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地下の研究施設に戻ったところで多輝は手術室に行くように保美に言われた。どうやら由梨佳がそろそろ目覚めるらしい。それを聞いた多輝は急いで指定された部屋に向かった。記憶をなくした由梨佳が一度、目を覚ました部屋と同じだ。
目覚めてみなければ本人の人格がどこまで残っているか判らない。多輝は部屋に入る前にそう保美から注意を受けた。だから余計な刺激はしないように、とも言われている。多輝は恐る恐るドアを開けて静かに部屋に入った。
部屋の中央に設置されたベッドに由梨佳は横たわっている。昨日、座っていた椅子に多輝は再び腰掛けた。白いシーツの上に横たわった由梨佳には申し訳程度に薄い綿の毛布がかけてある。天井の妙に明るい光に照らされた由梨佳を多輝はじっと見つめてみた。
由梨佳の願ったことは結局なんだったのだろうかと考えてみる。最初は由梨佳の言った通り、多輝は好きに出来る人形が欲しいと思っていた。だが本音は違っていたのだと気付いた時にはもう、由梨佳の脳は取り返しのつかないところまで壊れてしまっていたのだ。
どうなるんだろう、という不安はある。一度目に目覚めた時に下手をしなければ由梨佳はあのままでいられたのだ。祐に言われたことを思い出して多輝は深々とため息を吐いた。ベッドに肘をついてうなだれたところで、ふと間近の気配が変化する。多輝は静かに顔を上げて由梨佳を見た。由梨佳が閉じていた目をゆっくりと開けて不思議そうに周りを見る。
「あなたは誰? ここは?」
多輝が声をかけるより早く由梨佳が言う。多輝は出来るだけ由梨佳を刺激しないように静かな声で言った。
「おれは雨宮多輝。ここは病院じゃないけど、似たようなところかな」
ストレートに優一郎の研究施設だと言うのもためらわれて多輝はそう応えた。由梨佳は少しの間だけ黙してから多輝の名を口の中で呟くように言った。響きを確かめるように何度か多輝の名を呼んでから由梨佳が首を傾げる。恐らく覚えがないのだろう。そう判断して多輝はそっとため息を吐いた。
しばしぼんやりとしていた由梨佳がゆっくりと表情を変える。呆然とした面持ちになった由梨佳を驚かせないよう、多輝はどうしたのかと落ち着いた声で訊ねた。すると慌てたように由梨佳が多輝を見る。
「私、自分が誰だか判らない。でも、この身体が人間のものでは無い事は判るわ。私は……」
何なの? 由梨佳が消え入りそうな声でそう呟く。多輝は少しの間だけ考えてから言った。
「あんたは宇田川由梨佳っていう名前だ。身体は……その、事故で」
他にどう言えばいいか判らず、多輝は俯き加減になって説明をした。ヒューマノイドであることを素直に告げて、また昨日のようなことになっても困る。だが多輝は上手い言い訳を他に思いつけなかった。
「大怪我をして機械の身体に作り変えて生き長らえたと。そして、私は記憶喪失だと。まるで、SFのような話ね」
たどたどしい多輝の説明に由梨佳が流れるように付け足す。多輝は心の中で詫びながら由梨佳の言ったことに頷いた。ぼんやりと天井を見上げていた由梨佳が微かにだけ笑って多輝を見る。起動したからと言って無理に動けば負担がかかる。保美に言われたことを思い出して、身を起こしかけた由梨佳を多輝は慌てて制した。
「あんまり急に動くと良くないって言ってたから」
無意識に由梨佳の肩を押し戻してから多輝は慌てて手を離した。由梨佳がそんな多輝を不思議そうに見る。
「あなたがこの身体を作ったのではないの?」
「いや。おれは簡単なメンテくらいしかしたことないし」
ついつい素直に由梨佳に応えてから多輝は焦って口を噤んだ。が、由梨佳はさして疑問には思わなかったらしい。そう、と答える。
それから多輝は聞かれるままに由梨佳の家族構成について答えた。優一郎から先に聞いた話では、どうやら由梨佳の近しい親族はいないようだ。幼い頃から複雑な家庭環境だったらしいとも聞いている。多輝は出来るだけ不自然にならないように言葉を選びながら由梨佳にそのことを説明した。
「私はほとんど天涯孤独で確認のしようが無いということね。本当に都合がいい話ね。それで、あなたは何者なの? 助手か何かを務めてらっしゃるの?」
由梨佳の淡々とした声に多輝は少しだけ目を細めた。そうか、何も覚えてないんだもんな。そう心の底で呟く。
「助手じゃないな」
硬い声で答えてから多輝は俯いた。どう言えばいいかを考えてから多輝は言葉を継いだ。
「おれは由梨佳を好きだからここにいるんだけど、あんたはそんなこと言われても困るだけだろうし」
何しろ記憶がないんだもんな。そう呟いて多輝は頭をかいた。以前のような関係がもう一度構築出来るとは思わない。だが多輝はどうしても由梨佳を放り出す気にはならなかった。
多輝は視線を感じてふと顔を上げた。それまで冷ややかな顔をしていた由梨佳が急に真っ赤になって目を逸らす。
「ごめんなさい」
「いや、別に謝んなくていいし」
そう言ってから多輝は由梨佳の手を指でつついた。驚いたように由梨佳が多輝を見る。手を握っていいかと多輝が訊ねると由梨佳は真っ赤になったままで頷いた。白く細い手を両手にそっと包む。多輝は壊れもののように大事に由梨佳の手を包んでから苦笑した。
多輝は水輝と形はかなり似てますが、性格がまったく違いますw