エロシーンはありません。
「……予定よりちょっと速いな」
封筒をシートに放り出したところで順は深々と息を吐いた。車は指示通りに清陵高校に向かっている。こんな車で乗り付けるのは目立つかも知れないが、直に跳ぶよりはましだろう。そう考えながら順はシートに背中を預けて窓の外に目をやった。
冥界を一瞬で経由させた後、天界の扉を飛ばして強引に城内に送り込む。多輝に施した術を思い出して順は苦笑した。あれで実際にはかなりの力を消耗したのだ。
「全く。感謝して欲しいね。幾らオレが気まぐれだからって、無償で力を貸すなんて滅多にないんだから」
そう呟いて順は小さく笑った。順調に走る車はどんどん清陵高校に近付いている。順は車の中で出来るだけ気配を殺していた。そうでなければここに敷かれた陣に弾かれてしまう。
地上の王と呼ばれていた立城が施した守護の陣の力は少しずつ衰えている。そうでなければ克人はあの学校に送り込めなかった。そして同時に魔も陣の内側には入ることが出来なかっただろう。
だがそれでも守護陣は頑なに順の存在を拒絶しているのだ。意図的に気配を殺しながら順は薄い笑みを浮かべた。
「あんたの用意したゲームはまだ続いてる。どんな酔狂な仕掛けをしてるか知らないが」
今はいない立城に向けて順はそう呟いた。だがすぐに思い直して唇を引き結ぶ。立城の残した多くの仕掛けは少しずつ確実に動き始めている。守護陣の力が弱くなっているのも恐らくは仕掛けの一環だろう。
校門のずっと手前で車を停めさせて順は一人で清陵高校に向かった。周囲に誰もいないことを確認してからフェンスを飛び越える。身軽にグランドの隅に降り立った順は真っ直ぐに駐輪場を目指した。校舎から離れている場所にずらりと自転車やバイクが並べられている。
「よっし。時間ぴったり」
順はそう呟いて中空に目を向けた。空間を裂くために翠色の宝珠を器から取り出す。行きはともかく、帰りならば多少は乱暴な方法でも問題ないだろう。そう思いながら順は手の中の翠宝珠の形を変貌させた。あっという間に宝珠が剣の形に変化する。順はタイミングを正確に測って剣を両手で大きく振った。
音も何もなく剣の先が空間を裂く。上から下に向かって剣を振った順は手早くそれを宝珠の形に戻した。さっさと器に取り込んだ辺りで裂けた空間から一台のバイクが現れる。
「おっかえりーん」
順は現れた多輝と祐にひらひらと手を振ってみせた。バイクの後部席に座っていた祐が身軽に飛び降りる。多輝はまだ何が起こっているのか判っていないのか、不思議そうに周囲を見回している。
「茜さん、ありがと」
にっこりと笑う祐に順はいえいえ、と笑顔で応えてみせた。どうやら祐は最初から順が手を貸すことを見込んでいたらしい。そうでなければこんな時間まで城に居座らないだろう。
多輝がバイクを駐輪場に入れてエンジンを切る。ヘルメットを外した多輝が祐と並んだところで順はおや、と僅かに目を見張った。
「あれ? 何でやらなかったの?」
心底不思議に思って順は何気なく二人に声をかけた。多輝が困惑したように黙り込む横で、祐が嫌そうに顔をしかめる。順はふうん、と二人を交互に眺めた。どうやら思っていた通りには進まなかったらしい。まあ、いいかと内心で呟いて順はだらしないいつもの笑みを浮かべた。
「ほらほら。何してんの。多輝ちゃんはガッコ行かなきゃでしょ? 祐ちゃんは特クラだからいいとしても」
そう言って順はその場からさっさと多輝を追い払った。名残惜しそうに何度も振り返る多輝に手を振る。笑顔で多輝を見送ってから順は顔から笑みを消した。やれやれ、と呟いてその場にへたり込む。地面に直接座り込んだ順に驚いたのか、祐が目を見張る。だが順はそんな祐の表情を読んでいる余裕はなかった。
「……ヤだなあ……。あのコ、苦手だ」
そう呟いて順は力なく笑った。多輝の纏う空気から自分の身を守るだけで手が震えるほどの疲労感がある。震える両手を情けない気分で見つめてから順は何とか立ち上がった。それまで黙って順を眺めていた祐が呆れたようなため息を吐く。
「あなたにも苦手なものがあるのね」
どこかしみじみとした響きのある祐の言い方に順は苦笑した。
「キミ、オレのこと何だと思ってんの? オレだって苦手なものくらいあるよ」
同じ透き通った気配でも祐のそれは多輝の持つものとは大きく異なる。だから傍にいても苦しさはないのだろう。順は土のついた服を払って祐に向き直った。約束の日は今日だ。
「信用してるわよ」
腕組みをして胸を張った祐がそう言う。はいはい、と気楽に笑った順は祐に横目に睨まれて頭をかいた。
「一応、水輝ちゃんは紫ちゃんから離しておくけど……。そっちはダイジョブなの?」
プランを頭の中で確認しつつ順はそう訊ねた。
「ええ。まかせて」
にっこり笑って祐が応える。だがその笑みの中に儚いものを見つけて順は目を細めた。どうやら考えていたのとは若干、状況が異なるようだ。プランを進めるのには特に支障はないだろう。そう算段しつつも順は人の悪い笑みを浮かべて祐に言葉を投げかけた。
ハーメルンの仕様変更にまだ慣れません(汗)