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「なに。オレが思ってたのと違ってるんだ? キミ」
そう言いながら胸ポケットから煙草を引っ張り出す。火を点けて煙を吸い込んだところで祐がため息混じりに告げた。
「違うって何が?」
やけに平坦な声で言った祐に順はにやにやとした笑みを向けた。
「優一郎くんイコール祐ちゃんだと思ってたんだけど、オレは」
多輝を想うあまりに優一郎が生んだ、言わば逃げるための人格なのだと思っていた。順はストレートにそう祐に話して聞かせた。
「そのとおりなんじゃないの? みんなそう思ってるみたいだし」
あっさりとそう言って祐がそっぽを向く。またまた、と笑いながら順は気軽に祐の肩を叩いた。余所を向いていた祐が嫌そうに眉を寄せて順の手を払う。
「そっかあ。水輝ちゃんも無意識に惨いことするねえ。そっかー……」
払われた手を見つめて順はくすくすと笑った。祐と接触した僅かな時間だけで順には色んなことが見えた。どうやらこれも残された仕掛けの一環らしい。そう理解して順は一人で楽しそうに笑った。
「あなたの考えてるような事態にはならないわ。するつもりも無いし」
冷ややかに言った祐が順を鋭く睨む。順はえー、と不服の声を上げつつもまだ笑っていた。
「だって折角の仕掛けじゃん。めいっぱい楽しんで幾らでしょ、そんなの」
あそこにもここにも、仕掛けはたくさん施されている。それに気付くたびに水輝は深い自戒の念に囚われるのだろう。あの時、他の方法を選べなかったのかと考えては後悔するのだ。
手の込んだ苛めだよね。そう呟いて順は空に向かって煙を細く吐き出した。
「それじゃあ、茜さん、頼んだわよ。さようなら」
そう言って祐がさっさと順に背を向ける。歩き出した祐の背中に向かって順は声をかけた。
「そのまま逝っちゃったらつまんなくない? 水輝ちゃん、絶対暴れるよー」
あはは、と笑いながら順はじっと祐を見つめた。歩いていた祐がぴたりと足を止めて嫌そうな顔で振り返る。
「害になる可能性が高い存在を放置はしておけないわ」
「何でそう、勝手に決め付けんのさ」
それまで浮かべていた笑みを消して順は即座に切り返した。肩越しに見返っていた祐が眉を寄せて順と向き直る。順は唇から煙草を引き剥がして続けた。
「害って誰の害よ?」
煙草の先で祐をさして順は低い声で問い掛けた。
「いろんな人よ」
「誰の目から見て害なわけ? そもそもキミにそんなこと決められるの?」
唇に煙草を挟み直しつつ順はそう続けた。その場から離れようとしていた祐が静かに戻ってくる。
「あたしの目から見た主観的な判断よ。文句を言われる筋合いは無いわ」
きっぱりと言い切った祐を見つめながら順は少しだけ眉を寄せた。
「……何か……むかつくんだよねえ」
正直に感想を言って順はため息を吐いた。祐のやり方が誰かに似ている気がするのだ。あの時も、そしてあの時も、順は望んだ訳ではないのにそちらの道に行けと決め付けられた。本当は違う道を行けたかも知れないのに、その可能性を探す暇も与えてくれなかった。
「なんか……こう」
腹立つなあ。滅多に出さない本音を口にしながら順は怒りを表情に乗せた。
「後悔。とは違うわね。怒ってるの? でも筋違いよ。あなたはその人ではなかったんだから。もちろん、あたしでもないでしょう?」
順とは裏腹に祐は酷く冷めた声でそう言った。だが顔に浮かんだ儚げな気配は消えてはいない。
「ま、そりゃそうなんだけどね」
するりと怒りを納めて順は呟くように応えた。祐の言っていることが辛辣だとは思えない。単なる事実だ。
「まあ、いっか。ホントならオレも気付かないままだったんだろうし」
いつもの調子でそう言ってから順は肩を竦めた。この手の決め付け方をする人間に、多少、外から何を言ったところで聞かないことは判りきっている。そんなばかげた努力をする気もさらさらない。
それに結局のところは誰が止める権利もない話なのだ。そう考えてから順は苦笑した。
「キミが優一郎くん本人ならさ。文句の言いようもあるんだけど、そうじゃないしねえ」
かつて順が自分の命を散らそうとしていた時、優一郎はそれを阻止した。もちろん他にも多くの力が動いたが、優一郎がいなければ成立しなかった。結果的に順は火藍と呼ばれた火龍の命を継ぐことになったのだ。
「本人よ。ただの逃げ。現実逃避だもの。文句があるなら言えばいいし」
真剣な表情で祐が言うのを順はだらしない笑みを浮かべて眺めた。祐は多分、何を言っても譲る気はないだろう。思惟を読まれることを警戒しているのか、気配まで隠されているために先ほどよりも思考が見えにくい。
「ふうん。ま、キミがそう言うなら、そういうことにしとこうか」
祐がこう言い張るということは水輝は恐らく気付いていない。だが今現在の水輝の力量を考えると、読めない筈もない。間違いなく水輝は誰かに目隠しをされているのだ。
「ありがとう」
にっこりと笑う祐を横目に見ながら順は苦笑した。後で殴られるのは多分オレなんだけどねえ。そうぼやいて片手を上げる。
「夕方四時に水輝ちゃんを迎えに行くよ。こっちは確実に沈めてあげるから、その間に何とかしてね」
「ええ。任せておいて。きっちりやり遂げてみせるから。でも、その後はあなたの努力次第ということで」
まるで何事もなかったかのように打ち合わせをしてから順はそれじゃ、と挨拶して歩き出した。少し歩いてから何となく振り返る。駐輪場に一人佇む祐はどことなく寂しそうに見えた。
「ああ、そうだ。オレさあ。割とキミのこと好きだったよ」
何でもないことのように言って順は祐に手を上げてみせた。俯きかけていた祐が苦笑のようなものを浮かべる。それを見てから順は今度こそその場から離れた。
順の勘が良いのは前からなのですが……。
だからって干渉しないというのも前からですねw