは本当だったからだ。ヘイジャらが部屋を出ると、エムラは外の様子を見ようと西側の窓に近づいた。先ほどから賊と思しき者どもの声がしたからだ。
「……城壁では何が起こっているの?」
覗こうにも窓は背が低いエムラよりも高いところにあった。手ごろな椅子に乗って見てみようと後ろを振り向いた。いつの間にか、見たこともない顔の灰色のローブの老人と、その後ろにはフードがついた黒いマントを羽織る素足の大男の2人がいた。
「誰?」
呼びかけると老人は、いやに潤いのある声でエムラに返事をした。
「突然の来訪、まことに失礼ながら、お初にお目にかかりまする。貴方様がデュライ家のご令嬢、エムラ=デュライ様ご本人でございまするな?」
自然とエムラは身構えていた。この老人と男の2人に強い何かを感じたからだ。優れた術法の使い手によくある、重い気配だった。エムラとて未熟ながら、術法を駆使するデュライ家の一員だ。そのぐらいの判別はできた。
「魔光王陛下の使者として参りました……わたくしは飛聖元帥ことアルルーマ=ベイオルブ様麾下にある第二魔術師団副団長の、ザルモール=ルシアーダでございます」
この老人は魔光王の配下。しかもかなり上の位にある人物だ。しかしエムラはよくわからなかった。老人とその後ろにいるのが、自分の敵だということ以外は。
「この砦を襲ったのは、アンタたちの仕業なの?!」
「さようでございます。メティオック=ブレイブの生き残りにして最強の12人……その末裔であるエムラ様。魔光王陛下より伝言を預かっております」
「……何よ?」
ザルモールの皺だらけの顔に、えくぼが浮かんだ。
「かつて共にエイヌオを倒したベイオルブとデュライの両家に絆を取り戻したい。その証となる子を是非とも、エムラ様に産んで頂きたい、と」
何て馬鹿なことを言う。エムラは
エムラは言葉での返事の代わりに右腕をあげて伸ばし、ザルモールに向けて指で何かをつまむ真似をした。
(……!)
当たったはずだ。なのにローブの胸のあたりに一筋の小さな煙が立って少しばかり揺れただけだった。老人は胸元を見て、微笑ましいと言わんばかりに優しげな声で告げた。
「これはこれは。もう術法を扱えるのでございますね。流石はデュライ家のご令嬢! 魔光王様もきっとお喜びになられることでしょう! 強い子が産まれると!」
エムラは悲鳴をあげそうになった。
フードの中から二対の赤い光がのぞいていた。エムラが後ずさりしようとすると男はマントの前を開けた。
「……な、なによ!」
エムラは罵ろうとしたが、目の前に現れた異形を見て言葉が出なかった。男の身体のあちらこちらに、丸い突起があるいくつもの長い軟体が生えていた。長さは1メートルぐらいあり、どれも表面が柔らかいせん毛に覆われていて、ねっとりとしてぬめっていた。先端の穴から出る分泌液によるものだった。
「ひ……!」
男は怖気づいたエムラに覆いかぶさった。軟体達は生臭いにおいを放ちながら、鎧や服の隙間に入り込んだ。ぬめりとした生き物達が、エムラの肌に体液をなすりつけた。
「ところで、魔光王陛下はたいへん変わった趣味をなされておりましてな。男の身体が無いと気が狂う、大変淫蕩な女人を好まれるのですよ」
軟体はエムラの胸元や尻に這いつくばる。生まれて初めて体験する類の感触だった。ぬめった軟体のうち1本が、後ろから会陰を通り、周囲を舐め始めた。ため息をついた。生臭いが、思いのほか気持ちが良いからだ。それが行き来しだすと股間が熱くなった。
「ううっ……んあっ……」
敏感な部位をこすられて心がやられ、エムラの背がのけぞった。
「だいぶ気持ちが良くなり出したようですな……陛下はそうした娘に月のものが始まるようになると、片時もお側に置かれて愛でるのです」
それから、とエムラを抱きかかえて蹂躙する男を見て、これが何者かを教えた。
「その者は人間ではございません。淫魔の一種でございますよ。魔物の一種でもございますが」
淫魔と人造の魔物をかけ合わせて作ったもの、と老人は言った。
「そのぬめった液体には女人を強く淫らにする成分がございまして、我々はよく、陛下に献上する娘の調教の為に、必ず用いております」
股の間を滑るそれの先端が前に引いた。それからぬめりきった先端がエムラの下腹に無理やり入りだした。処女膜が破け、エムラは痛みで悲鳴をあげた。
「痛いのは最初だけです、エムラ様。その者が出すものを胎の奥で、しっかりとお召し上がりください。さすれば子を産みたくて仕方が無い母としての素地が出来上がることでしょう」
軟体は股の奥を往復しだした。エムラは呻き始めた。あまりにも甘美な感覚が襲って来たからだ。それに驚いて泣き出してしまった。
「さて。そろそろ板についてきたようですな。エムラ様はこれより我らと共に、陛下のお城へむかうのです。子を産める身体になるまで毎朝毎晩、その者がエムラ様を導くことでしょう」
エムラは答えられなかった。快楽で脳髄をやられたからだ。嗅覚もいつの間にか変化が起こっていた。生臭いだけのそれがいつまでも嗅いでいたいものになっていた。
「あう……ううう……」
口からよだれを垂らしながらうめくだけの人形となったエムラを見て、老人はこれでエムラは染めあげられた、と思った。軟体から出る粘液の効果は抜群だった。あれを腹の奥に注ぎ込まれた女はほぼ一生、快楽を貪るだけの廃人となるのだ。
襲撃は成功した。砦を落とそうとする賊は全て囮だった。彼等はエムラを奪う為に来たのだ。あとは城に戻り、淫欲を覚えたこの娘をじっくりと調教するだけ。
身をゆだね、焦点が合っていない目で天井を見上げるだけの小さな娘は、快楽の許容がとっくに限界を超えていた。漏れ出た尿がぽとぽとと床に垂れていた。あともう少しで完全に事がなる、と思った時だった。
(なに?)
ザルモールは入口に顔を向けた。外からは何も見えず、しかも入って来れないように封印の術法をかけていたが、誰かがそれを破って入って来たのだ。
「おや? 貴方なのですか?」
入って来たのは小さな姿。剣と盾を構えた少年。デリタだった。